お菓子と彼と。
ランチタイムはグレースとサイラス、それにキース王子と和やかに始まった。
「婚約解消おめでとう。アイリス」
「お耳が早いですね、キース王子」
「コンスタンス侯爵が昨日、執務室で小躍りしていたよ」
ちなみにお父さまは宰相で城が仕事場だ。
「家からの手紙を読んですぐにデズモンド公爵を取っ捕まえて、婚約解消を言い渡してたよ」
デズモンド公爵とはアンディの父親だ。
「デズモンド公爵は抵抗していたけど、何か色々書かれた書類を見せられて、さらに父上からも助言されてたな」
「王様からも…っ?」
「父上も母上もアイリスが気に入っているからね」
「正確にはロータスのお菓子をでしょう?」
「まさか。お二人とも本当にアイリスのことをお好きよ」
グレースはマフィンにジャムを付けて食べている。
「もちろん母上はグレースも気に入ってるよ」
「ありがたいですわ。王妃さまは私をキースさまと、アイリスをフレデリックさまとの婚姻をご希望でしたとか」
「うん、でも父上が、フレデリックにアイリスはもったいないと反対してね」
フレデリック王子は幼子の頃から…まぁ、なんというか女性が好きだった。
性格は明るく親しみやすかったが、言動も行動も軽い性質で、よく教育係に叱られていたなぁと懐かしく思い返す。
「で、アイリス」
キース王子が少し改まった口調で私を呼んだ。
「はい」
「本当にいいんだね? 婚約の…アンディのことは」
「もちろんです。私はアンディさまのことを友人としか思っていませんから」
「互いの家が繋がれば、利益が多いぞ」
「パワーゲームを否定しませんけれど…我が家には不要かと」
アンディとの婚姻がなくてもコンスタンス家の地位は揺らがないとお父さまは言っていた。
「アイリスがそう思うなら、まぁいいか」
キース王子はにっこりと笑った。その横でグレースは何度も強く頷いている。
サイラスは無表情のまま、静かにお茶を飲んでいた。ここまでの会話を邪魔しないよう、気配を薄めていたようだ。
目が合うと、手にしたマフィンをぱくりと口にする。
「このマフィンは少し風味が違うんだな」
「はい、粉の配合を変えてあります。少し黄みがかったのはコーンの粉。白みが強いのは大豆の粉です」
「コーンの方は自然の甘味があるね。大豆のはふんわりしている」
「私はこのふんわりさがいいですわ」
「サイラスさまはいかがですか?」
「俺はコーンのがいいな。少し塩気を感じる」
「お気付きになられましたか。少し塩を足すことで甘味が引き立ちますの」
私はうれしくなって手を一つ叩いた。
「甘さはいかがでしょう」
「う~ん…、甘すぎなくていいと思う」
「何かご不満が?」
「ないない。けれど…」
「けれど?」
「甘くないならマフィンじゃなくてもいいような気がするな」
「確かに!」
サイラスの言葉にキース王子が爆笑した。
「僕もそう思っていたよ。ここにベーコンとレタスが乗ってればいいなぁって」
「それにはもう少し生地がしっかりしている方がよいと思うわ」
「そうだね、グレース。それはパンだよ」
「ですわね」
笑う二人に釣られて私もサイラスも笑う。
笑いながら次はチーズを練り込んでみようと思った。マフィン作りは私の中で迷走し始めているけれど、それもまた楽しみだ。
放課後の学園の図書室はしんと静まり返っている。閲覧席で私は料理の本を開いていた。
目の前ではサイラスが周辺諸国の風土記を読んでいる。
その姿が様になっていて、思わずじっと見つめた。
「なんだ?」
「いえ…不躾に眺めて申し訳ありません。少し意外で」
「俺が本を読むのが?」
「有り体に言えば、はい。サイラスさまは放課後、鍛錬を行っていらっしゃるのだと思っていて」
「そういう時もあるが…今度の休みに父上に付いて隣国に視察に行くんだ。これはその下調べ」
「まぁ、そうでしたのね」
サイラスの父親は外務大臣なので、そういうこともあるのだろう。
「いつもなら兄の役目だが、今回は他の国へ単独で視察に出ていて…」
「独り立ちのご準備ですのね」
「父上の後を継ぐのは兄だから」
「サイラスさまは将来どうなさるの?」
「キース王子の近衛兵になれたらいいなと思ってる」
「素敵ですね。なんだかしっくりきます」
「そうか?」
「はい。サイラスさまがキース様をお守りしているところを想像すると、とっても安心できますわ」
私がそう言うと、サイラスは照れて頭を掻いた。
キース王子の陰ひなたに付き添い、守るサイラス。きっと気の張る仕事だから、家では美味しいものを用意してあげたい。
疲れの取れる食事はどんなものだろう。
そう思って、私は赤面した。
なにを考えているのかしら、私ったら。
「あなたは料理の本か?」
「は、はいっ。その、私はお恥ずかしながら、食いしん坊でして。他国の珍しい食事が気になるのです」
「そういえばグレース嬢が言っていたな。あなたの家は菓子だけじゃなく料理もすごいと」
「コックが才能ある人物なのです」
そう、我が家は菓子職人のロータスだけではなく、一流料理人と王家に認められたコックのヘンリーがいる。国事でパーティを開く時には二人とも王城へ上がり、メニュー決めや調理の一端を担う。
「そんなすごい料理人がなぜコンスタンス家に?」
問われて私はまた赤面する。
「ロータスもヘンリーも…それぞれ元は町で自分の店を切り盛りしていました。私が教育の一環として城下見学に行った時にいい匂いに引かれて…その…」
「食べた、と?」
「はい。あまりの美味しさに頼み込んで我が家に勤めてもらったのです」
店先で必死に口説き落とした記憶がある。ヘンリーもロータスもすごく困っていたが、最終的に根負けしたように頷いてくれた。
ちなみに両親へは事後報告で、後からこってり怒られたが、二人の料理とお菓子に文句はなかったようで「大手柄だ」と頭を撫でられたというオチだ。
「いいご両親だね」
「私の食い意地は遺伝なのです」
「そんなに美味しいなら俺も食べてみたいな」
「いつでもいらしてください。サイラス様は健啖家のようなので、料理人たちも家人も喜びます」
ただ…と私は声を潜めた。
「ここぞとばかりに試作品を出されるかもしれませんが…」
「では行く前に鍛錬して腹を減らしておこう」
サイラスはいたずらっ子のように茶色の目を細めた。