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最終章 完結編 ~地上に永久(とわ)の光あれ~

 一瞬、何が起きているのかさえ理解出来なかった。

 だがテレビモニターの向こうでは巨大化された南極の氷上で高笑いを浮かべているピエール・ド・ジャンマルクがいてその周囲には5人の手下と無残に殺された(むくろ)たちの姿があった。

「あの人は・・・!」

 ジャンマルクの足元で(しかばね)と化していたその仏はホワイト・ローズの旧知の女性だった。

「世界の皆さんご覧になってるかしら?今、あたしたちはめでたく南極点に到達したその証としてアムンゼン・スコット基地の隊員たちを一人残らず葬ってさし上げましたわ」

 ジャンマルクが足元の(しかばね)の首根っこを乱暴につかみ上げてカメラの前に晒す。

「見てみなさい、この女なんて他の基地の生き残りどもを助けようとしてずっと避難勧告を出し続けていたのよ。あたしたちになぶり殺しにされる寸前までね。だからこの子だけは他の連中以上にたっぷり遊んだその後でじっくりと料理してやったんだから」

 ピクリとも動かない腫れ上がった顔を見せびらかしてジャンマルクが恍惚とした表情を浮かべる。

「だけど、どこに避難させようともはや単なる悪あがき・・・何故ならば今からあたしの手で世界の全てが凍てついてしまうのだからっ!!」

 ジャンマルクが両腕を広げて強く念じると辺りは冷たい空気に包まれた。

「お、おかしいデース・・・ヤツはモニターの向こうにいるはずなのにどーしてここまで寒気が襲ってくるのデースか?」

 隣にいたロザリー・ベレナッツオが寒波を受けて体を震わせる。

「さあ、世界は再び氷河期によって全てを滅ぼし尽くされるのよ・・・新たなる支配者としてこのあたしが君臨するために・・・!」

 ジャンマルクが再びけたたましい高笑いを上げるとそこで映像は途切れて静寂が戻ってきた。

 だがそれに伴い辺りを想像もつかないような寒気が包み込む。

「世界中を凍らせて人類を滅亡させるつもりなのか、奴は?」

 サダソンが歯をガチガチならしながらどうにか言葉を絞り出す。

「い、いかにロボットといえどもこの寒さはちょっと厳しいです・・・」

 その隣ではアトモスまでもが肩を震わせていた。

 そんな中、ローズの携帯電話が大きく鳴り響いた。

「もしもし」

「ローズか?私だ、エリザベスだ」

 ちょうど長期休暇で恋人と会うために西海岸に出向いていた旧知のジャーナリスト、エリザベス・ブラウンから電話がかかってきた。

「どうやら奴が本格的に動き出したみたいだな・・・すでに世界中が氷点下に覆われているみたいだぞ」

「何だって?」

 異常な寒気に襲われているのはここリオデジャネイロだけではなさそうだった。

「ネットで確認した。今世界はあのジャンマルクという男の手によって太陽を遮断され、氷河期のような時代に戻ろうとしているみたいだ」

「そんな・・・!」

 有り得ないほどに巨大化していた南極の姿が否応なく脳裏をよぎる。

「だけどそんなことは許さない、今すぐに僕が出向いて・・・」

「お前一人で立ち向かって奴に、奴らに勝てるとでも思っているのか?」

 少し熱くなっていたローズにエリザベスが釘を刺す。

「それは・・・」

「奴の力は未知数だ。いかにお前といえども勝てる保障などどこにも存在しない。少なくとも奴はここに至るまでに闇討ちでかつてお前とともに戦ったラミア・ハメソン、ジュノン・ジュリアス、イザベラ・コンデレーロ、アントニーン・イノスキーの4人を葬り去っている。それもかすり傷一つ負わされることもなく無傷でな」

「・・・・・!」

 ローズは言葉を失った。自分とともに世界の危機を救った同志たちが殺されていたという衝撃もさることながら闇討ちとはいえあれほど戦闘に秀でていた顔ぶれを簡単に消し去ってしまったというジャンマルクの底知れぬ力に。

「ま、お前のことだから私が止めようが誰が止めようが立ち向かうことに変わりはないのだろうが同じ戦うのでも行き当たりばったりではなくその前に準備を整えてから臨め、ということだ」

「エリザベス・・・」

「奴らを甘く見ない方がいい。私から言えるのはここまでだ」

「感謝する」

「なに、そんなものは事を成し遂げてからの話だ。健闘を祈るぞ」

 エリザベスの方から通話を切って会話が終了した。

「さてと・・・」

 ローズが寒さに震えているアトモスたちへと振り返る。

「今知り合いから事情を聞いたから説明する。現在、地球は太陽を遮られ、あの男の放つ冷気によって滅亡の危機に(ひん)している。本来なら今すぐにでも彼を倒すべく南極へと出向きたいところだがあいにく僕一人ではあまりにも心もとない。アトモス。そしてサダソン。悪いけどもう一仕事僕に付き合ってくれないか」

「「・・・・・」」

 アトモスとサダソンは互いを見合わせながらしばらく考え込む。そして。

「分かりました。洗脳されていたといえ一度は道を踏み外しかけていた僕を助けてくれたローズさんの頼みです。燃料の限りまで戦うことを約束します!」

「ふん、報酬は後でたっぷりいただくから覚悟しておけよ!」

 ローズは二人の同意を得ることに成功した。

「ロ、ローズ・・・ワターシはどうすればよろしいのデースか?」

 そんな中、声をかけられなかったロザリーが自分の顔を指差しながらたずねてくる。

「ロザリー。今回の相手は君には荷が重過ぎる。申し訳ないが待機していてくれ」

「デーモ(でも)・・・」

「未知数の敵を相手に知らない場所で戦わせるには君はあまりにも若すぎる。それに、アトモスのような特別な力を秘めているワケでもないのだから今回はあきらめてくれ」

 それは賢明に考えた上でのローズの判断だった。

「・・・分かったのデース・・・」

 だからロザリーもおおよその意図を察してかすんなりと納得した。

「さて、次は南極に降り立つべく飛行機の手配を・・・?」

 ローズが携帯電話を取り出す前に近付いてくるプロペラ音に気付く。

「あれは・・・!」

 機体に刻まれた“FLYING ROSE”の文字。

間違えるはずはない、あれは自社の専用機だ。

 やがて高度を落とした機体がゆっくりと地上に降り立つ。

「ローズCEO。僭越(せんえつ)ながら無断使用をさせていただきました」

「ハワード・・・」

 中から出てきたのはローズマングループ専務取締役ハワード・スカーレットだった。

「おおむねの事情は察しております。目的地までどうぞご使用下さい」

 大きな体を曲げて深々と頭を下げる。

「申し訳ありません。今、勝手ながら独断でローズマングループを休業させて会社の者たちを世界中で大混乱によって被害に遭われている方々の救助にあたらせております」

「顔を上げてくれ、ハワード」

 そんなハワードに対してローズは寛容的だった。

「流石は僕の右腕だ。僕がやろうとしていたことを先にやってしまうなんて本当に恐れ入るよ・・・だけど、それでこそハワードだ」

 ローズが本心からハワードの行動を評価する。

やはり自分がCEOに就任する前から専務として先代である父に仕えていた男の判断力は素晴らしい。

「しかしまだ手のおよんでいない地域もあるかもしれない。その辺りもぬかりなくしっかり手配しておいてくれよ!」

「・・・はい!」

 ハワードは声を詰まらせながらゆっくりと顔を上げた。

「よし。アトモス、サダソン!行くぞ!!」

「「おう!!」」

 ローズはアトモスとサダソンを引き連れて飛行機に乗り込むとすぐに発進させて大空高くへと消えた。

「ローズCEO。ご健闘を・・・」

「アナータ!」

 寒空を見上げるハワードにすかさずロザリーが声をかける。

「どうかなされましたか?」

「あの飛行機をローズたちに使わせてアナータどないして帰るつもりデースか!?」

「あっ・・・」

 そういえばそんなことは全く考えていなかった。

「えっと、その、それは・・・」

 氷点下の寒風が骨身に染み渡るかのように吹きすさんでいた。 


「ふん、どうやら非力な虫けらどもが悪あがきをはじめたようね」

 人為的に改装されたアムンゼン・スコット基地の司令室でジャンマルクが忌々しそうに吐き捨てる。

「ジャンマルク様。ならば我々が討伐に出向きましょうか?」

「放っておきなさい。おおかた飛行機でも使ってここを目指しているのでしょうけど外は吹雪なのよ。すぐに遭難して凍死だか餓死だかするのがオチだわ」

 配下の一人ナカウィ・セフィロンの申し出を断ってワイングラスを傾ける。

「残念だったわねホワイト・ローズ。どうせあなたとその下らない仲間たちなのでしょうけど全員あたしにたどり着くこともなく死んでしまうのだから・・・」

 太陽光を遮断され、世界中が氷点下に見舞われている中で南極とその海域一帯は目も開けられないほどの猛吹雪が吹き荒れていた。


「くっ・・・」

 ホワイトアウト。自身の名を冠したその危険な状況下に思わず声が漏れる。

 もはや何も見えなかった。領海に入った辺りから異常なまでの吹雪に襲われ、機体は視界を奪われた上にまっすぐ前に進むことすら出来なかったのである。

「ローズさん、これでは戦う以前の問題です。どこかに不時着して応援を呼びましょう!」

「でもよ、どこかったってどこに降りるんだよ?周囲は真っ白で何も見えやしねーんだぜ?」

「それは・・・」

 助手席と後部席でアトモスとサダソンが途方に暮れている。

 だが、それでもハンドルを握っていたローズが冷静な気持ちを失うことはなかった。

「大丈夫、燃料はまだ残っているんだ。いずれ吹雪がおさまればなんとかなるってものさ」

「ローズさん・・・」

「ローズ・・・」

「こんなことでオロオロしていたって仕方がない。時が満ちることを信じよう!」

 根拠のない「なんとかなる」を口にして仲間たちの気持ちを落ち着けさせる。

 ローズは大きく深呼吸をすると一貫して何も見えない前を見据えて道が切り開かれるその時をハンドルを握ったままじっと待ち続けていた。


「ママ・・・世界はどうなっちゃうの?」

「大丈夫よ、すぐにパパがなんとかしてくれるわ。だからマゼンタは余計な心配なんてしてないでぐっすりとお休みなさい。少し待てばきっと世界は元に戻っているんだから」

「そうだよね・・・パパを信じて、私・・・」

 主のいないローズ家の子供部屋で妻・ナンシーは不安に駆られていた長女・マゼンタを生後間もない長男・シアンともども寝かしつけることに成功した。

「うっ・・・」

 ヒーターで適温に保たれている子供部屋を出た途端に容赦ない寒気に襲われる。

 窓の外を見ると完全な雪景色の中で寒風が休むことなく吹き続けていた。

 ~あの人ったら・・・~

 長男・シアンの顔見せでマゼンタと一緒にボストンの実家に帰省している間にローズは犯罪組織の撲滅を依頼されてブラジルに飛び立っていた。だが、それだけでは終わらず今度は世界規模での大寒波を引き起こしている元凶を討つべく南極へと飛び立ったというのである。

「それにしても・・・」

 寒い。とにかく寒い。ニュースで見たので大方の事情は察していたものの太陽を遮断されると地上はこんなにまで冷気に包まれてしまうのか。

 ニューヨークでこれなのだから元から氷雪地帯で名を馳せている南極がどれほどの寒さ厳しき世界と化していることか。 

 それを思うと亭主・ローズの覚悟と決意に妻ながら恐れ入る。

 ~ならば、私も・・・~

「ナンシー、早く!」

 窓の外を眺めているナンシーに声がかけられる。

「寒い、分かる。でも、やる。ローズ、戦ってる。なら私たち、祈る」

 声の主はローズの計らいによってこの家に居候となった少女ユマ・ハートソンだった。

「猫たち、部屋、寝かせた。あたたかい部屋寝かせた。犬、一緒、寝かせた」

 どうやらあまりの寒さに我が家の愛猫たちだけなく番犬も凍えていたらしく自分の部屋に上げて暖を取らせてやったらしい。

「気が利くのね、ありがとう」

「でも私たち外、出る。祈り、捧げる」

「そうね・・・行きましょう」

 ユマに促される形でナンシーが玄関のドアを開ける。

すると・・・

「すみません、ローズさんのお宅はこちらでしょうか?」

 見覚えのある褐色肌の少女を先頭に、老若を問わず女性たちがずらりと並んでいた。

「えっと、あなたは分かるけど他の方々はいったい・・・?」

 美しいながらも間違いなく還暦は過ぎているであろう壮年の女性。若いながらも指輪をつけている既婚であろう女性。モデルのような美貌を携えていながらもどこか暗い影を秘めているかのような女性。あどけない目が印象的なまだ年端もいっていないであろう少女。先頭の少女に同じく褐色肌でどちらかというと積極的な雰囲気を感じる高校生ぐらいの女の子。

「お前たち、まさか・・・」

「「「はい、そのまさかです。私たちは皆、ローズさんによって救われた者たちです」」」

 ユマの問いかけに満場一致で答えが返ってきた。

 もちろん「ローズによって救われた」という意味ではナンシーもユマも一緒なのだけど。


「そうだったのですか。じゃあココちゃんだけでなくここにいる人たちは全員過去にホワイトにお世話になった、ということなのですね」

 寒空の下、白い息をはきながらナンシーが女性たちに確認する。

「はい。私は以前職がなく工場の跡地を不法占拠していた男の手下を嫌々ながらやっていたところを彼に拾われ、以来ローズマングループ傘下の工場で事務員として働かせてもらっております。待遇面でも前のゴロツキとは打って変わって仕事分に応じた給料をいつも支払ってくれているので生活がだいぶ楽になりました。全ては彼のおかげです」

 壮年の女性フェアリー・プリーティンはローズへの感謝の気持ちを述べると大きく息をはいて光なき灰色の空を見上げた。

「私は遊ぶ金欲しさで堕落の海に溺れた亭主に拉致されてずっと支配下に置かれ続けていました。ローズさんはそんな私を亭主ともども助けて下さったのです。彼がいなかったら夫はおそらく死刑となってこの世から姿を消していたでしょう。夫が今、終身刑という形で生涯を贖罪(しょくざい)の日々に充てられているのも全て彼の計らいによるものなのです」

 指輪をつけていた女性メアリー・ストレニーネは寒さに声を震わせながらも身の上をはっきりと話した。

「かつて私はアイドルグループの男たちに暴行を受け、精神を蝕まれてずっと昏睡状態に陥っていました。ですが、闇に閉ざされた意識の中でまばゆい光を受けて私は目を覚ますことが出来たのです。ホワイト・ローズという青年が仲間たちと一緒に“シュトゥルム”の男たちと彼らが復活させた邪神を討ち、世界の危機を救ったという吉報とともに・・・」

 美貌の女性アイミール・ヴォン・トレーヌは遠い目をしながら当時の記憶を振り返った。

「あたしたちの働いていたロボット遊園地は変な奴の催眠術でみんな洗脳されて悪事を働いていたんだ。ローズさんのおかげで全員元に戻れたけどあの人がいなかったらあたしたちはずっと悪に染められたまま歯止めなく暴走して世界中から目の敵にされていたと思う。だからあたし、ロボットの未来を救ってくれたローズさんに恩返しがしたいんだ!」

 ロボット少女クランはつぶらな瞳をより大きく見開いて自分の秘めたる思いを強調した。

「あたしの母国ソロモン諸島って何度となく領海侵犯され続けてついには一部が埋め立てられる計画までが勝手に進められていたんだよね。それで、あたしたちだけでなく政府までもが完全に諦めていたその時にあの人が現れてローズマングループの資産の一部を投げ打ってまであたしたちの海と生活を守ってくれたってワケ。だから、面識はないけどあの人には心から感謝してる」

 褐色肌の少女ペポラはローズへの偽らざる本心を口にした。

「私を含めて彼女たちは事情は違えどローズさんによって救いを受けた者たちばかりです。だから今度は私たちが前線で戦っている彼の力になるべく団結してこの場所に集まりました。彼の暮らすこの場所で、彼のために祈りを捧げたくて・・・!」

 そして、先頭のかつてローズに恋をしていたハワイの少女マルアウア・ココが自分たちの意志をしっかりとナンシーに伝えたのである。

「・・・・・」

 彼女たちの言葉を受けてナンシーが複雑な表情を浮かべる。

「・・・全く、我が亭主ながら節操のない男です」

 しかしすぐに和らいで穏やかな顔つきに戻る。

「ですが、私たちだけでなく皆様にもここまで愛されている夫を誇りに思います。僭越(せんえつ)ながら私たちもあなた方とともに今世界のために戦っている彼のために祈りを・・・」

 言いかけている途中でプロペラ音が響いてきて飛行機が近付いてくる。

 程なくして機体が庭に着陸すると中から二人の女性が降りてきた。

「HAHAHA!ローズ家にリターンズなのデース!」

「話の途中に割り込んで悪かったな。少し邪魔をさせてくれ」

 ローズ経由で知り合ったジャーナリスト、エリザベス・ブラウンと褐色肌の女性。

「えっと、どうしてあなたが・・・」

「こう寒いと言葉が浮かんでこないからな。簡潔に説明するぞ」

 エリザベスはタバコをふかすと事の経緯を淡々と説明した。

最後の戦地である南極へ行くローズのために専用機を届けてやったハワード・スカーレットがローズたちが飛び立った後で自分の帰る便がないことに気付いて自分に救助を要請してきたこと。それを聞いていた一緒にいた褐色肌の女性ロザリー・ベレナッツオが自分も一緒にニューヨークに連れて行けと駄々をこねたこと。そして、戦力として貢献出来ないのならせめてローズたちのために祈りを捧げたいと思ってこの場所にやってきたこと。

「・・・つまり、そういうことだ。それからハワードの奴は会社でやることがあるとか言っていたからローズマングループのビルの屋上で降ろしてやった」  

「じゃあ、ハワード専務は応援を連れて2機で出向いていればすんなりと帰れたのに自分一人で来てしまったから帰りの交通手段がなくなった、と」

「よく考えなくてもそういうことだな。ついでに言うと所持金はコーヒー代程度しか持ち合わせていなかったそうだから通常の航空便も使える状況になかったという話だ」

「ハワード、頭悪い。見た目、賢そう。でも、どこか抜けてる」

 ユマの言葉で周囲が和やかな笑いに包まれる。

「ならば、あなたたちも今この時を前線で戦っている私の亭主ホワイト・ローズとその同志たちのために祈って下さるのですね?」

「当然だ。私がこのような事態を手をこまねいて傍観してるだけの女であるはずがないだろう」

「もちろんデース!世界の危機が迫っているこの状況下で寒さなどに負けていられまセーン!」

 寒風に容赦なく吹き付けられながらもエリザベスとロザリーは気丈に答えてみせる。

「ふふっ、頼もしい限りです」

 ナンシーは力強い見方の到来に小さく微笑むと改めて一同に声をかけた。

「私たち一人一人の力は小さなものでもこれだけの人数が集まればきっと想いは届くはずです。さあ、祈りましょう!彼らのために、人々のために、世界のために・・・!!」

 ナンシーが手を組み合わせたまま瞳を閉ざして祈りの境地に入る。

 それに合わせてユマたちも一斉に祈りだす。ローズたちのために、日の光を失った世界のために。

 氷点下の中で風が吹き続け、ついには再び雪が降り始めてさらなる寒気に包まれようともナンシーたちは祈ることをやめようとはしなかった。

 ~あなた・・・~

 やがて、ナンシーとココを中心にアイミール・クラン・ロザリーの5人から膨大な橙色のオーラが沸き起こる。

 ~ローズ・・・~

 一方で、少し遅れてユマとペポラを中心にプリーティン・エリザベス・メアリーの5人からは膨大な紫色のオーラが沸き起こっていた。

 しかし本人たちは気付くこともなくさらなる祈りを捧げてそれはより大きな形となって肥大化する。

 程なくして橙色のオーラと紫色のオーラはロケットのごとく飛び立ち、それぞれ空の彼方と地平線の彼方へと消えてしまったのであった・・・


「「うわーっ!!」」

 大型の突風に煽られてそれまでずっとこう着状態が続いていた機体が吹き飛ばされる。

 ホワイトアウトから1時間が経過したものの雪と吹雪が止むことはなく降りられそうな場所も見えず身動きさえもままならなぬ状態で燃料ばかりがいたずらに浪費をするばかりだった。

「ちくしょう!おさまるどころかますます悪化してるじゃねーかっ!」

「このままじゃ僕たち・・・」

 アトモスとサダソンが顔を強張らせて互いを見合わせる。

「くっ、どうにもならないのか・・・」

 底をつく手前まで差しかかっていた燃料メーターを見ながらローズまでもがあきらめかけていたその時だった。

「!」

 突如、周囲を覆いつくしていた白い雪の壁が根こそぎ取り払われて一帯が露となる。

「な、何だ!?」

 サダソンがあわてて窓の外に目をやると空中を紫色の光がカーテンのような形を描いて辺りを隠していた雪を強い力で吸い込んでいた。

「よく分からんがこれなら視界は完全に開かれたってワケだな・・・」

「いえ、視界だけではありません。どうやら行く手を遮っていた強風も雪ともどもあの光のカーテンが吸い込んでいるみたいです」

 アトモスが聴力と視力を研ぎ澄ませて目の前で起こっている現象を分析する。

「ともあれこれはチャンスです!ローズさん、燃料が尽きる前に早く南極へ!」

「ああ!」

 ローズはこれ幸いとばかりに速度を上げて目的地である南極へと急いだ。

 人の力か自然現象かは知らないけど道を切り開いてくれた光のカーテンに感謝の気持ちを込めて。


「何ということでしょう!世界中を襲っていた豪雪と吹雪が急に現れた紫色の光によって全て吸引されてしまいました!!発生源は今のところまだハッキリしていませんがどうやらアメリカ東部とのことみたいです!!続いては・・・」

「ハッキリと言っておく。発生源はニューヨークだ」

 画面越しに突っ込みを入れながら電源を落として特番で流れているワシントンからのテレビ中継を遮断する。

 ローズマングループ本社ビル75階・CEO特別室にてハワードはネクタイを調えながら来たるべき時間を前に身だしなみを整えていた。

 ~ミセス・ナンシー。ミス・エリザベス・・・~

 窓越しに光の飛び立つ様はしっかりと見えた。その軌道をたどると間違いなくブロンクスに居を構えるローズ家の方角だった。

 ならばその原動力が何なのかは考える必要も調べる必要もないだろう。

 ~あなた方も誰かさんの影響なのか平和を願う気持ちが人一倍お強いようですな・・・~

 ハワードが少し曲がっていたネクタイをまっすぐに直したところで部屋のドアを叩く音が響いた。

「ハワード専務!約束の時間です、よろしいですか!?」

「ああ、はい。どうぞお入りください」

 ハワードの言葉を受けて記者団は一斉に特別室へと押しかけたのであった。


「・・・・・」

「本番1分前!」

 これまでに感じたことのないような緊張感が込み上げてくる。

「・・・・・」

 記者団を前にコメントを開くのは慣れていたもののそれが世界中に中継されるともなれば話は別だ。まして、今世界の危機が差し迫っている中で混乱に陥っている人々を安心させるための言葉を発するとなればその責任は重大だ。

「しかし・・・」

 自分が空調の効いた温室も同然の場所に居座っている一方で悪の源を討つべく極寒の地に出向いて命を賭けた戦いに身を投じている上司ホワイト・ローズのことを思うと甘えたことなど言っていられるはずもない。

「・・・・・」

 ならば、そんな彼のためにも自分は彼の代行として世界の人々から不安を払拭させる義務があるはずだ。 

「5秒前。4、3、2、1!」

 ハワードは一度大きく深呼吸をしてからスピーチに臨んだ。

「世界の皆様。今、地上は悪しき者たちによって未曾有(みぞう)の危機を迎えようとしています。しかし!この危機は長くは続きません!何故ならば、我がローズマングループCEOホワイト・ローズとその仲間たちの手によって彼らは駆逐されるからです!!これまで、世界のあらゆる場所で様々な危機が訪れてその地に暮らす人々は常に絶望と隣り合わせの生活を余儀なくされておりました。ですが!ホワイト・ローズはそれら全てを救済し、いつだって人々の心に暖かな光を灯し続けてまいりました!!」

 段々と声のトーンが上がり口調に力がこもってくる。

「皆様、信じましょう!!今回も必ずやホワイト・ローズの手によって邪悪なものたちは打ち滅ぼされ、世界は再び光を取り戻すと!!!」

 吠えるかのような大声を張り上げたところでハワードの世界に向けた演説は終了した。

 その演説は全世界・全ての国家に向けて配信され、不安の中で起こり続けていた世界中の暴動や略奪を一つ残らず鎮静化させたのであった。


 その頃、ナンシーたちを中心に発せられた橙色のオーラは大空を越え大気圏を突き抜けて、分散しながら小さな流星と化した状態でジャンマルクによって張り巡らされていた地球を包む闇の壁へと直撃した。

 輝ける数多の星々が壁全体へと満遍なく衝突して互いを相殺する。

 やがて、太陽を遮断していた闇の壁は跡形もなく消滅し、地球に再び光が差し込んだのであった・・・


「ふう。命からがら、ってところだったのかな」

 紆余曲折を経てようやく氷の大地に降り立ったローズが安堵の息をつく。

「でも、燃料切れは燃料切れです。帰りは応援を呼ぶしかありませんね」

 ローズに次いで降り立ったアトモスが苦笑いを浮かべながらも同じく安堵の息をつく。

「それにしてもこれってすげぇ強運じゃねーのか?ほれ・・・」

 その後に続いたサダソンが背後を指で示す。

 数歩後には一度落ちてしまえば即効で心臓マヒを引き起こしてしまいそうな見るからに冷たい南極海がどこまでも広がっていた。

「だけど、僕たちはついにここまでたどり着いたんだ・・・」

 ローズが真摯な目で眼前に広がる南極の大地を見据える。

「ジャンマルク・・・彼の暴走をくい止めない限りこの地上に平和は戻ってこない」

 ところどころに見受けられる破壊された観測基地の残骸と逃げ遅れた観測員の遺体が痛々しい。

「地球の人々のために僕たちは前を向いて戦うしかないんだ」

「ローズさん・・・」

「ローズ・・・」

「その通り!ローズさん、この戦い俺も参戦させてもらうぜ」

「俺も飛び入り参加で混ぜてくれ!」

 ローズたちの両脇にいつの間にか見知らぬ男たちが姿を見せていた。

「君たちは一体誰なんだい?見たところ悪い人ではなさそうだけど」

「俺の名前はカルロス・ガルシア。メキシコで邪討士(じゃとうし)なんて仕事をしている悪の討伐人だ。いつぞやは俺の姉弟子が随分と世話になったそうだから今回はその恩返しも兼ねてあんたに協力させてもらうぜっ!」

「俺はジュンゴス。アルゼンチンのミュージシャンだ。本当は本業が忙しいところだが地球の危機に歌なんぞ歌っている場合ではないからな。活動は一旦休止してここに来たってワケだ」

「なるほど、君たちのその気持ちは嬉しい限りだ。だけど・・・」

 自分たちの他に飛行機が止まっている形跡はない。

 そして、この二人は明らかにずぶ濡れだ。

「なに、フエゴ島(アルゼンチン最南端の島)から泳いでここまで来たのさ。おかげさんで丁度いい準備運動になったってもんだ」

「同じく。流石に猛吹雪が襲って来た時にはもうダメかと思ったけど案外どうにかなっちまったんだよなこれが」

 カルロスとジュンゴスが互いを見合わせながら笑い合う。

「・・・どうやら世界を救うためならば自分の命をも惜しまない人間というのは僕らだけではないようで安心したよ」

 渡航手段にはあえて触れずにローズは二人の命知らずの到来を心から歓迎した。

「よく分かりませんが人間の可能性とはとどまるところを知らないということですね」

「全く、メキシコだのアルゼンチンだの気に食わん国名が続くものだ。だがここに足を踏み入れたからにはしっかり俺たちに貢献してもらうからな!」

 アトモスとサダソンもローズに同じく二人を受け入れた。

「さあ、雪と風が静まったとはいえ険しい道のりには変わりない。気を取り直して行くぞ、みんな!」

「「「おう!!!」」」

 こうして、ジャンマルクが占拠した南極点の基地を目指してローズ一行は南極の大地を進み始めたのであった。

 雲間から差し込んだ太陽の光をその背中に受けながら。


 ガシャン!

 グラスを握り潰す音が司令室に響き渡る。

「どこの暇人かは知らないけどやってくれるじゃないの・・・せっかくの猛吹雪をおさめてしまっただけでなく闇の壁を破壊してせっかく遮断していた太陽の光を呼び戻してしまうなんて小賢しいにも程があるわ・・・!」

「ジャンマルク様、ホワイト・ローズたちがこちらへ向かって進んでいるそうです」

 憤るジャンマルクに配下の一人タック・キムーナがさらなる耳障りな事実を告げる。

「ふん、吹雪の中でくたばっていれば良かったものを・・・まぁいいわ。闇の壁など再び張ってしまえば済む話だもの。それに・・・」

 ジャンマルクが指を鳴らすとタックの背後に一斉に残りの配下たちが姿を見せた。

「ジュ・マップの皆さんよろしくて?あなたたちはそれぞれの基地に戻ってここに結界を張ってしまいなさい。言うまでもなく侵入者が現れたら即座に殺すこと」

「「「はっ!!」」」

 5人のメンバーが片膝をついてジャンマルクの指令に従い、それぞれの持ち場へと消えた。

「ホワイト・ローズ・・・なまじ生き延びてしまったばっかりにあなたたちは本当の地獄を見てしまうのよ・・・!」

 ジャンマルクは舌なめずりをしながらこれから起こるであろう惨劇を思い浮かべて高らかな笑い声を立てたのであった。


 ~ホワイト・ローズ。そして、わざわざ自ら死ににいらした愚かな方々。あたしの声が聞こえているかしら?~

 南極点に拠点を構えるスコット基地へと向かうべく歩みを進めていたローズたちの脳裏に声が響いてきた。

「ジャンマルク・・・!」

 ~せっかく吹雪の中で飛行機ごと海に落っことして安らかに逝かせてあげたかったのに残念だわ。まさか余計な邪魔のせいであなたたちにこの大陸へとたどり着かれてしまうなんてね・・・!~  

 忌々しそうにそう吐き捨てながらもすぐに声のトーンが上がる。

 ~でも、ここに来たところで全ては無駄な努力。あなたたちはそれでもあたしにたどり着くことなくこの氷の大地で朽ち果ててしまうのだから!~

「「「!!」」」

 ジャンマルクの咆哮が辺り一帯に轟き渡ると前方・南極点の方角を怪しい光が包み込む。

 すると、そこには様々な形の半壊状態をしたゾンビたちが何千体もの群れを成して立ち並んでいた。

「な、何だこいつらは!?」

 ~ご心配なく。そこにいるのはこれまであたしが屠って来た連中の成れの果ての姿よ。いつ誰がここに来てもいいように常に配備していたの~

 驚くサダソンにとんでもない事実を嬉々としながら伝えてくる。

「ひ、酷い・・・こんなにたくさん、どれだけの命を犠牲にしたと思っているんだ!」

 ~そうねぇ。確か三万三千四百七十一体だったかしら?~

 アトモスの怒りの言葉にもやはりありえないような返答が返ってきた。

 ~思えばあたしも相当の数やっちゃってるわよね。でも、それはあくまでそこにいる連中の数。消滅させた分まで含めたらざっと五万人は手にかけているんじゃないのかしら?~ 

 悪びれる素振りを全く見せようともせずジャンマルクが続ける。

 ~だけど心配ご無用よ。すぐにあなたたちも仲間に入るのだから・・・さあ、あたしの醜い(しかばね)人形たち!その侵入者どもを一人残らずなぶり殺しておしまいっ!~

 ジャンマルクの合図とともにゾンビとして仮の命を吹き込まれた(むくろ)たちが一斉にローズたちへと襲い掛かってきた。

「・・・どうやら目的地に到達するまでには色々な障害が待ち受けているみたいだな。こっちは5人であっちは・・・いや、数えたってどうにもなりはしない」

 途方に暮れたような顔をしてローズがため息を吐く。

「だけど、僕たちならば乗り越えられると信じている。地上に暮らす人々のために全力で戦おう!」

「「「・・・・・」」」

 アトモスが、サダソンが、カルロスが、ジュンゴスが。

 そこにいる全員が遠くから押し寄せてくる大群に恐怖を感じながらもローズの言葉を受け止める。

「やりましょうローズさん!最後の敵は南極点にありです!!」

「けっ、こんだけ人に死ぬような思いをさせようってんだ。帰ったら一生遊んで暮らせるぐらいの報酬をしぼり取ってやるから覚悟しとけよ!」

「・・・どんなに相手が強くて数多の軍勢を率いていようとも悪であるなら戦うのみ。それが邪討士(じゃとうし)の邪討士たるゆえんだ」

「この経験も今後の作詞活動に活かせそうな気がするからな。音楽的な意味合いも込めてあんたに力を貸すぜ!!」

 そして、全員が満場一致でローズへの協力を表明したのである。

「感謝する・・・行くぞ、みんな!」

「「「おう!!」」」

 ローズの音頭で一行はゾンビの大群へと立ち向かって行った。

 かくして南極を舞台にした最終決戦の火ぶたが切って落とされたのである。


 ローズたちの戦いが幕を開けた頃、南極に向かうべくアイルランドから一機の小型ジェットが飛び立った。運転していたのはジェットの所有者にしてつい先日ジャンマルクの手によって重傷に追い込まれたローズの同志ラミア・ハメソンである。

「ローズさん、僕が着くまで無事でいてくれよ・・・!」

 執拗に殴打され続けた痛みはまだ随所に残っていたがそれでも引き下がるわけには行かなかった。平和を脅かされている世界の人々のために。かつて自分の命を救ってくれたローズに大事なことを伝えなければならないために。そして、ジャンマルクによって殺されたかつての同志たちの無念を晴らすがために・・・!


「フレイムスプラッシュ!」

 ローズの魔法が迫り来るゾンビたちを撃退する。

「ローズさん!敵の数は半分以下になりました!!」

「分かった。だけどまだまだ数は多い、油断は禁物だ!」

 持ち前の馬力で次々とゾンビたちを撃退しているアトモスの報告を受けながらも気を引き締める。

 戦いからおよそ2時間。正確な数は把握出来ないものの敵の総数が減ってきているのは見て取れた。

「おらおらっ!俺らを潰すにゃ全然足りゃしねーんだよ!!」

 口で余裕を強調するもその表情に明らかな疲労が浮かんでいるサダソン。

 話す余裕もなくただ目の前のゾンビたちを相手にするのが精一杯でところどころにダメージを受けているカルロスとジュンゴス。

 ~状況は打開されようとしているがこっちもかなり負担を負わされているということか・・・~

 ローズが戦いながらも冷静に戦局を分析しているその時だった。

「うらあーーーっ!!!」

 南極点の方角から轟音を立てながら猛スピードで大型のバイクがゾンビたちを撥ね飛ばしながら突進を仕掛けてきた。

「!!」

 ローズは高く飛んで衝突を回避する。

「随分とご挨拶だな。よけていなければ僕は今ごろ大怪我をしているところだったぞ」

「怪我?何言ってやがる。俺はお前を殺すつもりで突撃をしたまでの話さ」

 バイクに乗った男が停車してヘルメットを外す。

「君は・・・!」

「お前、表舞台から消されて随分と久しいこの俺を覚えているみたいだな」 

「モーリー・カツアン!」

「そう!かつてのアイドルにしてオートレーサーのモーリーだ!!」

 モーリー・カツアン。かつて、アイドルグループ“ジュ・マップ”に所属しながらも趣味のバイクに携わる仕事への夢を捨てきれず、脱退を経てオートレースの道へと転向するも事故による怪我でその道までも閉ざされてしまった悲運のレーサーである。

「何故君がこのような場所にいる。ジャンマルクに洗脳されているのか?」

「洗脳?違うな。俺は・・・俺たちは本心から新たなる世界の支配者であるジャンマルク様に仕えているのだっ!」

 モーリーが目を見開いて大きな声で叫ぶ。

「怪我によってオートレーサーを引退した俺は再びジュ・マップに舞い戻って再起を試みた・・・だが、常に新しい物ばかりを求め続けるメディアに俺たちの居場所などもはや残っていなかった!そして解散を覚悟していたその時にジャンマルク様が現れて俺たちに言ってくれたのさ。“世界の凍結に手を貸してくれたら新たなる世界のトップアイドルとして生涯の地位を約束する”とな・・・!!」

「そんなことのために世界を闇に閉ざそうとしている男に力を貸しているというのか・・・」

「うるさいっ!ジャンマルク様の邪魔立てをするのならお前を殺すまでの話だ!!」

 ローズの怒りと憐憫(れんびん)が入り混じったかのような視線を遮るかのようにヘルメットをかぶり直すと轟音を立てながらモーリーは再度突進を仕掛けてきた。

「死ねぇホワイト・ローズ!」

「朽ち果てるのは君だ!」

 ローズはさっきよりも高く飛び上がるとモーリーの頭部めがけ足を向けて落下した。

「シューティングローズ!!」

「ぐぎゃあっ・・・!」

 その一撃はヘルメットを砕いてモーリーの前頭部を確実に直撃していた。

 蹴り落とされて主を失ったバイクは何体かのゾンビを巻き込んで爆発した。 

「お、俺はもう一度アイドルとしてもてはやされたかったの、に・・・」

 モーリーはそのまま起き上がることなく南極の大地に息絶えた。

「君の望んだ世界は実現しない・・・僕らが生きている限り!!」

 ローズはゾンビたちの群れに目を向けると疲労の色がにじみ出ていた仲間たちに再び加勢した。

 少しずつではあるものの敵の数は確実に減っていた。


 数的な側面で圧倒的に不利な戦いから4時間が経過しようとしていた。

「ローズパンチ!」

 ローズの拳が中年男性型ゾンビのあごを打ち砕いたところで敵襲は打ち止めとなった。

「お疲れさまですローズさん・・・これで三万三千四百七十一体のゾンビは、全員・・・や、やっつけました・・・」

 ロボットであるはずのアトモスが息を切らしていた。

「ホント、疲れちまったぜ・・・なんで薄着で南極にいて汗かいちまうかなあ」

 サダソンからも疲労感がありありと伝わってきた。  

「これまで邪討士(じゃとうし)として数多くのミッションをこなしてきたが・・・これ程に骨の折れる思いをしたのは初めてだ」

「へへ、ボランティアのつもりで参加しといて怪我しちまったんじゃざまぁねーよな・・・」

 カルロスとジュンゴスは疲労に加えて負傷も相当のものだった。

「よく頑張ったよ、みんな。だけど本番はこれからだ。辛いのは承知の上だが行こう!」

「「「おう!!」」」

 ローズの鼓舞されながら先導される形で一向は再び南極点へと歩みを進めた。

 それは、振り返ることも嫌になるほどの長く遠い道のりだったがローズたちは誰一人弱音を吐くこともせずただ世界の平和のために前へ前へと歩き続けたのである。やがて。

「あれは・・・」

 視線の向こうに南極点への到達を象徴するアムンゼン・スコット基地が見えた。

 そして、それを取り囲むかのように見たこともないような5つの基地が立ち並び、スコット基地をドーム状に覆い隠すように結界を張っていた。

「これは一体どうなってやがるんだ?」

 サダソンが目に見える薄灰色の壁に首をひねる。

「僕が説明しよう」

 これまでの経験を踏まえてローズはこれが何を意味しているのかを全員に説明した。

「僕たちの目的地はジャンマルクが潜伏する我がアメリカの観測基地であるアムンゼン・スコット基地だ。だが肝心のスコット基地への道は周りに作られた5つの基地から発せられる結界によって完全に塞がれている。つまり、これを解除するにはまず周囲の基地を攻略しろ、ということさ」

 ~ブラッボー!その通りよ!!~

 そんなローズを挑発するかのように甲高い声が一行の脳裏に響いてきた。

「ジャンマルク・・・!」

 ~あのゾンビの群れとモーリーを退けてしまった上にのこのこと歩きながらここまで到達してしまうなんて見上げた根性だわ。しかもあたしの仕掛けたカラクリを見抜いてしまうなんてやっぱりホワイト・ローズ。あなただけは格が違うわ・・・~

「何のつもりだ。もう君に後はないんだぞ」

 ~あら、まるで5つの基地を既に突破したかのような言い草じゃないの?言っておくけどあたしの配下であるジュ・マップの皆さんはあなたが考えているほど生易しい方々ではなくってよ?~

 ジャンマルクの声音が冷酷さを帯びてくる。

 ~ま、せいぜいアイドルの手で死ねる光栄に感謝しながら朽ち果てることね・・・~

 声はそこで途切れて辺りに静寂が戻ってきた。

「基地は5つ、僕たちは5人・・・」

 数の上では対等でそれぞれが一基地ずつ陥落させればスコット基地への道は開かれる。

 だが、これまでの激しい戦いと険しい道中を経て疲弊しきっていた仲間たちに単独でそれをやらせるのも酷であると言える。

「みんな、もし辛いようだったらここから先は僕に任せてどこかで休息を・・・」

「おっと。あんたの口からそんな言葉は聞きたくねーってな」

 サダソンがローズの前に手をかざして言葉の続きを止めた。

「俺たちは南極に遊びに来たワケじゃねーしもちろん観測なんてするつもりもねぇ。あんたの同志として世界の平和を守るためにここに来てるんだ」

「サダソン・・・」

「それなのにせっかく山場をむかえようとしているこの段階で俺らに休んどけってか?バカ言っちゃいけない、俺たちだって命をかけてこの戦いに参加してるんだ。あんた一人においしいところを持っていかれてたまるかってんだ」

「そうです!僕だってローズさんに助けていただいた恩を返さなければならないんです!ここで何も出来なければ今後どれだけご奉仕しても恩義に報いたことにはならないと考えています!!」

 サダソンの後にアトモスも続く。

「お気遣いは嬉しいけど俺は邪討士(じゃとうし)だ。職業柄この先に連なることが出来なけりゃ帰国後に恰好の笑いものだ。同じ笑われるでもこの先に連なって結果が出た後で笑われる方を選ばせてもらうぜ」

「実体験は作詞のネタにちょうどいい。一生に一度味わえるかどうか分からないような経験が出来るのなら俺は喜んで参加する」

 カルロスとジュンゴスもサダソンたちと同じ考えだった。

「みんな・・・」

 仲間たちの強い意志にローズが心を打たれる。

「分かった。ならば君たちにももう一仕事してもらうとしよう」 

 大きく息を吐いてローズが右手を差し出す。

 それに続いて仲間たちも次々と手を重ね合わせる。

「約束しよう!僕たちは必ずジャンマルクの野望を打ち砕いて地球の平和を守り、生きて愛する者の待つ故郷へ帰還を果たすと!」

「「「「おう!!!!」」」」

 一行は、強い誓いを立てると解散して別々の基地へと潜入したのであった。

 それに伴い、一度は晴天を取り戻した天候も少しずつ崩れようとしていた・・・・・・


「ウッフッフッフ・・・光が戻って来たというのならまた遮ってしまえば済むだけの話・・・」

 スコット基地の司令室でジャンマルクが怪しく目を光らせながら念じ続けていた。

「再び闇の壁を張り巡らせ、太陽を遮断して今度こそ新たなる氷河期を引き起こしてあげるわ・・・はあぁぁっ!!」

 世界が凍気と吹雪に包まれて混沌に引き戻されるのは時間の問題だった。


「ゴゲー!!」

 交番を大きくさせたような基地に入ったアトモスの前に現れたのは筋肉質で大柄な黒人男性だった。

「あ、あの・・・」

 アトモスが恐る恐る声をかけようとすると男が面倒くさそうに頭をかく。

「何だ?こっちはギャンブルでスッちまって気分が悪いんだぞ。つまらん用件なら今度にしてくれ」

「こ、今度っていつですか?」

「そうだなあ・・・1週間、いや、1ヵ月後ぐらいに来てくれりゃあ対話に応じんこともないぞ」

 男がうんざりだと言わんばかりにあくびをしながら背を向ける。

「それだと困るんです!僕たちは今すぐスコット基地に行くために一帯を覆っている結界を解除しなければならないんです!ここの基地に解除する秘密が隠されていると思って来たのですが・・・」

「あん?そんなもんあるワケねーだろ。帰った帰った」

 男が顔も向けずに手をヒラヒラと振る。

「嘘です!周囲を取り囲んでいるここを含む5つの基地に何かあることは明白です!!」

「・・・・・」

 アトモスの言葉に男が不愉快そうな顔をして振り返る。

「小僧・・・このシングオ様がないと言っているのにまだそんな戯れ言をぬかすというのか・・・」

「戯れ言なんかじゃありません!あなたが隠しているだけです!!」

 その言葉はシングオを怒らせるには十分な響きを(はら)んでいた。

「だったら教えてやるよ・・・その体になっ!!」

 シングオが全身に力を込めるとシャツと貼っていた湿布がちぎれ飛び、鋼のような肉体が露となった。

「・・・悪いけど、手加減はしません!」

 こうして、アトモスはウォッハー基地にてシングオとの戦いに臨む形となった。


 氷で造られたその基地で問題の男は氷の玉座に腰掛けてワインを傾けていた。

「おい。地球がどうなろうかって状況で随分といい身分じゃねーか」

 サダソンが体を震わせながらも男に食ってかかる。

「そうムキになってくれるな。世界の終幕を優雅にも見届けるのも一興だ。それに、僕たちは生まれ変わった世界で再びトップアイドルに返り咲くんだ。他の人たちがどうなろうと知った話ではないだろう?」

「それは違うんじゃないか?アイドルとはファンあってこその存在だ。今苦しんでいる人々の中には昔お前のファンだった人だっているだろうにどうしてそこまで冷酷なことが言えるんだ?」

「何を言っている。僕はアイドル、つまり者どもが僕を崇めるのは当たり前の話だ。慈悲をかける必要などないだろう?」

 冷酷な持論を展開しながら男が立ち上がる。

「それよりも、君のような説教くさい男はどうにもいけ好かない。目障りだからこのトンキン・カレッジ基地から立ち去ってくれないか?」

「そうはいかねえ。俺たちはスコット基地に用があるのに結界が邪魔で通れないんだ。だから先に結界を張っている連中をどうにかしようって魂胆なのさ」

「ほう・・・つまり、僕を倒すと?」

「当然だ!覚悟しやがれキザ野郎!!」

 サダソンは闘志を剥き出しにしてジュ・マップの一人であるゴロン・ナガッキーへと拳を向けたのであった。


「裸足で飲んで何が悪い!!」

 入り口のプラカードにでかでかと“イーヒ・トゥ基地”と書かれていたその場所に入ったカルロスが見たのは拳法着を着た男の必要以上に酔いつぶれた姿だった。

「お、お前・・・そんなに飲んで大丈夫なのか・・・」

「うるせー!!ここは南極だ!自粛も自重も必要ねーんだぞお!!」

「そ、そうなのか・・・だったら止めるつもりはないが・・・」

 カルロスがゆっくりと口を開く。

「俺たちは今スコット基地に行こうとしてたんだ。そしたら変な結界がしてあって先に進めなくてな。この周辺の基地をどうにかすればいいんじゃないかと思ってここに来てみたんだが・・・」

「ああ!?」

 言葉の途中でカルロスが首根っこをつかまれる。

「なんでお前がスコット基地に行かなくちゃなんねーんだよ。あそこはジャンマルク様の拠点だろうが。お前に行く用事があんのかよ?」

「いや、奴を止めないと世界中が凍らされて地球が大変なことに・・・」

「地球がどうなろうが俺はここで酒が飲み続けられるんだ、関係ねーよ」

「お前は関係ないかもしれないが人々が困るだろうが」

「るっせーってんだよっ!」

 直後、腕が振りほどかれて背中に蹴りが飛んできた。

「ぐあっ!」

「人が気持ちよく飲んでる時にしゃしゃり出て地球がどうたら人々がどうたら耳障りなセリフばっか吐きやがって・・・構えろや!!」

「お、おう!」

言われるがままにカルロスが構えを取る。

「人の深酒を邪魔するような野暮はこのツヨン・クタナギーヌ様が始末してやる!覚悟しろ!!」

 脇に転がっていた一升瓶の残りを最後まで飲み干すとクタナギーヌはおたけびを上げてカルロスへと飛び掛かったのであった。


「き、貴様がここの基地にいたのか・・・」

「何お前?まさか顔見ただけで怖気づいたってクチ?」

 ジュンゴスは目の前の男から発せられる妙な威圧感を前に驚きを隠せないでいた。

「タック・キムーナ・・・まさかこのような場所で会おうとは・・・」

「は?タクキムでいいよ、面倒くせーな」

 タクキムが煩わしそうに舌打ちをしながら続ける。

「で、何なの?このビューティーワイフ基地までのこのことやって来て何がしたいの?」

「タクキム・・・ジュ・マップの看板アイドルにして不動のモテ男だった男が南極で悪の親玉の配下に成り下がるとは・・・時代の流れとは実に残酷なものだ・・・」

「だから~、何が言いたいのかっての!ヒットしてた時代の俺と今の俺を見比べて笑いたいの、ねえ?」

「そんなものに興味はない。俺は人々のために世界を混沌に陥れる存在を討つ、それだけだ!!」

 タクキムの挑発的な言い回しに動じることなくジュンゴスは己の意思をはっきりと口にした。

「ねえ、本気で俺に勝てるとでも思ってるの?だったらヤバいよ、それ」

「勝てないならどうにかして勝てる方向に持っていくまでの話だ!」

「あのさ、本気で言ってんの?あんまそんなこと言ってると勝つとか負けるとかじゃなくて死んじゃうよ、お前」

「元より死は覚悟の上だ・・・いざ、勝負!!」

 凍てついた赤い薔薇に飾られたビューティーワイフ基地でジュンゴスはタクキムとの戦いに臨んだ。        


「アジーチ基地へようこそ~」

 おちゃらけたような造りの基地に潜入したローズを待っていたのはやはりおちゃらけたような男の出迎えだった。

「ようこそじゃないだろう。スコット基地に入りたいのに結界が邪魔して入れないんだ。解いてくれないか、ナカウィ・セフィロン?」

 ローズが表情を崩すことなく目の前の男に告げる。

「あっれ~、俺の名前まだ覚えてくれてる人が居たんだぁ?しかもあんた、ローズマングループのCEOじゃないの。こんな社会的地位の高い人にフルネームで呼ばれるなんて嬉しい限りだねぇ」

「かつてフランスのアイドルグループとして一世を風靡したジュ・マップのリーダーナカウィ君。もう君たちの時代は終わったんだ。いつまでもアイドルだなどと勘違いして変なことを考えてないで人々のためにまっとうに生きてくれ」

「時代が終わった・・・だと?」

 ローズの言葉にナカウィの顔つきが口調とともに急変する。

「仲間のモーリーから聞いたよ。ジャンマルクに協力して崩壊後の新しい世界で永遠のトップアイドルに君臨するという実に下らない野望をね・・・」

「下らないものか!アイドルが再起を図って何が悪い!」

「そんなことのために世界を凍らせようとしているような男に手を貸して地球を、多くの人々を犠牲にしようとしているその考え方が下らないと言っているんだ!」

「うっ・・・」

 力強い口調で発せられたローズの正論にナカウィが一瞬たじろぐ。

「・・・そこまで言うんなら無理矢理にでも分からせるしかないなあこりゃ・・・」

 だがすぐに口を開き始めて戦闘の構えを取る。

「オーダー・・・ホワイト・ローズとその仲間たちの生焼きっ!!」

 ナカウィの口から一帯に戦闘開始の合図が告げられる。

「負けはしない・・・人々のために、世界のために!!」

 こうして、ローズたちとジュ・マップの戦いが幕を開けたのである。


 ガンッ!

 鉄板を殴るような音がした。いや、本当に鉄板を殴ったのかもしれない。

 そう思えるほどにシングオの腹部を殴ったアトモスの拳には激痛が広がっていた。

「そ、そんな・・・」

「どーした小僧?それがお前の全力かぁ?」

 シングオは本心から痛くもかゆくもなさそうにニヤニヤとしていた。

「じゃあ次は俺の番だ。グレーテストメガトンアッパー!!」

「ふぐっ・・・!」

 シングオの強力な拳が小さなアトモスを弾き飛ばす。

 ~すごい力だ・・・ロボットである僕の二十万馬力をはるかに上回っている・・・!~

 ロボットである自分が痛みを感じるほどの痛み。

 きっと並の人間ならば即死しているレベルの攻撃なのだろう。

「ならばっ!」

 アトモスはバックステップで距離を取って両腕をロケットパンチにして発射させる。

「何だぁ?」

 両腕はシングオの前で大きな音を立てて爆発した。

「どうだっ!これが僕の取っておきだぞっ!!」

「ふっふっふっふっふ・・・」

 しかし、立ち上る煙の後に残っていたのは爆発をまともに浴びていながらも傷一つ受けていないシングオの姿だった。

「どうして・・・」

「小僧よ、俺は悲しいぞ。何を仕掛けてくるのかと思いきやこんな子供だましとはな」

 シングオが力こぶを作って筋肉美を見せつける。

「この体はどのような衝撃にも耐えうる強靭な鋼と化している。ゆえにそこらの力自慢の鉄拳やダイナマイト数十個程度の爆発など蚊が刺したほどにも効かぬのだっ!」

 シングオの顔つきが一段と険しくなる。

「小僧、お前の相手などしていても時間の無駄だ。早々と終わらせてもらうぞ」

 全身に力をためながらシングオの体がさらに巨大化する。

「ダイナミックメガトンクラッシュ!!」

 直後、激しい体当たりを受けたアトモスは大きく撥ね飛ばされて壁に背中を打ちつけた。

「ううっ・・・」

「メガマヨ連拳!」

 なんとか起き上がったアトモスに今度は無数の重い拳が見舞われる。

「そらそらっ!マヨネーズしっかり()らねーから貧弱な体になっちまうんだよお!!」

「うわあ!!」

 再びアッパーを受けてアトモスがダウンする。

「とどめだ!ダークスタープレス!!」

 ダウンを奪ったシングオは高く飛んで倒れたアトモスめがけて落下した。

 グシャアッ・・・!

「・・・・・」

 何かが潰れるような音が辺りに生々しく響き渡る。

「ぼ、僕は・・・」

 衝撃で生命回路を破損されたアトモスは、機能不全となって完全に停止した・・・


 昏睡状態の中で記憶回路だけが作動していて僕は遠い日のことを夢に見ていた。

 それは3年前、ケープタウンで大型列車の脱線事故が起こった日の出来事だった。

「人がたくさん乗っているんだ・・・急がないと!」

 通報を受けた僕は人々を助けたい一心で現地に向かい、無我夢中で救助にあたっていた。

 そんな気持ちが高揚したのか僕の体からは今までに見たこともないような水色のオーラが沸き起こり、気がつけば僕は通常の何十倍ものパワーとスピードを出してテキパキと救助活動をこなしていた。

「「「・・・・・」」」

 人々はそんな僕の姿に驚いていたが僕自身もそんな自分に驚いていた。 

「アトモス!」

 やがて、僕を作ったプレトリア博士と救助隊の人たちがやって来る。

「博士、よく分からないけどものすごい力がみなぎっています!この分なら救助はもうすぐ・・・」

「アトモスや、すぐに力を抑えるのじゃ!」

「えっ?・・・は、はいっ!」

 僕は博士に言われるがまま力を制御してオーラを体内に収めた。

「博士、一体・・・?」

「アトモスっ!」

 救助隊が作業に取り掛かっているのを尻目に博士が僕の両肩に手を乗せてくる。

「よいかっ!その力は使ってはならんぞっ!!」

「えっと・・・」

 血相を変えて声を荒げる博士の姿に僕はただ目を丸くする。

「その力は本当に心の清きロボットだけが後天的に身につけると言われておる特殊な力じゃ。もちろん、わしがお前を作ったときに授けた代物ではない」

「博士・・・」

 博士の言葉によるとこれは生まれながらの力ではない、ということらしい。

「確かにその力は全ての能力を引き上げてお前をさらなる高みへと導く効力を秘めておる。じゃが、長時間にわたって無茶な使用をしておるとロボットの体では耐え切れず全ての回路が破壊されてこれまでの記憶は消滅し・・・最悪、永遠に機能を停止してしまうやもしれんのじゃ」

 記憶が消滅。永遠の機能停止。

 その言葉を聞いて自分の秘めたる力が恐ろしくも憎らしくもなったのは言うまでもない。

「そもそもお前には最初から二十万馬力が搭載されておるのじゃ。普通に暮らしておってそれ以上の力など求める必要もないじゃろう?ほれ、さっきまでの力など忘れていつも通りのパワーで救助に戻りなさい」

「はい!」

 それからは博士の言いつけを守って僕はその力を完全に封じたまま日々を送るようになった。そんなものに頼らなくても博士のくれたこの力で人々のために尽くすには十分だと思っていたし、記憶を失くして博士をはじめとする僕に素敵な思い出を与え続けてくれたみんなのことを忘れてしまいたくなどなかったから。

 だから、僕はその力を封印してここまで生きてきた。

 だけど・・・今、この状況を打開するためには・・・・・・  


「・・・・・」

「おわっ!?」

 シングオの巨体を押しのけてアトモスがゆっくりと起き上がる。

「何だお前?まだ俺とやろうってのか?」

「僕は負けない・・・この体に宿る最後の力を振りしぼってあなたを倒す・・・覚悟しろ、シングオ!!」

 水色のオーラを全身に沸き立たせながらゆっくりと口を開く。

「何だその変テコな演出はぁ?まーたぶっ飛ばされてーのかあ?だったらお望みどおり正面衝突見舞ってやるよお!くらえっ、ダイナミックメガトンクラッシュ!!」

 再びウォッハー基地に激しい衝突音が響く。

「ほげえっ!」

 だが、今度弾き飛ばされて壁に背中を打ちつけたのは突進を仕掛けたシングオの方だった。

「な、何で俺が・・・」

「これは忠告です。これ以上僕に手を出すと命の保障はいたしません」

 アトモスが表情を変えることなく淡々と言い放つ。

「小僧・・・あんまりナメた口きいてると溶鉱炉に溶かしてマヨネーズにしちまうぞお!!」

 シングオが怒り任せに拳を振り上げたその時だった。

「ジェットヘッドミサイル!」 

「うぼおっ!!!」

 ジェット噴射の低空飛行で飛んできたアトモスの頭突きがシングオに見舞われる。

「これが僕の本当の取っておきです!!」

「このガキ、偉そうに・・・」

 腹部を陥没されながらも忌々しそうに口を開くシングオにアトモスが拳を向ける。

「調子に乗ってんじゃねーぞ!グレーテストメガトンストレートぉ!!」

「仕上げです!アトミックサウザンドメテオ!!」

「ほげっ!」

 シングオのパンチがアトモスから放たれた無数の拳によって簡単に退けられる。

 そして、それがシングオの顔と体を無数に殴打する。

「ぶへっ、ぶはっ、ぶほおっ!!」

 その破壊力の前では鋼の肉体など無力も同然だった。

「この地球はあなたたちの私物ではありません!下らない欲望のために多くの人々を犠牲にした罪の重さを思い知ってください!!」

 殴打の数に応じて水色のオーラが徐々に肥大化する。

 やがて、シングオの顔面を的確にとらえたストレートが炸裂したところでオーラは際限なく膨れ上がり、ついには基地を巻き込んで大爆発を引き起こしたのである。


「お、俺の百万ドル・・・まだ、報酬、もらって・・・なかった・・・のに・・・」

 シングオは、残骸と化したウォッハー基地の瓦礫に埋もれたまま息を引き取った。

「・・・・・」

 一方で、アトモスも全ての力を使い果たして動くことも出来ずその場に立ち尽くしていた。

 ~プレトリア博士・・・約束を破って申し訳ありません。でも、人々の平和に暮らす世界を守るためにはこうするしか方法がなかったんです。どうか僕の身勝手を許して下さい・・・~

 少しずつ思い出の日々と仲間たちの記憶が薄らいで行く。

 ~クラン・・・僕は良いお兄ちゃんにはなれなかったかもしれないけどお前のような妹を持って幸せに思っているよ。僕がいなくなっても悲しむことなくお前はお前の幸せを見つけておくれ・・・~

 感覚で全ての回路が潰れて行くのが分かる。

 もう、記憶回路が微量に動いているだけでこれが止まればおしまいだ。

 ~ローズさん・・・僕にはこの程度しか力になれなかったけどあなたなら出来ると信じている・・・どうか、仲間たちと一緒に世界の平和を守って・・・ク・ダ・サ・イ・・・~

 そこで記憶回路も停止して全ての機能は今度こそ完全に停止した。

 こうして、アトモスはその場に崩れ落ちることなく立ち上がったまま永遠の眠りについたのであった。


「うらっ!」

 繰り出したアッパーがまたしても空を切る。

「また単細胞の力任せかい?君、そんなので僕に勝てるとでも思っているの?それとも最初からギャグのつもりかい?」

 サダソンの攻撃はゴロン・ナガッキーにあたることもなく全てが空砲と化していた。

「だけど、ギャグだとしてもやめてくれ。面白くもないしむしろ不愉快だ」

「うるせー!ヒョイヒョイかわすばっかりでお前の方こそ面白くも何ともねーんだよ!!」

 しくじり続けているサダソンの堪忍袋の緒が切れる。

「・・・・・」

「大体どういうつもりだ!?こっちの出方ばかりをうかがってそっちからは攻めても来やしねえ。実は逃げることだけ一人前の戦闘能力は微塵も持ち合わせていないただの腰抜けってんじゃあるまいな?」

「・・・・・」

「だとしたら傑作だ。こんな見かけだけのキザ野郎を引き当てちまった俺は大当たりってオチだなこりゃ。攻撃が決まらなくてもやられる心配がないんならこんな楽なミッションはないぜ」

 サダソンの言葉が少しずつゴロンを刺激する。

「ま、下手な鉄砲も何とやらだ。根気良く繰り出してりゃそのうちこの雑魚も・・・」

「・・・そろそろ死んでみるかい?」

 次々と挑発的な言動を並べ立てるサダソンに冷酷な言葉が向けられた。

「いや、俺は何もそんなつもりで言ったんじゃ・・・」

「言い訳は聞きたくない。僕はただ、君がどのような技を持ち合わせているかを見極めたいがためにこうやって君の攻撃を受け流す役に徹していたまでの話だ」

 ゴロンが美顔ながらも冷酷な笑みを浮かべる。

「いわば、これから起こる惨劇の前の余興を楽しんでいたということさ」

「余興・・・だと?」

 サダソンの声音に怒りが込められる。

「じゃあお前、遊び感覚で俺の相手をしていたとでも言うのか?」

「言ってるだろう?君ごときが僕の相手になるはずなどないことぐらい分かりきった話じゃないか。だから弱いなりにどの程度僕を楽しませてくれるかと思って見せ場を作ってあげたんだよ」

「ふざけるな!この俺を噛ませ犬扱いとは・・・」

 サダソンの視界からゴロンの姿が消える。

「お、おい!どこに消えやがった?」

「ブリザードハリケーン!」

 直後、背後から刃のような吹雪が飛んできてサダソンの背中を襲った。

「ぐあぁっ!」

「寝言はよしてくれ。君が噛ませ犬だと思っているなら僕だって一つぐらいは腕を噛ませる程度の場面を与えていたさ。だけど君は噛みつくことすら出来ずに全ての攻撃を失敗したじゃないか。つまり・・・君は噛ませ犬にもなれない悲惨なやられ役ということだっ!」

 激しい凍傷を負ったサダソンの背中に追い討ちの蹴りが飛んでくる。

「ぐっ・・・」

「どうした、さっきまでの威勢の良さは?君の方こそ付け焼き刃程度の戦闘能力しか持ち合わせていないただの腰抜けではないか」

 激痛に両膝をついてうずくまていたサダソンに手厳しい言葉が投げつけられる。

「ま、偶然だろうと何だろうとここまでたどり着いたのは事実だ。人並み程度の実力はあれど僕と張り合えるレベルにはなかったということだ。つまり君はその程度」

「・・・・・!」

「安心しろ。死体は後で南極海にでも沈めて魚の餌にでもしてくれる。そうすれば君のような男でも海中の養分として生態系に貢献した証として・・・」

「ふざけるんじゃねーぞっ!!」

 サダソンは怒りとともに立ち上がってゴロンへと向き直った。

「黙って聞いてりゃあ生意気な口をペラペラと・・・俺はまだ死んでもねーし負けてもいねえ!!」

 サダソンが全身に力を込めながらゆっくりと回転する。

「余興余興と言うんなら、今から俺が最高の余興を披露してやるよ!くらえっ、マイセルフ・サイクロン!!」

 回転の速度が瞬く間にアップして高速回転を起こす。

「俺の本気を思い知れ~!!」

 巨大な竜巻と化したサダソンはゴロンへと突撃した。

 しかし。

「はっ!」

 ゴロンが軽く左手を添えると竜巻は減速して急停止を余儀なくされた。

「あ、あああ、あ・・・」

「これが最高の余興かい?困るなあ、僕はこの手の笑えないギャグが一番嫌いなんだよ」

 サダソンの奥義はゴロンの片腕にあっさりと止められてしまったのである。

「あ、それと僕の利き腕は右の方だから。君が多少の考える脳を持っているんなら僕の言ってること、分かるでしょ?」

「そ、そんなこと・・・」

「要は素材。君がどこでどのような鍛錬を積んでいようとも僕は生まれながらにして君をはるかに上回る資質を持ち合わせていたのさ」

「ぐふ!!」

 左手で腹部を突かれるとサダソンはそのまま壁まで飛ばされて背中を打ちつけた。

「もう終わりにしよう。君ごときにこれ以上時間をかけても何の値打ちもない」

 ゴロンが両手をサダソンに向けて魔力を集中させる。

「己の弱さに打ち震えながら凍え死ぬがいい!フリージングダイヤモンド!!」

 抵抗する気力さえ残されていなかったサダソンに氷の刃が無数に浴びせられる。

「うっ・・・」 

 心臓の鼓動が弱まり、少しずつ全身が凍らされて行くのが分かる。

 ~はは、情けねぇな、俺・・・ローズの奴に報酬よこせとか言っといて大した仕事もこなしてねーじゃんか・・・このまま死んじまったらロザリーの奴、悲しむだろうな・・・そしたらポッカリ空いたアイツの心の隙間にローズの野郎が割って入ってああしてこうしていつの間にやら種まで植え付けて・・・~

 思わずおかしな光景が浮かんできてそれ以上考えるのをやめる。

 ~アホか俺は・・・この状況下で何を考えてやがるんだ・・・下らん妄想なんぞしてねーで打開策でも考えろ・・・!~

 たとえこの先に連なることは出来なくても、せめて目の前のあの男をどうにか出来れば。

 ~頼む・・・俺の体よ、もう少し底力を見せてくれ・・・!~

 気力とともに“なんとかしたい”という気持ちを極限まで高めたサダソンの心に光が灯る。

 ~これは・・・!~

 今までに感じたこともない力が全身にみなぎってくる。

 ~これならば・・・!!~

 もはや、サダソンに迷いはなかった。

「さあ、凍れ!凍てつけ!僕の作った氷の棺で死ねる光栄に心から感謝してあの世へ逝けっ!!」

 視界には全身を氷付けにしておきながらなおもまだ氷の刃を浴びせ続けているゴロンの姿があった。

 ~見てやがれ、キザ野郎!~

 サダソンの全身から黄色のオーラが沸き起こる。

「なにっ!?」

「うおおおーーーーーーっ!!!!!!」

 そして、けたたましい咆哮とともに氷の棺を完全に破壊して復活を果たしたのである。

「キザ野郎!今度こそ決着の時だ!」

「こざかしい・・・ならばもう一度凍りの棺に閉じ込めるまでだ!フリージングダイヤモンド!!」

 しかし、サダソンの体から発せられる熱気によって氷の刃は溶解されてダメージを与えられない。

「そんなもん効きゃあしねーんだよっ!今度はこっちの番だ!」

「ちっ!」

 攻撃を上手く回避しようとするもその動きがサダソンには止まって見えるかのようだった。

「そこだあっ!メガスクリュードロップ!!」

「ぐわあっ!」

 通常の高速回転の3倍の速度で回転をしながら繰り出した蹴りがゴロンを弾き飛ばす。

「な、何て力だ・・・!」

「まだ終わりじゃねえ!カーニバルはここからが最高潮だっ!!」

 サダソンが全身に力を込めて再び咆哮を上げる。

 すると、みるみるうちに体が巨大化してサダソンは5メートルを超える巨人と化していた。

「体は3倍、力は10倍、破壊力なら何千倍だあ!!行くぞっ、ジャイアントマイセルフ・サイクローーン!!!!!!」

 サダソンは自分をより巨大な竜巻に変えてゴロンへと突撃した。

「うわああーーーっ!!」

 前回をはるかに超える速度と力を伴っていた竜巻は今度こそゴロンを呑み込んで暴走した。

 そして、ついにはトンキン・カレッジ基地をも巻き込んで施設そのものを破壊してしまったのである。


「この僕が、こんな奴に・・・ふふ、だがいい。今さら僕一人どうしたところで世界はジャンマルク様の手によって闇に閉ざされるのだ。せいぜい無駄な努力の末に現実の壁によって押し潰されるがいいさ・・・・・・」

 仰向けに倒れたまま呆然と立ち尽くしていたサダソンを嘲るかのように笑いながらゴロンは事切れた。

 しかし、残骸の中に棒立ちしていたサダソンにはそんな言葉に応じる気力すら残されていなかった。

 ~ちくしょう、もう動く力もありゃしねえ・・・いくらキザ野郎を倒すためだからとはいえもう少し力を制御しとけば良かったのかな?~

 段々と視界が揺らいで立っていることさえ辛くなってくる。

 ~ロザリー、俺の活躍はここで終わっちまうみたいだけど俺のこと嫌いにならないでくれよ・・・~

 視界が崩れてサダソンがうつ伏せに倒れ込む。

 ~ローズ・・・俺は信じてるぞ。お前ならきっとこの世界、この地球を救って本当の意味で平和の使者になれるってな・・・だけど、ここまでしてやった俺のために報酬だけは忘れくれるな、よ・な・・・~

 思考の糸が途切れてサダソンはそのまま意識を失った。

 心臓の鼓動は弱まり、少しずつ体は冷たくなろうとしていた。


「ぐはっ!ぐふっ!」

 流れるような動きから繰り出されるツヨン・クタナギーヌの拳と蹴りがカルロスを次々と殴打する。

「どうだあ!これが一子相伝アミール流派の酔拳だぞお!!」

 無駄口をたたきながらも無駄な動きは一つもない。

 ~は、速い・・・目で追いかけるのが精一杯だ・・・!!~

 一撃一撃の破壊力はそこまで高くないものの何発も受けていくうちにダメージがどんどん蓄積される。

 カルロスはよけることも防ぐことも出来ずただくらい続けるばかりだった。

「せいっ!」

 やがて、掌底突きを腹部に受けたところでカルロスはよろめいてダウンを喫した。

「な、何という強さだ・・・この俺が一つもダメージを与えられないまま一方的にやられてしまうなんて・・・」

「俺は世界に一人だけのアミール流派継承者だ!邪討士(じゃとうし)だが何だが知らねーがそんな胡散臭い職業に誇りを持ってるとかぬかしてるお前みたいな勘違い野郎とは格が違いすぎるんだよおっ!!」

 腰に下げていたとっくりを傾けてクタナギーヌがさらに深酒をする。

 ~アミール流派か・・・極めたら拳法界屈指の力を携えると言われる最高峰の流派、絶滅したと思っていたがこの男が受け継いでいたとはな。それに・・・奴・・・いや、彼は・・・~

 カルロスはこのクタナギーヌという男を小さい頃から知っていた。それも、アイドル関連の情報誌ではなくテレビアニメを通じて。

 ~ツヨン・クタナギーヌ・・・あの頃のあんたの能力はメンバーの中でも少し秀でていたみたいだったからな・・・~

 小学生の頃に見ていたアニメに声優としてクタナギーヌは出演していた。そして、それだけに終わらず彼はそのアニメのミュージカルにもレギュラー役で参加していたのだ。

その鮮やかな動きは他のわざとらしいばかりの共演者とは明らかに一線を画していて子供ながらに憧れたものだった。

それが今は。

~本当はこんな形で会いたくなどなかったのだがな・・・だが、邪討士(じゃとうし)として世界の平和を守らなくてはならない以上なんだかんだ言ってもつまりは単純に戦わねばならんということだ!!~

緑色のオーラを全身に宿してカルロスがゆっくりと立ち上がる。

「まだだっ!まだ勝負は終わっていない!!」

「ほー・・・面白れぇじゃねーか・・・だったら俺も手加減しねーぜ!!」

「ぶっ飛べ!ホーミングハリケーン!!」

 カルロスが竜巻を起こしてクタナギーヌへと放った。

「気をつけな!そいつはどこへ逃げても追ってくる追尾機能があってだな・・・」

「せいっ!!」

 クタナギーヌが目にも止まらぬ速さで手刀を振り回すと竜巻は小さな風に分散されてあっさり消滅してしまった。

「まさかこれが最大限の抵抗だと言うのではあるまいな?」

「そ、それは・・・」

 自身最大の攻撃魔法をいとも簡単にあしらわれてカルロスが絶句する。

「答えたくないのならそれでもいい・・・その代わり、俺からのお返しをしっかりと受け止めてもらうぞ!痺れろ、雷音波!!」

「うぐあぁーーー!!!」

 稲妻を混ぜた衝撃波をまともに浴びてカルロスが感電する。

「うう・・・」

 倒れそうになりながらも両足に力を入れてかろうじて持ちこたえる。

「なるほど、まだ余力は残っていると見た。ならばその粘りに敬意を表して俺の最強の必殺技で葬ってやる!踊りの中で朽ち果てろ、ジェノサイドダンサー!!」

 クタナギーヌはカルロスとの距離を詰めるとまるでダンスをするかのように舞いながら手足を駆使してカルロスへの殴打を開始した。  

「このダンスは終わらない・・・お前が苦痛の果てに死に絶えるその時までな!」  

「ぐふっ、ぐはっ!」

 無数の拳と無数の蹴りが顔に、体に、下半身に飛んで来る。

 鮮やかな動きとは裏腹にクタナギーヌの攻撃はまさに虐殺行為そのものだった。

 ~情けねぇな・・・いくらここに来るまでに疲弊していたとはいえ本気を出しても全く歯が立たないのかよ・・・ふん、邪討士(じゃとうし)を気取っておきながらてめぇの力量が黒幕どころかその配下の一人にすら及ばないんじゃ世話ぁねえや・・・~

 薄れ行く意識の中でカルロスが自虐的な気持ちを膨らませる。

 ~そういや親父もこんな感じだったのかな・・・おふくろが病気で大変だった時でも邪討士(じゃとうし)の仕事を優先して方々の悪党どもを打ち倒してやがったんだよな・・・結局おふくろは病死しておやじは何の因果かそんな日に一人で麻薬組織に立ち向かうも多勢に無勢で全く歯が立たず、結局はリンチの末に・・・~

 カルロスは親族から聞いたその話の先を思い出しながら殴打されている体をガードしようともせずに両腕を広げる。

「何のつもりだ?今になって命乞いをしても俺は慈悲など与えんぞっ!!」

 クタナギーヌの攻撃はエスカレートしてカルロスの全身は無残に腫れ上がる一方だった。

「出でよ!ブラックホール!!」

 カルロスが力強く念じると天井が吹き飛び上空にブラックホールが発生した。

「な、何だあれは?」

 そのあり得ない光景に驚き攻撃の手を止めてしまったクタナギーヌの隙を狙ってカルロスが抱き込むようにしがみつく。

「何をする、離せ!」

 しかしカルロスは渾身の力でクタナギーヌを締め上げて離さない。

「・・・ブラックホールバキューム、発動!!」

 カルロスが合図をかけるとブラックホールは激しい力で吸引を開始して周囲の備品たちを次々と吸い上げる。

 そしてその勢いはカルロスたちにもおよんで二人が宙に浮く。

「お前は自分が何をやっているか分かっているのか!?このままだとお前もブラックホールに呑み込まれて宇宙の塵と化してしまうのだぞ!!」

「そんなものは承知の上・・・この地球に暮らす善良な人々の生活を守るためなら己が命をも投げ打つのが邪討士(じゃとうし)だ!!」

「お前・・・」

 カルロスの力強い信念がクタナギーヌの心を刺激する。

「クタナギーヌ・・・俺はアイドルなんてものに興味はないがあんたのことは好きだった。あんたが声優やってたアニメは俺も好きだったし主題歌も全部持っている。ついでに言うとミュージカルが成功したのもあんたの力だと思っている」

 カルロスは、話が出来るうちに本心を持て余すことなく伝えた。

「どこで道を間違えてしまったのかは知らないがこんな形であんたと出会ってしまったのは残念だ。もっと違う形で接触を果たしていれば分かり合えたかもしれなかったのにな・・・」

 吸い上げられる二人の体に無限の闇が広がる空間がどんどん迫って来る。

 ~親父・・・結局俺はあんたの息子だったみたいだな。あんたがリンチを受けた果てにブラックホールを発動させて麻薬組織の連中を道連れに異次元に消えちまったように俺も今から野郎のアイドルを巻き込んで消えちまうんだぜ・・・~

 亡き父を思い出しながらこれから始まる死への恐怖を少しでも和らげる。

 ~ホワイト・ローズ・・・あなたほどの男ならば俺がたどり着けなかったこの戦いの先に進むことが出来るはずだ・・・どうか、あなたの力で世界を正しい方向に導いてく・れ・・・~ 

 カルロスはクタナギーヌともども異次元の彼方へと完全に吸い込まれてこの世界から消えた。

 やがて、ブラックホールはイーヒ・トゥ基地を丸ごと吸引すると縮小を始めてそのまま消滅したのであった。


「う、うう・・・」

「四肢砕けちゃってるよ?いい加減ヤバいんじゃねーの?」

 仰向けに倒れ込み、朦朧とする視界の中で折れていた右腕を踏みつけられて即座に激痛が走る。

「うぐあぁっ!!」

「お前さ、ホントついてねーよな。よりにもよって俺に当たっちまうなんてくじ運が悪すぎるぜ」

 腕の上で足をグリグリと動かしながらタック・キムーナが口笛を吹く。

「こ、こんなはずじゃ・・・」

 ジュンゴスは立ち上がる気力もなく悲惨な現状に言葉をしぼり出すのが精一杯だった。

「・・・・・」

 最初からオーラを沸き立たせて本気でぶつかったはずだった。

しかし、通常の攻撃がタクキムに決まることは一つもなく、秘策の分身攻撃は簡単に見破られてジュンゴスは風魔法の波状攻撃を受けて全身を切り刻まれてしまったのだ。

「ぐっ・・・・・」

 そして、倒れているところに何発もニードロップをくらい続けて両腕と両足を破壊された状態で現在に至る。

「ジュ・マップって実質のリーダーはナカウィ君なんだけど実際のところ実力は俺が一番飛び抜けてるんだよね。だからホワイト・ローズでもなけりゃ俺の相手なんぞ到底つとまんなかったってこと。つまり、お前みたいな坊主にグラサンで人相の悪さだけが取り柄のような男じゃ最初から勝負が見えていたってこと」

「お、俺は・・・」

 瀕死の体に沸き起こっていたオーラも消滅し、ジュンゴスはもはや歯向かう術を完全に失った。

「まあいいや、ホワイト・ローズとは一度手合わせしてみたかったしよその基地でまだ戦ってるだろうから後で割り込ませてもらうとするよ。だが、その前に・・・!」

 タクキムが虫の息状態のジュンゴスに両手を向ける。

「メルトフレアー!」

 放たれた灼熱の炎がジュンゴスの体を包み込む。

「ちょいとここを空けちまうんだ。不要な置き物は焼却処分しておかねーとな!!」

「うぐわああーーー!!!」

 ジュンゴスが悲鳴を上げるも炎は全身を容赦なく焼き尽くす。

 ~ローズさん、みんな・・・すまない・・・!~

 薄れ行く意識の中でジュンゴスが死を覚悟したその時だった。

「スクランブルブリザード!」

 巨大な氷河がジュンゴスの全身を包んで炎もろとも氷漬けにしてしまった。

「ああん?誰だ、今度は・・・」

 タクキムが面倒臭そうに頭をかきながら声のしたほうに顔を向ける。

 そこには、勇ましくも清流のごとく澄んだ瞳を携えてたたずむラミア・ハメソンの姿があった。

「なんでお前が生きている?ジャンマルク様の手で海の藻屑と化したんじゃなかったのか?」

「簡単なことさ。君たちの主は僕を仕留めそこねた、それだけの話だ。それよりも・・・」

 ラミアの目が鋭くなってタクキムをにらみつける。

「ローズさんの邪魔はさせない!君の相手など手負いの僕で十分だ!!」

「何、お前。怪我してる体で俺を倒そうっての?じゃあやってみてよ・・・ねえ!」

 先制攻撃を仕掛けてきたのはタクキムの方だった。

「はっ!」

 炎を帯びた拳が何発か襲い来るも全て難なく回避する。

「ふーん。結構いい身のこなししてんじゃん」

「僕は人生という旅路の中で何度も戦いに身を投じながらここまで生きてきたんだ。その程度、造作もない」

「あっそう。じゃあこれならどうなるんだ?」

 タクキムが両手から風を起こす。

「エアーカッティングスペシャル!」

「くらってたまるか!」

 放たれる無数の真空刃を軽やな動きでかわし続けながら反撃の機会をうかがう。

「おっと!」

 やがて、首を狙った一刃を頭をかがめて回避したところで真空刃の洗礼は終了した。

「次は僕の番だ!鬼百合・・・」

 だが攻撃に入ろうとしたところで妙な気配に思わず躊躇(ちゅうちょ)する。

「えっ?」

 振り返った時にはかなり手遅れだった。

 背後に迫っていた大型の真空刃が首をめがけて猛スピードで迫っていたのである。

「まずいっ!」

 とっさに飛んでかわそうとするも既に遅く、ラミアは首こそ守ることが出来たものの背中を大きく切りつけられて重傷を負わされた。

「ぐああっ!」

 ジャンプも中途半端に不恰好な体勢のままラミアが転げ落ちる。

「あ~あ。もうちょっと気付くのが遅けりゃザックリ首が飛んだってのに残念だなあ」

 タクキムが舌打ちをしながらまだうずくまっているラミアへと歩み寄る。

「お前、最初から・・・」

「大当たり。エアーカッティングスペシャルを囮にして注意を引かせたところで背後からギガブレードでブシャっと行っちゃう作戦だったんだけど少しアテが外れちまったなあ!」

「ぐっ!」

 炎を帯びた踵で頭を蹴り上げられてラミアがうめき声を立てる。

「経験豊富がどうとか言ってたけど大したことないじゃん、お前。さっきの坊主頭とどっこいどっこいだぜ」

 タクキムがブロンドの髪を鷲づかみにして乱暴に引き起こす。 

「だからさ、俺はリーダーじゃないけど実力的にはトップなの。お前ら雑魚の物差しで測れるような・・・」

「フッ、フフフフ・・・」

 しかし、そんな状況下に置かれてもラミアの口からは笑い声が漏れていた。

「あのさ、何がおかしかったりするワケ?」

「君がトップだと言い続けているのはあくまでジュ・マップの中での話であってジャンマルクには劣るのだろう?」

「はあ?」

 挑発的な言葉を受けてタクキムの顔が歪む。

「無理もないだろうね。黒幕である彼に比べて配下の一人に過ぎない君はどう考えても彼よりは格下だ」

「・・・だからさ、さっきから何が言いたいの?あんまり痛くて怖くて気でもふれちまった?」

「違うな・・・ジャンマルクの攻撃を耐えしのいだ僕ならば君に勝てるということだ!!」

「うわっ!」

 突如激しい熱気を帯びた頭髪にタクキムがあわてて手を放す。

「君は確かに魔法も打撃攻撃も優れている・・・だけど、それだけで僕を倒せると思ったら大間違いだ!!」

 ラミアが黄緑色のオーラを沸き立たせると背中を流れていた血は完全に止血された。

「はああぁっ・・・・・!!」

 次第にオーラの色が研ぎ澄まされて黄緑色からエメラルドグリーンへと変貌を遂げる。

「そんなハッタリが俺に通じるとでも思っているのか!こうなったらお前も焼却処分だ、メルトフレアー!!」

 タクキムが灼熱の炎を放つもそれはラミアの前であっさりと消滅した。

「そんな・・・!」

「無駄だ。こうなってしまった以上君が僕に勝てる見込みはない」

 狼狽するタクキムにラミアが強く断言する。

「ふざけるなっ、エアーカッティングスペシャル!ギガブレード!!」

「・・・・・」

 力任せに放った無数の真空刃も大型の真空刃もラミアの体を貫通することなく消滅を余儀なくされた。

「お、お前おかしいだろ!?いや、ヤバいでしょ、マジで」

「おかしいかどうかはその身で確かめるといい・・・鬼百合乱舞・壊!」

 ラミアは己の力を極限まで高めるとタクキムに飛びかかり光速の打撃攻撃を繰り出した。

「ぐはっ、ぶはっ!」

 無数の拳と無数の足がタクキムの全身を満遍(まんべん)なく殴打する。

「一度は死にながらもローズさんに救われたこの命!僕は世界中の人々の幸せと平和のために尽き果てるその日まで捧げてみせる・・・そのためにも、地球を脅かすお前たちをこの手で・・・倒す!!」

「うおわあっ!!」

 鮮やかながらも鋭いアッパーが炸裂してタクキムの体は宙を舞って無様に沈んだ。

「このアマ・・・下らねえ戯れ言をペラペラと・・・!」

 なおも起き上がってくるタクキムにラミアが両手を向ける。

「!!」

「戯れ言などではない・・・これこそが僕の信念であり生きるための道標だ・・・鬼百合豪波砲・滅!!」

 ラミアの手から巨大な砲撃が放たれる。

 それは、タクキムだけでなくビューティフルワイフ基地までもを巻き込んで大爆発を引き起こしたのであった・・・・・・

 

「・・・ヤバいでしょ、俺。なんで女にやられちまってんだよ・・・」

 タクキムは瓦礫の中から這い上がる気力もなくそのまま息絶えた。

「ぼ、僕は、勝てたのか・・・」

 揺らぐ視界とよろめく足元に気分が悪くなりながらもラミアは勝利を確信した。

「・・・・・」

 ビューティフルワイフ基地が全壊し全てが残骸と化していた中で氷漬けにしていたジュンゴスが被害を被っていないのは不幸中の幸いと言えた。

「でも、これだけではいけない。僕はローズさんに伝えなくちゃならないことがあるんだ。急がなくては・・・」

 しかし、思いとは裏腹に体が動かずガックリとひざをつく。

「はあ、はあ・・・」

 遠のく意識。動かない体。

 手負いの状態で極限まで力を出し切ってしまった代償はあまりにも大きかった。

「ローズさん、僕は・・・」

 ローズの姿を、仲間たちの姿を脳裏に思い浮かべながらラミアは意識を飛ばさないよう必死で体を起こしながら先へと進み始めたのであった。


「シェイキング!」

 ナカウィ・セフィロンの魔法によってローズの周囲だけを激しい揺れが襲う。

「アンチグラヴィティ!」

 ローズはすかさず浮遊魔法によってその振動から回避した。

「面白いもの持ってんじゃないの・・・でも俺の魔法はこれだけじゃないんだからしっかり味わってくれよ・・・」

 ローズが反撃に転じるよりも早くナカウィの両手から青色の稲妻が飛び出す。

「体ごと焼き尽くせ!ライトニングブルーバーン!!」

「ローズカーテン!」

 その速度に避けられないと判断したローズはすかさず魔法防御壁を張る。

 しかし、稲妻は壁を打ち壊して容赦なくローズを襲ったのであった。

「ぐああっ・・・!」

 感電によってローズが悲鳴を上げる。

「へへ、ちょろいもんじゃん。ローズマングループのCEOがどれほどの実力かと期待してみりゃこの程度かよ。ま、せいぜい自分の無鉄砲ぶりを呪いながらあの世で俺たちとジャンマルク様による新たなる世界の発展ぶりを大人しく見届けて・・・」

「ナカウィ君。残念だけどそんな世界は実現しないよ」

 感電に全身をやられながらもローズは口を開いた。

「おいおい無理してしゃべるなって。負け惜しみを言いたくなるのは分かるけど見苦しいだけだからさ」

「果たして・・・これでもまだ負け惜しみだと言えるかな?」

「!!」

 ローズの全身からどこまでも混じり気のない白いオーラが沸き起こる。

「はあっ!」

 するとそれは体中に広がっていた電撃を分解して全て周囲に分散させてしまったのである。

「本当はこの力、ジャンマルクとの戦いに備えて残しておきたかったのだけどその前に君を倒さなくては話にならないからね。だから・・・今からは本気で戦わせてもらうとするよ!!」

「お前・・・俺を相手に本気を出していなかったというのかっ!ふざけやがって!!だったら今度こそ確実に葬ってやるよ!本気になったお前とやらを相手になっ!!」

 ローズの言葉に逆上したナカウィが再び魔法の詠唱に入る。

「今度こそ焼き尽くせ!ライトニング・・・」

「ハイパーローズストレート!!」

 だが今回はローズの顔面ストレートの方が早くナカウィへと炸裂した。

「ぐぶっ・・・」

「ローズヒールストライク!」

 ローズは攻撃の手を緩めずナカウィの腹部へと踵で蹴りを入れる。

「ごはあっ!」

「ピンポイントスクリューブロー!!」

 そして、仕上げの一撃と言わんばかりに渾身のアッパーカットがナカウィのあごをすくい上げたのであった。

「・・・・・!」

 地面に激しく叩きつけられる音が響いてナカウィがダウンを喫する。

「分かったかい?本気同士の戦いになると僕と君ではあまりにも差が大きすぎるんだ。十数年前ならばともかく今の君と僕ではそれほどに埋め難い落差が生じているんだよ。分かったらもう悪い考えをおこすのはやめて人々のために・・・」

「黙れえっ!!!」

 ローズの忠告に耳を傾けようともせずにナカウィが起き上がってくる。

「俺たちは永遠だ・・・ジュ・マップは永遠に頂点として栄え続けるべきアイドルなんだ・・・斜陽も落日もない、悠久の存在なんだっ・・・一企業のボンボンごときが偉そうに口出し出来るような存在じゃないんだぞっ・・・!!」

 その目にはどこまでも怒りと憎しみが満ち溢れているかのようだった。

「ナカウィ君・・・」

「ライトニングブルーバーン!」

 自棄になって再び放った稲妻は白いオーラの前に消滅してローズにダメージを与えることは出来なかった。

「スパイラルブリザード!」

 螺旋状の氷河もまた結果は一緒だった。

「これが現実だ。もう確認するまでもないだろう」

「黙れと言っているだろうが!!」

 だがそれでもナカウィはローズの言葉を聞こうとはしなかった。

「こうなったら本当に俺がお前に及ばない存在かどうかこの体で確かめてやる・・・覚悟しろ!」

 ナカウィの全身が炎に包まれる。

「今からその忌まわしいオーラだけでなくお前自身も肉片も残らないまでに消し去ってくれる!うおぉーーー!!!」

「・・・・・」

「ダイナマイト・バーニンクラーッシュ!!!」

 そして、人間爆弾と化したナカウィはローズの前でアジーレ基地をも巻き込む大爆発を引き起こしたのであった・・・・・・

 

「・・・・・」

 自分も含めて仲間たちが戦っていたであろう基地は(建物自体が完全に消失したイーヒ・トゥ基地を除いて)全て原型を取り留めることなく瓦礫と化して南極の大地にその残骸を横たわらせていた。         

 そして、それを象徴するかのように結界は消滅してアムンゼン・スコット基地への道は完全に開かれていた。

「みんな・・・」

 精神を研ぎ澄ませても仲間たちの生命の鼓動は感じられなかった。

「・・・・・」

 ローズの頬を一筋の涙がつたう。

 だが、もう立ち止まっている時間もなさそうだった。

 ~正義のために命を捧げたみんなの想い、無駄にはしない!僕は必ずジャンマルクを倒して地球を守ってみせる!!~

 空は再び曇天に覆われ辺りは雪に包まれていた。

 ローズは一度深呼吸をすると沸き起こり続ける白いオーラを維持したまま最後の戦いの場所であるスコット基地へと向かったのであった。


 司令室のドアを開けると広々とした空間の中で玉座に腰を落としたジャンマルクが悠然と構えていた。

「・・・まさかジュ・マップを全員倒した上にまだここまで来れるほどの人間がいるとは思いもしなかったわ。しかもそれがあたしの最も忌み嫌う存在であるホワイト・ローズだなんて皮肉なものね・・・」

ジャンマルクが嫌味のように大きくため息を吐いてローズを見据える。

「だけど遅かったみたいね。ついさっき一度は破壊された闇の壁を再び完成させて地球を丸ごと覆ってしまったの。ほら」

「・・・・・!」

 ジャンマルクが指を鳴らすと設置されていたモニターに世界各地の映像が映される。

 雪に押し潰されて次々と崩れ落ちる民家。吹雪と豪雪によって長蛇の玉突き事故を起こした高速道路の車両たち。急激な氷点下の冷気に晒されて路上での凍死を余儀なくされた人々。

そして、混乱して暴徒と化した者たちによる略奪行為。

「どうかしら?あたしがその気なれば地球を氷河期に退行させてしまうことだって簡単に出来ちゃうの。つまり、あなたたちの悪あがきなどコップの中のお水のプールで泳いでいるに過ぎないってことよ」

 画面が切り替わり全てのモニターに地球全体が黒い球体に覆われている姿が映し出される。

「ホワイト・ローズ。悪いけどあなたの相手なんてしても肩がこるだけだから身を隠させてもらうわよ。せいぜいそこで終わり行く世界を見ながら絶望の中で朽ち果てる時を待つがいいわ・・・」

 玉座から立ち上がってジャンマルクが煙玉を爆発させていつものように姿を消そうとする。

 しかし、爆発も空しくその姿が消えることはなかった。

「あら、どうしちゃったのかしら・・・」

「・・・僕の魔法で時空は封鎖しておいた。転送魔法は当分の間無効化されるだろう」

 抑揚のない声でローズはハッキリとそう告げた。

「ジャンマルク・・・長きに渡って己の享楽と欲望を満たしたいが故に多くの人々を苦しめ、死に至らしめたその愚行、僕は絶対に許さない!今ここで君を討ち、世界の平和を取り戻す!!」

 そして、ファイティングポーズとともに宣戦布告を表明したのである。

「・・・なるほど、せっかくあたしがゆっくり楽に死なせてあげようとしていたのにわざわざ苦痛に歪みながら肉片も残らず消えてしまう最期を選びたいというのね・・・上等よ、たっぷり痛ぶってからじっくり殺してあげるわっ、この女のように!!」

 ジャンマルクが再度指を鳴らすとその脇に女性の(むくろ)が現れる。

 それは間違いなくここに来る前、ブラジルでジャンマルクの“氷河期再来宣言”をテレビで目の当たりにした時にその姿をさらされた旧知の女性だった。

「アンディ・・・!」

 ローズが思わずその名前を口にする。

「そう、アンディって名前なのコイツ。あたしたちが押し入って来たというのに呑気に避難信号を送りながらボリュームを最大にして他の基地の連中に避難勧告を出し続けていたバカ女・・・あたしたちから逃げたとしても地球全体が凍ってしまうんだから最終的には死んでしまうのにね」

「・・・・・!」

 アンディ・キングランド。貧しい白人の家に生まれ、弱い立場の人々を守りたいがために軍隊に入ってたゆまぬ努力の末に上等兵まで昇った女性兵士。その正義感あふれる行動や言動は常に駐留先の市民たちに愛され一時は“善良な米軍”のシンボルとして崇められた時期さえもあった。しかし、数多の駐留先を経て配属された中東の刑務所で彼女は大きく人生を狂わされてしまうのである。

 当時、現地の刑務官によって虐待されていた捕虜を体を張ってまで擁護していた彼女は情がわいた余りに捕虜の一人と関係を持ち、あろうことかその男性との間に子供を作ってしまった。それが現地メディアの偏向報道で公にされると世界はこぞって彼女の不埒(ふらち)を叩き、ついには退役を余儀なくさせられて本国への強制帰還を余儀なくされてしまったのである。結局、事情を知ったローズと同志たちの介入によって現地の刑務官たちは一人残らず解任され、刑務所の運営を米軍の管理下に置くことによって捕虜の安全は守られるようになったものの身ごもっていた上に自主的な退役という形で処理されていたアンディが軍隊に戻ることはなかった。

 そんなアンディがこのような場所で働いていてこのような形で殺されていようとは。

「そうやって死者をもてあそぶのはよしてくれないか」

「あら?これまでたくさんの命をもてあそんできたあたしがこの女だけを丁重に扱ってしまったら不公平になってしまうわ。でも・・・」

 ジャンマルクが三たび指を鳴らすとアンディの(むくろ)が炎に包まれて一瞬にして灰と化してしまった。

「アンディ・・・!」

「何よ、アンディアンディって。そんなことを言っていたらキリがなくなっちゃうわよ」

 ジャンマルクがせせら笑いながらなおも続ける。

「いつぞやあんたがハインリッヒと戦っていた時に一緒だった奴らがいたでしょ。アイツらだって一人残らず始末してやったんだから」

「・・・・・」

「爆発魔法で消し飛ばしちゃったり袋叩きの末に海に落としちゃったり竜巻に巻き込んで空の彼方に消しちゃったり・・・あ、そうそう。変な顔のレスラーは巨大隕石の下敷きにしちゃったから元々の不細工がさらに崩れて面白い死に顔になっているでしょうね」

「君という男は・・・!」

「ご心配なく。あなたにもすぐに奴らの後を追わせてあげるから!!」

 言うが早いかジャンマルクの拳が襲いかかってきた。

「うわっ!」

 ローズがとっさに回避するもすぐに次の拳が飛んでくる。

 ~これならば・・・!~

 ローズはジャンマルクのリーチを瞬時に算段して反撃を試みた。

「ローズカウンターストレート!」

 すかさず放ったクロスカウンターは鈍い音を立てて顔面に炸裂した。

「そ、そんな・・・」

 しかし、その一撃で傷を負ったのはローズの拳だった。

「あたしを相手にカウンター攻撃を仕掛けるなんてやるじゃない。流石はホワイト・ローズだわ。だけど・・・自分の拳を傷つけちゃってどうするつもりなのかしら?」

 かすり傷すらついていないジャンマルクが君の悪い笑顔を浮かべる。

「くっ・・・フレイムスプラッシュ!」

「ふん!」

 ローズが距離を取って放った炎も右手で簡単に吸収される。

「エアーカッティング!」

 続いて放った真空刃も結果は同じだった。

「ホント、あなたもこれまであたしが消してきた連中と一緒だわ・・・歯が立たないと分かっていながら何度も何度も醜い悪あがきを繰り返す・・・そして最後は本気のあたしにボロ雑巾のようにやられてしまうのよ・・・こういう風にね!!」

「!」

 気がついた時にはジャンマルクの拳が右の頬を直撃していた。

「ぐっ・・・」

「あなたにはこれまでの連中よりも格段痛い思いをしながら死んでもらうわよ・・・ミリオネアストライク!!」

 ジャンマルクの拳が光速拳となって無数にローズを殴打する。

「そらそらそらっ!全身アザだらけになって血を噴き上げてしまいなさい!!」

「・・・・・」

 一撃一撃が速くて目にも見えない。

 そして一撃一撃が重く、痛い。

 ~なるほど・・・肉眼には見えない速度か。ならば!~

 ローズは両の瞳を閉ざして精神を研ぎ澄ませた。

 すると、閉ざされた視界に次々と拳の軌道が浮かび上がってくる。

「ここだっ!」

 心眼によってそれまで撃たれるがままだったローズが次々と攻撃をガードする。

「ふん、生意気に・・・だけど所詮は同じこと。あたしに攻撃が通じない以上あなたは防戦一方で最後にはガードを崩されて死んでしまうのだから!」

 ジャンマルクがこれ以上続けても意味がないと判断したのか一旦攻撃を止めて距離を置く。

「ダークネスエクスプロージョン!!」

 そしてすかさず闇魔法を放つ。

「ローズカーテン!」

 ローズは魔法防御壁でガードするも闇魔法の威力は強く、防御壁ごとローズを吹き飛ばしたのである。

「うああっ!」

 壁が多少のクッションになってくれたもののダメージは大きかった。

「しぶとい男ね・・・そのまま木っ端微塵になっていれば良かったものを・・・!」

 ジャンマルクが舌打ちをしながらもすぐに次の魔法の詠唱に入る。

 ~どれだけ粘ったとしても僕の攻撃が通じないのでは意味がない。どうすれば・・・~

 ローズが不利な状況下に焦りを覚え始めていたその時だった。

「ローズさん!」

 スコット基地司令室に力強い女性の声が響く。

「君は・・・」

 ありえないはずの存在にローズが目を丸くする。

「はあ、はあ・・・」

 エリザベスの口からハッキリと「ジャンマルクの手で殺された」と伝えられたラミア・ハメソンが傷だらけになりながらもそこにいたのである。

「普通に戦っていたんじゃダメだ!そいつは・・・ジャンマルクは全身に全ての攻撃を無効化して相手にそのまま跳ね返す結界を張っている・・・だから、最初に奴の結界を解除しないと・・・!」

「ダークネスエクスプロージョン!」

「うわああーーーっ!!」

 だが助言も空しくラミアはジャンマルクの魔法によって容赦なく吹き飛ばされる。

「まさかあんたがまだ生きていたとはね。流石にこればっかりは少し誤算だったわ・・・」

 ジャンマルクがボロボロになって床にはいつくばっているラミアに近寄って頭を蹴り上げる。

「誤算だって?はは・・・君が単に浅はかなだけじゃないか」

「ふん、口の減らない女だこと!ならば今度こそ一思いに灰も残さず・・・」

「やめろっ!」

 ラミアへの制裁を遮るかのようにローズが声を張り上げた。

「君の相手を今しているのは僕だ。彼女は関係ない」

「・・・・・」

「君が彼女に執着を続けていれば間違いなく僕はその隙を狙って攻撃を仕掛けるだろう。それでもいいのかい?」

「・・・まあいいわ。あんたを弄り殺すのはホワイト・ローズの後にしてあげる。せいぜいお慈悲の延命措置に感謝しなさい!」

 うつぶせに倒れていたラミアの腹部を蹴り上げてジャンマルクはローズへと向き直った。

「カラクリは理解した。これで形勢は逆転する」

 ラミアの言葉を受けた後でその姿に目を凝らすとなるほど確かにジャンマルクの体の周囲には微量なレベルの黒い粒子のようなものが沸き起こっていてそれが結界なのだと分かる。

「おめでたい頭をしているのね。分かったところであたしの結界をどうにかする(すべ)をあなたが持っているのかしら?仮に持っていたとしてそんなものをこのあたしがみすみすくらってしまうとでもお思いなのかしら?」

 しかしジャンマルクは余裕の姿勢を崩そうとはしない。

「死んでしまいなさい!ダークネス・・・」

「ホワイトフラッシュ!」

 ジャンマルクが魔法を使うよりも早くローズが右手から激しい閃光を放つ。

「くっ・・・こんな目くらましであたしがどうにかなるとでも・・・」

「シャイニング・ルーンローズ!」

「!」

 閃光の中から光を帯びた白い薔薇が飛んで来る。

「はっ!」

 ジャンマルクはとっさにジャンプして回避を試みるもその薔薇もまた同じ方向へと一直線に突き進んでその左胸へと突き刺さった。

「ぎやあぁぁぁーーーっ!!!」

 突き刺さった薔薇が全身に張り巡らされていた結界を吸い上げて白い花びらを黒く染めて行く。

 やがて、白い薔薇が黒い薔薇に完全に姿を変えたところで薔薇は爆発して結界ともども消滅したのであった。

「ぐぬぬぬ・・・」

 爆発によって負傷していたジャンマルクの姿が結界の完全消滅を物語っていた。

「ハイパーローズストレート!」

「ぶふぉっ!」

 今度こそローズの拳が顔面に炸裂する。

「ローズスクリューブロー!!」

「ごはあっ!」

 腹部への一撃も奥深くまで入り込む。

「ホーリーエクスプロージョン!!」

「げぎゃあーーーーー!!!!!」

 そして、ローズの魔法によってジャンマルクは醜い悲鳴を上げて吹き飛ばされ、そこに沈んだのである。

「・・・・・」

 ローズは大きく息を吐くと倒れているラミアの元へと歩み寄って片膝をついた。

「ロ、ローズさん・・・」

「君が彼のカラクリを教えてくれなければ僕はどうなっていたか分からない。感謝する」

「ありがたいお言葉です・・・一度は助けてもらった手前、これで恩返しが出来たというものです」

「僕は一緒に戦ってくれた君たちのために当然のことをしてあげたまでのことさ。正直、最初は驚いたけど安心したよ。だけど君が生きていたというのならもしかしたら・・・!」

 背中に漂っていた邪悪な気配を察知して思わず言葉が止まる。

 ローズは即座に立ち上がり背後を振り返った。

「フッフッフッフッフッフ・・・・・・」

 そこには、さっき倒したばかりのジャンマルクが立っていた。

「やってくれるじゃないのホワイト・ローズ・・・まさかこのあたしが真の力を見せる日が来ようなどとは夢にも思わなかったわ・・・見てなさい、ここからが本当の地獄の始まりよっ!!」

 全身から虹色のオーラを沸き立たせながら力をためる。

「さあっ、アルティメットジャンマルク様のお出ましよっ!!」

 ジャンマルクが咆哮を上げると大爆発が起こってスコット基地は跡形もなく消滅したのであった。


 南極点の氷上は、荒れ狂う吹雪によって視界さえもままならない氷雪地帯と化していた。

「覚悟なさいホワイト・ローズ・・・殺した後で(はらわた)まで喰らい尽くしてこの世から消し去ってあげるわ!!」

「君を倒して必ずや人類を、地球を守ってみせる!」

 ローズとジャンマルクの最後の戦いが幕を開けた。

「ハイパーホーリーエクスプロージョン!」

「デストロイストーム!!」

「なにっ!」

 ローズの放った爆発魔法はジャンマルクの放った強大な嵐によって簡単にかき消される。

 そして、その嵐はすさまじいうねりを上げながらローズを呑み込んでしまったのであった。

「わああっ!」

 嵐の中でローズが全身を切り刻まれる。

「その嵐は受けた者が息絶えるまで容赦なく切り刻み続けるわ!全身を血まみれにして無様な惨殺死体になってしまいなさい!!」

「やられてたまるか・・・プロテクトウインド!」

 ローズが全身から風を発生させる。

 すると、その風が上手い具合に嵐を分散しながら消滅させた。

「小賢しい・・・ならばペシャンコに潰れておしまい、ダークメテオ!!」 

 巨大にして強大な黒い隕石たちがローズへと降り注ぐ。

「ローズシールド・改!」

 ローズは通常の防御壁を一層強固にさせた壁を張って落ちてくる全ての隕石をガードした。

「・・・まずい!」

 だが、ガードに気を取られているうちに肝心のジャンマルクを見失う。

「甘いわっ!」

「!」

 声に気づいた時にはもう遅く、ジャンマルクの蹴りがローズの背骨を直撃していた。

 だが、ひびは入っていたものの折れていなかったのは不幸中の幸いと言えた。

「くっ・・・!」

「本気になったこのあたしの蹴りをくらってそれぐらいで済むなんて流石はホワイト・ローズ。あなたは別格だわ」

 向き直っていたローズにジャンマルクが吐き捨てる。

「だけどこれであなたもおしまいよ・・・ビリオネアストライク!!」

「!!」

 ジャンマルクの拳が先ほどの光速拳をはるかに超える速度と威力をもってローズを殴打した。

「ぐはっ!がはっ・・・!」

「この拳はあなたが死ぬまで永遠に止まらないわよ・・・さあ、早くくたばってしまいなさい!!」

 全身を満遍(まんべん)なく殴られ続けて次第にローズの意識が遠のいていく。

 そして、前と同じように目を閉じるもこの異常な速度では心眼でも見切れない。  

 ~ま、まずい・・・このままだと、僕は・・・いや、世界は・・・~

 虹色のオーラを膨れ上がらせているジャンマルクとは対照的に白いオーラはしぼみ続けるばかり。

 この状況があと5分も続けばどうなるかなど火を見るよりも明らか。

 ~厳しいな・・・だけど、どうにか出来る可能性を持っているのは僕しかもういないんだ~

 意識を無くしかけながらも色々なものに思いを馳せる。いつも帰りを待っていてくれるあたたかい家族。常に自分を信頼してくれている自社の仲間たち。これまでの戦いで苦楽をともにしてきた同志たち。そして、地球の命運を賭けたこの戦いで自らを犠牲にして道を切り開いてくれた同志たち。

 ~そうだ。みんなのためにも僕はここで終わってはいけないんだ・・・!!~

 強い意志と使命感が尽きかけていたローズの力を増幅させる。

「・・・・・」

 それに応じて消えかけていた白いオーラが少しずつその存在感を増して行く。

 程なくしてその白き闘志がジャンマルクの虹色オーラをもしのぐ気高き形を作り上げる。

「ふん!今さら何をしようがもう手遅れよ!あなたが死ぬまでこの拳の雨が止むことは・・・」

 ガシッ!!

「ぐぬっ!?」

 勢い任せに攻撃を続けていたジャンマルクはついにその両拳をローズの手でつかまれてしまった。

「見切ったよ、ジャンマルク。これで君の攻撃は終わりだ」

 ローズがつかんだ手にこれまでにないほどの渾身の力を込める。

「ぐぬあぁーーーっ!!!」

 やがてそれはジャンマルクの拳の骨を完膚なきまでに砕き割ったのである。

「こ、こ、こんなことが・・・」

 憤りながらもジャンマルクは攻撃の(すべ)をほぼ完全に失っていた。

「ローズスクリューキック!」

「ぐへ!」

 動かれる前にローズの蹴りが腹部へと見舞われる。

「ローズヒールクラッシュ!」

「ぶはあっ!」

 間髪入れずに放ったヒールキックが胸部を直撃してジャンマルクは弾き飛ばされた。

「ジャンマルク、年貢の納め時だ!」

「ふん、毎度毎度ヘドが出るわね!」

 ローズの言葉などどこ吹く風だと言わんばかりにジャンマルクが立ち上がりながら吐き出すように言い放つ。

「あたしは生まれ変わった地球の新たなる支配者となる男よ!拳を砕いたぐらいで勝てると思ったら大間違いだわ!!」

「君は・・・」

「魔法なんて手からでなくても簡単に出せちゃうんだから・・・!」

 ジャンマルクが腕を交差させるとその両腕から風が沸き起こり再び強大な嵐が発生する。

「今度こそ死んでしまいなさい!デストロイストーム!!」

 だが、ローズは動じることなく向かってきた嵐に両手を向ける。

「今こそこの戦いを終わらせる・・・シャイニングジャスティス・エクスプロージョン!!!」

 ローズの魔法が嵐を蹴散らしてジャンマルクを包み、すさまじい爆発を起こす。

「うぎゃああぁぁぁぁーーーーーー!!!!!!」

 そして、南極点に断末魔の叫びが轟いたのであった。


「・・・まさかこのあたしが負けてしまうなんてね。見事だわ、ホワイト・ローズ・・・だけど覚えてなさい。あたしが死んだところでこの世に悪の種が尽きることなどありえない。数年後、数十年後、いつだって邪悪な存在がこの世界を脅かし続けるのだから・・・そう、あなたが年老いて死んでしまった数百年後の遠い未来にさえも、ね・・・・・・」

 ジャンマルクはそこまで言葉を紡ぐと力なく崩れ落ちて南極の大地に沈み、二度と起き上がってくることはなかった。

「この世に悪がはびこる限り、正義もまた永遠に生き続ける・・・この世界から僕がいなくなろうとも、人々の心の中に、ずっと・・・」

 ローズは誰に聞かせるでもなくそうつぶやくと、荒れ狂う吹雪の中で灰色の空を見上げた。

「良かった・・・これで、世界は救われる・・・」

 朦朧とする意識の中で、ローズもまた南極の大地に沈んだのである・・・


「・・・ローズ。ホワイト・ローズ」

「んっ・・・」

 あたたかな声に呼びかけられて目を覚ますと、ローズは真っ白な世界の中にいた。

「ようやく私の声が届いたみたいだね」

「あ、あなたは!!」

 視界に映るその神々しい姿にあわてて飛び起き無意識のうちにひざまずく。

 なんと、ローズの前にイエス・キリストが降臨してその姿を見せていたのである。

「天の国で君の活躍はしかと見届けさせてもらった。私に代わってこの地上を守ってくれたその勇気と偉業に心から感謝する」

「お褒めの言葉、光栄にございます!」

 ローズが恭しく頭を下げて喜びの気持ちを伝える。

「ご覧なさい、ローズ。我々の周りに数多の御霊が見えるであろう?」

「えっ?・・・はい」

 なるほど周囲を見渡してみると様々な色の魂のような形をしたものが無数に天へと昇っている。

「君がジャンマルクを退治してくれたおかげで彼によって(ほふ)られた多くの者たちの魂が救われた。皆、我が世界でいつまでも幸せに暮らすであろう」

「イエス様、すると・・・」

「ジャンマルクの手で殺された君と戦った同志たちのことかね?」

「あっ・・・」

 口に出されるまでもなくイエスはローズの言わんとしていることを見抜いていた。

「案ずることはない。あの者たちは全員生きているよ」

「そうなのですか」

「声優イザベラ・コンデレーロは肉片も残らず消滅した後に声優界の死した先人たちの計らいによってひそやかにその身を再び地上に戻している。整体師ジュノン・ジュリアスも竜巻とともに大気圏への突入を余儀なくされる直前でその竜巻が消滅して上手い具合にパリ郊外の森林地帯に落下して大怪我こそしたものの一命は取り留めた。そして、政治家アントニーン・イノスキーも巨大隕石の下敷きになって顔も体も変形はしてしまったみたいだが命に別状はなかったみたいだ」

 にわかには信じられないような話ばかりだがイエスの口から告げられるとそれはまごうことなき真実なのだと思えた。

「それと、君の強い意志が原動力となって灰と化した人間を一人ほど生き返らせている。全くもって君の潜在能力には恐れ入る限りだ」

「えっと・・・その生き返った人というのは・・・」

「それは目を覚ましてからのお楽しみとして取っておきなさい」

 イエスが口元に指をあてながらウィンクをする。

 それに伴って視界が段々と歪みを帯びてくる。

「さあ、そろそろ目覚めの時間だ。君とはもう少しゆっくり話していたいがそうもいかない。君は多くの人々がその帰りを待っている身。私は(きた)るべき多くの御霊に門扉を開いて受け入れる身。名残惜しいが多忙な者同士この辺りでおひらきとしよう」

「イエス様、わざわざ僕のためにお目見えになられたその心遣い、まことにお礼申し上げます」

「ローズ・・・私はいつまでも君たちを見守っている。これからも世界を、人類を正しい方向に導いてくれるよう期待しているぞ・・・」

 視界とともにイエスの言葉も少しずつ遠くなる。

 真っ白な世界がフェードアウトすると、程なくして閉ざされた瞳にまばゆい光が差し込んできた。


「うっ・・・」

 目を覚ますと妻・ナンシーの顔が逆さまに映っていた。

「あなた・・・目が覚めたのね」

 頭部に伝わる柔らかい感触にローズは自分が膝枕をされているのだと気付く。

「ナンシー、ここは・・・?」

「ここはまだ南極点。私たちはお前たちを迎えに来たということだ」

 ナンシーのすぐ隣にエリザベスの姿を確認する。

 そして、それに合わせて先ほどまで荒れ狂っていた天候が落ち着きを取り戻してすっかり空が晴れ渡っていることに気がつく。

「・・・ジャンマルクが死んだことで奴の魔法の効力も完全に消滅した。つまり、太陽を遮る闇の壁は崩壊して地球に再び氷河期が訪れる危機は完全に過ぎ去った、という話だ」

「そうか・・・」

 エリザベスの言葉に安堵したローズがゆっくりと起き上がる。

「それはいいとして、みんなは・・・」

 周囲を見渡すと、瓦礫やら何やらは跡形もなく姿を消して辺りには氷の大地が広がっているだけになっていた。

「あなたの同志たちは全員ローズマングループ救護班を手配して病院に搬送しておきました。全員酷く負傷しておりますが命に問題はありません」

 背後からハワードが姿を見せる。

「その他諸々の後片付けはローズマングループ事後処理班が済ませているので心配はご無用です」

「ハワード・・・」

「お勤めご苦労様です。どうやらローズCEOは仲間たちとともに本当に地球の平和を守られたみたいですな」

「・・・・・」

 (ねぎら)いの言葉を送るハワードの脇から一人の女性が姿を見せる。

「君は・・・」

「えっと、その・・・よく分かんないけどなんか気がついたら生き返っちまったみたいなんだよな、あたし」

 なんと殺された上に焼かれて灰になっていたアンディ・キングランドが普通の状態でそこにいたのである。

「アンディ・・・」

 なるほど夢の中でイエスが言っていた生き返った人間というのはアンディのことだったのか。

「確かあたしはスコット基地に変な奴らが来たから無我夢中で他の基地の連中に避難信号やら避難勧告やら出しまくってるうちに捕まえられてなぶり殺されたはずなんだけど一体どうなってるんだ?なんか、基地そのものがなくなってるみたいだし・・・」

「アンディ」

 首をひねっているアンディの肩にローズが手を添える。

「君も自分の命を顧みずに人々を守ってくれた立派な平和の使者だ」

「ローズさん・・・なんであんたがここに・・・」

「詳しい話は帰ってからにしよう」

「・・・そうかい、分かったよ」

 その手のぬくもりだけでアンディを納得させるには十分だった。

「さあ、事は済んだのです。胸を張って帰るとしましょう」

「ああ・・・帰ろう。僕たちの祖国へ・・・」 

 一同はハワードの自家用ジェット機“リバティイーグル”に乗って祖国・アメリカへと帰還した。

 こうして、ローズたちの手によってジャンマルクは倒され、地球の平和は守られたのであった。


 ジャンマルクの魔法によって巨大化していた南極大陸は彼の死に伴って縮小し、数日後には元の面積とほぼ変わらない大きさに収まっていた。だが、アンディの計らいも空しく観測隊が全体で数百名の死者を出していた上に観測基地がすべて破壊されていたため南極での調査活動は全世界で中止され、再開までには数年を待つこととなった。

一方で、病院に運ばれたローズの仲間たちは全員順調に回復へと向かいつつあった。余談ではあるが、記憶回路が消失していたアトモスは見舞いに訪れたローズの姿を見て一瞬で全ての記憶を取り戻し、ブラックホールに吸い込まれていたはずのカルロスは穴が閉ざされる寸前で正義の心に目覚めたクタナギーヌの手によって地上に戻されたのだという。


そして、そんな世界中を巻き込んだ戦いから2ヶ月が経過した。



 親愛なる同志の皆様へ


 その節は地球の平和を守るために命の危機をも惜しまずに協力してくださった皆様に心より感謝を申し上げます。

 つきましては、真の世界平和が実現した記念といたしましてここにローズマングループ主催による平和記念のティーパーティーを開催しようと企画しております。参加費は無料、交通費は領収書に応じた額を後日負担いたしますのでみなさま奮ってご参加のほどよろしくお願いします。


 ローズマングループCEO ホワイト・ローズ


 開催日:2015年○月×日

 開催地:ニューヨーク・セントラルパーク

 受付開始:12:00

 開催時間:13:00~17:00



「準備は出来たかい?」

 ネクタイを調えながらローズが自室でドレスアップをしている妻・ナンシーに声をかける。

「もうすぐよ。すぐにそっちに行くから待っていてちょうだい」

「分かった」

 腕時計に目をやりながら時間を持て余していたローズがリビングに立ち寄る。

 中では娘のマゼンタが生まれたばかりの長男・シアンを抱きかかえて揺りかごのように体をゆすっていた。

「おっ、マゼンタの人間揺りかごが心地よくてシアンの奴はご機嫌だな」

 にこやかに微笑んでいるシアンの頬を指で優しくなでながらローズが笑顔を浮かべる。

「これ、ユマお姉ちゃんが教えてくれたの。こうすれば赤ちゃんは喜んでくれるって」

「そうか、ユマが・・・」

 窓の外に目をやると当人であるユマ・ハートソンがローズ家の番犬ドーベルマンに見守られながら愛猫たち(×3)とじゃれ合っていた。

「・・・・・」

 子供を愛し、動物を慈しみ、自然を大切にする。

 そんな純朴を絵に描いたような少女の姿にローズの心が癒される。

「全く、色々な意味で素敵な子だよ」

 かつて近所に身寄りのなかった彼女を引き取った自分の判断は間違っていなかったのだと改めて思えてくる。

「お待たせ」

 そんな中、衣装を整えたナンシーが姿を見せた。

「ナンシー・・・」

 青を基調とした涼しげなドレスとシンプルながらも美しさを際立たせているメイクに思わず声が詰まる。

「パパ、どうしたの?」

「・・・いや、こんなママがいて僕もマゼンタも幸せ者だと思っちゃって、ね」

 ローズがうまく言葉を取り繕いながらナンシーに歩み寄る。

 そして、マゼンタには聞こえないように声のボリュームを落とすと耳元でこう囁いたのである。

「・・・綺麗だよ」

「・・・あなたの妻ですもの」

 ナンシーもまた頬を染めると小さな声でローズだけにしか聞こえないようそう囁いたのである。


「それじゃあ僕たちは出かけてくるからシアンを頼んだよ」

「うん。パパ、ママ、いってらっしゃい」

「ナンシー、キレイ過ぎ。ローズ、これなら目移りしない、するはずない」

 マゼンタとユマに見送られながらローズとナンシーは家を出発した。

「パパたち歩いて行っちゃったけど今日は車使わないのかな?」

 ローズたちがいなくなった後の庭先でマゼンタが思わず疑問を口にする。

「ニューヨーク、交通機関、便利。バス、電車、タクシー、全部ある」

 そんなマゼンタにすっかりニューヨーク暮らしが定着したユマが知識を伝授する。

「行き先、車、止める場所少ない。ローズ、来客、配慮した」

「んーと・・・来客?配慮?」

 聞いたことのないような言葉の羅列に思わずマゼンタが首を傾げてしまう。

「マゼンタ、いつか、分かる日くる。とりあえず、今、シアン、世話する」

「・・・うん!」

 ユマは諭すようにマゼンタの肩を軽く叩くとそろそろお腹を空かせているであろうシアンの面倒を見るべくマゼンタと一緒に家の中へと引き上げたのであった。


「本日は皆様ご多忙の中お集まりいただき心より感謝申し上げます」

 昼下がりのセントラルパークにローズの声が響く。

「周知の通り先日、邪悪な者たちの手によって地球はあわや次の氷河期を迎えようとしつつありました・・・しかし!私たちが力を合わせることで危機は去り、世界は再び平和を取り戻したのです」

 ローズの力強く勇ましいスピーチに一層の熱がこもる。

「これまでがそうであったように今後、どのような困難に直面しようとも我々人類が協力し、助け合うことでこの地球は守られるのです!皆様、どうか心に宿した正義を見失わぬようこれからも正しき道を歩み続けてください」

 開幕のスピーチを終えて深く頭を下げる。

 すると、客席からは盛大な拍手が壇上のローズへと向けられたのである。

 アメリカ大統領をはじめとする世界数カ国の首脳たち。ローズが指揮を執る自警団・アップルパイの仲間たち。専務であるハワード・スカーレットをはじめとするローズマングループのスタッフ。そして、ローズからの招待状を受け取った同志たち(ラミア・ハメソン、イザベラ・コンデレーロ、ジュノン・ジュリアス、アントニーン・イノスキー、アトモス、フランシスコ・サダソン、カルロス・ガルシア、ジュンゴス、マルアウア・ココ、ペポラ、フェアリー・プリーティン、メアリー・ストレニーネ、アイミール・ヴォン・トレーヌ、クラン、ロザリー・ベレナッツオ、アンディ・キングランド、エリザベス・ブラウン、アトモスとクランの設計者であるプレトリアの計18名)。

「・・・・・」

 周囲を見渡すと無関係のたまたま公園に足を運んでいたニューヨーカーたちまでもがローズの言葉に惜しみない拍手を送っていた。

 ローズは思わず声が詰まりそうになるのをこらえて言葉を続ける。

「それでは、永遠の世界平和を願ってここにティーパーティーを開催します」

 ローズの言葉を受けて特設の調理室からドレス姿で袖をまくったナンシーが大型の荷台を押して現れる。

 台の上にはやはり大型のアップルパイとティーポットたちが白い薔薇を添えて優雅に飾られていた。 

「これより妻・ナンシー特製のアップルパイとアップルティーをお届けします。お口に合うかどうかは分かりませんが常々食している私は最高級の味だと思っております」

 ローズの言葉に客席から笑いが起こる。

「それでは・・・お嬢さん方」

 ローズが同志たちの客席にウィンクをすると女性陣が動く。

「本来なら私が率先して動くべきなのでしょうけど皆様もご婦人方の手で配られる方が夢見心地も良いかと思いまして」

 ラミアとイザベラとジュノンの手でアップルパイが切り分けられて盆上の小皿たちへと盛り付けられる。そしてそれがメアリーとアイミールとロザリーによって各席へと運ばれる。同様にプリーティンとアンディとエリザベスの手で盆上の小さなカップたちにアップルティーが注がれ、ココとペポラとクランによって運ばれる。 

「全く、私にこのような仕事をさせおって・・・ま、今日は豪華な来賓に免じて黙っておくがな」

 エリザベスだけは小声で何かを言っていたようだったがそれは誰にも聞き取られることなくニューヨークの空気の中に消えた。

 やがて料理が全員に配られる。

「それでは皆様、準備はよろしいですか?」

 ナンシーと並んで主賓席に立ったローズが改めて周囲を見渡す。

 どうやら少し働いてもらった女性陣は全員席に戻っているし他の客人たちも準備は整っているみたいだ。

「平和の灯火が永遠に世界を照らし続けることを願って・・・乾杯!」

「「「乾杯!!!」」」

 カップを掲げて音頭を取ったローズに合わせて一同の声が響く。

「今日は僕たちの手で作り上げた記念日だ。みんな、心行くまで楽しんでくれ!」

 昼下がりのニューヨーク。

満天の青空の下で、平和を願う人々はいつまでも微笑み続けていた。




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