まだ知らない未来
休日は咲希から出掛ける誘いを受けたが、雨が降り出したことで結局俺達は家でゴロゴロと過ごすことになった。
そして、休みも終わり教室の机に俺は突っ伏していた。
「休みが終わって、学校が始まると俺は所詮学校の檻の中に閉じ込められた飛べない鳥なんだなーって思う時あるよなー」
過ぎ去ってしまった休日の時間を思い出しながら、俺は隣にいる咲希に視線を送る。
「ないよ!時君休日が終わる度にそんなこと思ってるの!?」
勘違いしないでもらいたい。
思う時があると言っただけで、別に毎回思っている訳では無い。
「そんなことはどうでもいいんだよ!今日こそは佐々木茜の何か繋がりを持たなければいけないんだ!」
俺は椅子から立ち上がり、声を荒げる。
今日こそはと言っても、金曜日にちょっと情報を集めただけで他は特に何もしていない。
「そんなことって……時君から話を進めておいてそれはないんじゃないかなー?」
話の切り替え方が悪かったか。
咲希が納得出来ないと言わんばかりの表情でこちらを見てくる。
俺は慌てて、視線を逸らして言葉を返す。
「まずは佐々木さんと交流を深める事が大事だと思うんだ。何かいい案はないか?」
「そのまま話進めるんだね。私の意見は無視なんだ」
咲希は溜息をつき、呆れたように肩を落とした。
「いい案ねー。やっぱり最初は自己紹介が大事じゃないかな?私が自己紹介文を考えてあげるよ」
言われてみれば、俺はともかくとして、佐々木さんと咲希はまったく相手の事を分からないのだ。
自分がどんな人間なのかを伝えることも大切なのかもしれない。
「よし!まずは自己紹介からだ」
「佐々木さんが今日来ているのかは分からないけどね。あっいきなり2人で押しかけたら佐々木さんが恐がるだろうから今日は時君1人で行ってね」
来ていなければ仕方が無いで終わりだ。
だが、自己紹介の内容を考えておくのは無駄にはならないだろう。
3年生になった時面接とかで役に立ちそうだしな。
それにしても、俺1人で佐々木さんに会いに行くのか。
少し緊張で胃が痛くなってきた。
「分かった。自己紹介の内容は任せたぞ」
「うん!任せておいて」
咲希はニッコリと笑い、紙にメモを始める。
俺が内容を忘れないようにメモをしてくれているのだろう。
昼休みになり、俺は咲希に渡されたメモを手に佐々木さんのいるクラスへと向かっていた。
こうしていると、自分が普段暇を持て余しているということが理解出来る。
「さてと、とりあえず咲希のメモした紙を見てみるか。あの様子だと何か企んでそうだったしな」
俺は折りたたまれていた紙を開いて、その内容を読み始めた。
メモ
『始めましてなんだぜ』
『俺の名前は神谷時なんだぜ』
見ていて良かった。始まりから内容が個性的過ぎる。この先を見るのが怖くなってきたが、見るか。
『趣味はこの俺の眼差しでムカデを倒すことだぜ!』
ムカデが何したってんだよ!
そもそも眼差しでどうやって倒すんだ?
ビームか?ビームが出るのか?
『俺は語尾ににゃんと付けてしまう可愛いやつなんだぜ!』
今のところ語尾はだぜ!になってるけどな。
しかも自分で可愛いって言うなよ。
『特技は閻魔大王様の頬を赤らめる事だぜ。今も閻魔大王様が俺の事を頬を赤らめて待ってるんだぜ!』
閻魔大王様と俺の間に何があったんだよ!
ていうか、いつ閻魔大王様に会ったんだよ!
『彼女?ははっいませんとも。何故って?そこから先に踏み入ったらあなたの命は亡くなってしまいますよ?』
急に暗くなるなよ。怖いよ。
語尾はどこにいった?
『友達になった人に毎日銀杏を送り付けますが、良ければ友達になってください』
「誰がなるかー!!嫌がらせじゃないか!」
俺は大きく叫んで、紙を地面に叩きつけた。
廊下にいた事で、声が響いていく。
地面に叩きつけた紙を拾い、ポケットに入れてから、いつの間にか辿り着いていた佐々木さんのいるクラスを覗いた。
教室にいる者達が、一気に俺を見てくる。
見知らない生徒が教室を覗いていれば気にもなるのだろう。
「いない……か」
教室の中を隅々まで覗いてみたが、佐々木さんの姿は見当たらなかった。
俺はすぐに教室に戻ろうとしてから、教室内の視線に緊張したのか、喉が乾いている事に気付いた。
「飲み物でも買いに行くか」
俺は飲み物を買いに校庭の自販機に向かった。
「あっいた」
自販機からパックのオレンジジュースを買ってから、教室に戻る途中校庭のベンチに1人腰掛けて座ってパンを食べている佐々木さんの姿があった。
俺は歩く速度を少し早めてから、佐々木さんの傍まで移動する。
「こんなところで何してるんだ?」
本当は分かっている。
いじめを受けているというのなら、佐々木さんには教室に居場所がないはずだ。
だからここで1人昼食を食べていたのだろう。
「……」
佐々木さんはもぐもぐとパンを食べながら、俺をじっと見つめてきた。
そして、何かに気付いたように急いでパンを口に詰め込み出した。
「別に取って食ったりしねーよ!」
食い意地が張っているのか。
この様子だと、いじめを受けているという情報は嘘なのではないかと思えてしまう。
「そうなんですか?てっきり私のパンを奪う悪者なのかと思いました」
「ひどいな。俺はパンよりご飯派なんだよ」
俺が、そう言うと佐々木さんはきょとんとした様子で俺を眺めてくる。
我ながら面白くない会話をしてしまっている。
「横、座るぞ」
それだけ言って、許可も得ずに俺は佐々木さんの横に腰掛けた。
すると、佐々木さんは俺から少し距離を取った。
その行動は、咲希以外の異性とほとんど接点のない俺には心傷つくものがある。
座ったはいいが、話題が思いつかず沈黙が続いていると、佐々木さんが何やら胸ポケットから見覚えのあるペンダントを取り出した。
佐々木さんはそのペンダントをじっと眺め出す。
「それは?」
初めて会ったときも、このペンダントを探していた。何か特別な意味のあるものなのか気になって尋ねる。
「ある人から貰ったんです。私に思い出をくれた人。私にとってとても大切な人です」
どこか嬉しそうに、佐々木さんはペンダントを眺めながら、そう呟いた。
「でも、その人は私にペンダントを渡した事さえ忘れているでしょうけど」
今度は少し寂しげに続けて呟いた。
「忘れる……か。過去ばかり追いかけてても何も変わらないんだよな。人はいつか忘れていく。だから新たな思い出を作ってその中で永遠のものにしたい思い出を探していく。俺が言うのもなんだけどさ、そのペンダントをくれた人も君が笑っている未来を望んでるんじゃないかな?」
俺には、佐々木さんがどんな人生を送ってきたのかは分からない。
それでも、今まさに過去を追いかけている俺は自分に言い聞かせるように佐々木さんにそう告げていた。
「私が、笑っている未来……」
小さく呟いて、俺との距離を縮めてから、佐々木さんは俺の手の上にゆっくりと自分の手を乗せてきた。
唖然とした後、慌てて問う。
「えっと、これはどういう?」
「責任をとって欲しいです」
「せ、責任?」
戸惑いながら尋ねる。
「笑っている未来に行くには1人じゃ寂しいです……言いだしたんですから、協力してください」
恥ずかしそうに言いきってから、俺の手を優しく握りしめてくる。
俺達は歩いていく。
幸せで満ちたまだ知らない未来があることを信じて。