5.戦士になる
魔法の練習に行くために、乗馬の訓練を受けるようになった。
ヒスト村では、1人1頭以上の馬を所持しているらしく、
ウンマーさんの馬である、シェイを使ってもよいと許可をもらった。
「ハイヤーン! もっと股を閉じろ! 目線は前!」
俺に乗馬を教えてくれているのは、放牧や馬の調教を担当している"イマス"さんである。
黒髪を伸ばして三つ編みにしており、非常に凛々しい顔を持つ女性だ。
今はローブを脱いでいて、顔が全て日に当たっている。
――肌が酷いことになりそうだけど……この世界には魔法があるし、綺麗にできるのかな。
この地域の日差しは厳しい。1時間も当たっていたら、肌が真っ赤になってしまう。
「そう! 背筋を伸ばせ! そう!」
お互いに馬に跨り、併走しながら、姿勢を指導される。
「背中を曲げるな! 胸を張れ!」
イマスさんは険しい顔をしながら指導してくれる。
かなりキツイ、体ができていないのに、この体勢を維持するのは難しい。
しかも鐙を付けていない。曲がるたびに体がブルブル震える……
しかし、馬の背はあまりにも高い、落ちたら死ぬかもしれないので、必死に堪える。
「ぉーい!」
遠くから聞こえて生きた。
「カグン!」
イマスさんの顔から険しさが消えた。
遠くに、白馬に跨った青年が見える。
てか、めっちゃ遠い。米粒ほどの大きさに見える。
――よく声が届くな……
15歳くらいの少年が、こちら向かって駆けてくる。
彼はカグンと呼ばれており、ヒスト村で戦士をしている。
近所に住んでおり、ウンマーさんが家を留守にする時は、よく遊び相手になってもらった。
戦士はモンスター退治を専門に行う職業だ。
戦士は両腰に剣を差しているので見分けがつきやすい。
村の付近に出現するモンスター討伐はもちろん、離れたところにあるモンスターの巣の破壊も行うらしい。
主に剣や弓で戦うが、必要に応じて罠も作ったりするそうだ。
カグンは生まれつき体が強かったため、10歳の頃から訓練所で鍛えられたらしい。
訓練所は、付近の村から健康な子供を集め、戦士として育成する場所だ。
そうすることで各村が戦士を育てるより、早く育つ。
今日のカグンは訓練が終わった後なのだろう、全身が土で汚れている。
白い歯が見えるように笑いながら、イマスさんに近づきローブを脱ぐ。
2人の顔が赤い、日に当たっているからではないだろう。
2人は恋人同士である。
普段はまったく絡む様子がなく、道ですれ違う時も短く挨拶をするくらいなのだが、2人っきりになるとこの表情になる。
俺は幼いからか、2人とも遠慮しない。
イマスさんと一緒にいるのが俺だけだったので、チャンスだと思い駆けてきたのだろう、あんな遠くから人の顔が分かるとは……とんでもない視力をしている。
2人がイチャイチャしたがっているので、退散することにする。
「イマスさん、僕はもう疲れました。村に帰ってもいいですか?」
イマスさんは満面の笑みになる。
「そうか、分かった。気を付けて帰るんだぞ」
カグンは申し訳なさそうに、俺に目配せしてきた。
俺はシェイの手綱を引いて、ゆっくりと村に帰り始めた。
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村に帰りながら、周りを見渡す。
周囲には誰もいない。
「よっし!」と声を出し、気合を入れる。
ここで秘術の練習をしよう。
だが、どこで誰が聞いているか分からない。
なるべく口を開かないようにしつつ、呪文の詠唱を行う。
遠くに見える岩山の上に、大きな岩がある。
あれを熱くしよう。
前回はおそらく、魔力の流し方が下手くそだった。
石に集中はしていたが、石の外に魔力を送っている感覚があったのだ。
大きな岩を指さしながら呪文を詠唱する。
体から魔力が出ていくのが分かる。
だが、前回ほどの疲労は感じない。
ぐんぐん岩の温度が上がっていくのが分かる。
なんとなく楽しくなってきた。
もっとだ、もっと温度を上げるんだ。
とにかく、どこまで温度を高くできるか試したかった。
一気に魔力を注ぎ込めるよう、腹に力を込める。
「行けるところまで――!!」
そう言って魔力をまとめて送り出した瞬間――岩が爆発した。
衝撃波が見えた、石のつぶてが空に飛び、薄黒い煙が立ち昇る。
下を見ると、頂上が吹っ飛んでいた。
それを見たシェイが嘶き、村の方へと駆け始める。
爆発音が遅れて届き、石が飛んできた。
遠くから、カグンとイマスがこちらに向かってくる。
カグンが馬上で剣を抜いていた。
「どうした!! なにがあった!!」
口が乾いて舌も上手く動かないが、なんとか声を出す。
「じゅ」
「なんだ!!」
「じゅもんをとなえました」
カグンは眉間に皴を寄せた後、
「とにかく村に戻るぞ」と言い、シェイの横に並んだ。
村から多くの騎馬が出てきた。
1頭が抜けて、こちらに向かってくる。
抜けて出てきた馬には戦士が乗っていた。
カグンが「原因不明!目視不可!」と言うと、その戦士は手を挙げて騎馬の集団に戻っていった。
戦士が離れるのを見届けたカグンが言う。
「何の呪文を唱えたんだ?」
秘伝の魔法について話していいか悩んだが、素直に答える。
「……秘伝の魔法です」
「そうか」
カグンは村の麓まで俺たちを送った後、騎馬集団に向かって駆けて行った。
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その日の夕方、ヒスト村の村長"ハリル"と、戦士長の"アル"が家を訪ねてきた。
家には父と母もいる。
ハリルは俺を見ると、笑顔になった。
だが、目が笑っていない。目は見開いたままだ。
「この子は今日、南西の大岩を、魔法で砕いたそうだ。ウンマーの一族の秘術を使ったと聞いている。ハイヤーン、間違いはないかい?」
俺が何か言う前に、サーディクが頭を下げながら叫ぶ。
「申し訳ありません!! この子に魔法の練習を許可したのは私です! 私が行わせたんです!」
父が頭を下げている。 ――その姿を見ているだけで涙が出てきた。
自分がとんでもないことをしたのだと思い、胸が締め付けられる。
「いや、いいんだ、けが人もいなかった。今日来たのは、責めるためじゃない」
ハリルはアルに視線を送る。
「この子を戦士にする。この年で馬に乗れて、あれほどの魔法が使えるのは貴重だ」
サーディクはハッと顔を上げる。
アルは続けて言う。
「決めるのはお前じゃないぞ。ハイヤーン、どうする、戦士になるか?」
父を見るが、俯かれてしまい顔は見えない。
ウンマーさんを見ようとしたら、後ろから急に抱きしめられた。
生まれてからずっと嗅いできた、母の匂いがする。
抱きしめられるが、何も言われない。
――俺が決めるのか……。
だが何だろう、この空気は。
まるで戦士にならないと言ったら、殺されそうな雰囲気だ。
首元に温かい何かが伝う。後ろではウンマーさんが震えているので、涙を流しているのかもしれない。
ハリルとアルは、こちらをじっと見ている。
そういえば生前、こういった場面では何も考えを持たなかった。
進路はどうするか、専攻はどうするか、なんとなく周りの雰囲気を元に決めていた。
あの頃は特に欲もなかったし、先のことを何も考えていなかった。何も考えずに、とりあえず進めそうなところを選んでいた。
進めそうなところを選び続けた結果、あまり面白くない生活を送っていた気がする。
これまでの5年間で得た知識を思い出す。
戦士は村を守り、報酬を得る。
必要があれば遠征もし、モンスターを狩る。
必要なことは全て自分たちで用意し、実行する。
働かなければ当然報酬はないが、一回の仕事で得られる報酬はかなり多い。
戦士の仕事は前世では猟師に当たるのだろうか。だが村を守るので、軍人というような要素もありそうだ。
そう思うと戦士に興味が湧いてきた。元々体を動かすのは好きだ。危険な仕事だろうが、サーディクのような鉱夫の仕事も同じように危険だ。だったらどちらをやりたいか。
――よし、決めた。
「戦士になります」
その言葉を聞いたアルは、満足げに頷き、
「では、この子は貰っていくぞ」と言い、俺の腕をひったくるように掴んだ。
ウンマーさんは涙が溢れた目で、こちらを見ている。
「すまんな、時間がないんだ」
アルはそう言って、そのまま俺を外に連れ出した。
俺を担いで村の麓まで駆け下りた後、馬に乗り駆けだす。
夜なのに、恐ろしい速さで駆けていく。
肌を刺すような寒さが襲ってくるが、背後にはアルがいる。
この距離だと呪文は聞かれるかもしれないから使えない。
全身をぶるぶる震わせながら、馬にしがみ付き続けた。