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作者: 一行

 ……どうにも自分の置かれている状況を理解することができない。意識が混濁していて、何かを考えることすら面倒だ。


 あやふやな意識が最初に捉えたのは、とても不鮮明な景色だった。ぼやけているうえに色彩が欠けていて、およそ現実感の無い光景だ。そこをさらに注視していくと、建物を象ったような、淡い輪郭をみつけた。


 どこかの学校のようだが、なんとなく見覚えがあるような気がする。自分はここに通っていたのだろうか。……と、なぜか確信できない。


 いや、確かに自分はこの学校に通っていたはずだ。そうでなければおかしいとさえ思う。けれども、思い出すことができない。学年やクラス、登校する道順でさえ、なにひとつとして覚えていない。何か思い出すことができないかと、校舎を観察する。すると、ふいに黒い人影が見えた。……気がした。次に見たら居なくなっていたから、おそらく気のせいだろうと思うけど。



 そのまま何もせずに校舎を見続けていると、徐々に不安が込み上がってきた。何となく、ここに留まっていてはいけない気がする。何かが変だ。とにかくこの場を離れるべきだろう。そう考え、踵を返そうとしたが、足が動かない。自分の意志が伝わらず一向に動こうとしない。まるで自分の体の動かし方を忘れてしまったような錯覚にさえ陥る。


 今度は両手を動かそうと試したが、やはり無理だった。いろいろと試してみても、結局のところ自分の体を認識することができない。自分の体なんてどこにも存在しないのではないか。そんな考えすら浮かんでくる。手や足も無ければ、何かを考えるための頭も無い。ならば、今ここにいる自分はなんだというのか。


 状況が理解できず混乱しそうになる。だが、このままでいると意識ごと飲み込まれてしまうような恐怖を感じる。とにかく逃げなければいけない。気持ちばかりが焦る。ここから逃げる為の足がないのだから、どうにかして逃げる方法を考えないといけないのに。


 こんな状況になる前の記憶に手掛かりを求めてみる。それでも、何も思い出せない。そもそも自分はどんな人間だっただろうか。何一つとして思い出すことができない。


 体や記憶が無くなっていて意識だけの存在なんて、まるで幽霊のようだ。……まさかとは思う。……自分はもう、とっくに死んでるんじゃないのか?


 徐々に意識が赤く染まっていく。その時、黒い影と目が合った気がした。















「そんで、お前は勉強したん? もちろん、俺はしてない!」


「なんで威張ってんだよ……。俺はそれなりに勉強してるし。わざわざ仲間を探そうとすんなよ……」


「道連れは多いほどいいだろうが。どうせ今回も補習授業決定だしな……って、そうだ。補習といえば、こいつがいたわ。…………なあ、お前は俺と一緒で勉強なんてしてないよな?」


 大柄な生徒がこっちを見て話しかけてきた。その隣には眼鏡をかけた不機嫌そうな生徒がいる。周りを見ると、見慣れた教室の風景だった。この光景を確かに覚えている。


 ……ああ、そうか。さっき見たのは夢だったようだ。大方テスト勉強疲れであんなものを見てしまったのかもしれない。安心した。いや、そもそも夢以外であんな光景ありえない。


 それで?えーと、なんだっけ? 勉強の話だろ。勉強。うん、まあいいや。とりあえず、返事をしないと。そうだな、







うん………そうだなぁ、おれは………………………………………………あれ

………………………………………………………………………………………

……………………あれ?…………おれは…………………………

……おかしい……………………あれ……………………おれの……

あれ……………………あれ?……

ごめん………ちょっとまってて……………………すぐ

…………………………………………へんじするから………


「おいおい補習常習犯であるこの俺が、勉強なんてしてるわけないだろ?」

ちょっとまってて………………………………………………へんじするから………

「いやいやいや、なんでお前も無駄に誇らしげなんだよ……。お前も同類かよ……」

       おかしい………ごめん………………

「ほら見ろよ! こいつも勉強してねぇだろ? お前の方が少数派なんだよ!」

             おれ………ちょっと………

「いや、だから威張んなっての。留年する気でもあんのか?」

      ………    ………………………するから……………

「それは………さすがに勘弁だなあ。テストのヤマだけでも教えてくれよ」 

      ………………ちがう

「待て待て、それなら俺も知りたい。また、夏休み削られんのも嫌だしな」

 ………おれ………………………

「うおっ、そーだったわ。 そういや、夏休みも削られるんだったわ」

                    ここに……………………

「お前らなぁ……今更、ヤマ張ったぐらいじゃどうにもならんだろ……」

                        いる……のに…………………

「いや、マジで頼むわ。夏休みはどうしても外せない予定があってな。今度、夜の学校に忍び込んで仲間内で肝試しやるんだわ」

        ………きいて………くれ

「マジかよ、お前。この学校で肝試しかよ……」

      ………………おれ………………

「まあ、夜の学校に忍び込むってのは、それなりのスリルはありそうだな」

                       ………………ここに

「いやいや、お前知らないの? 去年のちょうど今頃に、同じように肝試しをしてたヤツが事故かなんかで死んだって話」

         うるさい

「ああ、あれか。そういや、そんな話忘れてたわ。あれって何組のやつだっけか」

                          そうじゃない

「えーっとなあ。去年、このクラスだったやつ」

                  おれじゃない

「確か名前は******************」

     ちがう

「****************」

 おれはしんでない

「****************************」

             じゃあだれがしんだ?




      おまえ?





  おれ?





 また、くろいかげがでてきて、めがあった。

 でも、もうひつようがない。

 だっておれは、いきているんだから。





     ******************************








「…………………………………………………?」


 頭痛がする。ズキズキと頭の芯にまで響いている。体を起こそうとしたら、両腕がかなり痺れていることに気がついた。ずっと頭の下に腕を敷いたまま、机に突っ伏して寝ていたらしい。


 なんだか、おかしな夢を見た気がする。それも、よほど怖い夢だったのだろうか。大量の汗をかいていて、シャツが体に張り付いている。


 授業が終わってしまうほどの長い間、ずっと眠っていたのだろうか。体中が強ばっている。ひとまず、伸びをして体をほぐしていく。そのついでに周りを見ると、各々が一様に騒がしくしている。……よくもまあ、こんなに騒がしい中で寝ていられたもんだなと思う。


 ずっと寝ていたはずなのに、なぜか疲労を感じていて、何もする気が起きない。そのまま、何をする訳でも無く、喧騒の中に身を置いた。………………無駄に声が大きいヤツがいる。まあ、それが誰かは想像がつくけど。


 窓際の一番後ろの席に視線を移す。声が無駄に大きければ、体も無駄に大きいヤツが、テスト勉強がどうのこうのと話している。それを相手にしている眼鏡をかけているヤツは、面倒くさそうに対応している。特に意味もなく2人のやり取りを眺めていたら、体が大きい方と目が合った。


「なあ、お前は俺と一緒で勉強なんてしてないよな?」

 何を言ってるんだ、こいつは。

「おいおい補習常習犯であるこの俺が、勉強なんてしてるわけないだろ?」

 


  ……そう答えただけなのに、なぜだか悪寒が止まらなかった。












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