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恋話よりお菓子。

「まぁ、あれをごらんになって」

「あら、いやだ。デイジーさまよ」

「両の手を異なる男性に絡ませていらっしゃるわ」

「しかも体を押し付けて」

「なんて、はしたない…」


 学園の廊下をさざ波のような非難の声が押し寄せる。

 私はそれを教室の自分の席で聞いていた。


「お相手はよりによってフレデリック王子とアンディ様よ」

「王子と公爵家嫡男を手玉に取っていらっしゃるのよ」

「たかが男爵家の娘が」

「まぁ、でもほら…アンディさまは婚約者の方がパッとしないですし」

「仲もうまくいってないんでしょう?」

「そうですわ。学園でまったく目を合わせませんもの」

「それも仕方ないのでは? 認めたくありませんけれど、ディジーさまの方がお顔とスタイルはよろしいから」


 小鳥たちのさえずりというには少々かしましい。


「よろしいんですの? アイリスさま」

 アイリスが人に気付かれぬようあくびのようなため息をかみ殺していると、隣の席に座っている親友のグレースが気遣わしげに話しかけてくる。


「かまいませんわ。私とアンディさまが名ばかりの婚約者なのは事実ですし」

「けれど、侮られているのです」

「グレースさまがそう思ってくださっているだけで、うれしいわ」

 微笑を浮かべると、グレースはじっと私の顔を見て大きなため息をついた。


「アイリスさま。場所を変えましょうか」

「では、私の家でお茶でもいかがかしら」

 今日のレッスンはすべて終了している。あとは家の馬車に乗れば帰れる。

 グレースは自分の家の馭者に予定変更を伝え、我が家の馬車に乗り込んできた。



「まったく、何かしら、あれは!」

「グレース、言葉遣い」

「どうせ私たちだけですもの。かまわないわ。アンディのあんな脂下がった顔、我慢できない!」


 侯爵家の私たちと、公爵家のアンディ、それにフレデリック王子は幼少の頃から親しい付き合いがあった。もちろん他にも家柄の合う子供たちと交流し、それぞれ友誼や婚約を結んでいる。

 先日、十六歳になったのを機にグレースはフレデリック王子の兄、キース王子の婚約者となった。私とアンディも親の取り決めで同時期に婚約している。


「子供のころはこんなことになるなんて思わなかったわね」

 我が家に着き、応接室で二人向かい合って紅茶を飲む。

「グレースはキースさまをずっと好きだったじゃない」

「私の話じゃないわよ、アンディよ。あんなにアイリスを追いかけ回してたのに」


「心変わりはしょうがないわよ。あちらのお父さまは今回の件で私にアンディをつなぎ止める努力をしろと手紙を寄越したらしいわ。お父さまとお母さまが引きちぎって暖炉に放り込んでたけど」

「当たり前よ、むしろそんな恥知らずな手紙を出した本人を引きちぎってやりたいわ!」

「落ち着いて。ほら、お菓子が来たわよ」


 憤慨しているグレースの前にいくつものマフィンが置かれる。いい香りが部屋に漂い、グレースの表情も柔和になる。

 グレースはマフィンを掴むと二つに割った。


「アイリス、味の違うのを半分こしましょ」

「いいわよ、じゃあ、はい」


 私もマフィンを取って割る。


「あ~、やっぱりアイリスの家のおやつはおいしいわ」

「もちろん。自慢のお菓子職人だもの」


 ご機嫌は直ったようだ。ホッとして私もマフィンを味わう。ふぅわりとさわやかな香りが鼻に抜けていく。


「今日のマフィンは紅茶味かしら」

 呟くと、壁側に控えていたお抱えの菓子職人ロータスがにこりと笑って頷いた。

「さようでございます。グレース様」

「ではこちらは?」

「レモンピールを練り込んだもの。その隣は…」

「待って、ロータス。当てるから」


 私は急いで次のマフィンに手を伸ばして、食べる。

「オレンジ…レモンかしら」

「柑橘系よね」

 グレースと二人、小リスのようにもぐもぐしていると、ロータスが笑みを深めた。私はくちびるを尖らせる。

「ロータス、笑ってないでヒントをちょうだい」

「お二人がおっしゃっていたのがヒントです」

「柑橘系ね…オレンジでもレモンでもない…柚子?」

「正解です、アイリスお嬢さま」

 ロータスはうれしそうに頷いた。


「あと、粉の配合を変えているわね?」

「はい。小麦だけではなく、大豆の粉を使っています」

「どのマフィンも少しずつ味わいが変わっているのは、そういうことね」

「アイリスってば、相変わらず、すごいわねぇ」


 グレースが感心したように紅茶を飲む。すかさず侍女がおかわりを注いだ。


「粉や砂糖の量、材料すべての変化に気付くのはアイリスお嬢さまだけです」

「私、昔から食いしん坊なのよ」

「そうだったわね。王妃さまのお茶会でも食べてばかりで」

「だって王宮のお菓子に興味があったんですもの」

「他の子は王子たちに色目を使っていたのにねぇ」

「グレースだって話をしに行かなかったじゃない」

「あの女の群れをかき分けてなんの得があるのよ。それよりまた王宮の書庫に忍び込めないかしら。読みたい本がいっぱいあるのよ。王子より読書!」

「王子妃になったら書庫くらい入れるでしょ。それにしてもそういうさっぱりしたところがキースさまのお眼鏡に適ったなんて、皮肉よね」


 キース王子は自分に群がらない少女たちを選んで後日お茶会を開いた。

 集まったのは個性的な子たちばかりで、話すと面白く、今では強い友情で結ばれている。


「あの頃からキース王子はグレースのこと意識していたのよ」

 読書家のグレースは王子と話が弾み、誰が見てもお似合いだった。


 そんなことを思い出しながらグレースを見ると、少し照れた顔でカップを置く。

「ごちそうさま」

「もうよろしいんですか? グレースさま」

「えぇ、今日もとてもおいしかったわ。ありがとうロータス」

「よろしければいくつかお持ち帰りなさいますか?」

「それはぜひお願いするわ!」


 私もマフィンの手を止めた。これ以上食べたら夕食が入らなくなる。

 そう思いつつも片付けられるお茶とマフィンをつい物欲しげな顔で見送ってしまう。

 そんな私をロータスや侍女が目を細めて笑っていた。


「アイリスさま、また違う味のマフィンを作りますので」

「うん、それは楽しみだわ」


 でも今食べたいのよね。

 その思いが出ていたのか、いささか覇気のない私の返事にロータスが言葉を重ねる。


「明日の朝、できたてを作りますので、学園にお持ち下さい。皆様と召し上がっていただけるよう包んでおきます」

「それはいいわね! ぜひお願い!」

「いつも通り王子さまとグレースさま、アンディさまの分ですね」

「少し多めに入れておいて。ロータスのお菓子はおいしいから、みんな大好きなの!」

「光栄です」


 明日もロータスのお菓子を食べられる。

 気分が良くなった私はにこにこと眠りについた。


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