君を忘れている
何故こんな事になったのか俺には分からなかった。
佐々木さんと咲希、2人の女子が今俺の家にいる。
この状況をどう説明すればいいのだろうか。
「それじゃ、茜ちゃんと私達の出会いを祝してカンパーイ!」
咲希はリンゴジュースが入ったグラスを俺と佐々木さんのグラスに当ててくる。
「か、乾杯」
「乾杯です」
戸惑いながらも、俺は咲希と佐々木さんのグラスに自分のグラスをゆっくりと当てる。
佐々木さんの様子を見る限り、俺と同じで今自分がどのような状況にあるのか理解出来てないようだ。
「まさか時君が茜ちゃんと手を繋ぐ関係にまでなっていたとは私想像出来なかったよー。やっぱり自己紹介文が効いたのかな?」
そう。今の意味不明な状況を作り出している犯人は咲希だ。
俺と佐々木さんが手を繋いでいたところを偶然咲希が目撃し、近づいてきた。
しかし、佐々木さんの可愛さに咲希のどこかのネジが外れ、放課後になって俺が咲希を待っていると、佐々木さんを強引に連れてきたというわけだ。
「別に変な意味で繋いでいたわけじゃないからな。それと自己紹介文はまったく役に立たなかったぞ」
「怪しいなー」
自己紹介文の事は気にしておらず、手を繋いでいたことに対して、疑念の目を向けてくる。
「それより、いきなり佐々木さんを連れてきてどういうつもりなんだ?迷惑だろ」
俺は佐々木さんの方に視線を送る。
佐々木さんは話に付いてこれていないようで、頭の中でいくつもの疑問を浮かべていた。
「うーん。私茜ちゃんをずっと前にどこかで見たことがあると思うんだよねー」
咲希は佐々木さんの顔をじっと見つめ、考え込むように腕を組んだ。
すると、今まで会話に入ってこなかった佐々木さんが口を開いた。
「お、同じ学校ですし会っていても不思議ではないと思いますよ?」
どこか誤魔化すように話す佐々木さん。
人には隠したい事の1つはあるものだ。
知られたくない何かがあるのだろうと、俺はフォローを入れるべく、話題を切り替える。
「そういえば、佐々木さんは家ここから近いのか?咲希が無理矢理連れ出してきたから、帰るときは俺が送るが?」
今は時刻が6時を過ぎている。
そろそろ辺りも暗くなってくる頃だ。
「えっと……」
何か不味いことでも言ってしまったのだろうか?
佐々木さんの表情が強張った。
「どうかしたか?」
「時さん、いけないことを言っているのは分かっています。けど……私をこの家に泊めていただくことは出来ませんか?」
衝撃の発言。
咲希は俺の中で、異性として見れていないからノーカウントとして、同じ学校の女子を泊めるなんてあってはならない。
相手の親も心配するはずだ。
よし。断ろう。
「いいよ」
俺が口を開くよりも先に、俺の家に泊まり続けている常習犯が許可を出した。
「おい、なんで咲希が許可を出してるんだよ。ここは俺の家だぞ?」
「平気だよ。時君が期待してるウフフな展開にはならないと思うよ」
「そんな期待少しもしていないんだが」
俺は安全第一にと考えただけだ。
だから、危険だと判断し断ろうとした。
だから期待なんて……してたかもしれない。
少しだけだぞ?
「えっと泊めていただけると言うことで、よろしいんですか?」
佐々木さんがキョトンとした顔で尋ねてくる。
男の家に泊まりたいなんて、大人しそうな割に意外に積極的だな。
大人しそうな人に限って、本性は凄いという話は真実だったりするのか。
「はー。まあ別に俺はいいんだが、両親が心配するんじゃないか?」
佐々木さんは俯き、視線だけで俺を見てから答える。
「私にはもう何も残っていませんから」
「どういう……」
どういうことだ?と答えようとして、咲希がパンッと手を叩いたことで、俺は途中まで出ていた言葉を飲み込み、咲希の方に視線を向ける。
「茜ちゃんにも、いろいろあると思うの。だから今はとにかく楽しみましょ?私はお風呂入ってくるけど、時君は茜ちゃんの傍にいてあげて」
そう言うと、咲希は風呂場の方へと向かっていった。佐々木さんに譲ろうとは思わないのか。
それよりも人の風呂を堂々と当たり前にように使うあたりさすがというべきだ。
すると、咲希が何かを思い出したような表情をして戻ってきた。
「覗かないでね?」
頬を赤らめて、俺に疑念の目を向けてくる。
「お前それ言うためだけに戻ってきたのか。心配しなくても俺は咲希の裸に興味無いぞ」
呆れたように俺が言うと、なにやら咲希にバスタオルを投げつけられた。
「少しは興味持ってよ」
そう言ってから、風呂場の方へと走り去っていった。
「覗いてほしいのか、覗いてほしくないのかどっちなんだあいつは」
「言うにしても、もっと優しい言い方があったかと思います。少しも興味無いなんて言われたら凹みますよ」
佐々木さんが俺の傍に立ってそう言った。
「そういうものなのか?」
「はい。特に咲希さんはあなたに言われるのが、1番傷付くと思いますよ?」
少しだけ笑みを浮かべ、俺の方を見てくる。
「どういう意味だ?」
「分からないんですね。あなたの鈍感さのせいで私は諦めましたからね。咲希さんには頑張って欲しいですね」
意味が分からない。佐々木さんが何を言いたいのかサッパリだ。
「よく分からないが、覗いてほしいってことでいいのか?」
「違います」
強めの否定をしてから、佐々木さんが続ける。
「私にはもう無理だから、咲希さんに頑張ってもらおうと思ったのに、これでは咲希さんが苦労しそうです」
佐々木さんと咲希との間で何か通じるものがあるのだろうか?
テストで難しい問題に当たってしまった気分だ。
「それにしても、よく咲希についてきたな」
「ついてきたというより連れてこられたと言った方がいいと思いますが。それでもやはり私が咲希さんと話そうと思ったのは咲希さんが私にとって特別な存在だったからでしょうか。これは時さんあなたにも言えることです」
俺達が佐々木さんにとって特別な存在?
世界を変える存在とでも言うつもりか?
いや、能力者とかかもな。
実際俺はタイムリープを経験している。
「特別か。咲希には周りを笑顔にするそんな才能があるのかもしれない。でも俺に出来ることと言ったら……」
「タイムリープ」
俺が言葉を続けるよりも先に佐々木さんが俺と咲希しか知らないはずの秘密を言った。
「佐々木さんあんた一体何者なんだ?」
俺は警戒し、1歩後退る。
「そんなに警戒しないでください。私だって女の子なんです。そんな態度を取られると傷付いてしまいます」
本当にショックだったのか、佐々木さんは俯き落ち込んだ様子で、視線だけこちらに向けてくる。
「いつか本当の事を話さなければならないと分かっています。その為にもまずはいじめを無くしたいです。協力してください」
「自分からはっきりといじめを止めて欲しいって言えるなんて大した奴だよ。あんたは」
俺が冗談混じりにそう言うと、佐々木さんは笑うことなく、真剣な眼差しで俺の顔だけを見つめていた。
「はー。乗りかかった船だ。毎日退屈に過ごしてても意味が無いからな。あんたに協力する方が俺を面白い方向に連れていってくれそうだ」
「あなたの台詞もいじめを助ける人間としてどうかと思いますが、まあいいです」
佐々木さんはニッコリと笑いこう告げた。
「また私と遊ぼうね!時君」
敬語では無かったその言葉は俺の胸に強く響いた。