慰謝料を要求します!
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連れて行かれたのは中流の宿屋。
部屋に入り、しっかりと錠を閉めてからおにーさんが椅子に腰を下ろす。男―――おじさんは彼の後ろに立っていた。
私は床に座らされている。
「ーーーー……何故連れて来られたかは分かっているな?」
それはもう、すごーく冷たい目で見下された。
「わ、分かりません。盗んだって言ってましたけど、わ……僕、何も盗んでないです」
あぶねー。私って言うところだった。
「盗んでねーって!? 嘘つくなよ小僧!? 城下町でその服着てりゃ捕まえてくださいって言っているようなもんじゃないか! シラ切ってんじゃねーぞ!」
……その服。
「も、もしかして、この服着てるから僕が盗人だって言ってるんですか?」
「城では馴染んでても、城下町じゃあ悪目立ちだぜ。オレたちはその服を着たお前が盗みを働いたと見当つけてんだよ!」
しろ!?
うっそ! 私は盗人の服を着ていて盗人に間違えられたのか!?
「ち、ちち、違います! これは路地に捨てられてたから拾ったんです! 元々着ていたのは無精ヒゲの生えたモジャモジャ頭の男でした!」
ハッと気付き、慌てて弁解する。
「アン? 人のモンを勝手に貰うなんざ、どっちにしろオメー盗人じゃねーか! それに、んな取ってつけたような言い訳、誰が信じるとー!」
「ああ!? しまった! 自分からカミングアウトしちゃった!……ってぎゃあぁぁ! 殴るのやめてくださいー!」
おにーさんの後ろに控えていたおじさんがとうとうキレて殴りかかってくる。
「ルドルフ、やめろ。こいつの言っていることは間違っていない」
と、そこで椅子に座っていたおにーさんがおじさんを止める。
「お、おにーさん……! さっきは殺すとか物騒なこと言ってたけど、見直しました!」
「黙れクソ餓鬼」
「ヴェン様! こいつの言っていることを信じるのですか!」
「信じるも何も、アレを盗んだ男とこいつは背格好が明らかに異なるだろう」
……じゃあ、なんで私連れて来られたの?
「それじゃあ何故ここにその子供を連れて来たのですか?」
見事に疑問に思っていたことをおじさんがおにーさんに尋ねてくれる。
「ルドルフ。お前、さっきまで部屋の外にいた気配に気付いていなかったのか?」
不愉快そうに眉間に皺を寄せるおにーさん。
「つまり?」
「向こう側は二人手向けていた。一人は例のモノを盗む役割、もう一人は俺たちを監視、もしくは足止めする役割を担っていたのだろう。前者は仕事を完成させ、後者はこれから主人の元に戻って『ヴェンツェル・シュタウフェンは偽の犯人を捕らえた。我々の仕業とは考えてもいない』と伝えていることだろうな。……まあ、向こうもこいつのことは想定外だったようだが。あちらにとってみれば嬉しい誤算だ」
フンと悪辣な笑みを浮かべるおにーさん。
「……あの。つ、つまり、僕は? 一体何のためにそこのおじさんに殴られたんでしょうか?」
ポカンとして二人に尋ねる。
「たまたまそこにいたから捕らえただけだ。お前が他人の服を盗む手癖の悪い奴で助かった」
口の端を吊り上げて意地悪そうにひっそり笑うおにーさんに、私はキレた。
「ものっっっすごっっい! 痛かったんですよ!? 絶対頬骨折れました! 頭に穴空きました!」
頭に穴が空いてたら死んでるよっていうもっともなツッコミはナシで! 今が勝負どころなんだから!
「……本当に貴様の頭に風穴を開けるぞ」
「慰謝料を要求します!」
着ている服や物腰も上品だから、きっとそこそこ良いところの旦那様なんだろう。
おにーさんは私の発言に眉を顰めたものの、断る気配はない。
……あれ? ダメ元言ったけど、……案外イケるかな? このおにーさん、口が悪い割に優しいのかな?
うーん、ノブレス・オブリージュ万歳! 貧しくて良かったー!……なんか違う気もするけど。
「何が望みだ」
「えっとですねー。さっきの露店で売ってた串肉が欲しいです! あ、勿論、タレ付きで! 本数は五本!」
注文した私に、用心棒よろしくおにーさんの後ろに控えていたおじさんーーーールドルフと呼ばれていたーーーーが文句を言いかける。
「ルドルフ」
「分かっています、ぶん殴るんですね。了解です、ヴェン様」
「串肉を買ってこい。五本追加で十本だ」
やった追加だ追加、おにーさん太っ腹ー! と大はしゃぎな子供を尻目に、ルドルフがおにーさんーーーーヴェンに目で尋ねる。
「…………なに。串肉五本分の対価を貰えるかと思ってな」
堅物だが優しい護衛の問いに何やら含みのある答えを返したのだった。