吾輩はもののけである。名前はあるし飼われている。
吾輩はもののけである。名前は特に無いが最近は「けだま」と呼ばれている。見た目のまんまである。吾輩の見た目が饅頭型の毛玉のようなフォルムをしているからのようだ。失礼な話だ。
吾輩は流浪の身である。日本各地を旅する流れものだ。今は訳あって人間に飼われている。甚だ腹が立つ。人間みたいな貧弱な生き物に飼われるなんて。一生の不覚である。
事は二ヶ月前に遡る。
吾輩は腹が減り人間どものゴミ捨て場なる所を漁っていた。漁りまくっていた。あまりの空腹で夢中で漁っていた結果、後ろから迫る気配に気付けなかった。そう、後ろから襲いかかってきた黒い怪鳥に。私は油断していたため思いっきり攻撃を食らってしまった。
激しい戦いの末、吾輩は渾身の体当たりで怪鳥を吹っ飛ばしてやった。ふん、吾輩に襲いかかるなんて。身の程を弁えろ。軽く一里は飛ばしてやったわ。ふふん。
しかし、最初に食らった一撃が思っていたよりも深かったため、吾輩はそのままゴミ捨て場で気を失ってしまった。
気がついた時、吾輩は人間の家にいた。気を失っている間に拾われたようだ。吾輩を拾ったのは須藤という若い男だ。こいつは自分が一人暮らしをしている狭い家に私を連れ込みよったのだ。須藤という名は郵便配達員が荷物を持ってきた時に知った。
祟り殺してやろうかと思ったが、怪我の処置をしてくれていたので勘弁してやることにした。ふん、感謝するがいい。
さて、須藤と過ごして二ヶ月、こいつが話すところをほとんど見たことがない。連れてこられた初日に「おい毛玉」と揺すり起こされた時だけだ。変わった奴だ。自分の声が恥ずかしいのだろうか?まあ吾輩には関係のない事だ。傷もすっかり治ったしもうこの家には用はない。さっさと出て行ってやる。
ん、なんだ?須藤が何かを持ってくる。お?もう食事の時間か?今日はなんだ?なんだ?
あ!あ!それはチャ◯ちゅーるじゃないか!くれるのか?くれるよな!?くれ……
くれたーーー!!!よっしゃーー!!うめーーー!やべーーー!!
うんま、うんま、うまいほんとうまいわーチャ◯ちゅーるやばいわー。もうほんまわかっとるで須藤。お前は将来大物になる。この毛玉が保証したるわ。
……おほん。少し見苦しい所を見せたな。ふん、忘れてくれ。頼む、後生だ。
とにかくだ、もう少し須藤の所にいるとしよう。こいつなかなか使えるからな。決してチャ◯ちゅーるは関係ないからな。こいつが使えるうちは使ってやるだけだ。本当にチャ◯ちゅーるは関係ないのだ。夢々忘れるでない。
お、須藤が出かけるようだ。こいつ大学生らしい。真面目に毎日学校に行っている。ふん、つまらん奴だ。もっと遊べばいいのに。吾輩、お見送りなんかしてやらん。勝手に行けば良いのだ。
おっとしまった、吾輩のご飯を買うのを忘れるなと言うのを忘れておった。ちょっと待て須藤、待て待て……
ととととととと……(玄関へ向かう足音)
ふん、待たせたな。不本意ながら見送ってしまった。別に須藤の事は好きではない。便利な奴だから使っているだけだ。吾輩、じっと睨みつけてきてやったわ。きっと須藤のやつ吾輩に怯えて貢物を買ってくるはずだ。肉が食べたいな。肉買ってきたらいいな。
因みに人間に吾輩の声は理解できない。吾輩は高貴なもののけだからな。人間のような低脳な生き物には理解が追いつかんのだ。昔、世話になった娘が吾輩の声のことを「『もふもふ』にしか聞こえない」とか言っていた気がする。もふもふって擬音語ではないか。失礼な話である。
須藤が出かけた後、この家は吾輩のものになる。我が物顔で歩いても誰も文句を言わない。居心地の良さは申し分ない。窓の側で昼寝をするのが私の日課だ。お日様に照らされながら昼寝をしているとこの上なく幸せな気持ちになる。
昼寝の後は一度伸びをする。そしてそのまままた横になり夕寝をする。夕焼けに照らされながら寝ていると吾輩はこの上なく幸せ気持ちになる。そのまま吾輩は夜を迎える。
ガチャッ
玄関のドアが開く音と同時に吾輩は目を覚ます。もう部屋の中は真っ暗である。ふん、出迎えになどは行かない。吾輩はそんな安いもののけではない。誰が出迎えなどするものか……お、お、この匂いは……
どどどどどどど……(玄関へ向かう足音)
おい!須藤!お前それはファ◯チキではないのか?え?そうだろ?違うか?違うのか?
お!お!それくれるのか?くれるのか?ファ◯チキだろ?な!な!な!
やったああぁぁぁ!!くれたーーー!!!やっぱりファ◯チキだーー!うめーーー!!ファ◯チキー!!!この肉汁が最高なんよ。もうほんとこれ作った人は神やわあ……
おい須藤、お前やっぱええやっちゃなあ。どうせ伝わってないんやろうなあ吾輩の感謝の気持ちは。まあ仕方がないこっちゃ。
ふふふ、そやファ◯チキの御礼に吾輩が誰が祟り殺してやろう。誰がいい?ほら言うてみ?ほらほら言えるもんなら言ってみ?
「お前、何を物騒なこと言ってんだよ。余計なことしなくていいんだよ」
須藤が呆れた顔をして言った。
お前余計とは失礼な。せっかくファ◯チキをもらったから恩返ししてやろうと思ったのに…………ん?あれ?
「えっ?…………あ」