茶色い瞳。
「アイリス・コンスタンスともうします。よろしくおねがいいたします」
四歳で出会ったアイリスは正直、地味だった。
焦げ茶の髪と目は集団に埋没するし、声も小さい。
だからすぐに忘れてしまったのだけど、翌年お城のお茶会ですごくおいしそうにケーキを頬張る姿を見て、目が離せなくなった。
「大きな口はいけませんよ、アイリス」
「ごめんなさい、お母さま」
恥ずかしそうに身を竦め、でも意を決したのだろう。隣の母親を見上げる。
「けれど、このケーキすごくおいしいんです。小さなお口で食べるより、ぱくりとしてよく味わうべきです!」
「まぁ、アイリスったらまた」
苦笑する母親を見て、彼女はまたしょんぼりと肩を落とした。
「ぱくりとすると、生クリームといちごがお口の中でなかよくなって、もっとおいしくなるから…」
「あらあら、アイリスはずいぶん舌が肥えてるのね」
王妃が二人に話しかける。
「食いしん坊で先が思いやられますわ」
「セリーヌそっくりじゃない」
王妃はフォークを手にすると、いちごを半分に割り、クリームと共に口へ運ぶ。
「あぁ、アイリスの言う通りね。一緒に食べるとクリームの濃厚さといちごの酸味が引き立て合うわ」
「アイリス、王妃様の食べ方を見ていたかしら? 大きなお口では、はしたないから小さくして食べるのよ」
「はい、お母さま」
彼女はフォークを握り、真剣にいちごと向き合う。マナーを一通り教わっているが、そこはまだ幼い少女の手だ。うまくいちごが割れず、苦戦している。
その一生懸命な様子から俺は目が離せず、ずっと見つめていた。
「今日のお茶会はアンディさまもいらっしゃるのですね」
「剣の鍛錬してる方がよかったんだけどな。先生から合格をもらったから、時間が余ったんだ」
「すごいですねぇ、アンディさま」
アイリスは控えめに微笑む。
いつだってこうして素直な言葉で賞賛してくれるのが心地良くて、俺はアイリスを側に置いた。
十二歳になった頃、俺たちの婚約話が持ち上がった。
乗り気な父親と渋るコンスタンス侯爵の間にどんな話し合いがあったのか…。
結局、もう少し二人が成長するまで、婚約者候補筆頭でいこうということになったらしい。
それを聞いてすぐに俺はコンスタンス家に向かい、登城する前の侯爵を捕まえた。
「候補や仮婚約ではなく、すぐにでも正式な婚約の儀を行いたいんですが…」
「う~ん…それはまだ早いかな」
「どうしてです? 俺たちはとても仲が良くて問題なんかないと思います」
「そうだねぇ、でも披露目はもう少し待ってくれないか? アイリスがちゃんと君に恋をするまで」
「え……?」
コンスタンス侯爵は困ったように笑う。その目から思慮深さを感じる。
「アイリスが俺に恋をするまで…? だって、アイリスは……」
いつだって呼べばそばに来た。隣にいろと言えば、にこにこと寄り添ってくれる。
他の男とは俺だけ扱いが違ったじゃないか。
言われた言葉に呆然としたまま、侍女に案内されアイリスの元へ向かう。
アイリスは庭のガゼボでお茶をしているらしい。
「こうすると、この花の蜜が甘くなるのね」
「そうです。蜂はその蜜を持ち帰ってため込むのですじゃ」
「するとおいしい蜂蜜が出来上がる…」
ガゼボにいると思っていたアイリスは花壇にいた。庭師の横で熱心に話を聞いている。
「蜂蜜はいつ頃採れるの?」
「冬の時期は蜂が攻撃的じゃから、春過ぎですな」
「夏は?」
「夏の暑い時期は蜜が少ないんです」
美味しいものを食べているときと同じように目をきらきらさせながらの会話だ。
微笑ましく思いながら足を進めて呼びかけた。
「アイリス」
「アンディさま」
きらきらしていた目が、俺を捉えて凪ぐ。
先程見たコンスタンス侯爵とよく似た思慮深い茶色だ。
その時、俺は気付いた。
アイリスの目には熱情がない。
「今日はどうされましたの?」
「――僕たちの婚約をコンスタンス侯爵に認めてもらいにきたんだ」
「婚約……?」
きょとんと俺を見るアイリスに言葉が出ない。
「私とアンディさまが?」
「そうだ、受けてもらえるか?」
足元が抜け落ちそうな気持ちで問い返すと、アイリスはしばらく考え込んだ。
「俺と婚約するのはいやか?」
「いやではありませんわ」
その言葉に泣きたいくらいホッとする。
「では、これからよろしく頼む」
「かしこまりました」
胃の腑に石を飲み込んだような気持ちを抱え、俺はアイリスの手に口付けた。