放課後の秘密
「え…?俺が『杏果』って呼んだり『杏果さん』って呼んだりする理由?」
葉月は目を見開いて瞬きした。
放課後の帰り道。二人になって、かんなはずっと疑問に思っていた事を葉月に訊ねた。
「うん。ずっと気になってたんだ。呼び捨てしたり、『さん』づけしたり。統一しないのはどうしてなのかなって。」
かんなが思ったままを口にすると、葉月は腕を組んで少し考えてから言葉を発した。
「かんなは鋭いな。…じゃあ話そうか。理由は二つあるんだ。」
「うん。」
「一つは単純に親や祖父母に歳上の人を呼び捨てにしてはいけないと教育されたからだ。」
「もう一つは?」
葉月の答えを待っていると、急に彼の表情が曇ってきた。
「!どうしたの!?具合悪い?」
「…いや、思い出したくなくて。」
「だったらいいよっ!葉月の辛いとこ見たくないから!!言わないでいいよ?ごめんね、無理やり聞き出そうとして。」
しかし葉月は顔をあげて、かんなに向き合った。
「かんな、ありがとう。かんなだから話せる。実はな、杏果…杏果さん…ううっ、どっちが正解なのか俺わかんねー!…つまり、俺はまだ『杏果』が生きてるって思い込んでる時がある。『杏果さん』って言ってる時は亡くなった事を認識出来てるんだ。」
それを聞いたかんなは問わずにはいられなかった。
「―もし杏果さんが生きていたら、どうするの?」
不安そうに、恐る恐る訊ねる。
「え…?」
「あたしと別れる?」
「んなことしねーよ!」
葉月はかんなの目を見て言った。
「でもっ!葉月が本当に好きなのは、杏果さん…でしょう?」
しがみついているみたいで、自分でも見苦しかった。
「だけど…それでも…身代わりでもいいから葉月にそばにいてほしいよ。」
気づいたら絶対に人前で涙を見せる事のないかんなは、泣き出していた。
「かんな…俺はかんなが好きだ。でも杏果の事が忘れられない。まだ、思い出に出来ないんだ。」
「…うん。」
「だけど、かんなのそばにいたい。俺のわがままだから、嫌ならいい。ダメか?」
「ううん…杏果さんを想っててもいいよ。葉月には好きな人と幸せになってもらいたいから。もしそれがあたしじゃなくても、葉月が笑っていてくれるならそれだけで、あたしも幸せだよ!」
涙を拭いて、笑顔を作る。素直じゃないけれど、まっすぐなかんなは葉月の幸せを願えるようになりたいと思った。
「ありがとう。」
抱きしめるのでもなく、キスをする訳でもなく、ふたりは手を繋いだ。
「じゃあな!」
「うん!」
かんなは右折し、葉月は左折した。
互いに手を振ったが、振り返ったのはかんなだけだった。
その日は雨上がりの夕焼け空がとても綺麗だった。
「あたしだったら、良いのになぁ…。」
遠くなる葉月の後ろ姿に、小さな声でかんなはそっと呟いた。




