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放課後の温泉

私達、魔法使いのエレンと大魔法使いのシグマさまは無事に宿に到着した。

「ここが、木浦様の旅館…。」

昔からある老舗の旅籠(はたご)といった風情を醸し出している。

「ああ、懐かしい…。」

まただ。故郷に再び訪れた、感慨に浸る様な表情。

思わず私は訊ねてみた。

「シグマさま、こちらにいらした事でもあるのですか?」

「それは、人前では言えないから…部屋に着いたら話すよ。」

「はい。」

素直に従うエレン。

これからシグマが予想も出来なかった事を告げるとは、彼女は思ってもいなかった―。


「ここが僕たちの部屋だ。」

「…どうして案内も無しに分かるのですか?」

「前に来た…いや、居た事があるからさ。」

「どういう意味ですか?さっきから、エレンよく分かりません!」

私はつい感情的になった。

するとシグマさまはそっと耳打ちした。

「エレン。僕は以前人間だったんだ。」

「!?どういう…。」

「木浦家は魔界と繋がっている。10歳の時に、どうしても魔法使いになりたかった僕は家を出てこちらにお世話になる事にしたんだ。」

「!!でっ、でも人間が魔法使いに…それも大魔法使いになれるなんて!」

「この木浦の宿で沢山修行をさせてもらったよ。じつはあのクリスタルの杖は大女将の物だった。それを13歳の時に魔法使いの試験に合格した時に下さったんだ。僕の相棒で宝物だ…!それから20歳の時に大魔法使いになったんだ。」

あまりの内容に頭が追い付けない。

エレンは話題を少しそらした。

「それで、シグマさまって今何歳なんですか?」

「?25歳だ。」

「私は16歳…。」

歳上過ぎる。お子様か妹としか見てくれてないんだろうな。


エレンは温泉に入ってリフレッシュでもしてこようと思った。

「…シグマさま、ちょっと今のエレンには刺激が強いです…。温泉に入って来ます…。」

「ごめんな…。休憩所で待ってるから。」

「はい、すみません…。」


エレンは温泉に向かった。女湯ってのは分かっているけれど、人湯(ひとゆ)幽湯(ゆうゆ)というのはなんだろ?

(えっと、人湯は人間が入る所で幽湯は…幽霊の方々の為の湯だっけ?)

何となく来た時に受けた女将さんの説明を思い出していると、エレンは少し迷った挙げ句。

(私は人間じゃないし、幽霊じゃないけれど、幽湯でいっか。)

そして、幽湯の紫ののれんをくぐった。

「あ、いけない…シグマさまに借りたままの白いマント、着たまま来ちゃった!」

これを見られたらエレンが魔法使いだと判ってしまう。

そっと、脱衣場の籠に服の下に隠した。…シグマの長身に合わせてあるサイズだから、隠しても見え見えだが。


露天風呂に入るとそこには杏果の姿があった。

(色白で美人だなぁ。)

そう思ってチラチラ見ていると、視線に気づいた杏果が声をかけてきた。

「…似てるんです。」

「え?」

夜空を見上げた杏果は―。

「シグマさま。私の亡くなった婚約者に…あ、だからって手を出したりしないですよ!むしろ…辛い……思い出してしまうから。」

そうなのかぁ。シグマさまって杏果さまの婚約者に似ているのかぁ…あれっ?なんかのぼせたかも!?

「ごめんなさい、杏果さん…私のぼせちゃったみたい。」

やっとの思いで助けを求めると、杏果は急いで脱衣場に向かった。

「今、かんなさまを呼んで来ます!」

その善意とは裏腹に、杏果は脱衣場に置いたままの白いマントを持ち出した。


「かんなさま!エレンさまがっ!」

「エレン?誰よ?」

知らない名前を耳にして、かんなは怪訝そうな顔をした。

「今日からこの宿に宿泊する女性です。シグマさまという男性も一緒です。」

「ふうん、その人がどうしたの?」

あくまで他人といった態度だ。

「お風呂でのぼせてしまって。」

「!え、まずいじゃない…ってここ人も入れるの?」

かんなは恐る恐る訊く。

「一応、大丈夫です。」

幽霊なのに冷や汗が出ているのは、杏果も風呂上がりだからか。

「じゃあ、入るよ!」

ガラリ。

そして露天風呂の岩にもたれ掛かっているエレンを発見したかんなは。

「エレンさん!大丈夫なの!?ほらっ、肩を貸すから。歩ける?」

どうにかエレンを脱衣場まで運ぶと杏果が額に手をあててきた。

「杏果さまの手って、ひんやりとして気持ちいい…。」

その時の杏果の笑顔は、いつもと少し違っていた。

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