この書き出し/締めいかがですか その壱今日の書き出し/締めの一文 【 蝶のように着物を翻して君は舞う 】
蝶のように着物を翻して君は舞う。
下駄の音も軽やかにステップを踏む。ターンする。
踊る裾からとろりとしたスリップの生地が、時折ちらりと覗く。
サビの切ないフレーズにピアノが泣く。
えらくキレのある動きで蹴立てられ、ふわりと舞っては、はらはら落ちる、鮮やかな緋色、深紅、山吹。
涙のようだ。
ひらひら振り袖がはためいて。君は下駄を鳴らす。カメラに右半身を向けて、ピタリと静止。
振り袖がピアノの余韻と共になびく。
はらはら。ひらひら。
裏山に続く木々が茂る庭に朽ちた葉が降る音がする。
ピアノが鳴り止んでたっぷり十秒は経ってから、置物みたいに動かなかった君が動いた。
うつむいた狐面がゆっくりとカメラを振り返り、向き直って深々辞儀をする。
そして、ふっと、まるで煙のように消え失せる。
彼女が立っていたところに落ち葉が幾つか舞い上がっていた。地を蹴ったのだろうと判るが、どこに隠れたのか今日も判らなかった。
狐ちゃんは恥ずかしがり屋だ。
或る日ピアノを弾いていると、彼女はそっと聴いていた。茂みから覗く張り子の狐の耳が見えて、驚いてピアノから指を離したら向こうを驚かせてしまったらしい。
ぱっと消え失せてしまった。
度々同じ事が起こると人間慣れるもので、気づかないフリをしていたら、或る日唐突に踊り出したのだ。
日本舞踊のようなものから、動画サイトの『踊ってみた』みたいなダンスまで。
恥ずかしがり屋なのか大胆なのか判らないが、ちょっとでも視線を感じると慌てて逃げてしまう。多分恥ずかしがり屋なのだろう。
カメラを彼女から見える場所に置いておいたら、初めは恐る恐る姿を現していたが、この頃では平然と踊るようになって来た。
恥ずかしがり屋なのか大胆なのか判らない。
話してみたいのだが、すぐ逃げられてしまう。ちょっとずつ馴らしていけばいつか話せるようにならないだろうか、と思っているのだが。
今日もダメだった。
明日こそ話しかけるぞ、と昨日と同じように今日も決意し直した。