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あの扉
古い扉だったのを覚えている。
金色に輝く丸ノブと上方には四角い磨り硝子が填まっていた。揺らぎのなだらかな木目は太く、何十にも中心から楕円の円を描いて、縦向きの大きな一つの目玉に見えたものだった。
「小さな頃は何でもが大きく見えるでしょう。
屹度、今見ればなんてことのない戸なのでしょうが、幼い私にとってみればあの戸は宝物庫の入り口に見えたのです」
「それで、宝物は見つかったんで?」
「いいえ」
「それじゃあ何があったんですかい」
「それが何も」
「何も? 空き室だった、と」
「それも違う」
「旦那ァ、馬鹿なあっしにもわかるように教えて下せえ」
運転手である喜介は直ぐさま悲鳴を上げて回答を求めた。四角い顔のひょろりとした体型のこの男は頭が悪い。ただ単に教養が無いとも言うが、思ったことを直ぐに口にしてしまう軽薄さを私は気に入っている。
「その扉は、何処を探しても二度と見つからなかったのです」