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「主人公」と戦う前に、実家が没落したんだが

かなり投稿が遅れてしまったけど、不定期更新で頑張ります。

 俺は、物語における「実は素質があることが後から判明するタイプの勇者」だ。


 この世界の勇者は「神様から武器を与えられた一族の末裔」だ。

 神の力の宿る【神器】は、最初に使用した者の血を引く者でなければ使えない。その性質上、かつては勇者の血統はごく少数の家で独占されていたが、ある勇者の血統が疫病で断絶して以降、もしもの時のために勇者は大量に子を残すことが要求されるようになり、今では庶民の一部にまでその血が広まっていた。


 剣型の神器【聖剣】を授けられた「剣の勇者」は恋多き男で、彼の血は国内外の幅広い層に引き継がれた。しかし、血が広く広まった分その血は薄まり、勇者の末裔でありながら聖剣適性を失った家系も多かった。

 しかし、少数の貴族は親戚同士の婚姻を重ねることにより、剣の勇者の形質を保持し続けていた。その中でも特に血が濃いとされたのが、俺の一族である「プエアリア家」だ。血が濃い者ほど聖剣のスペックを引き出せるという性質上、俺の家は貴族派閥の中では強い権力を誇示していた。



 だが、俺が生まれて半年後、プエアリア家は壊滅した。

 その時は赤ん坊だったので詳しいことは分からなかったが、俺の家は権力闘争に敗れたらしい。家に火をつけられ、複数の暗殺者に襲撃され、家は何十人もの兵士に囲まれていた。怒鳴るような声が家の外からは聞こえ、剣と剣のぶつかる音が壁の向こうで響いていた。


 そこで、俺の母が行ったのは、まだ赤ん坊の俺に対する「聖剣の所有権譲渡」だった。

 神器には、1世代につき1人しか正式な所有者として認めず、所有者以外は例え勇者の血統だろうと性能を十分に引き出すことができない特性がある。そして、聖剣の所有権は、前所有者が心から所有権を譲りたいと願った者か、前所有者の死亡後に1番最初に聖剣に触れた者に引き継がれる仕組みになっていた。


「私が殿となって、この部屋に来る暗殺者を食い止める。だから、貴方達はその抜け穴を通って逃げて」

 母は「聖剣の所有権」以外の権限のほとんどを俺に譲り、俺を残っていた2人の部下に託すと、ほとんどの機能を封じられた聖剣を持って部屋の外に飛び出した。

 俺は、部下2人に抱きかかえられて、外に繋がる抜け穴を通って燃える屋敷から脱走した。



 屋敷を攻撃した何者かの狙いは聖剣だ。

 勇者を殺して奪った聖剣は同じく勇者の血を引く他家の人間へと渡され、聖剣に触れることでその所有権はソイツに移るだろう。だが、その際に引き継がれるのは「聖剣の所有権」などの少数の権限のみだ。おそらく、使っているうちに、聖剣の機能がおかしいと相手も気が付くだろう。

 調べていけば、「聖剣の使用権限のほとんどが他の人間に引き継がれた」とバレるかもしれない。だが、その気付くまでの間なら、俺を逃がすための時間を稼ぐことができる。先代勇者である母は俺を逃がすために、あえて聖剣を囮に使ったのだ。




 部下2人は、まだ赤子の俺を連れて各地を転々とし、最終的には田舎の村に行き着いた。

 追っ手が来ないであろうその場所で、俺は彼等の子どもとして育てられ、彼等から戦闘、魔術、学問の知識を徹底的に叩きこまれた。聖剣の持つ能力を引き出すことができる俺は、プエアリア家を再興するための切札となる。

 いつか、俺が大人になった時に真実を教え、かつてプエアリア家と親交があった家の力を借りて、【聖剣】と勇者の地位を取り戻させる。それこそが、残された俺の幸せに繋がると、彼女達は疑っていなかった。




 だが、そこである問題が発生した。勇者の顕現を引き継いだ瞬間、俺が前世の記憶を思い出したのである。

 おそらく、勇者の聖剣に蓄積された残留思念が、封印されていた記憶の呼び水となったのだろう。本来ならある程度成長してから記憶が戻るはずだったのだが、俺は赤子の状態で記憶が戻ってしまったのだ。



 生まれつき記憶の備わった子供なんて明らかに不自然だ。転生モノと言えば、幼い頃から知識をひけらかし、生活上で不便な点を解決していくのがテンプレだ。だが、無知な子供がそんな知識を知っているわけがない。幼い頃からあまりにも聡明だと、「悪魔の子だ!」とか呼ばれて気持ち悪がられる可能性もある。そのため、俺は必死に何も分からない赤ん坊のふりをしなければならなかった。日常の中で多少の不便や衛生などの問題は我慢し、時に前世とのギャップに苦しみながらも生活した。

 両親は年の離れた兄弟がいなかったらしく、俺の演技を不自然に思うことは無かった。もしくは、少し不思議な点はあったけど、スルーしていたのかもしれない。俺は「無知」な存在としてふるまい、それを大義名分にして周囲に質問し、この世界に関する多くの知識を集めた。




 もし、何も知らなければ、俺は義理の両親の教育により、現在の勇者が所属する勢力を憎むようになっていただろう。だが、俺は前世の知識があった。


 俺は、一方的な悪や正義がこの世にないことを知っている。この世は善悪が綺麗に分かれているわけではなく、様々な状況が複雑に絡みあっていることを知っている。だから、両親が本当に「正義」の存在だったかと考えると疑わしいのだ。


 プエアリア家は、勇者の血統の濃さをいかして、長い間、聖剣の担い手としての地位を欲しいままにしていたという。そうして得た権利により、かなり横暴な行為をしていたのではないか? 俺の知らないところで、両親は多くの人に恨まれるようなことをしていたのではないか? 実はプエアリア家が「黒幕」で、暗殺者を送り込んだ側が「正義」という可能性も十分ある。

 一方の視点からでは、どちらが正しいかを判断することはできない。俺は、両親から受ける政治教育は話半分に聞き、村に来る商人や、出稼ぎで都市に通う人からも情報を集めた。



 そうして、俺が記憶を取り戻してから10年以上が経過したある日のこと。夜中にふと起きた時、俺は両親が将来について相談しているのを聞いてしまった。

「15歳の誕生日になったら、本当の両親についてアイヴィーに教えよう」


 その言葉を聞いて、俺はゾッとした。

 両親は、俺が既に真相を知っていると気付いていない。だが、勇者の一族であることを俺が知ったら、勇者であることの責任が生じる。自分の運命を知りながら逃げたということで、俺は「対外的に見て」臆病者のクソ野郎になってしまうのだ。

 俺は勇者の立場から逃げたい。だけど、主人公の眼から見た時、俺が印象の悪い人物になってしまったら、制裁を受けるハメになる。なるべくなら、それは避けなければならない。

 だから俺は、15歳の誕生日を迎える前に家出することで、「勇者としての使命を知らない男」として自然に逃げる必要性があった。


 凡人かと思った知り合い。その正体はなんと、古くから続く勇者の一族の末裔だった。

 ファンタジーならありがちのパターンである。そういう方向性なら、主人公の仲間ポジになることも狙えるだろう。まあ、主人公と同性の仲間は、転生モノでは死亡イベントに使われることも多いので、めちゃくちゃ危険な立ち位置なのだが、それはそれである。







 転生者兼勇者である俺のアドバンテージは3つ。


 1つ目、血統。

 この世界は、両親の肉体・魔力の面での強さが子供に引き継がれる。そのため、親が強ければその分子供の能力も底上げされる。レベルなんて指標はないが、『血筋』と『才能』と『努力』がこの世界では強くなる上で必要な要素になる。

 母が勇者であり、父も優秀な魔術師である俺の血筋は最高ランクだ。その気になれば前衛・後衛問わず様々な状況で活躍できるだけのスペックが、俺の肉体には備わっている。初代「剣の勇者」と同じく光・風属性魔術に優れており、いざとなれば治療役に回ることもできる。


 基本人種(ヒューマン)は、平均的なスペックと環境適応能力を持つが、他の亜人種と比べて飛びぬけた要素を持たない。だが、勇者は全てのスペックが標準よりも高く、順当に鍛えれば亜人にも匹敵するステータスとなる。主人公が何の人種に転生するかは不明だが、少なくとも最初の地点で大きく差をつけられることはないだろう。



 2つ目、転生特典。

 この世界に来た際に、日本から来た転生者は1つの能力をもらう。

 その名も【想念補正】。おぼろげな記憶をはっきりさせ、不足する知識を発想で補う力。生前の記憶を今世で活かしやすくするための能力だ。前世にあった道具や料理を再現したり、少し見ただけの武道や技術を模倣したりできる力。魔術と組み合わせれば、土属性の魔術で生前見た「鉱物」を作ったり、風属性で組成を知っている気体を再現したりできる。

 実際の経験を元とするため、テレビや本で見た事象は再現できない。また、前世の記憶を元に再現するため、今世で自分が実際に得た力には使えない。前世で様々なことを経験した人間ほど能力の有用性は増す。


 おそらく、ただの一般人だった俺より、格闘家や工芸家などの専門的な知識のある人間の方が使いこなせると思う。俺は前世で格闘技を生で見た経験はほとんどないし、歯車や井戸を知っていてもその詳しい構造は分からない。能力の補正により、おぼろげな記憶や齟齬を補って、生前見たものをある程度は再現することができるかもしれない。だが、前世で役立ったものを使ったところで、この世界で役にたつとは限らない。


 例えば、灌漑農法を再現したとしよう。

 地下水をくみ上げて使うこの手法は、農作物の増産や乾燥地帯での栽培に使える。だが、降雨の少ない地方での灌漑は、地表に無機塩類が蓄積する『塩類集積』を引き起こし、植物が育成し辛い環境にしてしまう。実際、古代メソポタミアはこの現象により滅んだと言われているのだ。魔力のあるこの世界だと、もっと酷い現象が起きてしまうかもしれない。

 半端な知識による商売は、大災厄を引き起こす可能性もある。それなら、知識チートは他の人にまかせて、自分は既存のものを上手く使った方が賢明だ。



 3つ目、聖剣の能力【歴代所有者経験(データベース)

 先代勇者である実母は、俺に聖剣に関する権限のほとんどを譲渡していた。それらの多くは【聖剣出力完全開放】などの、聖剣がその場になければ対して意味を持たない能力である。しかし、その中でいくつか役に立ちそうな能力もあった。その1つが【閲覧権:歴代所有者経験(データベース)】だ。




『【歴代所有者経験(データベース)】とは、聖剣を所有した者の知識や経験を読み取り、それらを分析し、知恵として所有者にフィードバックする特殊能力である。剣の振り方や体格から最適な剣技を編みだしたり、見聞きした言語を解析して自動翻訳したり、道具や芸術品を鑑定したりとその効果は様々。

 記録されるのは【技術】【言語】【作法】【魔術】【地理】【学問】などであり、個人の記憶などは蓄積されない。聖剣には歴代所有者の知識と経験が蓄積されており、「剣の勇者」が「最優の勇者」とされるのも、この能力によって与えられる知恵によるものである』




 この様に、聖剣との経路(パス)を通じて様々なことが知れるのが、【歴代所有者経験(データベース)】だ。異世界転生モノでは頻出のスキル【鑑定】に匹敵する有用能力だが、【人物】に関する知識は記録されないのが唯一の欠点だ。歴史上の人物なら【学問】として記録されるのだが、近代の人物ほど記録されにくくなるのが欠点だ。

 ただ、【言語】や【作法】に関してはあらゆるの国・種族の情報が記録されているため、この能力があればどんな国でも生活する分には困らない。ただ、古い情報もあるので、完全には信用しない方がいいだろう。




 俺は、その3つのアドバンテージを活かして、迷宮都市で平穏無事な生活をすごしていく必要性がある。

 今、俺は「異世界転生モノの勇者」で「権力者から命を狙われる勇者」という特大の死亡フラグが2本突き刺さった状態になっている。聖剣の各種権限なんて厄ネタは早々に失くしたいが、所有権譲渡の儀式は聖剣が必要となるので、現所有者が誰かすらも分からない今の状況では不可能だ。


 正直、俺は別に「両親を殺した敵に復讐」とか、「黒幕を暴いて家を潰してやる!」とかは考えていない。確かに両親を殺したことに思うことはあるが、俺としては彼等はごく僅かな時間一緒に過ごしただけの間柄だ。過ごした時間なら、前世の両親や義両親の方がずっと多い。

 そもそも、彼等とすごしていた時はまだ赤ん坊だったため、未発達の眼では両親の顔を薄ぼんやりとしか把握できなかった。金髪だったことは覚えているのだが、それ以外の情報を俺はまるで知らないのだ。


 義理の両親には申し訳ないとは思う。2人は、かつて仕えたプエアリア家のため、残された俺を勇者にすべく必死に育成していた。そんな俺が勇者の使命を捨てて逃げたのだから、内心怒り狂っているかもしれない。

 だが、俺の人生は俺のものであって、他の誰かのものではない。両親の言われるがまま育ってテンプレ適役正義漢勇者になるくらいなら、俺は使命を捨ててタダのモブ野郎になってみせる。そうした方が、きっと幸せになるのだから。




 村を出た今の俺に必要なのは、情報を得ることだ。

 辺境の村に隠れていても、いつか必ず敵対勢力のが届く。その前に自分から打って出るべきだ。俺には「現・剣の勇者」という立場と、剣の勇者の血統でトップクラスの血の濃さという2つの切札がある。いざという時は、この2つを使って物分かりが良さそうな陣営に入り込み、自分を保護してもらえば良い。


 相手の性格次第では、両親を殺し聖剣を奪った連中にすり寄るのもアリだろう。彼等が物分かりの良い連中ならば、所有権だけ渡せば解放してくれる可能性もゼロではない。

 だが、そのためには現在の政治情勢や、聖剣を保有する人生は誰かなどの情報を集める必要性がある。少なくともそれは、田舎の村にいては確実に手に入らない情報だ。

 都市に行けば人はたくさんいる。「木を隠すには森の中」と言うし、潜伏には非常に都合が良いだろう。





 そうして、15歳の誕生日を迎える直前、両親の目をくぐって俺は商人の馬車に乗り、ベッドの下に手紙を残して迷宮都市へと逃亡した。


 小さな紙に長々とそれっぽい理由を綴り、最後にこんな文を付け加えた。

「何も言わずに家を出てごめんなさい。もっと広い世界を見てみたくなりました。いつか結婚相手を連れて村に帰ります。期待して待っていてください」

 実際は戻ってくるつもりなんてなかった。少しでも両親を安心させるためについた嘘だった。

 逃亡中に両親は結ばれ、2人の間には娘が生まれている。守るべき家族ができたのだから、2人は俺を追いかけて都市に来るような行為を躊躇するだろう。


 生まれてから15年。俺は義理の両親にたくさんの愛情を注がれた。

 父さんは、狩人として働いて家を支え、空いた時間を使い俺に様々な戦闘技術を教えてくれた。

 母さんは家事や針仕事をする傍ら、魔術や学問の知識を教えてくれた。


 テンプレファンタジーの敵役勇者として生まれた俺は、幸福にはなれないだろう。俺と一緒に居ては、家族がその不幸に巻き込まれる可能性もある。だから、俺はあの家を離れるべきだと思った。


 俺は、この世界でできた家族に、幸せになってほしかった。


 家族と離れて、万が一の時のリスクはかなり小さくなった。後は、俺が「幸福」になれるように、必死にあがくだけである。

 主人公と戦ってもいないのに、既に逆境に追い込まれているが、なんとかなるだろう。俺には。前世でアホみたいに読みまくった異世界テンプレ知識があるのだから。

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