幼馴染みへの疑念
佐々木さんについての話は授業の終わりとともに終わった。
俺は授業に集中する事は出来ず、窓の外をずっと眺めていた。
俺が見た佐々木さんは誰だったのか?何故誰も佐々木さんを覚えていないのか?
考えれば考えるほど分からなくなっていく。
誰も知らない存在。
俺は幽霊でも見たって言うのかよ。
そんなくだらない答えが出てきて、俺は机に突っ伏した。
すると、途端に自分があまり寝ていないことを思い出し、睡魔が襲ってきた。
俺はその睡魔に抗うことはせず、静かに目を瞑り、現実から逃げるように俺は眠りについた。
どれくらい眠っていただろうか?
周りがやけに静かな事に気付き、俺は目を覚ました。
目を開けると、俺の眼前にあったのは見知った天井だった。
周りには誰もいなかった。
信じられない。何故なら俺が目を覚ました場所は自分のベッドの上だったのだから。
「どうなってるんだ?俺は確か学校にいたはずじゃ……」
おかしなことが起きすぎて、頭が現状を理解する事が出来ない。
佐々木さんに会ったことだけでなく、俺が学校に行っていたことさえ、夢だったのか?
俺はそんなはずはないと思いながらも、勉強机に置いてある目覚まし時計に目を通した。
時刻は7時。学校は8時半からホームルームが始まる。
学校があるとしても、十分に間に合う時間だった。
「日にちは……」
今日は確か5月10日の金曜日だったはずだ。
俺は自分の身に恐ろしいことが起きているんじゃないだろうかと不安を抱きながら、携帯の日付けを見た。
「5月3日……金曜日……」
俺は携帯の画面をしばらく凝視した。
そして、小さな笑みを浮かべていた。
「は、はは……何だよ、これ。もしかして過去に戻ったとでも言うつもりか。笑わせるなよ」
ベッドに寝転び、右手で目を隠してから考える。
みんなの記憶にない少女。
過ぎ去ったはずの日付け。
有り得ないことだらけだ。
俺にどうしろというのか。
「時くーん!学校一緒に行こー!」
突然、咲希の声が聞こえ、俺は体を起こした。
そうだ。咲希と話せば何かわかるかもしれない。
俺は急いで、声のする方へ向かった。
「おはよ!時君!どうしたの?そんなに急いで」
可愛い笑顔を浮かべる咲希。
俺はそんな咲希の肩に手を当てて。
「今日は何月何日の何曜日だ?佐々木さんについて何か覚えてることはないか?」
声を荒らげる俺に、咲希は驚いているようだった。そして、怯えるように話しだす。
「え……えっと5月3日の金曜日で……さ、佐々木さん?って人の事は分からない」
言い終えて、咲希は何度も自分の肩の方に何度も視線を送っている。
俺はそこで自分が冷静では無かったことに気付き、咲希の肩から優しく手を離した。
「わ、悪い……」
「だ、大丈夫。びっくりしただけだから……」
沈黙が数秒続き、咲希が俺を見て心配そうに小さく呟いた。
「な、何かあったの?」
「正直何があったのか俺にも分からない。だから今日確認したいことがある」
俺が確認したいこと。
それはここがどこかということ。
本当に過去に戻ったのか?ということ。
そして、佐々木茜の存在だ。
「そっか。確認したいことって何かな?」
「とりあえず、佐々木さんの存在についてだな」
「えーと誰なの?その人は?」
「さぁ、分からない」
誰にも彼女の事なんて分からない。
それだけ不思議な存在だ。
咲希は頬を膨らませ、俺をジト目で睨んでいた。
「うー!私何にも分からない状態のままじゃ納得いかないんだけど」
確かにいきなり肩を掴まれ、日付けと知らない女の子の存在を聞かれれば、幼馴染みでも無ければ通報したくなるレベルだ。
しかし、俺にも分からないことだらけなのだ。
ここは我慢してもらおう。
「支度したら、その事について少し話そう」
俺はそう言うと、支度を済ませに家の中に戻った。
支度が住んだ後、家から出て待っていた咲希と学校までの道を歩いていく。
歩いている途中、お互いに落ち着いてきたところで、咲希が話を切り出した。
「じゃあ話を聞かせてもらうよ。やっぱり話さないとかはなしだからね!」
「言っても信じるかどうか分からないぞ?」
「信じるよ!時君が嘘つくって思えないもん」
何を根拠に言っているのか分からないが、咲希の真剣な眼差しを見て、彼女になら話してもいいと思えてしまった。
「簡単に言うとだな。俺は幽霊に会った。それと、寝て起きたら日付けが1週間前に戻ってたっていうことがあったんだ」
幽霊というのは佐々木さんのことだ。
本当は佐々木さんが幽霊だったなんて思いたくもないが、こう言った方が咲希の反応に期待できそうだ。
しかし、咲希の反応は俺が思っていたものとは違うものだった。
「時君……今……日付けが戻ってたって言ったのかな?……嘘じゃないんだよね?」
幽霊の方に食いつくと思ったのだが、咲希が反応を示したのは、過去に戻ったという話の方だった。
「さっき自分で俺は嘘つくように思えないって言ったじゃないかよ。確かに嘘っぽいけどな」
俺がそう言うと、咲希は幽霊でも見るかのような表情で俺を見ていた。
「ね……ねぇ。その過去に戻るのって自分でコントロール出来たりするのかな?」
怯えるように咲希が質問をしてくる。
顔が真っ青だ。具合でも悪いのだろうか?
「いや、正直言うと、俺が勝手に思い込んでるだけで過去に戻ったっていう確証もない。もしかすると、ここは俺のいた世界とは別の世界って可能性もあるしな」
「パラレルワールドってこと?」
「まあ、そんなところだ」
「あのね……時君は私の事をどう思ってる?」
咲希が今の話題とはまったく関係の無いような質問をしてきて少し頭が混乱する。
「どういう事だよ?幼馴染み以外にどう思うっていうんだよ」
「そうじゃなくて……」
咲希は指と指をもじもじさせながら、何か言いたげな様子だ。
「急にどうしたんだよ?」
「ううん……やっぱり何でもない!ごめんね」
いつもの笑顔に戻り、学校へと走っていく咲希。
その咲希の後ろ姿が俺には少し悲しげに見えた。