味が気になる。
「ロータス、お願いがあるの」
「なんでしょう、お嬢さま」
「甘くないマフィンというのは作れるかしら?」
帰るなり厨房へ向かう私を侍女たちが慌てて止める。貴族の子女が顔を出す場所ではないからだ。
「甘くないマフィン…? 砂糖の量を減らせば」
「口当たりは悪くならない?」
「メレンゲをよく泡立てておけばそれほどではないかと。お嬢さま、ダイエットですか?」
「違うわよ。甘い物が苦手な方に差し上げたいの」
「なるほど…試作してみます」
「お願いね!」
次に私はお母さまの所へ向かった。
「まぁ、なんですか。着替えもせずに」
「お母さま、私アンディとの婚約を解消したいのです」
「――ダン」
「はい、奥様」
「用意していた書状は?」
「今すぐ送ります」
お母さまと頷き合い、執事のダンは足音を立てず出て行った。
「お母さま?」
「何も心配いらないわ、アイリス。よく決心したわね」
「だって、しょうがないことだもの」
「よく考えたのね?」
「えぇ。私アンディと一緒にいなくても平気みたい」
お母さまは安心したように微笑んだ。
「よかったわ。このまま婚約を続けて結婚してもアイリスは幸せになれないと、お父さまと話していたの」
「お父さまは…」
「もちろん婚約解消するつもりだったわ。でももしあなたが少しでもアンディのことを未練に思っていたら…と時期を見ていたの」
証拠集めは済んでいるしね…とのつぶやきは聞かなかったことにしよう。
「私、幸せね」
家族や友人にきちんと思ってもらえる。それだけで心がぽかぽかになっていく。
夜遅く帰宅したお父さまから婚約を解消できたと聞き、そのスピードに驚きつつ、ここ最近の悩みがなくなって、その晩私はぐっすり眠った。
「サイラスさま、おはようございます」
翌朝、登園すると馬車寄せでサイラスとばったり会った。すかさずあいさつをし、私は小さなバスケットを差し出す。
「これは?」
「甘さを控えたマフィンです。お口に合えば良いのですが…昨日のお礼に」
「あぁ、ありがとう。気を使わせたかな」
「いえ、実は趣味でして…」
「趣味?」
「我が家の菓子職人のお菓子は絶品ですの。今は私もロータスも…あ、ロータスと言うのが菓子職人の名です。二人で新しい味のマフィンを作るのにはまっていまして。サイラスさまの言葉で甘くないマフィンに挑戦しました」
昨夜の試作品は三種類。砂糖を控えたもの。砂糖ではなく、はちみつを生地に練り込んだもの。砂糖を一切使わず、粉を小麦からコーンや豆の挽いたものなど。
「中に味の説明を記した紙を入れてあります。その…図々しいですけれど、お味の感想を頂けたらうれしいんですが」
「もちろん、構わない。それを聞くと食べるのが楽しみになってきたな」
お世辞じゃなく、目をきらきらさせてバスケットを見るサイラスが子供のようでかわいい。
「私のもあるんだろうね、アイリス」
振り返るとキース王子が立っていた。
「もちろんございますわ」
「よかった。もし持ってきてくれなかったならコンスタンス家へ襲撃するよ」
「止めて下さいませ。我が家にあらぬ疑いがかかります」
「それくらいロータスの菓子は食べ逃せないんだよ。ラッキーだな、サイラス」
キース王子がサイラスさまの肩を叩く。
「おはようございます、キース王子」
「おはよう。ちょうどいいから今日はランチを一緒に取ろう。そこで感想を言い合うと楽しいだろう」
「かしこまりました」
「場所は…そうだな。裏庭の温室のさらに裏にある池のほとりだ」
「…ずいぶん離れた場所ですね」
「人に聞かせたくない話もするからね」
キース王子はそう言って私を見る。思わず首をすくめた。