ほころびの神様 本屋へ行く
これは遥彼方さん主催の「ほころび、解ける春」企画参加作品です。
寒~い冬が続く毎日の中で、ひょっこりと春がきたような暖かい一日になることがあります。
そんな日には山からほころびの神様がおりてきているんですよ。
ほころびの神様は、ちょっとくたびれたベージュ色のスーツを着ています。
二つある上着のポケットの底が、二つともほころびているのがいただけません。でも神様ですからそんな小さなことにはこだわらないのです。
ほころびの神様、ほこさんとでも呼びましょうかね。ほこさんは、ぶらりぶらぁりと町の中を歩いて行きました。三毛猫がトトトトッとほこさんの横を追い越していきます。チラリと振り返ってほこさんを眺めましたが「にゃんだこいつ?」と言っただけで、今度はサッサと駆けていきました。
「ふふふ、にゃんだこいつじゃないですよ。私だって一応、神様なんですから」
ほこさんが神様らしく見えないのかもしれませんね。でもほこさんは、猫に知らん顔されたぐらいではへこたれないのです。
横町の角を曲がった先に、ほこさんが大好きな本屋さんがあります。
ほこさんはそこに行くといつも新刊チェックをしてしまいます。新刊チェックとはなんですか、ですって?
出版された新しい本がどんな本なのかチェックするんですよ。
「この冬は、どんな本が出たのかな? おっ、水源くんはとうとうこの『吉原』本を出したんだね。ふむ、秋月忍さんもついに本を出したか。これはなかなか楽しいな」
ほこさんは夢中で本棚を調べていきます。
あまりにも本に夢中になっていたので、キャッという声がして誰かがぶつかってくるまで、ほこさんはその子がいることに気づきませんでした。
「ごめんなさいっ!」
女の子は高校生ぐらいでしょうか、ショートカットで元気のよさそうな子です。
「いえ、こちらこそ。本ばかり見ていて周りを気にしていませんでした」
ほこさんののんびりとした声とほんわかした口ぶりに安心したのか、女の子は笑いながらぺこりとお辞儀をしました。
「すいません。失礼しました」
そう言って本屋を出ていったのです。
「おやおやあの子は…………見た目は元気そうですが、なんだか悩みがありそうですね」
あら、ほこさんが神様らしいことを言っています。
ほこさんは両手をポケットに入れると、そこのほころびの穴から指を出して念じました。
「ほころびほころび、わずかなほころび。かすかなほころび出ておいで」
女の子が走って行った先から、ふわふわと細い糸が空中を漂って来て、ほこさんの手首にくるりと繋がりました。
でもその糸は、まだまだどこかに向かっているようです。
「仕方がないね。本屋さんでの買い物は、また今度することにしましょう」
ほこさんは糸を辿って歩いて行きます。
しばらく歩いて行くと、自動販売機の横に自転車を置いて、缶ジュースを飲んでいる男の子がいました。ほこさんを導いてきた糸の端は、その子の胸にスッと入っていきました。
「おや、あの子だったんだね。この子もあの女の子と同じで、頑なな氷を胸に抱いているようだ」
ほこさんはやれやれと頭を振って、二人のために念じました。
「解けておしまい意固地な氷、解けて流れて未来を作れ!」
なんということでしょう。
ほこさんの手首から両側へ、赤い火がパチパチと燃えて走っていきます。まるでダイナマイトを爆発させる導火線のようです。
あっという間に男の子の胸まで達した赤い火は、明るくフラッシュしながら彼の胸を焦がしていきました。
彼はハッとして周りを見ると、何かを見つけたように目を見開きました。
そうして自転車に飛び乗って、勢いよく走っていったのです。
「ふう~、今日はひと仕事してしまいましたね」
ほこさんはまた、のんびりと歩き始めました。さっきの三毛猫が塀の上からほこさんを眺めています。
「にゃ!」と声を上げてくれたのは、挨拶なのでしょうか?
ほこさんも「にゃ!」と挨拶をして通り過ぎました。
ゆっくりと歩いて行くほこさんの後姿を、ほっこりと温まった冬の空気が見送っていました。