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プロローグ:「主人公」と敵対しないためにできること

 メタ要素のある作品を読みたかったので、自分で作る事にしました。深夜テンションで書いたので、後日加筆します。

 この作品は、作者なりの「異世界転生モノ」に対する解釈を多分に含みます。苦手な方はご注意ください。

 公正とは、一体なんなのだろうか。


 人間の行いには、それにあった結果が返ってくる。良いことをすれば幸福な結果が訪れ、悪いことをすれば不幸な結末が待ち受けている。努力をしてきたものは、いつかきっと幸福になれる。惨めな人生を送ってきた者は、来世で恵まれた人生を過ごせる。あらゆる人間は、心の中でそう信じている。いや、信じずにはいられない。

 この精神性を、心理学の用語で「公正世界信念」という。童話の「アリとキリギリス」だったり、仏教の「因果応報」だったり、そういった考えは世界各地でみられる。天国と地獄の伝承もその一例だ。現実の世は不平等に感じるが、どう生きたかで死後の世界での扱いが変わってくる。そういう世の中だと考えた方が、人々にとって救いになるのだ。




 創作の世界は、その考え方が強く表れていると思う。

 不幸な存在が幸福になるからこそ、幸福な存在が理不尽な不幸に見舞われるからこそ、物語というものは面白くなる。貧乏人が大金持ちになるアメリカンドリーム。農民から一国の主になりあがった豊富秀吉。平和な村が軍隊によって蹂躙される様子。それは人々の心を激しく突き動かすからこそ、何度も創作に使われ続けてきた。幸福と不幸がぶつかり合い「公正」となる様子は、様々なジャンルで読者を魅了してきた歴史がある。


 人によって好みがわかれるので例として挙げるには不適切だが、NTRモノなんかもまさしくそれだろう。最愛の人ができて幸せの絶頂にいる男が、恋人を奪われて一気に不幸のドン底に落とされる。その様子は良きにしろ悪きにしろ、心を強く揺さぶるのだ。




 また、「公正」の例として、異世界転生モノを例に挙げよう。

 異世界転移・転生モノの主人公は「悲痛or退屈or孤独な人生を送ってきた者」「ゲームや武術などの世間では理解の得られない分野で努力してきた者」「そこそこ幸福ではあるが、恋人も金もない人生を送ってきた者」のどれかに該当するケースが大半だ。主人公は転生前から幸福であってはならない。主人公は「不幸」でなければならない。

 なぜなら、既に幸せな存在が幸せになったところで、何の面白味もない(・・・・・・・・)のだから。


 こうした「公正」は、他の登場人物にも適用される。

 奴隷少女は甘やかされてヒロインに。盗賊は殺されてモンスターの餌に。悪徳貴族は裁かれて資金源に。そういった展開が鉄板なのは、それが人々に好まれるからに他ならない。何度も使われる展開には、使われるなりの理由があるのだ。

 主人公を基準とした「公正」の世界。勧善懲悪にして因果応報。周囲を幸福にする主人公は幸福でなければならず、主人公を幸福にするヒロインも幸福でなければならない。それこそが、人々の望む理想の世界なのだから。



 そうした、公正世界の洗礼からは、「勇者」も逃れることはできない。ファンタジーもので主人公になることが多い勇者だが、最近は主人公ではなく敵として出ることも多くなった。往年のファンタジーではイケメン貴族が担っていたポジションが、近年は勇者に置き換わったという話もある。


 RPGにおける「勇者」は花形ポジションだ。

 神や聖剣などといった超常の存在から力を授けられ、世界を苦しめる強大な「悪」と戦う「正義」の象徴。優れた能力を使って悪を討ち倒し、国や世界に外敵を寄せ付けない守護者。それこそが勇者だ。


 だが、異世界転生モノにおける勇者は例外となる。

 勇者は恵まれた存在(・・・・・・)の象徴だ。境遇に恵まれ、容姿に恵まれ、能力に恵まれ、家族に恵まれ、仲間に恵まれ、機会に恵まれ、友情に恵まれ、宿敵に恵まれ、幸運に恵まれ、恋愛に恵まれ、逆境に恵まれ、成功に恵まれている。

 反面、勇者は無知(・・)の象徴だ。敗北を知らず、羞恥を知らず、謙遜を知らず、貧困を知らず、飢餓を知らず、弱者を知らず、少数を知らず、苦痛を知らず、救恤を知らず、憐憫を知らず、嫉妬を知らず、停滞を知らず、非才を知らず、零落を知らない。



 周囲より幸福な存在(・・・・・・・・・)は、悪人以上に「公正性」を重んじる人々に忌避される。

 幸福の階段を順調に登り続ける人間を見ると、その脚を掴んで引きずり降ろさずにはいられない。そうならなければ気が済まない。その心理が働いた結果、異世界転生モノの悪役として選ばれたのは勇者だった。


 だが、勇者自体は別に悪というわけではないため、そのままだと主人公に倒されるのは「公正」ではない。そのため、「融通の利かない正義漢」「ヒロインを口説く色男」「プライドの高いクズ」「裏で悪党と癒着する腹黒」などの属性を付与され、無理やりサンドバッグにされるのだ。





 転生モノにおける勇者の失敗パターンは様々だ。

 知性ある異種族やアンデッドを虐殺したせいで、主人公陣営から怒りを買う。

 自分達が正義なのだと盲目的に信じさせられており、真実を知ったことで絶望する。

 隔絶した強さを持つ敵と戦うはめになり、自分が井の中の蛙だったのだと思い知らされる。

 術や薬、魔道具によって魅了され、悪人に精神的に支配されることで手駒にされる。

 優れた能力を持つために増徴してしまい、周囲に威張り散らす悪人になってしまう。

 

 悲惨なものでは、魔王の力を示すための当て馬としてさっくりヤられてしまうものもある。近年の異世界モノにおける勇者の扱いは、それはそれは酷いものだらけなのだ。


 さあ、そこで1つ問題を出そう。

 不幸(・・)にも勇者に転生してしまった俺は、果たして幸福になれるのだろうか?

 俺の名前は、アイヴィー・プエアリア。

 剣の勇者の血を最も色濃く受け継ぐプエアリア家の嫡男にして、今代の「剣の勇者」。ついでに地球から来た異世界転生者である。




 

 生まれつき、俺にはいくつかの記憶が備わっていた。日本という国で生きてきた1人の男の記憶、自分が「異世界転生者」だという強い認識、自分以外にも異世界転生者が何人もいるという記憶、異世界で生きるための与えられた【転生特典】の使い方。前世では異世界転生モノを読み漁っていた俺は、自分の状況をメタ視点で理解することができた。自分はこの世界における「かませ犬」のポジションなのだ、と。


 なんせ、異世界転生ではかませ扱いが鉄板の勇者のポジションに、異世界転生者という肩書が加わったのだ。最近は、転生して調子に乗った他の異世界転生者がかませ犬として使われる展開も多い。

 俺の前世が普通の人間なら良かったのだが、アニメやエロゲなどの残っている記憶から察するにそこそこイタいオタクだったということが分かる。


 痛いオタクの人格がイケメンの肉体にインストールされる。それって、二次創作とかで出てくる「踏み台転生者」にありがちなパターンではないだろうか。

 ただで強かった「かませ臭」がもはや2倍増しである。




 赤ん坊として親に抱かれながら、俺はこの世界について考えた。

 俺の生きている状況は、前世で呼んでいた異世界転生モノそのまま。中世風の世界観なのに衛生観念や宗教はしっかりしており、本当の中世みたいに平たいパンをテーブルに直置きして皿替わりにすることもない。転生者が生きていく上であまりにも都合が良すぎる世界に、どうしても俺は既視感を感じずにはいられなかった。

 アイヴィー・プエアリアという名前に聞き覚えはない。だが前世には書籍化していない作品も含めると、星の数ほど異世界転生モノが存在してした。ひょっとすると、自分もその中の1人なのではないだろうか?




 「自分の生きている世界は物語の世界なのでは?」なんて、痛々しい妄想にもほどがある。だけど、俺を取り巻く環境は、前世で死ぬほど読んだ「テンプレ世界観」とそっくりで、俺はそれが偶然とは思えなかった。

 ひょっとすると、今俺は物語の登場人物なのではないか? この世界には、勇者である俺以外に「主人公」というべき存在がいるのではないか? この世界のことを知っていくうちに、俺の中の「妄想」は「確信」へと変化していった。




 俺は、この世界の主人公(・・・)が怖い。勇者である俺にとって主人公は天敵そのものだ。

 もし、この世界が異世界転生モノの世界で、主人公が存在するとしたら、そいつは必ずいけ好かない勇者(俺)の元に訪れる。主人公を中心とした「公正」な世界が、幸福()な俺を全力で不幸にする。それは、なんとしても避けねばならない。


 最近の異世界転生モノの感想欄を見ていれば分かるが、主人公と対立する勇者ポジに対する読者の当たりは強い。ヘイト回では怖いくらいに感想欄の悪意がエスカレートするし、人気作品のざまぁ回では感想数が余裕で100件を超える。それほどまでに、主人公と敵対する勇者陣営は嫌われやすいのだ。

 ボコボコにされるのも、社会的信用を失うのも、塩酸に漬けこまれるのもごめんだ。魂を砕かれるのも絶対に勘弁。俺は誰にも今の生活を脅かされることなく、平穏に生きたいのだ。



 そこで、俺が考えたのが、勇者に殺されないようにするため「3つの行動指標」を作ることだった。


・社会情勢やモンスターの行動など、ジャンル問わず様々な知識を集めること

 情報不足で死ぬ勇者は多い。特に、敵対する相手の情報を集めない勇者ほど殺されやすいというテンプレがある。相手の視点から見たら自分達の方が侵略者だった、ゴブリン退治に軽装でいったら奇襲されて強○された、初見殺しの魔物の生態を知らずに殺されたなど、そのパターンは様々だ。


 また、社会情勢の把握は、実際に生きていく上で必須だ。勇者は優秀な金蔓(パトロン)がいてこそ力を発揮するもの。 だが、その相手が亜人差別主義者や悪徳貴族だった場合、下手したら巻き込まれて自分も罰されてしまう。所属する勢力が周囲からどのように思われているかを、しっかり弁えなくてはならない。

 ……まあ、政治の対立は単純な善悪二元論ではないので、どちらが善でどちらが悪というケースは少ない。多少の汚点には目をつぶって、ケースバイケースで判断するしかない。いざという時は夜逃げして別の国に逃れるという選択肢もある。




 その他に必要な知識は、初見殺しについてだろうか。「暗殺拳」などの相手を一撃で殺せるような能力や、対策が見つかっていない危険な薬物の知識は、覚えておいて損はない。圧倒的な力を持つ勇者は、そういうチートやだまし討ちで殺されるケースが多い。知識があれば対策もしやすいし、時間ができたら調べた方が役に立つかもしれない。





・できる限り強くなるための努力はすること

 正直、他の勇者やこの世界の上位層がどのくらい強いか分からない。異世界転生モノのテンプレだと、勇者の強さは「並みの戦闘職以上、主人公未満」ってところだろうか。自分が強いと勘違いした結果、より強い連中にあっさりやられるというのは、異世界転生モノではよくあるパターンだ。


 幸いにも、俺含む異世界転生者に与えられたチートは全て「同じ能力」である。おそらく転生した俺達の実力にほとんど優劣はない。ただ、異世界転生モノには「努力チート」というジャンルも存在するので、油断は禁物だ。


 「努力チート」とは、鍛錬のみでチート能力者ばりの強さを手に入れた主人公が、強者相手に無双しまくるような内容だ。

 ……個人的には「努力チート」という単語には「暖かいアイスコーヒー」ばりの支離滅裂さを感じる。まあ、異世界モノ界隈では「チート」という単語の意味が「ズル」から「規格外の性能」のようなニュアンスに変わっているので、間違っていはいないのだろう。一種のスラングのようなものだ。


 俺が転生した世界がレベル制でなくて本当に良かった。はぐれメタルを大量に殺したところで、一瞬でレベルMAXになるわけではない。この世界で強くなる方法は、筋トレと魔力操作の修練のみ。即ち、鍛えた分だけ順当に強くなるという点では、前の世界とほとんど変わらないのだ。

 この世界の強者との戦いは、高い身体能力に任せたゴリ押しではなく、技術による駆け引きがメインになるのだろう。単純なステータスの差を、戦闘経験の有無が覆せる世界だ。


 まあ逆に言えば強者と弱さの差がそんなに無いということなので、数でゴリ押しされたら確実に積むということになる。勇者である俺の身体能力は高いが、おそらく盗賊十数人で袋叩きにすれば楽に殺せるだろう。

 ゲームみたいな一騎当千ができるのかと思っていたが、そう簡単にはいかないようだ。


 とりあえず、俺にできるのは、自分にできる範囲で努力を重ねることで、なるべく自分と主人公の能力差を少なくする事だけである。


 俺は主人公と戦いたくはないが、そういう状況に落ち込まれる可能性もある。その場合、理想的な敗北は、ある程度打ち合った末の敗北だ。

 主人公の攻撃を耐えながら「くっ! 強いな……」「なんで君はそんなに強いんだ……?」などと呟いて、敗北後に「自分の未熟さを思い知ったよ……」と言って頭を下げる。その後は、「自分の強さを見つめ直すよ」とか言って旅に出て、主人公のいる場所から離れればよい。その後はなるべく関わらないようにすれば、俺は以前戦った敵の1人として記憶され、主人公にとってどうでもよい存在になるだろう。





・周囲の人間(亜人、奴隷、アンデッド、動物含む)は大事にしよう

 人を害さない。このルールは絶対に守らなければならない。

 はっきり言って、このルールさえ守れば主人公と敵対することはないだろう。なにかのすれ違いで敵対したとしても、それが誤解だったら軽傷で助かるはずだ。


 異世界は「観測者」である主人公を中心とした「公正」な世界だ。だからこそ主人公の周りにいる人間を傷つけたものは、それ相応の報いを受けなければならない。家族、仲間、恋人『達』だけでなく、主人公がたまたま目撃しただけの赤の他人すらも、ルールの中に組み込まれてしまう。

 ハーレム系の主人公だと尚危険だ。主人公と出会う女性が大概ヒロインで、住んでいる場所がどこにヒロインがいるか分からない恋愛地雷原になる可能性もある。うっかり主人公の女を口説いてしまった日には、見るも無残な様子になること請け合いだ。


 どこに主人公の眼があるか分からない以上、出会う人全てに人当り良く接するのがベストだろう。どんな時も誰にでも、「傷つけない・苦しめない・口説かない」の3つのKを心がけていれば、いつ勇者に目撃されても安心だ。



 また、この世界には亜人種(デミヒューマン)不死者(アンデッド)が存在している。異世界転生モノではこうした種族は差別されているのがお約束(・・・)であり、主人公が社会的弱者である彼等を救う展開が多い。亜人種の奴隷、異種族の集落、理性あるゾンビになった美少女などが、主人公の味方としてよくあるパターンだ。

 特に奴隷は「劣悪な環境から救いだし、生活のグレードを引き上げること」により、主人公に惚れた明確な理由を与えやすい。また、奴隷なので主人公に逆らうことができないため、命令を素直に聞くイエスマンにすることができる。そのためか、いろんな異世界モノで登場することが多いヒロインだ。1番人気なのはケモ耳ロリで、その次がエルフや魔族だろうか。


 この世界では、亜人種(デミヒューマン)は300年ほど前まで差別されてきた存在だ。

 大多数を占める『基準人種(ヒューマン)によって、肉体構造が自分達と近い順に壱等亜人(エアステンス)弐等亜人(ツヴァイテンス)参等亜人(ドリッテンス)の3段階に階級分けされ、管理されていたという。

 現在はマシになってはいるが、まだ上流階級を中心に差別は残っている。また、優遇されていた種族とそうではない種族による亜人種間の差別問題もある。エルフなどの種族は長命であるため、差別された時代を生きていた「当時者」も多い。これらの問題は、人々の心にかなり根深く残っているのだ。


 亜人種は、壱等亜人(エアステンス)弐等亜人(ツヴァイテンス)には人間と変わらぬ態度で接する。特に珍しがったり、差別したりしてはいけない。耳を触るなどのセクハラもNGである。

 最下級の参等亜人(ドリッテンス)小鬼(ゴブリン)などの魔獣扱いされている人種が含まれているが、相手から襲ってきた場合を除いて狙わないことにする。傷ついた種族を見つけたら、魔力に余裕がない場合を除き素直に治療する。それで問題はないだろう。



 不死者(アンデッド)は、この世界の宗教的にも倫理的にもタブーな存在だ。基本的に彼等は知性の無い死体であり、生きている人間を襲う凶暴な怪物だ。アンデッドがヒロインの作品も多いのでできたら保護したいのだが、下手したら死霊術師(ネクロマンサー)と勘違いされて悪役扱いされかねない。

 結論、ノータッチ。光属性持ちの勇者にとってアンデッドは良いカモなのだが、「おばけが怖い」とか適当に理由つけて狩りには参加しないようにする。





 勿論、大事にするのは動物も例外ではない。イヌ、ネコ、ゴリラなどの擬人化した動物がヒロインになる小説は多いし、確率は低いが、主人公が動物に転生するケースもある。

 動物を大切にしなかったせいで、

 「あの時ボコボコにされたツルです。……ここであったが100年目! 死ねェ!」

 ……みたいな展開になるのもありえるのがファンタジーの恐ろしいところだ。


 ただ、村の野菜を狙う害獣は狩らないわけにはいかない。そのため、獣転生者に面白半分に殺していると思われないよう「不自然な点がないか確かめる」「狩りの最中は笑わない」「獲物とは真剣に向き合う」、「必要以上は狩らない」、「必要な部位をとったら埋葬する」……などのルールを徹底した。

 人間の領域に入る獣のみを狩り、それ以外は猟師に任せていれば、転生者との敵対リスクを下げることはできるだろう。俺にできる対策はそこまでだ。





 これらを心掛けていれば、少なくとも出会いがしらに主人公と敵対するケースはないだろう。

 主人公(・・・)は、勇者を何が何でも殺すという殺戮者ではない。和解の道や、戦わずに済む道だってきっとあるはずなのだ。テンプレに抗えないとしても、少しは被害を抑えることはできるはず。


 厄介な試練だが乗り越えなくてはならない。そうしなければ俺に生きる道はないのだから。



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 複合迷宮都市「千枚の葉(ミルフィーユ)

 森林型迷宮「幹の階段(バームクーヘン)」や鉱山迷宮「玉石混交(パウンド)」など、複数の迷宮が1ヵ所に集まってできた超巨大都市。太古の昔、天才魔術師によって「複数の魔力溜まりを無理やり1ヶ所に集中させる」というトップクラスの秘術によって造りだされた場所。


 内包する魔力量、生息する魔物の強さ、出土する鉱山資源の品質、繁茂する薬草の効能、どれをとっても他国の迷宮に劣らないトップクラスの場所。万人の認める「史上最高の『人造』迷宮都市」。それが、千枚の葉(ミルフィーユ)である。




 異世界モノといえば定番な迷宮だが、この世界では産業の中心地のような場所だ。

 迷宮は周辺の地脈から魔力を吸い上げており、そこに住まう動植物や鉱物は膨大な魔力を帯びて変質し、凶悪な怪物や有用な経済資源になる。それ故に、迷宮は多くの戦力の集中する場所であり、商人と職人が集まる産業の中心地だった。


 また、迷宮の周辺は地脈から魔力を吸収されており、魔物の発生がその分抑制される。そのため、その周辺の農村は魔物の被害に悩まされずにすむため、収量が他と比べて多くなりやすい。迷宮都市は、周辺都市から「増えた収益の分」として税を徴収することで、収益を得ていた。




「アイヴィー、ついたぞ。お待ちかねの迷宮都市だ」

 俺は住んでいた村によく来ていた行商人の馬車に乗り、複合迷宮都市千枚の葉(ミルフィーユ)を訪れていた。行商人のおっさんとは長い付き合いであり、父親の隠し持っていた銘酒と引き換えに色々な話を聞かせてもらった。14歳の誕生日。俺は長年の付き合いを活かして彼に必死で頼み込み、労働を対価に馬車に乗せてもらった。


 これも全て、勇者の立場から逃れ、主人公から身を守るための策である。

 家族には何も言わずに、謝罪の手紙を置いて家を出た。いつか再開することがあったら、その時は1発か2発殴られるのを覚悟しなくてはならないだろう。


 関所では俺はおっさんに身分を証明してもらい、通行税を払って中に入った。

 ここで行商人のおっさんとはお別れである。彼と継続してあっていると、両親に連れ戻されるリスクがぐーんと上がる。万が一の時の連絡先として、よく取引しているという店の名前を教えてもらい、俺は彼に別れを告げた。さよなら、おっさん。この数十万の人間が集う街では、もう2度と会うこともないだろう。




 俺は、彼の姿が見えなくなるまで、手を振りつづけた。そして、十分に彼との距離が取れたことを確認すると、反対方向に向かって歩き出した。


 しばらくの間歩いていると、公園のような広け場所があった。その中心には大きな噴水があり、何人かがそこで体を洗っている。おそらく、宿を取れない者たちに浴場代わりに使われているのだろう。俺は、汗ばんだ頭を洗うためにそこに近づくと、村を出た時から(・・・・・・・)かぶっていた帽子を脱いだ。




 前世とは違い、今世の俺の髪の色は「金髪」だった。

 前世の影響で黒髪になる作品が多い中、俺は「勇者の血」の方が強く影響したらしい。他の人の金髪と比べて色鮮やかで、少しだけ癖が強かった。この金髪は俺にとって最大のチャームポイントであり、俺の最大の特徴と言っても過言ではない。


 迷宮都市は広大だ。何十万人もの人々がそこには集っており、人ごみに紛れやすい。だが、人が多いということは反面、人の眼が多いことを示している。俺のような特徴的な人間は、都市の情報網を辿れば簡単に見つかってしまうだろう。

 そこで俺は、その情報を逆手に取ることにした。




 噴水で頭を濡らし、汗を擦って洗い流す。そこには、幼少期から親しんできた感触はなかった。頭は悲しいくらいスベスベで、綺麗に1本残らず剃りあげられていた。


 髪の色が目立つなら、スキンヘッドにしてしまえば良い。

 これこそ、俺の考えた秘策。名付けて「ライオンも、タテガミ剃れば、ただの猫」である。


 村を出る直前。俺は自分の頭を丸めて、腕や脚などの毛を見える毛を全部剃った。

 剃った後に落ちた毛は全て燃やし、証拠は隠滅している。行商人のおっさんも最後まで俺がスキンヘッドにしたことを気づかなかったらしい。家出する少し前からおっさんに合う時は毎回帽子をかぶっていたのが功をそうしたのだろう。オシャレに目覚めたばかりの痛々しい奴を見るような、生暖かい目で見られたが、誤魔化せたなら結果オーライだ。


 異世界転生モノの勇者は金髪ヘアーがお約束。長さや髪型にやや違いは見られるが、基本的にはそういうキャラが多い。また、この国に伝わる「剣の勇者」のイメージも金髪碧眼の美男子だ。このギャップは、勇者であることを誤魔化すためにも大変役立つだろう。




 複合迷宮都市。この大都会で、田舎者の自分が生きるのは大変だろう。だが、主人公と戦うことに比べたら、乗り越えられない壁ではない。

 目指すは、全ての死亡フラグの除去である。

次回「勇者だけど実家が没落しました」

 なぜ勇者がこのような決断に至ったのかは次回以降書きます。続きがあるかどうかは、筆者のモチベーション次第です。


 書いてるうちに書きたい内容が頭の中で爆発して、一話に抑えられない……。

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