情報収集
「時君はこれからどうするつもりなの?」
学校に着いた後、自分の席に腰を据える俺に咲希が声を掛けてきた。
登校時は違和感を覚えたが、今の咲希はいつも通りの笑顔を浮かべていた。
「とりあえず、佐々木さんの事を知っている人がいないか調べてみるつもりだ」
「なるほど!私も一緒に調べたいんだけどいいかな?」
1人で調べるよりも2人で調べた方が効率が良い。
咲希の提案に断る理由もなく、小さく頷く。
「同じ学年かは分からないが、とりあえず今日俺は1組から2組までを回る。咲希は3組から5組を回ってくれ」
俺達の学校は1学年につきクラスが5組まで振り分けられている。
俺達は2組で、このクラスに佐々木さんの姿は見当たらないが一応のため、俺は2組を回ろう。
「なんで私の方が大変そうなの!?実質時君が回るのは1組だけじゃん!」
咲希は手をぶんぶんと振りながら、異議ありと訴えかけてくる。
「バレたか……」
「分かるよ!それに分担するより、2人で回った方が意見を言いあえていいと思うんだよ」
分担した方が、時間短縮になるし、意見なら教室に戻った時にでも、話せばいい。
この咲希の提案は却下だな。
「俺はそうは思わない。やっぱり分担しよう。3組から5組は俺が回るから」
俺がそう言うと、咲希はなにやら拳を震わせていた。
そして……
「分かったよ!時君の好きにすればいいじゃん!3組から5組は私が回るから!」
急に声を荒らげて、咲希がこちらを睨みつけてきた。
「何か怒ってないか?」
「怒ってない!!」
そう言うと、床を力強く踏みながら、咲希は教室を出ていった。
おそらく、3組から5組のクラスを回りに行ったのだろう。
授業が始まるまでは、まだ時間がある。
俺も、1組に情報収集をするべく、教室を出た。
「すみません。佐々木茜さんって知りませんか?」
俺は1組の教室に入ろうとしていたポニーテールの女の子に声を掛けた。
「佐々木茜……あっあの地味な子の事かな?いつも暗いっていうか、クラスは確か4組だったと思うけど……」
クラスは4組となると、咲希が回っているクラスの方だ。
ということは、俺に出来ることは終わった。
それよりも、この女の子は佐々木茜を知っていた。
やはりこの学校にいるのだ。
それが嬉しくて、喜ぶべきことだった。
「幻じゃなかったんだ……」
幻じゃないとすると、何故彼女は学校にいない事になっていたのか?
何故誰も彼女の事を覚えていなかったのだろうか?
謎は深まるばかりだ。
「ありがとう!助かった!」
俺は眼前に立つ女の子にお礼をいい、咲希との情報交換のため教室へと戻った。
教室に戻り、しばらくすると咲希が帰ってきたが、帰ってきたタイミングでチャイムが鳴り、話は次の休み時間まで持ち越された。
「4組に佐々木さんがいたんだろ?どうだった?」
授業が終わると、すぐに咲希に質問をした。
「なんで4組にいるって知ってるの?」
「1組の子に聞いた」
咲希はまだ少し不機嫌そうだった。
しかし、人との関わりが得意な咲希だ。
きっと何か良い情報を持ってきてくれているだろう。
「佐々木さんが4組にいるってのは本当だと思う……」
咲希はなにやら、俯いて答えた。
「思うってどういう事だ?」
「今日休んでるらしいのよ。佐々木さん。
後……」
休んでいるとはタイミングが悪い。
俺は咲希の後に続く言葉を待つ。
「聞いた話だから、本当かどうか分からないけど、多分佐々木さんはいじめを受けている……これは私の勝手な推測だけど休んでるのもそれが原因じゃないかな?」
いじめを受けている?
人間関係には合う合わないがある。
その中でも、例で出すなら、誰かを対象として行われる行為がいじめだ。
だから、初めて会ったときあんなにも怯えていたのだろうか?
「いじめか……止めるしかないよな」
「止めるってどうやって?いじめって時君が思ってるほど簡単じゃないんだよ?」
咲希は珍しく、真剣な表情で言葉を告げた。
自分には何も出来ないのが、悔しいといわんばかりに顔を歪める咲希。
「じゃあどうすれば……」
「とりあえず、佐々木さんに会ってみないことには何も分からないよ……」
とは言っても、どう会えばいいのか。
「月曜日、佐々木さんが学校に来るのを願うしかないね」
「そうだな」
いじめを受けている事を分かったのは大きな収穫だろう。
皆の記憶から忘れられ、いじめを受けている少女。
そんなのあまりにも、酷すぎるじゃないか。
佐々木さんが何したんだ。
俺が助けないと、誰が彼女を助けるんだ。
思考を重ねる俺にとって、学校の授業はあっという間でいつの間にか放課後になっていた。
「時君。帰ろっか」
咲希が笑顔で声を掛けてくる。
咲希も佐々木さんの事が心配なはずなのに、俺を元気づける為に笑顔を浮かべていてくれているのだろう。
女の子に気を遣わせて、何をやっているんだ。
気を引き締めて、俺も出来るだけの笑顔をつくった。
「帰るか。それにしても、すっかり一緒に帰るのが当たり前になってるな」
「今日も時君の家に泊まるから!」
登下校だけでなく、お泊まりも一緒になってきている。
いいのだろうか?
俺は小さく嘆息をつき、呆れたように頷く。
「今日は疲れたからあまり騒がないでくれよ」
なにやら体が重く、だるさを感じる。
考えることが多かったので、疲れてしまったようだ。
早く、ふかふかのベッドで寝たい。
「私、そんなにうるさいかな?」
冗談で言ったつもりだが、気にしてしまったらしい。
少し落ち込んでいる。
「嘘だよ。いつも助かってるよ」
普段は言わない言葉だが、俺が自分を見失った時はいつも咲希がいてくれる。
今日はそれを改めて感じることが出来た。
だから、本音を言ってみた。
「どうしたのー?急にー?もっと頼ってくれてもいいんだよー?」
訂正しよう。
やはり傍にいられてもイラッとするだけだ。
何もいい事なんてない。
「やっぱりうるさい」
「えー?ちょっとふざけただけじゃーん!」
俺の肩を揺らしながら、まるで、見捨てないでーと言わんばかりにしがみついてくる咲希。
肩を揺らされた俺は、頭が痛くなり、なにやら立っているのも辛くなってきた。
「あれ?時君顔色悪くない?」
心配するように咲希が尋ねてくる。
「気のせいだろ」
俺はだるさと戦いながらも、言葉を絞り出す。
これ以上咲希に心配をかけるわけにはいかない。
「あっ家に着いたよ!」
目線を少し上げると、家が目の前にあった。
「今日は私が腕によりをかけて料理を作ってあげるから、ちょっと休んでなよ」
「そうだな。今日は少し疲れたみたいだ」
俺がそう言うと、咲希が家に入り、俺も続いて家に入った。
すると、世界が揺れているような感覚を味わい、俺は自分の体が倒れているのに抗うことも出来ずに意識が失くなってしまった。
「バタンッ!!」
「え?……時君?ねぇ時君?」
最後に叫び続ける咲希の声だけが聞こえた気がした。