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君を忘れない理由  作者: 神里真弥
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忘れ去られた記憶

眠りたい。俺の頭の中にあるのはその欲求だけだった。

咲希に声を掛け続けられたせいで、俺が眠れたのは1時間程だ。

当然咲希も眠れていない。

だから、眼前で朝食を食べている咲希の目の下にはクマがある。


「やっぱり、今日学校行かないと行けないか?」


「寝不足なので休みますなんて言えないよー。今日行けば休みなんだし、頑張ろうよ」


頑張ろうと言いつつも、頑張る気を感じられない表情と声で咲希が言った。


「俺も咲希の予報が当たってなかったら、まだ行こうと思えたかもしれないけど、寝不足の時に雨が降ったら気持ちも沈むわ」


昨日、寝言で咲希が言っていた天気予報が喜ぶべきか、悲しむべきか当たったことで、今外では雨が降っていた。


寝不足には眩しい朝日も辛いが、雨もどんよりとした空気が精神的に辛い。


「私の予報?何のこと?あっでも雨が降ったら相合傘が出来るね」


咲希は寝ていたので、寝言天気予報の事は知らないようだ。当然と言えば当然だ。

それにしても、相合傘は嫌だ。

ただでさえ、カップルと噂になっているのに、相合傘なんてして学校に登校したら、間違いなくカップルと思われるに違いない。


学校全体では、話は別だが俺達のクラスでは咲希は可愛いの上位に君臨している。

だから、俺と咲希がカップル疑惑という点で一時期男子からの視線が痛かった。

誤解を解くのに、苦労したものだ。


「昨日寝言で咲希が雨降るって言ってたんだよ。相合傘は却下だ」


「え?私そんなこと言ってたの!?相合傘はなんで却下なの?」


咲希は立ち上がり、机を叩きながら尋ねてくる。


「言ってた。相合傘はカップルと勘違いされるかもしれないだろ」


「私は別に……時君とならカップルでもいいよ?」


咲希が瞳を輝かせ、上目遣いで呟く。

少しばかり、顔が赤い。


「そういうの無駄に可愛いから騙されかけるだろ。冗談でもやめてくれ」


「……冗談じゃないんだけどな」


咲希は俯き、何かを呟いた。


「ん?」


「何でもない!私先行くね!」


咲希はなにやら不機嫌そうに頬を膨らませ、俺とは目を合わせようとせずに家を出ていった。


「なんで俺の家で支度が済んでるんだよ」


普通ならば、カバンや予備の学生服が俺の家にあるのはおかしいと思うのだが。

つい咲希が家族なのではないかと勘違いしてしまう。


「俺も行くか」


玄関に向かい、傘立てから傘を取ろうとしてあることに気付く。


「俺の傘……」


俺の傘が無かったのだ。

両親は会社に泊まり込みしているので、傘は会社に置いている。

だから、傘立てにあるはずの傘は俺の分の1本しかない。

しかし、そのあるはずの傘がない。


「咲希、俺の傘を取っていきやがったな」


仕方ないので、俺は傘を持たぬまま、外に出た。

雨の勢いは思っていたよりも強く、歩いているとすぐに全身がびしょ濡れになった。


「俺が風邪引いたら、咲希のせいだな」


俺がぶつぶつと独り言を呟きながら歩き続けていると、背後から見知らぬ声が聞こえてきた。


「ねぇ、あんた傘持ってないの?」


振り返ると、長い金髪を後ろで結んでいる美少女が立っていた。

制服を見るに、同じ学校のようだ。


「持ってないけど……」


俺は初対面の相手に少し緊張しながらも短く答えた。


「私、折りたたみ傘もあるから貸したげる」


少女はそう言うと、カバンから折りたたみ傘を取り出し、俺に渡してきた。


「あっありがと……」


俺は咄嗟にその傘を受け取った。


「それじゃ!」


少女は俺が傘を受け取ったのを確認するとその場から去ろうとする。


「まっ待ってくれ!」


俺は去ろうとする少女を止めた。

少女は振り返り、首を傾げる。


「ん?なに?」


「返す時困るから、名前を知りたいんだが」


「あー確かにそうだね!私は霧原春乃(きりはらはるの)。あんたは?」


霧原春乃。名前を聞く限り、俺のクラスでは無さそうだ。


「霧原さんか。俺は神谷時だ」


「春乃でいいよ!時か。なんかあんたとは仲良くやれそうだよ!」


春乃はニカッと笑うと、その場から今度こそ去っていってしまった。


「最近、良い人によく出会うな」


俺はそう呟き、春乃から貰った折りたたみ傘を差し学校に向かうのだった。


教室に入ると、咲希が既に席に着いていた。

俺は咲希に近づいていき、話しかける。


「俺の傘を奪っていくなよ」


「時君がいつまで経っても、気付いてくれないから悪いんだよ」


咲希はぷいっと俺とは反対方向を向いてそう告げた。


「え!?そんな前から傘取ってたのか?気付かなかった」


「そっちじゃない!」


何故か怒られてしまった。

そっちではないならどっちなんだろうか。


「あれ?でも時君、私が思っていたよりも濡れてないね。傘あったの?」


咲希は俺をちらりと見た後、手に持っていたタオルで俺の頭を拭きながら、尋ねてきた。

俺の分の傘が無くなることを知った上で持っていったのかよ……


「優しい人がいてな。折りたたみ傘を貸してくれた」


「良い人もいるんだねー」


「そうだな。佐々木さんも良い人だったし最近ついてるな」


俺がそう言うと、咲希が首を傾げる。


「佐々木さんって誰?」


その言葉を聞き、今度は俺が首を傾げる。


「え?昨日話しただろ?草むらの女の子だよ!忘れるにしても早すぎるぞ」


「そんな事言われても。本当に私に話した?」


咲希にはふざけている様子などは無く真剣に考えているようだ。

だとしたら、何故思い出せないのだろうか。


「話したよ!あっ分かった!昨日俺が幽霊の話したからその仕返しでびびらせようとしてるんだろ?」


「ううん。本当に分からないの。でも違和感がある。時君と話した時間の記憶の一部分が切り取られたような感覚がある」


咲希にふざけている様子はない。

咲希はポーカーフェイスなどは苦手だ。

演技だとすると、ここまでは出来ない。

記憶の一部分だけが切り取られた?いったいどういう事だ?


「制服はこの学校のものだった。もしかすると他の人に聞けば、何か分かるかもしれない」


俺は自分の記憶を遡り、制服がこの学校のものだったことを思い出した。

この学校の校庭であったのだから、当然なのだが。

少し気になる。会ってみるしかない。


「この学校の人なら、私の友達に全校生徒の名前を覚えてる子がいるからその子に聞いてみよ。私も少し気になるし、協力するよ!」


咲希はそう言うと、教室を出ていった。

おそらくその友達を呼びに行ったのだろう。


しばらくして、咲希ともう1人女の子が教室に入ってきた。


「時君、この子がみーちゃん。本名は中村美久(なかむらみく)って言うんだ」


「どうも」


咲希が中村さんの紹介をし、中村さんが小さくお辞儀する。


「どうも。神谷時です」


緊張してしまい、敬語になってしまった。


「時君、みーちゃんにその女の子の名前を教えてくれないかな?」


「ああ。分かった。佐々木茜って言うんだけど、そんな名前聞いたことないかな?」


俺は佐々木さんの名前を告げ、中村さんから返ってくる言葉を静かに待った。


「佐々木茜……私、人の名前覚えるのには自信があるんだ……でも佐々木茜なんて人……私は知らない」


咲希が言うことが本当なら、中村さんは全校生徒の名前を覚えているはずだ。

その中村さんが知らない存在。

いったい俺が見た佐々木茜は何だったのだろう。


「キーンコーンカーンコーン!!」


俺が考え込んでいると、チャイムが鳴った。

ホームルームが始まるという合図だ。


「あっ。咲希ちゃん。ごめん!私そろそろ戻らないと。役に立てなくてごめんね!」


「ううん。ありがとう!助かったよ」


咲希が返答し、中村さんは申し訳なさそうに、去っていった。


「なぁ、咲希どういう事だ?」


「それはこっちの台詞だよ!時君の夢って訳じゃないんだよね?」


「違う!夢なんかじゃなかった。あれは間違いなく現実だった」


佐々木さんと話した記憶が俺には鮮明に残っている。

この記憶は夢なんかじゃないはずだ。


「先生なら、生徒の名簿とかで分かるんじゃない?」


「それだ!」


すると丁度担任の先生が入ってきた。

俺と咲希は着席し、ホームルームが終わると同時に担任に話し掛けた。


「ふぇーー!ある生徒の名簿を見たいー?」


担任の天野先生は若く、おどおどした様子が可愛いと一部の男子に人気の先生だ。

言い方は悪いが、この先生なら名簿も見せてくれそうだ。


「お願いします!」


「うー。じゃあ私が確認してくるからちょっと待っててね。その生徒の名前は?」


「佐々木茜です」


「佐々木さんね。ちょっと待っててねー」


天野先生は職員室へと小走りで向かっていった。

しばらくすると天野先生が首を傾げながら戻ってきた。


「どうでしたか?」


「うーん佐々木茜さんで間違いないのよねー?」


「はい。そうです」


「時君が嘘をついているとは思えないし、あのね……」


しばらくの沈黙。

そして、天野先生が怯えるように口を開く。


「佐々木茜っていう名前の生徒はこの学校にはいなかったわ……」


その瞬間、時が止まったように感じた。

では、俺が見た佐々木茜はいったい誰だったのか?


最初から佐々木茜なんて生徒は存在しなかったのだろうか?


さまざまな疑念が俺の頭に残り続けた。

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