Episode 06:夏が終わって、あくびをひとつ
隆太たち水泳部一行は、隆太の知り合い(ということになっている)涼子の旅館へ泊っていた。
昨夜のドタバタな展開は、隆太にとってはあまりにも衝撃的だった。 おかげで一晩中、ほとんど眠れなかった。
…夜が明けて、涼子は旅館の玄関を開け、ホウキで掃除をした後、打ち水をしていた。
「あ…、涼子さん。おはようございます。」
涼子は柄杓を振りながら… 「あ♪おはよー、隆太くん。 朝早いんだねぇ。 よく眠れた?」
「あ、、、いや、、、それがその…」
涼子は少し苦笑いしながら、俯く隆太に向かって話しかけた。
「こらこら…ww もう、夕べみたいに夜中に宿抜け出したりしちゃダメだぞっww ま、みんなには内緒にしといてあげるけど、何かあったら大変なんだから、若いキミ達のはしゃぎたい気持ちはわかるけど、ちょっと自重してよね~」
「は…はい。。。 本当に、ごめんなさいです…」
そう言うと、隆太は壁に立てかけてあったホウキを手に取り、玄関先の掃除を始めた。 ついさっき、涼子が掃いたばかりだというのに…
「ちょっ…!?隆太くん?? そんなことしなくてもいいんだよ??」
「あ、、、いえ、、、ぼ、、、僕にも、お手伝いさせてください。 お世話になっている身分ですので…」
「そ、それは嬉しいんだけど…、お掃除はたった今私がやっちゃった後だから…」
「えっ…。。。 あ、でも、宿のお仕事を色々と経験したいと思っているんです。 だって将来、僕がこの宿で、涼子さんと一緒に…」
「ええっ…!?ちょっとなに言って…」
「ぼっ…、、、僕、、、本気なんですよ!! 涼子さんと…、、、っその…、結ばれたら、、、ここで、、、涼子さんと一緒に…」
隆太は、ポロっと出てしまった自分の一言を取り消せない様子だった。 だが一方で、それは彼の本音でもあったがゆえに、話さないわけにもいかなかった。
「隆太くん!!友加里ちゃんや、愛莉ちゃんとの仲もあるんでしょう?? もちろん、私のこと好きって思っててくれるのは嬉しいけど…、キミにはキミの、味わうべき青春があるはずでしょう? ちゃんとその辺はわかってるから、そんなに気持ちばっかり急かさないで(*^-^*)」
「は…、、、はい…。。。」
涼子の母性愛に満ちた言葉に、隆太の胸は高鳴ったが、同時に、友加里や愛莉との仲についても、どうしていいものか、脳内で感情のコンフリクトが起こっていた。
「おはよーございまーす!!」
…玄関にやってきたのは愛莉だった。 愛莉もまた、涼子の手伝いをしようと起きて来たようだった。
「あ、隆太ぁ、早いじゃんww」
「愛莉こそ、早いじゃんww」
「…うん。 できれば、隆太とちょっと、浜辺でも散歩したいなぁ…って思って…」
「ええっ…!?」
突然の誘いに戸惑う隆太だったが、二人を後押しするかのように、涼子は…
「おっ、いいじゃんいいじゃん♪ 出かけておいでよ♪ 朝の浜辺は気持ちがいいよ~♪ 帰って来る頃には、朝ごはん出来てると思うから、ゆっくりしてきてね!」
…二人は、少しソワソワしながらも、宿の裏に広がる砂浜を、手を繋いで歩いた。
「どうしたの?隆太ぁ? 何だか、落ち着かない感じだね?」
「だっ…、、、だって、、、愛莉とこうして、二人っきりで歩いてるなんて、滅多にないし…」
「あははーーーww 緊張してるのかーーーww …って、アタシも同じだよ、隆太。」
…隆太のドキドキは、相手が女子だからということもあるが、それ以上に、夕べ、友加里とここへ来ていたことがバレていないか、その不安でいっぱいだったのだ。
「隆太ぁ。アタシ達の住んでる町の浜辺だと、朝日が昇って来るのが見られるよね。 でもこっちは、夕陽が沈むところが見られるんだよね。 朝日も夕日も、同じように見えるけど全然違うものだから、ステキだと思わない??」
「う、、、うん…。そうだね。 一日の始まりと、終わりって感じで違うよね。」
「そうそう。 ねぇ、今日もごはん食べたら泳ぐよね? 今日は、、、できれば隆太ぁ、アタシに少し、泳ぎ方教えてほしいなぁ…。」
「うん…。いいよ。 僕で良ければ。。。」
少し歩き疲れて、防波堤に腰かけた二人。 穏やかな朝の海に、優しく広がる波の音が二人の恋心をくすぐるようだった。
「隆太ぁ…。」
愛莉は、ぐいっと隆太の方ににじり寄って、彼の腕を抱きしめながら話し始めた。
「隆太ぁ…。 アタシ、水泳の素質って全然ないんだよね…。 部活でも先輩とか先生に怒られてばっかりだし、水泳選手目指すなんて、やっぱり初めから間違ってたって思うよ…」
…突然の愛莉の弱音を受け、戸惑う隆太だったが、それに対し即答することはなく、(いや、できず…)愛莉の言葉を続けて聞いた。
「アタシ、水泳部入ったきっかけって、あきらと隆太がいたからだったんだよね。ぶっちゃけ言うと…。 で、、、でも、水泳の選手になりたいって気持ちはホントだよ!! 一流のアスリートになって、友加里どころか、その辺の水泳大会なんて目じゃないってくらいの腕になって、みんなを驚かせてみたいんだ…。」
「愛莉…。 その気持ち、すごくいいね。」
「ありがと…。 でも、私って最近水泳始めたばっかりだから、全然泳ぎもなってないし、隆太に教わってても、なかなか上達しないし…。 やっぱり隆太みたいに、ちっちゃい頃から始めてないとダメなのかなぁ…」
「そ、そんなことは、、、ないと思うけど…」
「アタシ、実は、親のいいつけで、楽器は小さい頃から習ってたんだよね。 けど、本心言うと、身体を動かすスポーツの方が憧れとして強くなっていったんだよね。。。 今でも楽器は弾けるし、担任の先生も2学期からは、アタシに教室のピアノを担当させようかって言ってる…。 イヤじゃないんだけど、水泳やりたいし、でも泳げないし…」
「…。。。(困ったなぁ…。こういう状況でかける言葉なんてないよなぁ…)」
…暫しの沈黙の後、愛莉が放った言葉が、結果的に隆太への助け舟となった。
「ねぇ隆太? 隆太って高校入っても、ってか、大人になっても水泳続けるつもりなの? 将来は水泳のインストラクターになるとか? それともオリンピック選手目指すとか? 隆太にとって、水泳ってどんな目的で続けているの??」
「えっ…!?!? …そ、、、それは…。。。」
…助け舟に乗れたはずが、その途端に舟から転げ落ちたかのような状況だった。。。
「考えてみれば、僕も親のいいつけで水泳やってただけだったなぁ…。 将来、水泳で何か職業を得ようとかって、全然考えてなかったよ…。 自分は小さい頃から身体弱くて、病気しやすかったから、親が、身体鍛えさせようってことで、水泳始めさせたんだ。 もちろん、イヤだと思ったこともあったけど、今じゃ自分にできる何かって言えば、水泳しかないから…」
「そっかぁ。」
「あ、、、で、でも、、、僕…、中学出たら、水泳やめちゃうかもしれないんだ…」
…隆太のそのセリフを聞いた愛莉は驚愕した。
「ええっ…!?!?ウソでしょ隆太!? だって…、せっかく小さい頃から続けて来て、ここまで上手くなってきた水泳をやめちゃうって…?? やっぱり、水泳でイヤなことでもあったの!?」
「そうじゃ、、、ないよ…。 僕…、実は・・・・・・・・・・・」
…愛莉は、緊張で胸を押さえている隆太を心配そうに見つめながら、「実は…」に続くセリフが出て来るのを待っていた。
「かっ…、、、かの、、、じょの…ために、、、」
「はぁ…?? カノジョ?? …って、そのカノジョったって、友加里かアタシしかいないじゃんww 二人とも水泳やってるし、アタシだって友加里だって、高校入っても水泳続けるつもりでいるんだよ?? まぁ、同じ高校行くとは限らないし、友加里も何だか、中学出たら進路がどうのこうのって言ってたから、はっきりとは言えないだろうけどさぁ…」
「うん…。。。 実は、愛莉ぃ…。。。 昨日から泊まってる宿の、磯倉涼子さんって女性いるでしょ。 ぼ、、、僕、涼子さんのこと大好きで…、、、彼女も、僕のこと思っててくれてて、、、それで、将来、結婚できたら、宿のお仕事に就きたいから、水泳は…」
…愛莉は、隆太の突拍子もない告白を受け、呆けた様子で彼の顔を見つめた。
「高校は、宿の仕事をするために必要な資格を取れる、商業系の学校にするつもりなんだ…。 僕、涼子さんと絶対一緒になりたいんだ!! 歳の差歳の差って言われそうだけど、好きになっちゃって、もう僕の未来に涼子さん以外の女性なんて考えられないよ!!!!」
「りゅ…、、、隆太…?? 本気なの…?? …ど、、、どんだけ歳の差あると思って?? …それ以前に、隆太あんた、大人のジョークみたいな話を真に受けてるの??」
…隆太は、愛莉の返答に対し、やや語気を強めて…
「違うよ!!!! 涼子さんは、本当に、僕と、、、将来、恋人として付き合ってもいいって言ってくれたんだ!!!!」
…愛莉は、二の句が継げなかった…。 またも静寂に包まれた朝の浜辺で、カモメの鳴き声だけが辺りに響いていた。
隆太は、涼子と出会った時のことや、これまでのいきさつについて、愛莉に仔細に説明した。 無論、涼子には死別してしまった弟がいたことも、包み隠さず打ち明けた。
「…そっか。 隆太って年上にもモテるんだね。 でも、涼子さんも寛大な女性だね。 自分の彼氏(?)が、他に女の子…、つまり、アタシとか友加里と付き合っているってのに、あえて浮気を認めちゃってるなんてさ。」
「そ、、、そんなんじゃないよ!!」
「だってそうじゃん。 どうせ隆太は子供だから、後になってあっさりフラれるのがオチだよ。 10コも年下のカレシだなんて、女子の方が面倒見なきゃならないようなものじゃん。 アタシにはそんなの無理すぎるよ。」
「べっ…、、、別に愛莉の感想聞いてるわけじゃないっての!!」
「ま、そーゆーことにしておくよ。隆太クン♪ 心配すんなってww 友加里とケンカしちゃったこととか、上手くいかないこととか気にしてて、涼子さんを好きだって言ってるんでしょ?? 大丈夫だって~♪ 友加里が隆太をフッたら、アタシが引き受けてあげるから。」
「…だからぁ…、、、ホントに涼子さんがーーー」
「---はいはい。。。わかったからそろそろ宿に戻ろうよ。 朝ごはん食べ損ねるぞww」
…愛莉もまた、友加里に負けず劣らずな独善主義な性格であることを思い知らされた隆太であった。
「おっせーぞ隆太!! あーーーwww二人で朝のデートしてきたなーーーwwひゅ~ひゅ~♪」
「あっ…あきらぁ!! そんなんじゃ、ないってばぁ!!」
友加里は若干白目を剥いて…
「いい度胸してんじゃんwww 愛莉に隙見せたウチが迂闊だったわww」
…ちょっと、ピリピリムードな朝食タイムとなってしまったが、涼子が色々と恋愛以外の話題も提供してくれたので、程なくしてその緊張は解れていった。
ちなみに、浅虫温泉の旅館の朝食といえば、貝焼き味噌が定番となっている。 今回は、本来は宿泊客に提供するはずのそれを、涼子と彼女の家族らの計らいで、隆太たちに振る舞ってくれた。
固形燃料を入れた小型のかまどに、大きなホタテの貝殻を鍋のように載せてあり、その中にはホタテの貝柱や溶き卵、さらには、山菜や魚の切り身なども入っている。 何より美味しいのは、秘伝のレシピで作られたであろうダシであった。 4人は初めて味わう貝焼き味噌を興味深く食して、いつもとは違う朝食にご満悦の様子だった。
その後は4人とも、ビーチへ行き目いっぱい泳いだ。
涼子は、商売柄日焼けを好まないので、ビーチサイドでみんなを見守っているだけであったが、4人が海ではしゃぐ姿を見ていて、様々な感情を胸の中に抱いていた。
「もし、私の弟が生きていたら、こうして友達同士で楽しく遊んでいただろうなぁ…」
「もし、隆太くんが本当に私の彼氏になってくれたら、どんな未来が待っているだろうなぁ…」
「もし、将来彼と結婚ってことになったら、…、、、ああ、、、流石に想像できないなぁ…」
…二日間、隆太たち4人は涼子の宿とサンセットビーチにて、夏の思い出を作った。 来た当初はピリピリムードであったが、いつしかその空気はほとんど消えており、満面の笑みで帰りの時間を迎えたのであった。
「う~ん…ごめんねぇ~…。あたしの車じゃ、4人+あたしは乗せ切れないんだよね~。 本当は、お家まで送ってあげたいところなんだけど…」
隆太「いえ、そこまでお世話になるわけにもいきませんから、大丈夫です!!」
愛莉「はい。お世話になりました。また来てもいいですか?」
あきら「ど、、、どうも、色々とありがとうございました。 お料理、とっても美味しかったです!!」
友加里「涼子さん、ありがとうございました。 今度ぜひ、お礼します!!」
涼子「あははは…ww みんなもたっぷりと遊べて良かったね♪ 夏休みの思い出作れてよかったわぁ。 気を付けて帰るんだよ~♪」
…浅虫温泉駅に、隆太たちの乗る電車がやってきた。 涼子はホームから彼らを見送り、電車が見えなくなるまで手を振っていたのだった。。。
流石に4人は疲れが出てしまったか、座席に座っていると眠気が差してきた。 外ヶ浜町(蟹田)方面へ向かう彼らは、青森駅で電車を乗り換えねばならないのだが、何と4人とも途中で眠ってしまい、危うく、乗り換え先の列車に遅れるところであった。
…乗り換え先の電車は、夏休み期間ということもあってか、ほぼがら空きの状態だった。 あきらと友加里は疲れ切って爆睡していたが、隆太と愛莉は、今朝の事もあって、胸の動悸が激しかった。
何だか呆けたような表情のみんな。
一時の夢に酔い痴れていたかのような余韻の残る中、みんなは、日常へと心のスイッチを切り替えた。
- つづく -