失恋
二日前。いろいろなことがあった。
────付き合ってほしいの!
────俺は奥田のことが好きだったんだ・・・!
そして・・・
────もう私に関わるな!
吉崎に言われた言葉。胸を殴られたような衝撃が走った。
────きっと、吉崎さんは関わってほしくないなんて本気で思ってないよ。
本当にそうだろうか。
あのときの吉崎の目は本気だった。
(・・・本人に確かめるのがいいか)
正直、訊くのは怖い。前みたいに言われたらと思うと・・・
俺はいつもの時間に吉崎がいるベンチに行ってみたが、やはり吉崎はベンチにいなかった。
(いない・・・か)
それでも、確かめると決めたから。
でも、もし吉崎がこの街にもういなかったら、俺はどうするだろう。
諦めるだろうか。それとも諦めずに探すだろうか。
とりあえず、この街の隅から隅まで探そう。
考えるのはそれからだ。
私は、計画を立て直していた。
いくら時間があるといっても、次こそは必ず。そうでないと、私の死は確実だ。
前の計画では、あの男を例の日に裏切って絶望させ、そこを突いて吸い殺すというものだった。
だが私のあの一言で、親しくなるどころかもう関わってくることもないだろう。そうなると、少しやりづらくなる。
────もう私に関わるな!
なぜ、あんなことを言ってしまったのか。
あんなことを言わなければ、計画はうまく言っていたのに。こうやって、計画を立て直す必要などなかったのに。
自分のことなのに、考えてもよくわからない。
まぁいい。次の計画を立てる時間があるだけでも・・・
そう考えて、私は人間の世界へ向かった。
俺は、今も吉崎を探していた。
だが、いくら探しても見つからない。
やはりもう、この街にはいないのだろうか・・・
そう諦めかけたとき、海を眺めている少女に気がついた。
「吉崎!」
考えるよりも先に体が動いた。吉崎のもとへと駆け出す。
吉崎も俺の声に驚いたように振り返った。
「あーと、その・・・」
声をかけ、吉崎のもとへと駆け出したのはよかったが、何も考えていないので言葉が出ない。
何を言えばいい?この間の謝罪か?
そんな風に考えていると、吉崎が不思議そうな顔をして聞いてきた。
「関わるな・・・そう言ったのに、なぜ私のところに来た?」
あぁ、そうか。吉崎に訊かれてやっと気づいた。
俺はこの間の謝罪なんかをしに来たわけじゃない。
「それは、俺が決める。吉崎が関わるなと言ったって、関わるか関わらないかを決めるのは俺だから」
俺はそう答えた。
そうだ、それは誰かが一方的に決めるものではない。
吉崎は俺の答えに怪訝そうな顔をして
「お前は、私と関わることに決めたのか?」
と、訊いてきた。
「そうだ」
俺は迷わず答えた。
「それはなぜだ?」
今度は真剣な眼差しで吉崎が聞いてくる。
「それは・・・今は言えない。少し、時間をくれ」
俺は躊躇いながら答えた。
吉崎は俺をまじまじと見たあと
「・・・いいだろう。三日後、午後二時にここに来い」
と言って、行ってしまった。
まだ気持ちの整理ができていない俺にとって、三日という時間は短い。三日後までに何をいうか決めておかないと、また同じことの繰り返しだ。
でも、焦らずゆっくり考えよう。
三日しかないのではない。逆に、三日も時間をくれたのだ。
十分な時間があるはずだ。
本当にバカな男だ。
私は、ウァンパイアの巣に戻るまでずっと思っていた。
あの男はなぜ、諦めないのだろう。関わるなと言ったのになぜ。
だが、私にとっては絶好のチャンスだ。
前の作戦でも、あの男を殺れる可能性が出てきたのだ。
だけど・・・
────それは・・・今は言えない。少し、時間をくれ
あれは、どういう意味だろうか。
なぜ、今言えないのか。
────お前は、私と関わることに決めたのか?
私がそう訊いたときは、迷わず答えていたのに。
だいたい、あの男が私と関わって得することは何もない。むしろ、損をするのに・・・
まったく、意味のわからない男だ。
だが、三日後にはあの言葉の意味がわかるはずだ。
楽しみにしているぞ、奏井 隼人。
そんなことを考えながら、女王の城に向かった。
『これから』について話すために・・・
あれから二日経った。
俺─奏井 隼人─はいつもの散歩コースを歩きながら、明日吉崎に何を言うか考えていた。
俺は、吉崎のこと────・・・
でも、それを言っても吉崎は俺を嫌う。というか、吉崎は俺が何を言っても聞かないんじゃないか?
考えれば考えるほど答えは出ない。
モヤモヤする・・・
ついにこの日が来た。
二時少し前に、俺は約束の場所に行った。
一応、何を言うかは決めた。嫌われてもかまわない。
少しすると、吉崎はやって来た。
「さて、三日という時間をやった。この間の質問の答えを聞かせてもらおうか」
吉崎は俺を見るなりそう言った。
俺は覚悟を決めて言った。
「・・・好きだ!だから、関わらないなんてことできない」
吉崎は最初驚いた顔をしていたが、すぐにいつもの顔に戻り、言った。
「────・・・私は、お前を好きにはならない。なるわけにはいかない」
その冷ややかな声が俺の頭に響いた。
「私にはもう、時間がない。どのみち、もうすぐ別れるんだ」
さらに吉崎は続けた。
「どういう・・・ことだよ?」
俺は吉崎が何を言っているのか、まったくわからなかった。
「そのうちわかる」
俺の質問には答えず、そう言って吉崎は去っていった。
俺はそんな吉崎に声をかけることができなかった。
私─吉崎 海花─はウァンパイアの巣に戻っていた。
────・・・好きだ!だから、関わらないなんてことできない
その言葉が、私にずっとつきまとっている。
忘れたいのに忘れられない。
私があの男を好きになるわけがない。絶対に、好きになってはいけない!
そう思えば思うほどおかしくなる。
あの男があんなことを言うから。
そう混乱しているとき
「M」
うしろから声がした。
「Kか」
Kは、私が一番信頼しているウァンパイアだ。
「M、あなた、今度女王になるんでしょう?なのに、今のあなたは嬉しそうじゃない」
Kはそう言ってきた。
「そりゃあ、ただで女王になれるわけではないから────」
嬉しくない、と言おうとしたが、Kに遮られた。
「いいえ、あなたは何か別のことに気をとられている」
「!?そんなこと・・・」
図星だった。
それを隠そうと言い訳をしようとしたが、またKに遮られた。
「どうでもいいけど、自分の気持ちに素直になるのがいいんじゃない?きっとそのほうが幸せになれる。どんなことでも・・・」
Kのその言い方に驚いた。
「K、まさか知って・・・!?いや、何でもない。じゃあ、私は行くから」
私はそう言って、Kのもとを離れた。
素直に、か。
もうずっと前に気持ちは決まっていたのだ。知らない間に、私は想ってしまっていたのだ。
きっかけは、あの男が三人組の男を怒鳴ったとき。あのあと、私があんな風に突き放したのはきっと、これ以上関われば自分の気持ちに気づいてしまうと、体が拒否したからだろう。
そして、決定的だったのはあの男の告白。
それでもう、わかってしまったのだ。
もう、殺せない。
わかってしまった以上、私にできるのはただひとつ。
それは────・・・