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恋愛小説

雨男の心が晴れるとき

作者: オリンポス

楽しく書けました!

「おい、映画館に行くぞ」

 クラス担任のHRが終わると、真っ先に洋平ようへいが遊びの誘いを仕掛けてきた。

 周到なことに、彼はもう帰り支度を終えている。


「今日はインスパイアーマンの映画の封切り日だ。早く行こうぜ!」

「まあ、そんなに焦るなよ」

 僕はのんびりとスクールバッグに教科書類を詰め込む。

 どの教材もよれよれになっていて、表紙は剥離していた。


「ほら、晴れているうちに行くぞ」

 洋平はそう教室の後ろ側にある傘立てに手を伸ばす。

 今日の天気は晴れ。降水確率0%


 黒板に書かれた白い文字に反して、そこはいつでもハリネズミの背中のようになっていた。

 僕も傘を抜く。


「止まない雨はないって言うけど、降らない雨もないんだよな」

「え、なんか言ったか?」


 下駄箱で靴を履き替えるときにこぼした独り言が耳に入ったらしい。洋平はキョトンとした顔で聞き返してきた。


「いや、なんでもない」

「ん? まあ、いいや」


 その話題はそれきりで、洋平はインスパイアーマンについて語り始めた。

 全米がインスパイアされたという謎の映画は、日本の映画評論家の間でも期待値が高いらしい。


「この映画を見た人間は、必ずだれかにインスパイアされるらしいぞ」

「なんだよ、それ」

 僕は鼻で笑った。

「そっちがインスパイアされてるだろって言いたいよ」




「面白かったな、インスパイアーマン」

「インスパイアなのかパロディなのかは、微妙だったけどな」


 僕と洋平は映画の感想を語り合う。

 空を見上げると雲一つない晴天だった。


「それにしても珍しいな、天気予報が当たるなんて」

「だな。でも、他県ではそれが普通らしいぞ」

「マジかよ。じゃあ、うちの県も他県にインスパイアされろよ」

「ほんとそれな」


 肩を並べて男二人で歩いていると、向かいの道路にテニス部の相沢沙紀がいた。

 今日の部活は休みだったのだろうか、僕はなんとなく疑問に思った。




 電車で一駅目を過ぎたあたりから、雲行きが怪しくなってきた。

 やっぱりきたか。僕はそう溜め息をもらす。


 僕は生まれてから一度も傘を手放したことはない。

 雨男とでも言うのだろうか、登下校時や学校行事のときにはよく雨に見舞われる。

 しかも不愉快なことに、目的地に到着したり、行事が中止になると、決まって晴れ渡るのだ。


 だから僕は、学校行事にはほとんど顔を出さなくなっていた。


「間もなく、雨田駅に到着です」

 そう車内アナウンスが流れる。


 開いていた参考書を閉じて顔を上げると、窓の外は予想に違わぬ土砂降りだった。

 アスファルトに打ち付けた滴が爆ぜて霧のようになっている。


「まあ、そうだよな」

 ドアの開閉ボタンを押して外に出る。


 無人で、自動改札もない駅舎には雨宿りをしている学生の姿が散見された。

 この駅舎にはコンビニどころかキオスクもないから、そうするより他はないのだ。


 僕は悠然と傘を開いて外に出た。

「あ、祐介じゃん。傘持ってきたんだ」

 振り返ると、テニス部の相沢沙紀がいた。

「おう、相沢か。今日は部活ないのか?」


 彼女に合わせて駅舎に入る。

 相沢はかばんからタオルを取り出して髪の毛を拭き始めた。

「うん、今日はインスパイアーマンの上映日だったからね。部長には悪いけど休ませていただきました」

 かすかにシャンプーの香りがする。

 僕はその距離感にほんの少しだけドキリとした。


「意外だな。相沢って洋画も見るんだ?」

「うん、字幕版をよく見るよ。英語の勉強にもなるからね」

「はは、英語の勉強って。ガリ勉くんかよ、似合わねー」


「違うよ」

 相沢はそう頬を膨らませる。

「私、ウィンブルドン選手権に出るのが夢なの。だから今のうちから英語も勉強しなきゃいけないの」

 彼女は純粋な眼差しでそう言い切った。


 ウィンブルドン。

 それはテニスプレーヤーならば一度はあこがれる夢の舞台だ。

 そして彼女はまだその夢を持ち続けていた。


「相沢ってさ、なんでか知らないけど、カッコいいよな」

「え、なによいきなり。気持ち悪いんだけど」


「だって高校生にもなれば現実って見えてくるはずだろ」

 天井を叩く雨音を聞きながら僕は言葉を紡ぐ。

「でもまだ夢を見続けられるって、なんかこう、すごいって言うかさ」


「なにそれ、嫌味?」

「違う違う」

 なんでだろ。

 相沢の前だとうまく思考がまとまらない。


「すごく、うらやましいんだよ」

「何よそれー?」

 彼女は吐息がかかる距離まで顔を接近させてきた。

 胸の鼓動が早くなる。ちょっと近すぎでは?


「まあ、いいや」

 髪をなびかせて、タオルを鞄にしまうと、

「ねえ、祐介。傘貸してよ。私持ってないんだ」

 相沢はそう手の平をこちらに向けてきた。


 全体的に小麦色をしているのに、そこだけは色白だった。

 指の付け根にはいくつものマメがある。

 シップのにおいもするし、手の甲には擦過傷もあった。


「仕方ねーな。ほら、使えよ」

 僕は手に持っていたビニール傘を手渡す。

「え、でも……」

「でもって何だよ。僕は折り畳み傘を使うからいいよ」


 遠慮する彼女に、僕は無理やり傘を握らせた。

 それでも彼女はかぶりを振る。


「そうじゃなくて!」

 相沢は少し赤らんだ。そして語勢を強くする。

「一緒に使おうって言ってるの!」


「え?」

 心臓が、どくんと跳ね上がる。

「いいのかよ?」

 よっしゃ、雨サイコー。

 いいぞ、もっと降れ!

 僕は柄にもなくそんなことを考えていた。



「ねえ、一緒にテニスしよーよ」

「いいのかよ、せっかくの休日だぜ?」

 僕は沙紀にそう訊いた。

 愚問だったかもしれないが、念のため。


「愚問だね」

 やっぱり愚問だった。

 僕は揺れる列車の車窓から目を切る。

 ちょうど田園風景から工業地帯へと推移していくところだった。


「私はテニスをしてないと逆に疲れちゃうの。ほんと、テニスしないと死んじゃう病だよね」

 そう心の底から楽しそうに笑う彼女。

 僕はそんな彼女を見て、ある疑問を口にした。


「なあ、だったらさ。なんであのとき、わざわざ部活を休んでまでインスパイアーマンを見に行ったんだ? 今日みたいな休みに行けばよかっただろ」


「そんなことも言わなきゃわかんないの?」

「わかんねえよ。何でだよ」


「祐介と話すためだよ。今までずっと2人で話してみたかった。でも祐介は人気者だから、放課後はいっつもだれかと帰っちゃうし。だから私は、祐介と洋平くんの話を聞いて、ああ、映画見に行くんだーって思って、部活を休んで同じ映画を見に行ったのよ」


 沙紀は早口でまくしたてる。

 ちょっと怒ったような表情だった。


「私、今まで傘とか持ったことなかったけど、祐介と一緒にいると雨降ることが多かったから、わざわざ同じ電車に乗って、傘を借りるって口実で、思い切って声をかけてみたのよ」


 そうだったのか。

 思い返してみればわかる話だったのかもしれない。


 僕がいると学校行事は大半が雨天中止になる。

 だけど僕がいなければ毎回晴れていた。

 その事実から、僕が雨男だって導き出せる。


「気付いてたのか、僕が雨男だって」

「ええ、だって私は晴れ女ですからね」


 晴れ女だって?


「そっか。だから沙紀と一緒にいるときは、晴れることが多かったのか」

 僕は映画館まで行ったときの道中を思い出す。

 あのときは沙紀がいたから晴れていたのだ。


「わかったら学校行事もちゃんと出なさいよ。祐介がいないとつまんないんだから」

「まあ、そうだな。お前が晴れ女だって言うなら、出てやるさ」


「うん、よろしい」

「なんで先生風だよ」

 僕たちはお互いの顔を見つめて、アハハと笑い合った。


「そういえば祐介さ、靴脱ぐときに、『止まない雨はないって言うけど、降らない雨もないんだよな』って言ってたでしょ。私が近くにいたの気付かなかった?」


「え、聞かれてたのかよ。うっわ、恥ずかしい!」

「えへへ、祐介の秘密ゲットォ!」

 彼女は得意気にガッツポーズを作っている。

 ああ、穴があったら入りたい気分だ。僕は顔をしかめてしまう。


「でもさ、雨が降って地が固まるわけじゃん? 今の私たちみたいにさ」

「まあ、そうだけどよ」

「そう考えれば無敵じゃん? 雨が降っても怖くないー」

「ハハ、単純かよ」


 でも、そうなんだよな。

 心に雨が降りかかることは、だれにだってある。

 僕にだってあるし、きっとコイツにだってあると思う。


 そんなときには、そっと傘を差し伸べてくれるだれかの助けが必要なんだ。


 雨は冷たいだけじゃない。

 人間の温かい心を教えてくれる、大切な水滴しずくなんだから。


「この映画を見た人間は、必ずだれかにインスパイアされるらしいぞ」

 洋平の言葉が、脳裏によみがえる。


 畜生、本当にインスパイアされちまったじゃねえか。

 インスパイアーマンは男女をつなぐ虹色の架け橋かよ。


 僕は沙紀を見て微笑んだ。彼女も黙って笑顔を返すのだった。

色んな人にインスパイアされて書きました。

だから、色んな人に感謝です!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 私も雨は好きですし、どんな悪いことにも何か良い点はあるのだろうなと感じました。 [一言] ああああこんな恋愛してええええ!!!
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