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怪物の世界  作者: 名もなき男_太郎
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6.訓練場

「起きろ」


 気が付いたら、空がうっすらと青くなっていた。


 朝靄が立ち込める松林の中を進んでいる。


「見えてきたぞ、あそこが訓練所だ」


 砦のような、横に大きく石壁が伸びる建造物が見えてきた。

 正面に大きな門がある。

 近くで見ると、石壁の前には奥行き3mほどの堀があり、門前に渡るための橋が架かっていた。


 アルが橋の前に馬を止めると、門が開き若い女性が出てきた。

 左右の腰に剣を下げている。


「アル殿、こんな時間になんの御用でしょうか」


「訓練生を連れてきた。戦士にしてくれ」


「……アル殿の推薦でしょうか」


「そうだ」


「分かりました。どうぞお入りください」


「すまんが俺はもう帰る。この子はハイヤーン、秘術の魔法が使える子だ、馬にも乗れる」


 アルはそう言い残し、俺の体を女性に渡した後、そのまま帰って行ってしまった。


 女性に、乗馬は練習中ですと言おうとしたが、疲れ切っており声が出ない。


 女性は去っていくアルに、深々と頭を下げる。

 その後、俺を抱き上げ、門の中に入った。


 門の中は、日も昇っていないのに人が大勢走り回っている。

 床を掃いている者、鍋に向かって手をかざしている者、剣を握って素振りをしている者、皆それぞれ何かをしている。


 ただ、全員何も喋っていないのが不気味だ。

 それに静かに動いている。


 たまに聞こえる小さな音が眠気を誘う。そのまま眠りそうになった。

 俺を抱き上げている女性から、じんわりと体温も伝わってくる。


 小さな部屋で降ろされて、靴を脱がされた。


「後で呼びに来ます」

 それだけ言うと女性は、靴を持ってどこかに行ってしまう。


 部屋の隅には毛皮が積んである。


 毛皮に飛び乗り、そのまま眠った。




====




「起きてください」

 女性の声がする。


 ――もう動けませーん


 なんてことを思っていたら、胸騒ぎがした。

 寝ているのに足が震え始める。

 背中に力を入れて起き上がる。


 後ろを向くと、女性が抜き身の剣を握っていた。


「ほう」


 感心したような声を出すと、腰に剣をしまった。


 洒落ならん。

 俺の命に価値はない、そう思わせる目をしていた。


「付いてきてください」


 女性はそう言いながら、歩き始める。


 走って追いかける。

 この女性、遠慮なしに歩き続ける。


 俺が走るのよりも、女性が歩くほうが早い。

 追いつくことができない。


 学校の公舎のような建物の中に入り、階段を駆け上がる。

 2階の廊下の中ほどで、女性が待っていた。


 俺が廊下に出てきたのを見て、部屋の中に入っていく。


 その部屋に入ると、背筋の伸びた老婆が立っていた。

 深く(しわ)の刻まれた顔をしているが、何か口にすれば気圧されるような雰囲気をもっている。


「私はキリーナだ」


 しゃがれた声だが、言葉はハッキリと聞こえる。


 相手に名乗られたら、絶対に名乗り返さなければならないとウンマーさんから教わっている。


「キリーナさん、私の名前――」

「ハイヤーンだろう、秘術が使えて、馬にも乗れる」

 威圧的に話しかけてくる。しかし間違っている情報がある。


「はい、ハイヤーンです。ですが、馬には乗れません」


「は?」


 眉間の(しわ)が盛り上がる


「馬に跨ることはできます。ですが、乗りこなすことはできません」


「お前!」

 キリーナが怒鳴る。


「騙したのか! 人を騙してここに来たのか!」

 恐ろしい迫力である。顔もすごい、鬼婆のような顔だ。


「キリーナ様、今朝の様子ですが、ハイヤーンは無理やり連れてこられているようでした」


 女性がフォローを入れてくれる。


「アル殿も急いでいたようでしたので、どこかで行き違いがあったのでしょう」


「カッ!」

 キリーナさんは喉を鳴らし、怒鳴りながら歩きだす。


「ここに入ったからには、死ぬか、戦士になって出ていくかのどちらかだ! いいな!」


 キリーナは部屋を出て、こちらを振り向く。


「ついて来なさい!」


 女性を残して部屋を出ていく。


 キリーナは建物から外に出て、門に向かって歩いていく。

 石壁沿いに、掘っ立て小屋がいくつも並んでいるのが見える。


 一番奥の小屋の前で、キリーナは立ち止った。


「この家の中に入りなさい」


 小屋には扉がない。

 覗き込むように中に入ると、2人の子供がいた。


 暗くてよく見えないが、茶髪の子と、白髪の子がいる。

 2人とも離れて、小屋の隅に座っている。


 キリーナに背中を押された。


「この2人は、これからお前と家族になるんだ。一生を共に過ごす仲間だ、挨拶しなさい」


 どういう意味かと聞こうとしたが、キリーナを見ると緊張で喉が締まって喋りづらい。


 前を向いて、咳払いをする。


「初めまして! ハイヤーンと言います! よろしくお願いします!」


 とりあえず部屋の中の2人に向けて、自己紹介をした。

 俺が言い終わるのと同時に、2人から返事が返ってくる。


「ググンです。よろしく」

「セミラです。よろしく」


「えっ」

 同時に言われたので、うまく聞こえなかった。


 それに、2人とも抑揚のない声だった。

 声に張りがなく、聞き取りづらい。


「明日の朝、宣誓式があります。ググン、ハイヤーンにここの規則を教えなさい」

 キリーナは俺を指で差しながらそう言った後、来た道を帰っていった。


 左奥にいた茶髪の子が、こちらに向かって歩いてくる。

 屋根の隙間から漏れる光に当たって、少年の顔が見えた。

 顔の右側に青い痣がある。

 背は俺より頭一つ大きい。


「ググンです。よろしく」

 ググンは、もう一度名乗ってくれた。


「ハイヤーンです。昨日、戦士になることが決まりました。よろしくお願いします」


「まだ戦士じゃないよ。訓練生だよ」

 真顔でツッコまれた。


「言葉を間違えちゃいけないんだよ。誤解されると、殴られるよ」


 いい人だった。


「ありがとうございます」


「うん。あと、顔に出すぎ」

 顔を触る。

 そういえば、生まれてから甘やかされてきたので、あまり意識していなかった。


 笑顔を作ってお礼を言う。


「ありがとう」


「うん。

 規則はね。

 嘘はついちゃダメで、髪も切っちゃダメ。靴もダメ。家ごとに先生がいて、キリーナ先生がここの先生。キリーナ先生は、さっきの人。あと、昼と夜にご飯くれる」


 ふんふん、頭は坊主にしないのか。靴はもう脱がされたから履きようがない。

 集団意識を強くする目的があるんだろうから、他にもルールはありそうだけど……


「ほかには?」


「……明日、説明してもらえるよ」


 ググンもあまり知らなかったらしい。


 大丈夫か、聞き忘れがあったら明日ひどい目にあうかもしれない……。


 不安になったので、右奥にいる白髪の子に視線を送る。


 白髪の子は、ずっと下を向いている。

 よく見ると、耳が長い。


「セミラは村に捨てられたんだって。ハイヤーン、これ着て」


 さらっと、とんでもないことを教えてくれる。

 村に捨てられて、ここに来ることもあるのか。


 事情を聞きたくなって、うずうずする。

 おかしい、生前ならスルー出来たはずだ。気になって仕方がない。

 やはり体が子供だからだろう、心が子供に寄っているんだろう。


 ――相手の気持ちを考えろ。

 理性で押さえつける。


 ググンが手に持っているのは、ワンピースのように上下が一体となった服だった。


 ググンもセミラも、これを着ている。


 持ってみると、かなりゴワゴワしている。

 麻袋で作ったような服だった。


 着てみると、肌が当たるたびに痛い。

 あと、とても寒い。


「毛皮がそこにあるよ」


 そう言ってググンは、部屋の隅に戻っていった。


 何の毛皮か分からないが、やたら酸っぱい臭いのする毛皮を羽織って、ググンに近づく。


「ググンさんはどこから来たんですか?」


 とりあえず、仲良くならないといけない。

 あと、顔の痣が気になる。


「ハイヤーンは何歳?」


「5歳です」


「同い年だよ。僕はジャスム村から来たんだ。お父さんが戦士だったから、訓練所に行けって」


「へーえ、俺はヒスト村ってところから来たんだ。崖の中にある村だったんだけど、ググンの村もそうだったの?」


「えっ、崖の中に、どうやって住んでるの!? 家は森の中じゃないの? 落ちたらどうするの? ―― 」


 話始めると、ググンはかなりお喋りだった。


 ググンは長男で、妹が2人いるらしい。

 5歳になったら訓練所に行けと言われていたが、

 なんのことだかよく分からずに、ひたすら走り込みの訓練を受けていたらしい。

 また、野草取りをよく手伝っていたので、食べていい草と、そうではない草が分かるそうだ。


 他にも、セミラはお母さんが死んで、村から追い出されたと聞いたこと、

 ググンが訓練所に来た翌日にセミラが来て、その2日後に俺がここに来たことなどを教えてくれた。


 話しは盛り上がっていたが、2人とも5歳児だ。

 ハイヤーンが居眠りしたのにつられて、ググンも眠ってしまった。


「起きなさい」

 キリーナの声で目が覚める。


 目が覚めると、キリーナが4つの大きなお椀を、床に置いてるところだった。

 提灯のようなものが部屋の中央に置かれており、それが部屋の中を照らしている。


「こら、まだダメですよ」


 セミラがお椀を取ろうとして、手を引っ込める。


 提灯の近くにいるセミラの顔がよく見えた。


 セミラの顔にも、痛々しい痣がある。


 顔の色はとても白く、目は赤色で、耳が長い。

 痩せているからか、ググンのように、子供ながらのふっくらとした顔ではない。


 むしろ、頬が少しこけてる。


 村に捨てられたと言っていたので、ご飯をまともにもらえなかったのだろう、

 キリーナが置いていくお椀を、ガン見している。


「3人とも、手を出しなさい」


 キリーナは右手を胸の前で縦にし、片合掌のポーズをする。

 その後、頭だけ下げ、礼をする。

 俺たちも、それに倣う。


 キリーナが頭を上げた後、セミラがご飯にがっついた。

 犬食いである。


 キリーナは眉を(しか)めるが、何も言わずに食べ始める。


 彼女は昼とはうって変わって、大分おだやかな感じがする。

 こっちが素なのかもしれない。

 

 お椀の中を見てみると、茶色い肉の塊と、白い野菜の筋、パンが入っていた。

 箸もフォークもないので、手で食べる。


 会話もなく、粛々と食べる。


 すべて食べ終えると、キリーナは俺たちに何か魔法をかけた後、俺を見て床に毛皮を敷いた。


「これからは全て自分でやりなさい」

 そう言い残して、提灯を手に部屋を出て行った。


 光源がなくなり、何も見えなくなる。


 手探りで、キリーナが敷いた毛皮にたどり着く。


 そういえば、ググンもセミラも、食べ終わったら毛皮に包まっていた。


 今日あったことを忘れないようにと復習しながら、眠りについた。


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