転生したのは辺境の田舎娘でした 7
【ランドルside】
昨日助けた男性から、魔法学園への編入を打診された。なんでもあの人は王都の魔法学園の学園長だったらしい。だが、俺はその提案に良い返事をすることは出来なかった。
俺は、魔法を使うことが出来ないから。
俺にこの話があったということは、間違いなくトゥシェにも編入の打診があっただろう。それに彼女はなんと答えたのだろうか。
考えだすと眠れなくなって、家の外に散歩に出かける。昨日までの雨はなんだったのかと言いたいほどに月明かりが眩しい。家からそう遠くない川辺に行くと、見慣れた先客がいた。
「……こんな夜中にどうしたんだよ。」
「…ラン。」
先客、トゥシェの隣に腰掛ける。普段ならすぐに何か話し始めて盛り上がるのに、なんだか空気が重い。適当に話題を振るもののいまいち盛り上がりに欠ける。そんな状況を打破したのは彼女のほうだった。
「…グリモワールさんにね、魔法学園に編入しないかって、言われたの。」
やっぱりな。
「返事、保留させてもらった。びっくりしたんだもん。まさか私みたいな田舎者があの魔法学園で学ぶなんて、想像つかないし。」
「…そうか。」
何度目かの沈黙。川のせせらぎだけが耳に入る。
「ねぇラン。ランだったらどうする?」
再び沈黙を破ったのは彼女。突然の問いに俺は惑う。俺はスタートラインにすら立てない立場だけど、そうだな、俺だったら…
「…新しい世界に一歩、踏み出すかな。」
トゥシェの瞳が輝いた。彼女は首を縦に振っておもむろに立ち上がる。
「そうだよね。この村のことは大好きだけど、せっかくのチャンスなら掴まなくちゃ!!勿体ない!!!!」
突然走り出す彼女を慌てて追いかける。20メートルぐらい走った後、両手を広げながらくるっとこちらを向いた。太陽のような微笑みとともに。
「決めた!私魔法学園に行く!アウェイ上等、すっごい魔法使いになってやるわよーー!!!!」
風が吹く。彼女への追い風だ。
普段ポニーテールにまとめられている胸元まで伸びたセピア色の髪は、今は解き放たれており風になびいている。月明かりに照らされたそれは琥珀色にきらめいて目が離せない。
彼女の瞳が俺を捉える。俺や母さんと同じ色のはずなのに、彼女のラピスラズリの瞳にだけは満点の星空が広がっているように思えるのだから不思議だ。
「ラン、ありがとう。9割くらいは行く気だったんだけど最後の一歩がなかなか踏み出せなくてモヤモヤしてたの、ランのおかげだよ!」
駆けてきて俺の両手を包み込む彼女は晴れやかな表情だ。
トゥシェなら絶対に学園に行く選択をすると、心の奥ではわかっていた。何年一緒にいると思ってるんだ、だから敢えて彼女の気持ちを固められるような言葉を選んだというのに。
行かないで。
そう、思ってしまう自分がいる。言えたらどれだけ良いか。でも、もしそれを伝えたとしても彼女を困らせるだけだろう。だから俺は言葉を飲み込む。
「俺のおかげだと思うなら、王都から俺宛にいいもの届けろよ。」
笑顔を作った。
月が雲に隠れて影が差した。
トゥシェは翌日すぐに、編入の意思を伝える手紙を王都に送った。
1週間程で返事が届き、準備期間と学園の長期休暇を踏まえて彼女が学園に通うのは10月から、ということになった。
時間はあっという間に過ぎ、とうとう出発の日。トゥシェは彼女の母が作ったという他所行きのワンピースに身を包み、村人一人一人に声をかけている。笑顔の者、寂しげな者など様々だ。彼女の父は号泣だ。
「ラン。」
彼女が俺のところに来た。
「今までありがとう。ランがいなかったら私、こんなに楽しく生きてなかったと思う。しばらく会えなくなっちゃうけど…私のこと忘れないでよね!?」
「はぁ!?」
言うだけ言って両親のところに逃げやがった…。涙拭ってもらってる、俺との会話でも泣けよ…。
出発の時間になった。学園からの迎えの馬車に彼女は乗り込む。こんな立派な馬車を見るのは初めてで、窓から顔を出す彼女は既に別世界の人間になったようで胸が苦しくなった。
馬車が動きだす。身を乗り出して大きく手を振る彼女。どんどん遠のく。俺のいない世界へ。だったら、せめてー…
「ぜぇぇーーーってぇ、忘れてやんねーーーー!!!!!!」
果たして聞こえただろうか。いや、絶対に聞こえたはずだ。
トゥシェが『ありがとう』と言った気がしたから。
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