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01 アムステルダム、9時

 心臓を突き刺す様な冷たい朝だった。新年を迎える準備に人々が急いでいるアムステルダムの中央駅。雑踏の中で、2049年も混沌の年だったとため息をつく老人の姿を俺は見かけた。

「いや、今年はEUが崩壊したのは驚いたなぁ。欧州連合軍の結束間もなくだから、皮肉な話だ。仕方ないとはいえ、不安定になる世界に対して国を守るため右傾化が進み、移民の排除はおろか人種差別も加速した年だった。それでも混乱を招くグローバル化よりは遥かにマシに思えるのは、儂が90年生きたから故だろう。見よ、若者の目は死んでいる。」

 駅の床に直接座って、嘆く老人に"Fuck"と舌打ちをする若者が通りすがっていった。この銀色の世界では、誰もが、苛立ちの中に生きていたようだった。俺が過ごしたハノイの方が人間味があると感じたのは、気の所為ではないはずだ。


 栄枯盛衰、諸行無常。そんな言葉が過る。思えば、我々(この一人称をこの場所で使うのは、気が引けるが)は地球上の生物にしては頑張り過ぎたのでは、と思うほど世界を作ってきた気がする。理想のためにやり過ぎたのだ。そもそも、理想という概念を作ってしまったのがいけないのかもしれない、けど、そう思うこともまた俺の理想になってしまう。だからこの話は、もういい。


 引導を渡す時は、今だ。先に伏せていた仲間からアタッシェケースを渡される。中に入っているのは"古代の突撃銃"。でも俺はそれで十分だ。頑丈で有名さ故に替えも効く。長く愛されているのには、理由があるのだ。笠を被れる環境ならなおさらやる気になるのだが、ここでそんなマネをしたら正体がばれてしまう。仕方なくバンダナを頭に巻き、服装は黒ずくめで妥協した。時計を見る。秒針が12に回った瞬間、俺はケースを開けてそれを取り出した。


「ウェルカム・トゥ・ジ・アメンテス。」

 それは、『冥府』に(いざな)う『我々』の挨拶だ。改札、ホーム、そして駅の出口で仕掛けてあった小型爆弾の爆破が同時に起こった。火花と轟音と、煙が上がる。混乱に悲鳴を上げ逃げ惑う人間たち。俺は、それらをむやみに殺すことはしない。ただ銃を構えて、空間を睨むだけ。今我々がやっていることはテロ行為である。意味のない無差別殺人とは違う。……テロリストが言っても説得力はないのだろう。だが行動の意味を履き違えることはしたくない。そんな意地があった。駅に警察が、軍隊が押し寄せてきた。俺が人を殺すとしたら、それは、

「国際指名手配の男がいる、捕まえろ、もしくは射殺しろ!」

 "身の危険"を感じた場合だ。


 多くの一般人は駅から外へ避難した。この事態に陥っても逃げようとしないバカは、俺の中で人間にはカウントしない。そして勇敢な警察と、憎き軍隊も殺す対象だ。狙われる前に避け、殺される前に撃つ。駅の構造を理解し、次の逃げ場所を探しながら、敵の作戦を崩す。容易じゃない。でも成し遂げなければいけなかった。バナナみたいに反ったマガジンから、弾が充填され、平手打ちをした時のような音と共に発射される。敵の胸や、足や、顔に、頭に当たる。倒れ、周りに緊張が走る。それの繰り返し。人が、一人、また一人撃たれていく。俺はそれらを見る暇はない。ただ、殺していく。そうしてそれは、俺の真の目的ではない。


「アメンテスめ、殺してやる!」

 レーザーライフルを携え突撃した一人の白い軍服を、俺はカラシニコフのそれで撃ち殺した。

「……憎しみの原因が自分たちにあることを、いい加減理解したらどうだ」

 彼は無謀だった。無知だった。だから死んだのだろう。惜しいとは思わない。(おのの)く兵を一瞥し、爆風で煙る駅の中撤退の準備をする。弾が切れる前に逃げなければ、自分の命が危ない。警察官の頭を乗り越え銃弾の雨を掻い潜り、出口に停まっている黒い自動車に飛び乗る。追うようにパトカーの青いライトが目に入る。同胞の荒くも正確なドライビングテクニックがなければ、今頃俺たちは蜂の巣になっていただろう。法から逸脱した存在である俺たちに信号も車道も交通規則もない。ひたすら逃げていた。上空に飛んでいた追っ手のヘリコプターに対しては、車のルーフの窓を開け、ランチャーを用いて突き落とす。いつの間にか俺はこんな動作に慣れている人間になってしまったのだ。


「真実というものは覚悟のある奴にしか受け取れない。だが、誰かは受け止めなければならないんだ」

 だからこそなのかもしれない。揺られる車の中で俺は立ち塞がる敵に対し、殺す以外の答えを求めていた。

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