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ウァンパイア物語  作者: 衣月美優
5/7

思い出作り


 ────私は、お前を好きにはならない。なるわけにはいかない


 今もその言葉が俺の胸を絞めつける。

 わかっていたはずなのに。吉崎が俺のことを好きじゃないことくらい・・・

 告白したら絶対に、今までの関係が壊れてしまうこともわかっていたのに。

 やっぱり、辛い・・・

 昨日、吉崎は自分には時間がないと言っていた。だから、どのみち別れるのだと。

 どういう意味なのか聞いたが、そのうちわかるとしか言わなかった。

 これから何が起きるのだろうか。

 考えても仕方がないので、とりあえずいつものように散歩に行くことにした。




 私は、今から人間の世界へ行くところだった。

 今まで、昨日のKの言葉を思い出していた。

 Kには感謝しなければならない。

 Kのおかげで私は自分の気持ちに素直になれた。

 私はあの男が好きだ。この想いが叶わないことはわかっている。

 だけどせめて、あの男にとって思い出に残るようなこと、あの男がやりたいと思うことを私はしてあげたい。

 それが私にできる、唯一のことだから・・・




 俺は、いつものベンチを通りすぎようとして足を止めた。

 ベンチに吉崎が座っていたからだ。

 できることなら、いつものように話しかけたかった。

 けど、今の俺にそんな勇気はない。

 そう思っていたとき、吉崎と目が合った。吉崎は目をそらさない。

「~~~~っ!今さらあいつと話すことなんかない!」

 そう自分に言い聞かせ、俺は逃げるように駆け出した。




 私は、あの男が去ってもベンチに座っていた。

(まぁ、当然の反応か)

 わかってはいたが、へこむ。

 いや、今へこんでいるのはあの男のほうだろうが・・・

(でも、私は待ち続ける。女王に殺されるまで)

 そう決心したから、朝の九時頃からずっとここにいる。

 それは、明日も明後日も・・・女王に殺される日まで待ち続ける。

 あの男が諦めずに私を探したように、私も諦めない。




 数日後。

 今日も私は朝の九時頃からあの男を待っていた。

 すると、一時間ほどしてあの男が走ってくるのが見えた。

 何かあったのかと思い立ち上がると、あの男は私の手を引っ張って走った。

「な!?どこに行く気?」

 私が驚きながら訊くと、あの男は笑顔で答えた。

「もうごちゃごちゃ考えるのはやめた!お前、この間自分には時間がないって言ってただろ?だから、お前がここにいる間に何か思い出を作りたいと思ったんだ」

「思い出!?」

 私は、あの男が自分と同じようなことを考えたいたことに驚いた。

「あぁ、見せたいものがあるんだ。けど時間があるから、それまでいろんなところに行こうと思って」

 見せたいものとは何だろうか。

 私は何も言わずに走った。

 しばらく走ったあと、歩きながら呼吸を整えた。

「疲れたな・・・悪い、強引に連れてかないとついてこないと思って」

 呼吸を整えながら、あの男は謝った。

「いや・・・」

 謝ってもらう必要などなかった。もう一度、私と関わってくれただけでも・・・

 それに、この間までの私なら、確かにその通りだとも思ったから。

「昼飯にはまだ早いけど、これから混んでくるから」

 そう言って、あの男は私を近くにあったレストランに連れていった。

「私、お金持ってない」

「おごるからいい」

 食事中もあの男は私にずっと話しかけていた。

 ふいにあの男が

「よかった」

 と言うので驚いた。

「何がよかったんだ?」

 私が訊くと、あの男は優しい顔で言った。

「吉崎が俺のわがままに付き合ってくれたから。俺は今日、吉崎を誘う・・・っていうか、連れてこれてよかったと思ってる」

 私はそんな言葉を聞いて、思わず本音が出そうになった。

「それは・・・いや、何でもない」

 そして、私は続けて言った。

「お前のわがままに比べたら、私の感じの悪さのほうがずっと嫌だろう。それに、私はわがままとは思っていない」

 すると、あの男は不思議そうな顔をして

「なんかお前、変わったな」

 と、言った。


 レストランを出てから、私たちはショッピングモールに行ったり、近くの公園を散歩したりした。

 三時頃。

 少し遠くにある『ミライ』というケーキ屋に来た。

「ここのケーキってすごい人気で、千夜も気に入ってるって言ってたんだ。甘いのが苦手な人のために、甘くないケーキもたくさん置いてあるんだ。吉崎は甘いもの好きか?」

 あの男は笑顔で聞いてきた。

「あぁ、まぁ、嫌いではない」

 私は曖昧に答えた。

 そして私たちは店に入り、私はフルーツがたくさん入ったロールケーキを、あの男はほろ苦いチョコケーキを食べた。

 店を出る頃には四時になっていた。

「四時か・・・ちょうどいいな」

 あの男は時計を見ながら呟いた。

「何がちょうどいいんだ?」

 私が訊くと、あの男はニッと笑って

「言っただろ?見せたいものがあるって。ちょうどいい時間なんだ。行こうぜ」

 と言い、私の手をとって足早に歩き始めた。




 歩き始めてから一時間ほど経った。

「・・・まだつかないのか?」

 私が聞くと、あの男は

「もう少しだから」

 と、答えた。

「着いたぞ」

 あの男がそう言うので足を止めた。

(ここは────・・・)

 私は見覚えのある場所に息を止める。

「この間、ここで会っただろ?ここで吉崎に告白した」

 あの男は笑ってそう言う。

「あ、あぁ、でもなぜここへ?」

 私が訊くと、あの男はニッと笑って

「見ろよ、この景色!」

と言うので、あの男の指差すほうを見る。

「・・・!?」

 私は思わず息を呑んだ。

 そこには、真っ赤な空と真っ赤に染まった海があった。とても、綺麗だった。

「これを見せてやりたかったんだ」

 あの男は景色を眺めながら言った。

「綺麗、だな。」

 私はただ一言、そう答えた。

 だがその景色が消え、夜になったとたんに今日という夢が終わった。

 空に赤い月が浮かんだのだ。

 赤い月は年に一度だけこの街に出る月で、ウァンパイアはその月が出る日に本来の力が戻る。つまり、最もウァンパイアの力が出る日ということだ。

(しまった、赤い月の日だ!それに今日は八月二十日!!だから女王は今日、“ターゲット”を殺し、人間を次々に殺せと────・・・)

「!?吉崎、その目・・・」

 気づいたのが遅かった。

 すでに私の目は赤く染まり、ウァンパイアの力が戻りつつある。

「お前、ウァンパイアだったのか・・・!?」

 もう、あの男の声も聞こえない。

 頭が真っ白になった。

 そのとき、女王とその手下共が私の前に現れた。

「M、ついにこの日が来た。その横にいる男がお前の“ターゲット”だろう?さっさと殺して新たな力を手に入れろ!」

 女王が言う。

 だが、私の覚悟は決まっている。

「────せん」

「何?」

 険しい顔で女王が聞いてくる。

 私は声を張り上げて言った。

「新たな力なんていらない!そんな力を手に入れるくらいなら、殺されるほうがマシよ!」

「吉崎!?」

 あの男は私の発言に驚いたようだった。何が起きているかもよくわかっていないだろう。

 女王は私の発言にニヤリと笑って

「ほぉ、ならお望み通り殺してやろう。まぁ、とりあえずウァンパイアの巣には戻ってもらうぞ」

 と、言った。

「それくらい、かまわないわ。さっさと行きましょう」

 私がそう言うと、あの男は

「おい、吉崎、本気か?」

 と、言ってきた。

 何が起きているかわからなくても、今の会話はよくわかったのだろう。

 でも、止められても私は行く。

「当たり前だ。言っただろう?どのみち別れるのだと・・・」

 私は迷わず答える。

「けど・・・!」

 あの男はまだ何か言いたそうだったが、私はそれを遮った。

「今日は楽しかった。ありがとう」

「!?」

 あの男は驚いた顔をしていたが、私はかまわずウァンパイアの姿に戻り、ウァンパイアの巣へ向かった。


 本当は、自分の気持ちを言うつもりだった。

 でも、こんなことになってしまったので言えなかった。

 いや、こんなことにならなくても言えなかったかもしれない。別れてしまうのなら、言わないほうがお互いのためだと思って・・・

 でも、もうそんなことはどうでもよかった。

 これで、あの男を守れる。

 女王に殺される前に、あの男が殺されないように相討ち覚悟で殺す。

 それしか私にできることはない。


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