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ふるい  作者: ぬばたま
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ふるいもの


 正月や盆になると、大部屋では山のようにご馳走が並んだ。私や近い歳の子供は鬼事や隠れ鬼をしたし、大人は大人で酒を飲んで大騒ぎしていたのだ。

 一年過ぎ、次の年になってもそれは続いていく。だからずっと変わること等ないのだとぼんやり思っていた。

 

 宴会のようなどんちゃん騒ぎも落ち着きを取り戻し、畳に転がるようにして酒飲みが眠りに落ちた頃。そんな夜も眠る刻限に、この広い屋敷を散歩するのが小さな私の密かな楽しみだった。

 あの頃は全てが大きく見えて、誰にも内緒で彷徨くだけでもかなりどきどきとしたものだ。子供は早く眠りにつけと母が叱るから余計に。

 

 音の鳴らぬように廊下を踏みしめて、誰かのいびきや草の音を聞きながら冒険のように散策した。その時の胸の高鳴りといったら、もう。言葉では表現しようがない。

 肝試しのつもりだったのか、宝探しのつもりだったか、今ではもう思い出せないが、そんな時に見つけたのが――あの、扉だった。

 

「嗚呼、そうだった」


 何箱目になるだろう、その蓋を開いて私はあの時の記憶を詳細に思い出した。霧がかった思い出は、今や私の直ぐ側で手ぐすね引いて待っている。

 一端いったん手を止めて空を見ると、既に赤黄色に染まっていて、今にもカラスが鳴き出しそうな刻限

 あまりに熱中し過ぎたらしい。

 

「やれ、いかんな」


 そろそろ喜介の迎えがある時間に違いない。開きかけた蓋を閉じて、仕分けた古物を部屋の隅に移動させていく。

 古物は大小それぞれに在り、小さなものは誰のものなのかわからぬ簪や焼き物、大きなものは木彫りの熊から甲冑なんてものまで出てきてまとまりがない。何を、どういった基準で集められたのか、仕舞われていたのか。手当たり次第に収集した、そんな感じである。

 

「そも、誰が残したのか、それとも集めたのだろうか」


 好事家なら好んで集めるのかもしれないが、祖父がこんな古物を収集していたとは聞いたことが無い。

――古いモノは、悪いモノだ。

 あんなことを口にした祖父が残したとは、矢張やはり考え辛かった。


 考えても仕方がないか。

 深く息を吐いて立ち上がる。幸いな事に、金になりそうな物品は幾つか目星ついた。仕分けていない古物の山もまだたんと残っているのだし、中からまだ見ぬ宝が見つかるかもしれない。


 橙に染まる空を見ながら、縁側の襖を一つ、又一つと閉じていく。光源の遮られた大広間は少しずつ暗くなり、最後の一つを閉め切ると夜になったように暗くなった。

 外と遮られ、区切られた途端に木々のざわめきや鳥の声が聞こえなくなったような気がするのが、なんとも不思議である。

 

 帰らねば。

 そう思ったから、何時もの調子で仏壇を見た。もうそこに何も無いのはわかっているのに、そうしてしまうのは習性だろう。

 暗がりに目を凝らして、今は空洞の仏壇が収められていた場所を見れば、

 

 そこに、扉が填まっていた。

 

 古いドアだった。

 金色に輝く丸ノブと、上方には四角い磨り硝子がまっている。揺らぎのなだらかな木目は太く、何十にも中心から楕円の円を描いて、縦向きの大きな一つの目玉に見えた。

 ぴったりと。かつて仏壇の鎮座していた場所に収まっている。

 

「どうして」


 そんな所にあるのだろう。

 うっすら浮かび上がるその扉は、何時の日か見た、幾ら探そうとも二度と見つけられなかったあの扉に違いなく、記憶のまま、ありのまま、当然のようにそこにある。

 どくどくと心臓が煩い。

 私は近くに寄って扉を凝視するが、この目に映る重厚な扉は嘘、幻ではない。

 確かにここにある。何故だ。

 なぜ。

 生唾を飲み込み、腹の高さになった金色のノブに手を伸ばす。

 果たして中には何が入っている。それとも本当はこれも霞か幻ですり抜けてしまうのではないだろうか。

 あり得ない異形さに恐れおおのくより、好奇心が勝ってノブを掴む。ひんやりとした金属の感触が今度こそ間違いないと私に伝えて、今にも開け放ちたい気持ちを抑え付けてゆっくりと回す。昔は両手を伸ばして回したノブが随分小さくなって、興奮と一緒に細く笑む。

 細く笑んだ。

 そうして、ふと、首を傾げる。

 

 そうだ。

 私はこのノブを昔確かに、手にしたのだ。

 宝箱のようなぴかぴかの扉を見つけて、手を伸ばして何故、何故だろう、何故開けた記憶が無い。

 手を離して両の手を見る。埃まみれになった自分の掌が辛うじて目に映った。黒くて汚い掌だ。

 私は目の前の扉をもう一度見る。

 見た。

 扉は、ノブは、埃一つなく、そこにある。この部屋は埃で塗れているのに、綺麗なまま。そこにある。

 日が傾いているのか、部屋が更に暗くなったような気がする。同時に寒くなったような気もする。

「へんだ」

 変なのだ。

 どうして、よりによって仏壇のあった場所にある。ここは本当なら私の先祖が座っていた場所だろう、見守っていた場所だろう、仏壇なんてものが簡単に動かせる筈もないのに、なんである。

 

 ――ふるい ものは

 

 祖父の声が聞こえた気がした。

 私は扉を見る。仏壇があったその場所を、見る。

 

 ふるい

 

「ああ」


 嗚呼、そうだ。

 人も古くなるじゃないか。人が年を取ると死んで、そうすると、どんどん古くなるじゃないか。

 

 きぃ、と、ノブが独りでに回る。

 私は扉の前に立っている。上方についた、あの磨り硝子の奥で何かの影が動いた。

 私は、

 わたしは

 

 ゆっくりと、扉が開いていく。

 

 わたしは、

 大きな勘違いをしていたのかもしれない

 ふるいものは いいものではない

 ふるいものは わるいものでもないんだ

 

 とびらがひらいた。

 

 

 

 ふるいものは こわいものだ

 

 

 

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