夏休みの出会い
俺の名前は奏井 隼人。大学生だ。友人はいない。
みんなと違って俺は暇人だから、アルバイトとかで忙しいやつとは一緒にどこかへ行くこともできないし、一緒にいたいとも思わない。
だから、毎日適当に外で過ごしている。
しかし、夜になるとウァンパイアたちが人の血を求めてやって来るので、外に出てはいけないという決まりがある。本当に厄介だ。
だから、仕方なく夜は外出しないようにしている。
でも、外に出ても出なくてもウァンパイアが来れば血を吸われて殺されてしまうのだから、怯えても仕方ない。家の中にいても、絶対安全というわけではないということだ。
そう考えて、俺は生きている。
今年の夏休みもいつも通り暇だったので、近くを散歩していた。
すると、見かけない少女がベンチに座って、通る人をじろじろ見ているのを見つけた。
少女は高校生くらいの子で目鼻立ちがよく、今は人をじろじろとみているせいか、つり目がちだ。
俺はその少女が何をしているのか気になって、声をかけた。
「何してるんだ?」
すると、少女はジロッとこちらを睨んで言った。
「お前に関係ない」
その言い方にムッとしたが、冷静になって言った。
「誰か探してるなら手伝うけど」
するとまた
「さっきも言っただろう。お前に関係ないと」
と、言い返してきた。
俺はその言い方や態度に腹が立って、吐き捨てるように、あぁそうかい、と言ってその場を立ち去った。
翌日もそこを通ると、またあの少女がいた。
俺が少女に近づくと、少女も俺に気づいたようだった。小声で、またお前か、とか何とか言っている。
「まだ名前を言ってなかったよな。俺の名前は奏井隼人。お前は?」
俺が訊くと、少女はムスッとした声で
「名前はない。そうだな・・・吉崎 海花とでも言っておこうか」
と、言った。
「ふーん。じゃあ、吉崎はどこに住んでるんだ?」
俺がまた訊くと
「お前に教える筋合いはない」
と、言い返されてしまった。まぁ、その通りなんだが・・・
俺はその言い方にイラついた。
「お前さぁ、感じ悪すぎだろ。顔は悪くないのに、そんなんじゃ彼氏とかできないぞ」
俺がそう指摘すると、吉崎は
「彼氏?別にそんなものできなくてもいいし、感じ悪くても話す相手なんかいないからかまわない」
と、言ってきた。
やっぱり言い方は、こっちがムッとする言い方だ。
だけど・・・
「話す相手ならいるだろ、ここに」
俺はそう言ってやった。
話す相手がいないなんてことはない。そんな寂しいこと、言うもんじゃない。
だって、現にここにいるじゃないか。俺が話しかけたら、お前の話し相手は俺だ。もう、話し相手はいるんだ。
そんな想いを込めて言うと、吉崎は驚いたように目を丸くしてこちらを見た。そんな風に言われるとは思っていなかったのだろう。
「俺がお前の話し相手だ」
もう一度言うと、吉崎は俺から視線を逸らし
「私は話し相手だなんて思っていない。勝手にお前が話しかけてきただけだ」
と、さっきまでと変わらない口調で言ってきた。
でも、なぜだか俺はムッとしなかった。
「そうか」
そして、俺はなぜだか笑って答えていた。
吉崎はそんな俺のことなど見向きもせずに
「それより、用がないなら帰ってくれないか?はっきり言って、邪魔なんだが」
と、言ってきた。
さっきはムッとしなかったが、今度はムッとした。というか、イラついた。
だから、文句を言おうとしたが、何も言わずに俺は帰った。
それからも、俺は毎日のように吉崎に話しかけた。
「お前、本当に暇なんだな」
と、吉崎は相変わらず視線を合わせずに言ってきた。
俺は空を見上げながら、まぁそうだな、と答えた。
「なぜ、私にかまう?」
吉崎が怪訝そうに訊いてきた。
「別に。ここは俺の散歩コースだから、お前を見つけるとつい話しかけたくなるだけだ」
と、俺は答えた。
「それに、最近はこれが日課になってるしな」
俺が吉崎に、ニッと笑って付け加えると、吉崎は怒ったように
「そんなことを日課にするな!」
と、言ってきた。
こんなことを続けて、ある程度仲良くなった(少なくとも俺はそう思っていた)ある日。
俺は吉崎に訊いてみた。
「なぁ、この街から離れてみたいと思ったことはないか?」
すると、吉崎は逆に
「なぜ、ここを離れる必要がある?」
と、訊いてきた。
「なぜって・・・ほら・・・ウァンパイアはこの街以外にいないって言うし・・・そのほうが安全だし、夜、外に出るな!って言われることもないだろうし・・・」
逆に質問されると思わなかった俺は、言い訳するときのようにしどろもどろに答えた。
「・・・別に、ウァンパイアがいたってかまわない」
そんな俺の返答に対し、吉崎はそう答える。
「そりゃあ、俺だってかまわねぇけど・・・」
・・・困った。吉崎は何も言わない。俺も何を言ったらいいのかわからない。
しばらく沈黙が続いた。
何か話さなければ・・・そうだ!
「夏休みだし、今度どっか行かないか?」
話題を変えるように俺は言ったが、吉崎の返事は
「行かない」
と、一言。
結局また沈黙が続き、俺は逃げるようにその場から離れた。
私─吉崎 海花─は、あの男が去って行ったあともずっと、ベンチに座っていた。
あの男はなぜ、毎日飽きもせずに私にかまうのか。それも、素性もわからないこんな私に。
私は、人と関わるために生きているわけじゃない。
だが、おかげで“ターゲット”を探す手間が省けた。あの男を“ターゲット”とすればいい。
哀れな男だ。
私と関わらなければ、命を落とさなくてすんだのに・・・