化ける
「知っているかい、喜介。外の国では月日の経過した住宅の方が高く売れるんだぜ」
「へえ。それなら新しい家は安いんですかい」
「そうらしい。私も人づてに聞いた話だから、どの国までかは知らないが、そうらしいのだ。
私はなんだが面白くってね」
「そりゃあまた、どうして」
車は平された道を外れて、でこぼこの多いあぜ道を進む。田んぼと田んぼの間の道をがたがた鳴らしながら走り抜け、向こうに見えてきた林をのんびり眺めながら返答を返した。
「つまりだ、向こうでは新しいもの程、価値が低いって事だろう。建物に限った話だけれどね。此方とは価値観が真逆で、何だかそれが面白い」
「日本では古いと傷んで駄目だと考えるんでしょうが――古いものにはほら、付加価値があるものも多い、だからでしょうかね」
「そういうのもあるだろう。偉人の住居だったり、歴史的な建造物は言わずもがなだが、此方と向こうで建物に関する税も違ったりするとか。けれど向こうでは普通の住居でさえそうだ、一つのものを大切に何度も改築して長く良くさせる。
ならばこそ、どうして我が国は古いものの価値を低く見るのだろうね」
「そりゃあ、あれでしょう」
喜介は一呼吸置いて
「此方のモノは、化けますから」
何でもないふうに、そう云う。
「付喪神とも呼びますでしょう」
「モノに宿るあやかしもの、だったか」
「ええ。確か、そんなもんでしたかねえ
建物もモノでしょう、旦那」
「違いないね」
違いないが。だが
「私はね、喜介」
「へい」
「古いものは、良いモノだと思っているのさ」
「良いもの、ですかい」
「そうだ。
古いものは味がある、惹きつけられる何かがある。最後には金になるものもあるのだから、嫌う要素は何処にもないのだよ。無論、善悪のつけられるような類いのものではないのは重々承知だがね」
しかし、私は長年疑問なのだ。
「一度、たった一度だけれどね、我楽多を見ていた私に祖父が零したのだ。
――古いモノは、悪いものだと」
急に変わった話題を訝しんで、喜介は私の顔色をちらりと窺う。私はその様子を視界の端に認めながらも、知らぬふりをして窓の外を眺めたままでいた。
車は長閑な田んぼを抜けて、林が両側に割れた道に入り込む。あとはこれを真っ直ぐ進むだけだ。