思い出作り
────私は、お前を好きにはならない。なるわけにはいかない
今もその言葉が俺の胸を絞めつける。
わかっていたはずなのに。吉崎が俺のことを好きじゃないことくらい・・・
告白したら絶対に、今までの関係が壊れてしまうこともわかっていたのに。
やっぱり、辛い・・・
昨日、吉崎は自分には時間がないと言っていた。だから、どのみち別れるのだと。
どういう意味なのか聞いたが、そのうちわかるとしか言わなかった。
これから何が起きるのだろうか。
考えても仕方がないので、とりあえずいつものように散歩に行くことにした。
私は、今から人間の世界へ行くところだった。
今まで、昨日のKの言葉を思い出していた。
Kには感謝しなければならない。
Kのおかげで私は自分の気持ちに素直になれた。
私はあの男が好きだ。この想いが叶わないことはわかっている。
だけどせめて、あの男にとって思い出に残るようなこと、あの男がやりたいと思うことを私はしてあげたい。
それが私にできる、唯一のことだから・・・
俺は、いつものベンチを通りすぎようとして足を止めた。
ベンチに吉崎が座っていたからだ。
できることなら、いつものように話しかけたかった。
けど、今の俺にそんな勇気はない。
そう思っていたとき、吉崎と目が合った。吉崎は目をそらさない。
「~~~~っ!今さらあいつと話すことなんかない!」
そう自分に言い聞かせ、俺は逃げるように駆け出した。
私は、あの男が去ってもベンチに座っていた。
(まぁ、当然の反応か)
わかってはいたが、へこむ。
いや、今へこんでいるのはあの男のほうだろうが・・・
(でも、私は待ち続ける。女王に殺されるまで)
そう決心したから、朝の九時頃からずっとここにいる。
それは、明日も明後日も・・・女王に殺される日まで待ち続ける。
あの男が諦めずに私を探したように、私も諦めない。
数日後。
今日も私は朝の九時頃からあの男を待っていた。
すると、一時間ほどしてあの男が走ってくるのが見えた。
何かあったのかと思い立ち上がると、あの男は私の手を引っ張って走った。
「な!?どこに行く気?」
私が驚きながら訊くと、あの男は笑顔で答えた。
「もうごちゃごちゃ考えるのはやめた!お前、この間自分には時間がないって言ってただろ?だから、お前がここにいる間に何か思い出を作りたいと思ったんだ」
「思い出!?」
私は、あの男が自分と同じようなことを考えたいたことに驚いた。
「あぁ、見せたいものがあるんだ。けど時間があるから、それまでいろんなところに行こうと思って」
見せたいものとは何だろうか。
私は何も言わずに走った。
しばらく走ったあと、歩きながら呼吸を整えた。
「疲れたな・・・悪い、強引に連れてかないとついてこないと思って」
呼吸を整えながら、あの男は謝った。
「いや・・・」
謝ってもらう必要などなかった。もう一度、私と関わってくれただけでも・・・
それに、この間までの私なら、確かにその通りだとも思ったから。
「昼飯にはまだ早いけど、これから混んでくるから」
そう言って、あの男は私を近くにあったレストランに連れていった。
「私、お金持ってない」
「おごるからいい」
食事中もあの男は私にずっと話しかけていた。
ふいにあの男が
「よかった」
と言うので驚いた。
「何がよかったんだ?」
私が訊くと、あの男は優しい顔で言った。
「吉崎が俺のわがままに付き合ってくれたから。俺は今日、吉崎を誘う・・・っていうか、連れてこれてよかったと思ってる」
私はそんな言葉を聞いて、思わず本音が出そうになった。
「それは・・・いや、何でもない」
そして、私は続けて言った。
「お前のわがままに比べたら、私の感じの悪さのほうがずっと嫌だろう。それに、私はわがままとは思っていない」
すると、あの男は不思議そうな顔をして
「なんかお前、変わったな」
と、言った。
レストランを出てから、私たちはショッピングモールに行ったり、近くの公園を散歩したりした。
三時頃。
少し遠くにある『ミライ』というケーキ屋に来た。
「ここのケーキってすごい人気で、千夜も気に入ってるって言ってたんだ。甘いのが苦手な人のために、甘くないケーキもたくさん置いてあるんだ。吉崎は甘いもの好きか?」
あの男は笑顔で聞いてきた。
「あぁ、まぁ、嫌いではない」
私は曖昧に答えた。
そして私たちは店に入り、私はフルーツがたくさん入ったロールケーキを、あの男はほろ苦いチョコケーキを食べた。
店を出る頃には四時になっていた。
「四時か・・・ちょうどいいな」
あの男は時計を見ながら呟いた。
「何がちょうどいいんだ?」
私が訊くと、あの男はニッと笑って
「言っただろ?見せたいものがあるって。ちょうどいい時間なんだ。行こうぜ」
と言い、私の手をとって足早に歩き始めた。
歩き始めてから一時間ほど経った。
「・・・まだつかないのか?」
私が聞くと、あの男は
「もう少しだから」
と、答えた。
「着いたぞ」
あの男がそう言うので足を止めた。
(ここは────・・・)
私は見覚えのある場所に息を止める。
「この間、ここで会っただろ?ここで吉崎に告白した」
あの男は笑ってそう言う。
「あ、あぁ、でもなぜここへ?」
私が訊くと、あの男はニッと笑って
「見ろよ、この景色!」
と言うので、あの男の指差すほうを見る。
「・・・!?」
私は思わず息を呑んだ。
そこには、真っ赤な空と真っ赤に染まった海があった。とても、綺麗だった。
「これを見せてやりたかったんだ」
あの男は景色を眺めながら言った。
「綺麗、だな。」
私はただ一言、そう答えた。
だがその景色が消え、夜になったとたんに今日という夢が終わった。
空に赤い月が浮かんだのだ。
赤い月は年に一度だけこの街に出る月で、ウァンパイアはその月が出る日に本来の力が戻る。つまり、最もウァンパイアの力が出る日ということだ。
(しまった、赤い月の日だ!それに今日は八月二十日!!だから女王は今日、“ターゲット”を殺し、人間を次々に殺せと────・・・)
「!?吉崎、その目・・・」
気づいたのが遅かった。
すでに私の目は赤く染まり、ウァンパイアの力が戻りつつある。
「お前、ウァンパイアだったのか・・・!?」
もう、あの男の声も聞こえない。
頭が真っ白になった。
そのとき、女王とその手下共が私の前に現れた。
「M、ついにこの日が来た。その横にいる男がお前の“ターゲット”だろう?さっさと殺して新たな力を手に入れろ!」
女王が言う。
だが、私の覚悟は決まっている。
「────せん」
「何?」
険しい顔で女王が聞いてくる。
私は声を張り上げて言った。
「新たな力なんていらない!そんな力を手に入れるくらいなら、殺されるほうがマシよ!」
「吉崎!?」
あの男は私の発言に驚いたようだった。何が起きているかもよくわかっていないだろう。
女王は私の発言にニヤリと笑って
「ほぉ、ならお望み通り殺してやろう。まぁ、とりあえずウァンパイアの巣には戻ってもらうぞ」
と、言った。
「それくらい、かまわないわ。さっさと行きましょう」
私がそう言うと、あの男は
「おい、吉崎、本気か?」
と、言ってきた。
何が起きているかわからなくても、今の会話はよくわかったのだろう。
でも、止められても私は行く。
「当たり前だ。言っただろう?どのみち別れるのだと・・・」
私は迷わず答える。
「けど・・・!」
あの男はまだ何か言いたそうだったが、私はそれを遮った。
「今日は楽しかった。ありがとう」
「!?」
あの男は驚いた顔をしていたが、私はかまわずウァンパイアの姿に戻り、ウァンパイアの巣へ向かった。
本当は、自分の気持ちを言うつもりだった。
でも、こんなことになってしまったので言えなかった。
いや、こんなことにならなくても言えなかったかもしれない。別れてしまうのなら、言わないほうがお互いのためだと思って・・・
でも、もうそんなことはどうでもよかった。
これで、あの男を守れる。
女王に殺される前に、あの男が殺されないように相討ち覚悟で殺す。
それしか私にできることはない。