さよならなんて言わせない
────今日は楽しかった。ありがとう
それだけ言うと、吉崎は女王と思われるウァンパイアと共に消え、そこに残ったのは俺とそのウァンパイアの手下らしき者たちだけだった。
「っ!お前ら、俺を吉崎のところに連れていけ!」
俺が言うと、ウァンパイアたちはバカにしているように
「フン、お前のような人間を我らが連れていくわけないだろう?なんなら、Mのかわりに我らがお前を殺してもいいんだぞ」
と、言った。
俺は頭にきてこう叫んだ。
「いいから連れていけ!俺は吉崎に会うまで死なない!!」
私は一体何をしていたのだろう。
何のためにあの男に近づいたのだろう。そもそもあの男を私が“ターゲット”にしなければ、守る必要もなかったのに。
私はそんな風に考えていた。
今、私は縛られていて動けない。すぐそばには女王もいる。
「ただでは殺さない。お前には死ぬ前に地獄が待っている。・・・M、お前はあの男に恋をしたのだろう?だったら、まずはあの男を殺す。そして、お前の信頼しているKも」
女王は冷ややかに告げた。
私は女王の言葉に驚いた。
「待て!殺したらどうなるか、わかっているな?」
私は女王を睨みつけながら言った。
「お前にこの女王である私を殺せるものか」
女王は鼻で笑って言った。私に殺す力がないと思っているのだろう。
一応、私は次期女王候補だ。それなりの力は持っている。少なくとも、女王と互角に戦えるくらいには。
互角に戦うことができれば、殺せないこともないだろう。
本当にあの男とKを殺したら・・・いや、殺さなくとも私が女王を殺す。
俺は今、ウァンパイアの巣の中にいる。
あの場にいたウァンパイアたちを全員ボコボコにして、ここまで連れてこさせて案内させている。
他のウァンパイアに見つからないように、俺はボコボコにしたウァンパイアたちと城まで向かっている。
そして、ついに女王のいる城に着いた。
ボコボコにしたウァンパイアたちは、急に怯えたような声で
「こ、ここから先は我々は入ることはできない。入れば殺される。だ、だから、ここから先は一人で行ってくれ・・・我々が連れてきたことはくれぐれも誰にも言うなよ」
と言い、逃げるようにその場を去っていった。
正直、巣まで案内してくれただけでも十分だった。あのウァンパイアたちには少し感謝している。
(ここまで来れば一人でもいい。あとは、吉崎のところまで行くだけだ)
だが、行って俺はどうするのだろう。
吉崎が助けを求めたわけではない。俺が勝手に助けに来た。
こんなことをしたら、また嫌がられるだろうか。
でも、それでもいい。吉崎が無事なら・・・
俺は城の門を開けた。
死んでも吉崎を助けに行く!
「女王さま、侵入者です。それも、人間が入ってきました」
手下が告げると、女王は驚いた顔で訊いた。
「何!?まさかあの“ターゲット”の男じゃないだろうな?」
「おそらく・・・」
この手下の言葉には、さすがに私も驚いた。
(あの男がこの城に────・・・)
せっかく助かったのに、こんなところに来るなんて・・・一体何のために私がここに戻ってきたと思ってるんだ。
この部屋までにはたくさんの強いウァンパイアがいる。ここにたどり着く前に殺されてしまうだろう。
そう思ったとき
「────・・・吉崎」
微かだが、あの男の声がした。
その声はだんだん大きくなっていく。
「吉崎、どこだ?」
私の鼓動がはやくなる。
あの男は間違いなく来ている。
私の場所を伝えたい────・・・
でも、なぜか声が出ない。私が迷っているからだ。
もし、あの男がここに来たら、女王はあの男を殺す。
だけど、私はあの男に────・・・
俺は吉崎に────・・・
(会いたい!!)
二人の気持ちが重なった。
声を出そうと必死になる私。
必死に私を呼ぶあの男。
「吉崎、吉崎────・・・海花!」
その声が聞こえたとき、私は涙を流していた。
そして、声を振り絞って呼んだ。
「っ・・・隼人!」
その声が聞こえたのか、目の前のドアが大きな音をたてて勢いよく開いた。
「やっと・・・見つけた・・・」
隼人はボロボロだった。
でも、目は隼人らしい優しい目をしていた。
隼人は女王の横を素早く通って私のもとに来た。
「らしくねぇな。気の強いお前が泣くなんて」
隼人は私の涙を見て言った。
「!こ、これは────・・・」
私は恥ずかしくなって言い訳をしようとしたが、隼人は笑顔で
「そういうところがあるほうがいいよ」
と、さらりと言った。
私はもう何も言えなくなった。
隼人は私を縛っている縄をほどいてくれた。
「人間のくせに、よくここまで来たな」
女王がこちらに近づきながら言った。
「人間だとかウァンパイアだとか、そんなことはどうでもいい。ここに来たのは俺が海花に会いたいと思ったから・・・大事なのは気持ちなんだ!」
隼人は女王を睨みながら言った。
「生意気な人間が・・・!」
女王もまた、隼人を睨みながら言った。
女王は少しずつ隼人に近づいていく。殺すつもりだ。
私は隼人の前に立った。
すると、女王がピタッと足を止めた。
「M・・・何のつもりだ?」
女王が私を睨みながら言う。
私は女王を睨み返して言った。
「私は死んでもかまわない。けど、隼人やKに手を出したら・・・私があなたを殺す。」
女王はまだ私を睨みながら
「・・・もし、お前が私を殺すことができたとしても、そのあとこの城にいるウァンパイアたちにお前は殺される。それでも、私を殺すのか?」
と、訊いてきた。
私は迷わず
「もちろん」
と、答えた。
それと同時に、黒い影が私と女王の間を通り、その瞬間女王が悲鳴をあげた。
Kが女王を切りつけたのだ。
「女王さま、私が相手です。」
Kがそう言うので、私はびっくりしてKを止めた。
「どうしてここに?だいたい、Kが女王に勝てるわけないでしょう?」
するとKは
「いいから逃げなさい。M、あなたは人間として生きなさい。私があなたのウァンパイアの力をすべてもらうわ。そうすれば、あなたは人間として生きられる。それにあなたの力があれば、女王さまを殺せるはず・・・!」
と言い、私の返事も聞かずに私の力を抜き取っていく。
「ま、待て・・・私は、お前に、戦ってほしくは・・・」
ない、という前に力をすべて抜き取られ、人間の世界へ通じる穴に隼人と共に落ちていった。
「K────・・・」
私は力尽きながら、落ちる直前に名前を呼んだ。
Kは少し微笑んで言った。
「心配しないで、M」
私─K─はMとMの愛した男を人間の世界に戻してすぐ、女王を殺そうとした。
「K、よくも・・・よくもMと“ターゲット”を逃がしてくれたな。まぁいい。また探せばいいだけだ。とりあえず今はK、お前を殺すことにする。」
女王は不気味な笑みを浮かべた。
「・・・殺せばいい、私はね。でも、あの二人は殺さないで。今の二人を殺しても何の意味もないのだから」
私は別に女王を殺せなくてもいい。ただあの二人から手を引いてくれればそれで・・・
たとえ死んでもあの二人から手を引かせる。私の目的はそれのみだ。
M、人に恋をし、その恋を貫き通した。
私には、できなかった。許されることのないものだったから。
だから、Mが人に恋をしているのだと気づいたとき、私はMの背中を押してやりたくなった。それを叶えさせてやりたくなった。私の分まで幸せになってほしかった。
私と同じ、人を好きになったウァンパイアだから・・・
────さよなら、M
本当ならさっき言いたかった。
けど、そんなことを言えばきっとMはこう言う。
さよならなんて言わせない。