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第6章 ブラジル編 -聖者と愚者のカーニバル-

 ―闇討ち―


 一瞬、何が起きたのかも理解出来なかった。

「うぐあっ・・・」

 怪しい閃光に精神を吸い取られそうになりながらも気力でかろうじて持ちこたえる。

「ふん、流石に元レスラーだけあって少しは骨があるじゃないの。だけどこの程度でそんな死にそうな顔してたんじゃあまり楽しめそうにないわね。」

 目の前の男がつまらなそうに吐き捨てながら右手で空を切る。

 すると、そこから無数の刃が発生して仲間たちを次々と切り刻んだのである。

「「「ぐあぁー!!」」」

「お、お前たち!」

 血まみれになって倒れこむ仲間たちの姿に少しずつ怒りがこみ上げてくる。

「貴様・・・覚悟はいいだろうな!!」

 怒りはすぐに頂点に達して気がつけばいつかのように全身から湯気が沸き起こっていた。

「あら、面白い物を持っているじゃないの。でもあなたのような雑魚があたしに歯向かうのはオススメしないわよ。せっかくホワイト・ローズが一度与えてくれた命を無駄にするなんて彼が悲しんでしまうわ。」

「うるせぇ!(きょう)(こん)ラリアット!!」

 その時、本気の力で攻撃を喰らわせたつもりだった。

「・・・・・ローズのお慈悲に免じて10点満点中ギリギリ1点といったところかしら。もちろんそれを抜きにしたら文句なしの0点になっちゃうけどね。」

 男はラリアットを受けても微動だにせずその場に立ち続けていた。

 一方でこの男にぶつけた俺の腕には明らかな激痛が走っていた。

「だから言ったじゃない、歯向かうなって。こんな事を続けていたら次はどうなるか保障しないわよ。」

「やかましい!こうなったら叩き落して頭蓋骨を砕き割ってやる!!」

 痛みをこらえながらもどうにかして男をつかんで逆さ吊りにしてそのまま高く飛び上がる。

「ハイジャンピング・パイルドライバー!!!」

 旋回しながら地上500mぐらいの高さまで飛び上がり、そこから一気に落下する。

 だが、気がつくと地面めがけてまっ逆さまに落ちようとしていたのは俺の頭部だった。

「言ったはずよ、次は保障しないって。ま、文句はあるかもしれないけど恨むのなら自分の浅はかさでも恨む事ね。」

「しょ・・・正気ですかーー!!!」

 自分の頭が激しく地面に打ち付けられる音が確かにこの耳に聞こえた。

 だが、先ほどとは比較にならないレベルの激痛でもう何が起こっているのかさえも考えられなくなっていた。

「予想はしていたけど張り合いのないつまらない男だったわね。だけど遊び相手になってくれたお礼にプレゼントだけは残して帰るわ。せいぜいあたしに感謝しながらくたばってしまいなさい。」

 男は何かを念じているようだったが程なくして隕石が降ってきた。

たった一つ、これまでに一度も見た事がないような巨大な隕石が動く余力もなく倒れている俺の真上をめがけて猛スピードで降ってきたのだ・・・


「女の子がこんな薄暗い夜道を一人で歩くなんて不注意なんじゃないかしら?」

 この時ほど自分の軽はずみな行動を悔いた日はなかった。

 私の目の前に立ち塞がっているこの男から漂ってくる何とも言えない気味の悪さは恐怖感という言葉では足りない程に私におぞましい感覚を植え付けていたのである。

「えっと、痴漢さんか暴漢さんだったりするんですか?」

「悪いけどそんな連中とは一緒にしないでちょうだい。あたしはあなたの体にも持ち物にも全く興味なんてないわ。ただ・・・命を差し出してくれればそれで十分なんだから。」

 いきなりそう来たか。だけど、とてもじゃないけど言われて安々と差し出せるような物ではないので私は抵抗する。

「残念ですがそうはいきません。一度は捨てたこの命、ホワイト・ローズ様から授かった大切な宝物です。見ず知らずのあなたによこすワケには・・・」

「何を言っているのかしら?あなたには選択権などなくってよ。」

 私の言葉が遮られると同時に男が姿を消した。

「うっ!」

 直後、背骨に激痛が走り出す。

「どうかしら、あたしの肘鉄砲は?ホントは心臓めがけてやってしまえばすぐに済んだんだけどそれじゃあ面白くもないからまずは背骨で勘弁してあげたわ。」

 何と言う人を見下した物言いなのだろう。

 でも、これで私も本気で戦えるような気分になってきた。

「夜道の一人歩きをしている女性を狙うような人には痛い目を見てもらいますよ・・・」

 赤いオーラをまとって持ちうる限りの力をみなぎらせる。

「あら、凛々しいお姿だこと。でも残念だわ。ものの数分後にはこれがボロ雑巾になって地面にはいつくばってしまうんですもの。あなたが死ぬのはどうでもいいけどホワイト・ローズが悲しむ姿を想像すると胸が痛んでしまうわ。」

「はいつくばるのはあなたです!ジャイアントフレイム!!」

 手始めに炎を放って敵の出方をうかがってみた。

「ふん!」

 しかし、男は右手を広げると炎を丸ごとそこに吸い上げてしまったのである。

「こんなものであたしがはいつくばるとでも本気で思っていたのかしら?随分と知恵の浅い女のようで笑いがこみ上げてきそうだわ。あたしをどうにかしたいと言うのならこのぐらいの攻撃をしてくれなくちゃ・・・ダメよ!!」

「!」

 またしても視界から男が消えた。

「ぐっ!」

 鋭い拳が目尻へと飛んでくる。だがそれは、すぐに無数の拳や蹴りと化して容赦なく私の全身を殴打した。

「どうかしら?こんな攻撃でも仕掛けていたらあたしにもかすり傷の一つぐらいは負わせられたかも知れないけどあなたごときには難し過ぎる相談だったかしらね。でもご安心なさい。まだ死なせはしないから・・・!」

 やがて腹部に蹴りを受けたところで私への攻撃はストップした。

「さぁ、まだ魔法を使うぐらいの力は残っているでしょう?少しはあたしを楽しませてごらんなさい。」

 悔しいが、この男の言う通り満身創痍の身にされたとはいえ余力は残っていた。いや、認めたくはないが残してくれたと言うべきか。

 だから私は前にも使った何億光年もの彼方へとワープする魔法でこの男を道連れにしてしまおうと考えた。しかし、それをするには体を密接せねばならず今の私では到底この男を捕らえられそうにない。ならば。

「スパイラルブリザード!」

 螺旋状の氷河を放って男の四肢を封じ込め、動きを止める。

「ちょっと、何よこれは!動けないじゃないのよ!!」

 男が狼狽している隙を突いて即座に距離を詰める。

 しかし。

「なーんちゃって♪」

「!」

 密着する寸前で四肢に絡まった氷を全部破壊すると男は私の腕をつかんで軽々と上空に放った。

「ぬか喜びさせちゃってごめんなさい。でも、こうやって倒した方がより絶望感を味わえるというものでしょ?」

 屈辱だ。狼狽している姿は私を騙すための縁起だったというのか。でも、悔しいけど今の私はこの男の言葉通り宙を舞いながらこれまでにない絶望感に打ちのめされていた。

「・・・気が変わったわ。地面にはいつくばらせようと思ってたけどもっと面白い形で葬ってあげる。」

 男が何かを念じると巨大な竜巻が発生して上昇し、そのまま私を飲み込んで天に昇る。

「そこで思う存分切り刻まれながら仲良く昇天して大気圏でチリになりなさい。(むくろ)が残らぬ方が実感も沸かないでしょうからホワイト・ローズもそこまで心を痛めずに済むというものでしょう・・・」

 竜巻の中で少しずつ意識が薄れて行く。もう、悲しいとか悔しいとかそんな感情も沸き起ろうとはせずただ全身が痛いだけ。

やがて段々とその感覚すら遠のいて行き大気圏が迫る頃には私の意識は既にどこかへと飛んでしまっていた・・・


 ―WR2013⑥―


「ローズ!折り入ってアナタに相談がありマース!」

 マンハッタンのコーヒーショップで執り行っていた自警団“アップルパイ”会合の席に見ず知らずの女性が入り込んできた。

「誰だアンタは。ローズさんの知り合いだったりするのか?」

 ローズが口を開くよりも早くアップルパイのメンバーの一人が女性に声をかける。

「ノー!ホワイト・ローズとはこれが初対面デース。ワターシは、アップルパイの皆様の活躍に触発をされてブラジルで自警団“シュラスコ”を立ち上げたロザリー・ベレナッツオという女デース!!」

「アップルパイに触発・・・?」

「自警団シュラスコ・・・?」

 アップルパイのメンバーが次々とロザリーの言葉に奇妙な表情を浮かべる。確かに、アップルパイの活動に影響を受けてアメリカのみならず世界各地で色々な自警団が発足しているという噂は誰もが耳にしていたがブラジル生まれのシュラスコという自警団の名前に聞き覚えがある者はローズ以下一人も見受けられなかった。

「それで、ブラジルの自警団の発起人が僕に何の相談があると言うのだい?」

 ロザリーへと向き直ってようやくローズが口を開く。

 そんなローズにロザリーは指を突き付けて力強くこう言い放ったのである。

「ローズ!アナタを正義の中の正義と見込んで救援を要請しマース!」

「救援・・・?」

 今一つ事情が見えてこないローズが呆気に取られたような顔をする。 

「今、ワターシの母国ブラジルはあるサイコパス(=精神病質者)の男とその手先たちによって次々と国民が洗脳されて国が破綻しようとしていマース。」

 軽い口調とは裏腹にあまりにも重苦しい内容に思わず表情が曇る。

「・・・それは穏やかではないね。」

「ワターシたちシュラスコは国を救うがために幾度となく各地で奴らと戦火を交えたのですが・・・」

「ことごとくやられ続けて救国どころか自警団そのものを壊滅に追い込まれてしまった、と。」

 予測で言ったローズの言葉にロザリーがうつむいて口を閉ざす。

 どうやら図星のようだった。

「ダ・カーラ(だから)!アナタを筆頭にアップルパイの皆様に出向いてもらってサイコパスたちを駆逐してほしいのデース!!」

 再び口を開いたロザリーのボリュームが大音量と化す。

 気がつけば、周囲にはロザリーの大声と大げさなパフォーマンスに目を引かれたのか人だかりが出来上がっていた。

「「「・・・・・」」」

 もちろん最初からバカでかい声で話していたのだから野次馬たちにも内容は筒抜けだった。

「おい、こんな話を聞いたからには見過ごすワケにはいかないだろう!」

「そうだそうだ!全員は無理でも何人かは応援に行ってやんないとわざわざここまで来たこの子が報われないぞ!」  

「ローズさん!自分がどうするべきかは考えなくたって分かるだろ!」

 ローズの反応を待たずして野次馬たちが盛り上がる。

「・・・・・」

 もちろん、目の前で困っている相手を前に見過ごすようなマネは出来ないしそれが一国の存亡を左右しているというのなら放っておけるハズがない。

 口に出すべき回答は一つ。

「分かったよ。そういう事なら喜んで協力しよう。」

「ほ、本当デースか!?」

「ああ、約束する。必ずやサイコパスたちを退治してブラジルの平和を取り戻すと君に誓うよ、ロザリー!」

 ローズの少しキザな言い回しに周囲から口笛混じりの拍手と歓声が沸き起こる。

「嬉しいデース!アナタの男気に心から感謝しマース!!」

「ただし、アップルパイの他のメンバーを同行させるワケにはいかない。彼らが抜けたその間にニューヨークの治安に亀裂でも入れられたらそれこそ本末転倒になってしまうからね。」

 ローズの言葉には目に見えるほどの正当性が含まれていた。(もちろん、自分の判断による他国への介入で同志たちにもしもの事があった場合も考えた上での発言だったのだが)

「だから、アップルパイからは僕が代表として君に協力をする。もちろん二人だけではあまりにも心もとないからもう一人心当たりに応援に来てもらってそれから出立する。いいね?」

「上等デース!頼れる仲間と一緒に悪魔を倒す冒険の旅、今からワクワクするのデース!!」

 自国の存亡がかかっている状況下でワクワクするのはいかがなものかと思いながらも交渉は成立したみたいだった。

 こうして、ローズの次なる戦いが幕を開けたのである。


 ロザリーを連れて家に帰ったローズを待ち受けていたのはささやかな冷やかしだった。

「ナンシーいない時、女、連れ込む。ローズ、やり手。」

 居候の少女ユマ・ハートソンが指先で腰を突付いてくる。

「そういうセリフは口に出さないのが礼儀というものだよ。」

「・・・・・」

 ローズの言葉には耳もくれずユマがロザリーの日焼け顔を覗き込む。

「オー!ワターシ、そんなに魅力的デースか?」

「違う。お前、少し(しわ)出てる。一見若い、でも年増。」

「ノー!!ミ・ソージ(三十路)そこらの玉のお肌に何を言いやがるデースかこの子は!!」

「あ。お前、虫歯ある。健康管理なってない。」

「・・・ユマ。今は一国の存亡がかかっているんだ。彼女の小皺(こじわ)と虫歯に言及するのは一国家の問題を片付けてからにしてくれ。」

 放っておいたらキリがなさそうなのでローズが釘を刺す。

「・・・分かった。でも、ローズ、変な気、起こさない。お前、変な気、起こさせない。それ、頭入れる、約束する。」

「ああ。当たり前の話ではあるけど約束するよ。」

「オーケイ!信じる者は救わレール!ダ・カーラ、アナタも信じなサーイ!!」

「なら信じる。私、部屋いる。」

 ローズとロザリーに念を押すとユマは半信半疑ながらも納得をしてそのままローズ家の愛猫たち(×3)が待つ自室へと引き上げた。

「さあ、来てくれ。」

 ローズがロザリーを居間へと案内する。

「オー!このような広々とした部屋を生で見るのは初めてデース!!」

「今は妻子も所要で出払っているから気兼ねせずにゆっくりしてくれて構わないよ。」

 ちょうどローズの妻・ナンシーは長男の出産に伴い顔見せの意味で長女ともどもボストンの実家へと帰省していた。

「HAHA!ソファがフカフカでクッションみたいデース!!」

「さてと・・・」

 ロザリーが勝手にソファに座ってその柔らかさを楽しんでいる傍らでローズが携帯電話を取り出して自身がCEOを務めるコンツェルン・ローズマングループの専務へと連絡を入れる。

「ハワードかい?僕だけど・・・」

 ローズは、ローズマングループ専務取締役ハワード・スカーレットに二つの用件を伝えた。

平和活動のために遠征をするのでしばらくCEOの代行を務めてほしいという事。

そして、その遠征のためにある男を応援に呼んでほしいという事。

「・・・全く、父上の代からあなた方は変わりませんな。」

 ハワードは皮肉を飛ばしながらも渋る事なくどちらも承諾した。

「感謝する。でも、僕たちのそういった方針は父さんどころかニューヨークに入植したはるか先代の頃から変わっていないと思うからその辺りは覚えておいてくれ。」

「でしょうな、それは否定しません。それはさて置き・・・今回もどうかご無事で。」

 ささやかなエールを添えて通話が終了する。

「・・・・・」

 ローズが小さく息を吐いて振り返るとロザリーはソファの上で横になって寝息を立てていた。

「う~・・・7点差・・・こんな酷い試合は初めてデース・・・・・・」

 意味の分からない寝言を言いながらうなされている。

「何のスポーツの夢かは知らないけど7点も取られるのはガードが甘い証拠だよ。せめて1点ぐらいは返して一矢報いてくれ。」

 ローズは苦笑いを浮かべるとコートを脱いでロザリーにかけてやった。

「さて・・・」

 そして、簡単なストレッチをして体をほぐしながら出立に備えたのである。


 ―奇襲―


これまでの敵とは何かが違う。

本来なら逃走を試みて争いを避けておきたいところだったが残念ながらそういうワケにはいかなかった。

「逃げるんや・・・俺はええから早よう逃げるんや・・・!」

 目の前の男に四肢の骨を全部砕かれて床にはいつくばっていた私のプロデューサーが声を絞り出す。

「ほら、彼もああ言っているのだしお言葉に甘えて脱兎のごとく逃げてしまえばいいじゃないの。」

「くっ・・・」

 男が手をヒラヒラとさせながら気味の悪い笑顔を向けてくる。

 おそらく私が命の恩人にも等しい彼を放置して逃げ出せるはずがないと見越した上でそう吐き捨てているのだろう。

「最も、アンタごとき小娘がどう足掻いたってこのあたしから逃げ切れるとは思えないけどね。」

「・・・ならば、前を向いて戦うまでです!」

 青いオーラをまとって私は男と対峙した。

「あら、面白いものを持っているみたいね。流石は現在の声優業界第一人者といったところかしら。」

「・・・・・」

「声優という生き物がどの程度の価値を持っているのか見定めさせてもらうわよ。」

 その動きはあまりにも早く、私は一瞬にして男を見失う。

「ど、どこに消えたのですか!?」

「・・・ここにいるじゃないの・・・」

「なっ・・・!!」

 それもまた一瞬だった。

 骨の砕ける音を耳にした刹那、激痛にやられた私はひざから崩れ落ちて両手で床をついていた。

「イザベラぁ・・・!」

「ふふっ、あたしのヒールが腰骨を直撃したご感想はいかがかしら?致命傷にはまだ足りないけどダメージとしては申し分なかったハズよ。」 

 悔しいがそれはこの男の言う通りだった。あっという間の一蹴りで腰の骨を砕かれた私はたちまち劣勢に立たされてしまったのだから。

「アカン、もう見てられへん・・・生きとってこない辛い気持ちになったのは初めてや・・・なぁ頼む!殺すんなら俺だけ殺してその子だけは見逃したってくれ!!」

「良いセリフを吐くじゃないのあなた・・・でも、それは出来ない相談ね。あなたには目の前で手塩にかけて育ててきたこの子が殺される無念をたっぷりと味わってもらうんだから。あなたが残りどれくらい生きられるかは知らないけど生涯の思い出にしっかりとその目に焼き付けておきなさい!」

 プロデューサーの懇願をあざ笑うかのように拒んで男が魔法の詠唱に入る。

 確かに彼が私をそこまで思ってくれているその気持ちは果てしなく嬉しいしありがたい。だけど、私も黙って殺されるつもりなど毛頭なかった。

「ま、まだです・・・まだ終わりません!」

 痛い。痛いという言葉では収まりきらないほどに痛い。

 それでも私は内に眠る余力と気力を振り絞って立ち上がる。

「ふん、大人しく消されるのを待っていれば可愛げがあるものを。無駄に抗っても結局は自分の無力さをあの世で悔やむだけよ。」

「後悔などしないしあの世にも行きません。一度はローズさんから授かったこの命、私は寿命まで守り抜いてみせます!」

 勝利を信じて全身に力を込め、極限まで強く念じる。

「はあぁっ・・・女神裂光波!!」

「ダークネス・エクスプロージョン!!」

 二つの魔法が激しく衝突する。しかし、ものの一秒としないうちに私の魔法はかき消され、黒い波動が私の全身を包み込んで大きく爆発した。

「イザベラー!!!」

 間違いなく肉片も残らず私が消し飛ぶであろう直前、プロデューサーの慟哭が耳に轟いてきた。ああ、何事もなければ今日はこのスタジオで新曲のレコーディングをしているハズだったのに。その後で主役を射止めたアニメのアフレコがあったのに・・・・・・・


「なるほど。イノスキーだけでは飽き足らずイザベラやジュノンの行方不明事件まで全てお前の仕業だったというワケか。」 

「ご名答、でもちょっと違うわよ。あの子たちはどこかに消えてしまったのではなくあたしの手であの世に消えてしまったの。あなたが変な希望的観測をしちゃう前にそれだけはハッキリと伝えておくわ。」

 目の前の男が薄ら笑いを浮かべながら指を突きつけてくる。

「そして今夜めでたくあなたにもあの子たちの後を追わせてあげるというワケよ、ラミア・ハメソン。」

「初対面の相手に随分と手厚いおもてなしをしてくれるものだな・・・だけど、僕をターゲットに選んだのは失敗だったと思い知らせてやる!」

 やるしかない。僕の大切な仲間たちを手にかけたこの男を前に僕は努めて冷静な気持ちで戦闘態勢に臨んだ。

 感情に流されて戦ったところで相手の思う壺だろうし、何よりそんな僕の姿を彼女たちが望むとは到底思えなかったから。

「一つだけ聞いておく。何の理由があってお前は彼女たちを手にかけた?」

「愚問ね。でも、諸々の事情を知りながらも随分とクールな姿勢を貫けるあなたに免じて特別に教えてあげるわ。」

 男が髪をかきなでて妖艶な表情を見せる。

「間もなくあたしの手によって壮大な計画が動き始めようとしているの。だけど、あの子たちがいたら障害になりかねないからその前に排除した・・・お分かりかしら?」

「・・・・・」

「どこぞの勘違いアイドルどもが復活させたハインリッヒを組織もろとも始末してくれたのは感謝しているわ。おかげであたしの手間が省けたんですもの。だけど、あなたたちの役目はもう終わり。だからプロジェクトの前座として一人一人このあたしが直々に葬行試合を執り行ってあげているというワケ。」

「・・・(おおむ)ねは察した。もう何も言わなくていい。」

 これ以上言葉が続くと理性を崩しそうだったのであえて僕は遮った。

「ならば、この戦いをもって君の葬行試合とするまでだ!」

 のっけから本領を発揮してオーラを身にまとう。

「あら、勇ましい子ね。今度こそ(むくろ)ぐらいは残してあげようかしら・・・最も、あのイノスキーとかいう雑魚の下種は面白い顔をしてたからジョークの意味で遺体を残してあげたんだけどね。」

「くらえっ!エアーカッティング!!」

 男の言葉を無視して真空刃を飛ばす。

 しかし、その刃は男の手によってあっさりと吸い込まれる。

「挨拶代わりかしら?でも、たった一つじゃ物足りないわね。もっとサービスしてみたらどうかしら・・・こんな風に!」

「!!」

 直後、男の両手から無数の真空刃が飛んでくる。

「ケルティックカーテン!」

 あわてて魔法防御壁を張ったがそれは一時しのぎにしかならず、すぐに壁は破られて僕は全身を切り刻まれた。

「うわあぁぁっ!」

「あら残念。少しあたしの魔法が強過ぎたのかしら?」

 ダメージは受けたが致命傷にはまだ遠い。僕はすぐに立ち上がって次の攻撃に入る。

「受けてみろ!鬼百合豪波砲!」

 巨大な砲撃を男にめがけて放つ。

 しかし、それもまた男の手に吸い込まれて簡単に消滅する。

「ギリギリで及第点ってところかしら。ま、これまでの連中よりかはマシな物を持っているみたいだけどあたしを驚かせるにはちょっと考えが足りないのよね。」

「な、何故だ・・・」

 僕は狼狽した。過信しているワケではないけれど、まさかこれほどの砲撃を簡単に無効化させられるような人間がこの世界にいようとは。  

「単純に実力の差よ。それ以外に何があると言うのかしら?」

 いや、そんなハズはない。物理的に考えてこのような現実があり得る事自体がどうにかしているのだ。

魔法的な要素で考えたとしても防御壁ならまだしも素手で吸い込むようなケースなど普通に考えられない。 

だとすればまさか。

「・・・僕はあきらめない!行くぞ、鬼百合乱舞!!」

 僕は頼りない確信を持って一か八か男へと距離を詰めて全身に無数の打撃攻撃を見舞った。

「うっ・・・!」

 しかし、どこを殴れどもどこを蹴れどもダメージを受けているのは僕の手足だった。

「いい攻撃ね。だけど、自分が痛い思いをしてるんじゃ攻撃の意味があるのかしら?」

 いくら何でも頭部や腹部に打撃攻撃を何度も受けて傷一つ負わずに平然としていられるなんて有り得ない。

「・・・・・!」

 一瞬、この男の全身から黒い何かが浮かび上がるのが見える。

 この時、僕の確信は揺るぎない形へと姿を変えた。

「よろしくて?打撃技というのはいかに相手にダメージを与えるかがポイントなのよ・・・こんな感じにね!」

「がはっ!」

 確信空しく反撃のボディーブローを受けた僕は吐血した。

「言ったでしょ、実力の差だと。あなたの拳と蹴りを何百発と受けたあたしがこうしてケロリとしている傍らであたしの拳を一度受けただけのあなたが血を噴きながら目を剥いているのよ。これでもまだ認められないというのかしら?」

 どうやら相手は見逃してくれそうにないし僕に勝ち目はない。だけど、この男の底知れぬ強さの秘密を教えてあの人に託せばどうにかなるかもしれない。

 僕は再び一か八かに賭ける。

「まだだ・・・たった一発の拳では僕を殺せないぞ、浅はかな奴め!」

「あら。だったらもっとあたしの拳を吟味したいのかしら?」   

 ここは港、背後は海。

「本当は年寄りだからもう疲れて拳も打てないだけなんだろ?そんな体じゃ計画とやらの前に衰弱死して終わりだな。」

「自分の置かれた立場もわきまえずに言ってくれるじゃない。いいわよ、だったらくたばる前に存分に遊んであげるわ!!」

 男の攻撃が無数に僕を殴打する。

 いくら普段から体を鍛えているとはいえいくつかの骨が少しずつ砕かれる。

「ほらほらほら!遠慮しなくたって拳ぐらいいくらでもくれてやるわよ!!」

「ううっ・・・」

 少しずつ後ずさりながら意図的に海際まで追い詰められる。

「はあっ!」

「うわーーー!!!」

 男に腹部を蹴り飛ばされた僕は自然な形で必要以上に大きく飛んで海に落下して沈んだ。

「ふん、偉そうな口を叩くからそういう目に遭うのよ・・・せいぜい魚の餌にでもなって骨まで喰らい尽くされるがいいわ。」

 海中からかすかに男の声が聞こえてくる。

その数秒後、気配が消えて瞬間移動でも使ったのか男はその場から完全に姿を消してしまったみたいだった。 

「・・・・・」

 どうやら僕がそのまま海の藻屑と化したとでも思って消えてしまったのだろう。  

「・・・・・」

 まさに負けるが勝ち。最後は僕の生き延びるための作戦が功を奏したみたいだった。

 だけど、いつまでもこのままでいられるはずもないので全身の力を振り絞って陸に上がると僕は周囲を警戒しながらも近しい知人の家をたずねてうまく身を隠したのである。


 ―WR2013⑥・決戦―


「さっきはよく眠れたのデース!さあ、間もなく訪れる負けられへん戦いに向けて腕が鳴りマース!!」

 夜の7時を回ったローズ家の庭先でロザリーが両腕をグルグル回しながらおたけびを上げる。

「心強い限りだね。だけど、もう少し待っててくれ。もうすぐ強力な助っ人が飛んで来るから。」

「オー、飛んで来る!?ひょっとして鳥人間でも呼んだデースか?」

「それが違うんだな。鳥でもなければ人間でもない一度は僕と戦火を交えた心優しき科学の少年さ。」

 ロザリーの隣ではローズがはるか夜空の向こうを眺めていた。

「・・・・・!?」

 そんなローズにつられるかのようにロザリーが空を眺めていると程なくして上空から何かが落ちてくる。

 やがて、それは二人の目の前で墜落して庭に大きな穴を作ってしまったのである。

「ギエーーー!!!」

「どうも。」

 目を剥いて悲鳴を上げるロザリーの前に年端(としは)も行かない人間の姿をした少年が姿を見せる。

「紹介するよ。この子の名前はアトモス。南アフリカの科学技術が生み出した少年型のロボットだよ。」

「はじめまして。アフリカの最先端テクノロジーによって作られたアトモスです。」

 ローズの紹介を受けて少年型ロボット・アトモスが頭を下げる。

「以前、こちらのローズさんには僕たちの不手際で多大な迷惑をかけてしまいました。だから今回彼へのおわびの意味も含めてあなたに協力して一緒に戦わせてもらいます。」

「は、はぁ、よろしゅう頼むのデース・・・」

 意表を突いた登場に調子を狂わされながらもロザリーが握手を交わす。   

「よし、じゃあ僕はヘリを手配するからその間に二人はこの穴を埋めておいてくれ。」

 屋敷の裏庭に配備しているヘリコプターを動かすためにローズがその場を後にする。

「すみません。僕、つい最近ジェット機能をつけてもらったばっかりで出力調整がまだまだ下手なんです。」

「大丈夫デース。実害は出てないしワターシの家でもないし補修すれば大目に見てあげマース。」

「ふふっ、何を言ってるんですか?大目に見るのはあなたじゃないでしょう。」

「・・・穴埋め、始めマースか?」

「はい!」

 残された二人は顔を見合わせて笑顔を浮かべると、墜落によって生じた穴に土をかぶせながらいつの間にか意気投合をしていたのであった。


「みんな、絶対帰ってくる。私、信じてる。」

「約束する。だから君はいつも通りこの家を守っていてくれ。」

 ユマと愛犬・クロイツ(ドーベルマン・♂)に見送られながらローズたちを乗せたヘリコプターは夜空へと飛び立った。

「さー本番の始まりデース。早くも腕が鳴りやがるデース!」

 助手席のロザリーが座った状態でパンチの仕草を披露する。

「腕が鳴るのは大いに結構だけど差し当たってどこに着陸すればいいのか教えておいてくれ。」

「オー、そうでした!とりあえずワターシの故郷フォルタレザに降りてくれたらオッケーなのデース!」

「フォルタレザなら安全なのですか?」

 後部座席のアトモスが口を挟んでくる。

「イ・マーノ(今の)ブラジルに安全と呼べるような場所はありまセーン。でも、フォルタレザは敵もそんなに力を入れていないのでサイコパスの手先が常駐していないから比較的安全な場所だと言えるのデース。」

「なるほど、懸命な判断だ。そこで残存するシュラスコのメンバーと落ち合って対策会議を経て再編成を執り行うってクチだな。」

「その通りデース!シュラスコは随所随所でことごとく蹴散らされたけど生き残りはフォルタレザの本部に集まっているはずなのデース!!」

 必要以上に力説するロザリーの横でローズが思わず苦笑する。

「頼もしいね。何より、アップルパイの活動に触発されて自警団を立ち上げたというのが誇らしい限りだよ。」

「ローズさん!僕たちならきっと彼らの力になれると信じています!彼女のためにも国民たちのためにも必ずやサイコパスたちを退治してブラジルの平和を取り戻しましょう!!」

「無論だよ。それ以外に選択肢なんてありえない。」

 穏やかな口調ながらもローズもまた内に静かなる闘志を燃やし続けていた。

「どんな理由があれ一国を混沌に陥れるような存在とそれに加担するような輩には然るべき制裁を与えなければならない。誰かがそれをやらなければ真の世界平和など訪れるはずがないのだから。」

「ローズさん・・・」

「名言デース!後世に残すべきありがたきお言葉にしびれたのデース!」

 ローズの心からの気持ちにアトモスとロザリーが感服する。

 やがて、一同は他愛もない会話を繰り広げながら目的地であるフォルタレザに到着したのである。


「本当にここに置いても良いのかい?」

「大丈夫デース。この雑居ビルはシュラスコのアジトがあるだけで他はもぬけの殻なのデース。」

 ロザリーに言われるがままに雑居ビルの屋上にヘリコプターを着陸させる。

「へぇ・・・これがブラジルか・・・夜ともなるとお祭り騒ぎのイメージとは程遠くなるもんだなぁ。」

 先に降りたアトモスがキョロキョロと周囲を見渡す。

「二人とも私についてくるデース。」

 ロザリーが室内へと続く階段を下りて先へと進む。

「行こう、アトモス。観光は戦いを終わらせてからだ。」

「はい。」

 ローズとアトモスもその後に続く。

「しかし・・・何もない雑居ビルというのも気味が悪いものがあるなぁ。」

 施錠されたまま半永久的に開く事はないであろう部屋たちを見やりながらローズが口を開く。

「ム・カーシ(昔)はここにもレストランやらおもちゃ屋やら色々入っていたのデース。でも、不況の波に飲まれてみんな閉店していつの間にかホラーハウスよりもおっかない場所と化してしまったのデース。」

「僕の祖国にもこんな感じのビルがあるから何となく分かります。栄えていた頃のにぎわいを知っていると余計に物悲しく思えてしまいますよね・・・」

 感傷的な気分になりながら歩いているうちに一行は地下通路の手前まで進んでいた。

「この先がシュラスコのアジトになりマース。みんな屈強で(いか)ついのばっかりデースが基本良い奴なので仲良くしてあげてくだサーイ。」

 一旦止まったロザリーが一言添えて再び歩を進める。

 すると、程なくしてそれらしい空間が視界に飛び込んできた。

「お願いだ!成功時の報酬は破格の物を約束する!だから我々の力になってくれ!!」

「キングよ、今や我が国は独立以来最大の危機に面しているのだ。今こそあなたのお力を貸してほしい。」

「もはやあなた様の存在なくしてこの局面は乗り越えられません!」

 大広間のような場所で男女問わずたくましい風貌をした者たちが一斉に(ひざまず)き、神に祈るかのように一人の男に何かを懇願している。

差し当たって前者がシュラスコのメンバーで無関係の後者を助っ人に加えようとしている場面といったところだろうか。

「あんたたちの気持ちは分かるしこの国が今置かれている状況も十分に理解はしている。だけど・・・今までずっと俺を変人呼ばわりして相手にもしなかった奴らがこんな時にだけ泣いてすがりつくってのはちょっと違うんじゃないのか?」

 話に入ったのが途中からでよく分からなかったものの男の回答が否定的なのはローズたちにも理解が出来た。

「あんたたちのような人間の無理解による疎外感が辛くて俺は都会を捨ててアマゾンの奥地で世捨て人のように暮らしていた。そうすればお互いに傷つかないで生きて行けると思ったからな。だけど何だ。変な連中が台頭して生活を脅かすようになった途端にこれまでの仕打ちを忘れて助けて下さいってか。ご都合主義もここまで来ると悪意にも等しいものだな。」

「だけど俺たちは・・・」

「これ以上の会話は時間の無駄だ。もう帰らせてもらうぜ。」

 入り口に体を向けた男がローズたちと顔を合わせる。

「何だお前たちは・・・って、オイ!」

 男が急にロザリーの肩に両手を乗せて大きく目を見開く。

「お前、ロザリーだよな。陽気なメスチーソのロザリー・ベレナッツオだよな!?」

「いかにもデース。だったらそれがどうしたデースか?」

「俺だよ!ほら、フランシスコ・サダソン!オタクの王様キング・サダ!!」

「キング・サダ、キング・サダ・・・あっ、あっ、あーーーーっ!!!!」

 何かを思い出したのかロザリーがものすごい形相でものすごい大声を張り上げた。

「思い出したデース!アナタはこの町の薬局で薬剤師してた熱烈アニメオタクのサダソンデース!!」

「思い出してくれたか、嬉しいぞ!!」

 サダソンが先ほどまでとは別人のような喜びに満ちた表情を浮かべてロザリーを抱きしめる。

 運命の再会にもはや言葉は必要としなかった。


「ロザリー、よくぞ無事で帰ってきてくれた。それはさて置き・・・」

 自警団シュラスコのアジトの最奥部である会議室で円卓を囲んでシュラスコ隊長キョジオ・ヴィコンと副隊長ギャンビー・パタックとローズ・ロザリー・サダソン・アトモスの6人による対策会議が行われていた。

「現在、我が国は犯罪組織“デスペリージョ”の手によって次々と国民が洗脳されて悪に染められつつある。我々は何としても彼らを討ち滅ぼしてブラジルの平和を取り戻そうと方々で活動しているのだが多勢に無勢と敵幹部の比類なき強さによって次々と駆逐されている。そこで我々も彼らに負けない戦力としてホワイト・ローズとフランシスコ・サダソンに応援を依頼した。」

「・・・・・」

「まだ引き受けるとは言ってねーけどな。」

 真剣に話を聞いているローズの向かいでサダソンが面倒くさそうに吐き捨てる。

本来ならそのまま帰っていたであろうサダソンだったがロザリーの説得で渋々ながらも留まっていたのである。

「組織自体の構成員は数百名。だが、民間人を次々と配下に置いているのでこのままでは国民全員が組織の支配下に置かれてしまうのも時間の問題だ。だからと言って我々が普通に戦っていたのでは到底勝ち目はない。だとすると・・・」

 キョジオはギャンビーと一緒に考えた打開策をローズたちに公表した。

「なるほど。それならば勝機が見込めるかもしれませんね。」

「任せて下さい!ジェット噴射機能まで付けて強化してもらった僕ならばそこらの相手には絶対に負けたりはしません!!」

「けっ、自分たちは安全策を取って俺らにだけ危険な橋を渡れってか。」

 ローズやアトモスとは対照的にサダソンはその打開策に否定的な見解を示す。

「お前たちはいつもそうだ。多数派で群れて楽な道に逃げながら少数派に数の暴力で無理難題を強要する。そしてそれが解決すればあたかも自分たちの手柄のように振る舞ってデカい面をさらす・・・そんな連中の考えた愚策など誰が・・・」

「つまり君は単独行動が怖いという事か。」

 言葉の途中でローズが口を挟んでくる。

「何だと?」

「悪い作戦ではないと思うんだけどね。むしろ、それぞれの実力的な面を考えたら犠牲者を最小限に抑えるための得策として評価したいレベルだ。」

 ローズが両目でしっかりとサダソンを見据える。

「君とこの組織の過去はどうあれ今は一国の存亡がかかっている事態なんだ。状況を考えて言葉を選ぶ事を僕はお勧めするよ。ま、嫌なら嫌で構わない。僕とアトモスで君のいない穴を(まかな)えば済む話なのだからね。」

「お前・・・」

 ローズの介入でサダソンがすっかり言葉に詰まる。

「・・・チッ、分かったよ。その作戦に従って俺も一時的に協力してやる。」

 だが、すぐに口を開いてはっきりと支持を表明したのである。

「感謝する。勝手な言い分かもしれないがこれまでのしがらみは忘れて今しばらくは母国のために身を投じてほしい。」

「感謝などいらん。その代わり、謝礼はしっかり弾んでもらうからそのつもりでな。」

 キョジオの言葉を遮るかのようにサダソンが立ち上がってロザリーの近くに歩み寄る。

「ロザリー。お前にもしっかり奉仕してもらうからしっかり覚えておけ。」

「そんなもの最初から承知の上なのデース・・・」

 小声でささやき合っている二人が微笑ましく、周囲はしばらく和やかな空気に支配されていた。 


 その直後、この場にいるシュラスコの隊員を全員集めて大広間にて再度対策会議が開かれた。

 キョジオが示した打開策は満場一致で可決され、ここにシュラスコ総動員による一大プロジェクトが幕を開けたのである。


 サンパウロの市街地に降り立ったローズを待っていたのは群がってきた市民たちの罵声の嵐だった。

「何だお前は?よそ者はとっとと消え失せろ!」

「けっ、かわい()ちゃんと思ったら男かよ。期待して損したぜ!」

「興味本位で顔出してんじゃねーよ!!観光ならよそでしやがれ!!」

 面識もない相手ばかりだというのに鬼のような形相の数々から怒号が飛んで来る。

「よく分からないけど君たちは憤怒(ふんぬ)の感情に支配されて精神をコントロール出来ていないみたいだね。初対面の相手にそのような応対をするのは褒められないよ。」

 そんな時でもローズの対応は紳士的かつ大人のそれだった。

「おい、よそ者が生意気な口叩いてるぞ。ちょいといい顔してやがるから足腰が立たなくなるまでリンチした後に交代で犯しちまおうぜ!」

「いいなそれ!俺もコイツの顔見てたらムラムラして来ちまった!!」

「そうと決まれば早速袋叩きだ!てめーら、行くぞ!!」

 怒号のような大声を立て続けながら市民たちが一度に飛び掛ってくる。

憤怒(ふんぬ)・・・肉欲・・・そのような感情を御せぬ者たちに僕は負けたりしない!ディープスリーパー!!」

 ローズは両手からそよ風を発生させて周囲を包み込んだ。

 すると、風を浴びた市民たちは次々と深い眠りに落ちてしまったのである。

 ~どうやらこの町も噂通りおかしくなっているみたいだな・・・~

 眠る人々を尻目に先を急ぐ。

 市街地ではドライバー同士の罵り合いやカップルの言い争いをしている姿が後を絶たなかった。

「町全体がこうなってしまうと実に醜いものだ。しかも・・・」

 物陰からは何人かの欲情している男女が別々にローズへと熱い視線を投げかけている。

「一体どんな奴がこの町をおかしくさせた黒幕なのか・・・」

 ローズが自販機に背をもたれて大きくため息を吐いていると向かいの道路からけたたましいクラクションが鳴り響く。

「ヒャッホウ!サンパウロユナイテッド様のお通りだぞぉ!!」

 一目見ただけで明らかに悪党だと判別出来るような人相の悪い連中が大型バイクに乗って大道を駆けていた。

「オラオラ!道の真ん中を空けやがれぇ!!」

 すさまじいまでの轟音に恐怖したのか他の車両たちは次々と路肩にそれて道を譲り出す。

 ~あの連中、まさか・・・!~

 ローズはその空気に何かを感じたのか暴走族たちのバイクを追ってその後をつけたのであった。


 暴走族を追いかけてたどり着いた先はサントスの港だった。

 ローズはこっそりと倉庫へと引き上げて行く男たちの後を追う。

「親分。今日もたんまりと稼いできやしたぜ!!」

「おう、ご苦労だったな。」

 シンナーを吸引しながら札束をちらつかせる男の脇に親分と呼ばれた男が姿を見せる。

「それにしてもフテーロ様々だ。この水晶玉を管理して上納金を納めてりゃ俺たちがここで何をしててもいいってんだもんな。」

「全くだ。サンパウロの腰抜け市民どもは何も知らずに操られて俺たちの財布になってやがる。」

 ゲラゲラと笑いながら男たちの一人がシンナーに手を伸ばす。

「ところでそろそろ今の女に飽きてきたから次のを手配してくれないか。とびっきりの上玉を頼むぜ。」

「もちろんでっさぁ親分。でも今度は俺にも少しつまみ食いを・・・」

「そこまでだ!」

「「「!!!」」」

 倉庫の明かりが灯って柱の影からローズが姿を見せた。

「話は聞かせてもらった。君たちは悪党に加担して散々甘い汁を吸っていたみたいだがそれも今日で終わりだ。覚悟しろ!」

「だ、誰だてめぇ!こんなところに一人でノコノコとやって来てただで済むとでも・・・」

「待ちな。」

 親分と呼ばれていた男が手下の啖呵(たんか)を止めた。

「お前が誰かは知らねーが俺たちのやってる事に文句があるって言うのならこの場で死んでもらうぜ。」

「ほう。そこまで言うのなら君は僕と一騎打ちで勝負をするのかい?」

「ああ、やってやるさ・・・お前がこいつらを退治してからな!」

 男が指を鳴らすと周囲からバイクの轟音が響いてくる。

「冥土の土産に教えておいてやる。俺の名前はテルヒオ・セキーラ。泣く子も殺すこのサンパウロユナイテッドの大将だ。せいぜい()ね殺されないように体を残しておきな・・・かかれっ!」

 バイクに乗った手下たちがローズへと特攻する。

「乗り物を凶器にしなければ人一人相手に出来ない惰弱(だじゃく)な精神・・・後悔させてやる!」

 ローズは次々と突っ込んで来るバイクたちをかわしながら乗っている手下たちに飛び蹴りをくらわせる。

「はあっ!」

 やがて、バイクに乗ったモヒカンの手下を延髄切りで仕留めるとバイク軍団は全滅した。

「さあセキーラ!約束通り一騎打ちで勝負だ!!」

「チッ・・・だがまだ手下は残っている。お前ら、この勘違い男をやっちまいな!!」

 セキーラはローズとの口約束をいとも簡単に反故(ほご)にして残りの手下たちを仕向けて来た。

「うっへっへっへ・・・親分がてめぇのような得体の知れない男とサシで勝負するはずがねぇだろ。残念でした!」

 手下たちが鉄パイプを手にローズへとにじり寄る。

「そういう事なら仕方がない。君たちにもしっかり痛い目を見てもらうとしよう・・・ローズブレード!」

「「「!!」」」

 それは一瞬にもならないほどの早い決着だった。

 ローズが右の手刀で空を切ると無数の白薔薇が現れて手下たちの右胸を貫いていたのである。

「監獄への土産に覚えておくといい・・・僕の名前はホワイト・ローズ。世界の平和を願う正義の戦士だ!」

「ぎゃあー!!」

「ぐがあ~!!」

 手下たちが次々と醜い悲鳴を上げてその場に崩れ落ちる。

 推定50人はいたであろうサンパウロユナイテッドのゴロツキたちもついにセキーラ一人を残すのみとなった。

「セキーラ・・・どこだ!?」

 だがその姿が見当たらない。

「ここだぁ!死にやがれ~!!!」

「!」

 ローズの背後。コンテナの上に移っていたセキーラがそこから飛び降りて鉄パイプを振り下ろしてくる。

「そんな姑息な不意打ちで僕を倒せるとでも思ったか!」

 ローズは鉄パイプを両手で受け止めるとそのままセキーラごと投げ飛ばした。

「ぐは!」

 背中を叩きつける音が響いてうめき声が上がる。

「最後まで卑怯な手を使い続けるとは見下げ果てた男だ。だけどこれで終わらせる・・・ローズドロップ!!」

 大きく跳んだローズはセキーラの腹部へとニードロップをくらわせた。

「おご、ご・・・う、生まれてきてごめんなさい・・・・・・」

 その一撃を受けたセキーラは目を剥いて完全にのびてしまっていた。

「これで完了だ!」

 ローズはすかさず小さな台座に立てかけてあった黒い水晶玉を手に取って叩き割った。

 すると、どこか(よど)んでいた空間が浄化されて辺りは清々しい空気に覆われた。

「まずはひと段落、といったところか・・・」

 ローズはこれから始まる新しい戦いに備えて改めて気を引き締めると単身リオデジャネイロへと向かった。

こうして、サンパウロとその近辺の町はローズの手によって救われたのである。


 ベロオリゾンテの上空を駆け抜けながら堕落した地上に目を下ろす。

 悲しきかな、店という店は開いておらず工場からは煙が出ている気配もない。

「これが洗脳によって怠惰(たいだ)の感情に支配された町の姿なのか・・・」

 言いようのない虚無感を覚えつつアトモスが着陸する。

「・・・・・」

 大いびきをかいて寝転がっている中年の男がいるかと思えば酒を飲みながら酔い潰れて奇声を上げている若者たちもいる。

 昼間の路上で見かける光景にしてはあまりにも異質で異常な雰囲気だった。

「・・・・?」

そんな中、アトモスは向かいの店に行列が出来ているのを見かける。

どうやらそこは中型のリサイクルショップのようだった。

「すみません。ここのお店は何かセールをやってるんですか?」

「そんなものはやってないよ。私たちは毎日の慣例としてナッキャオ様ご夫妻に貢ぎ物をお届けしているのさ。」

 最後尾の男性に声をかけると抑揚のない声で返事が返ってくる。

「そうだ。ベロオリソンテがこうやって平穏な日常の中にいられるのは全てナッキャオ様のお力なんだから・・・」

「・・・・・!」

 不審に思ったアトモスが行列を作る人々の顔を片っ端からのぞき込む。

「これは・・・!」

 うつろな目。開いたままの口。生気を失くしたかのような表情。

 間違いなく彼らも洗脳によって心を操られている民間人たちのようだった。

 ~そうか。じゃあこの家の夫妻というのが・・・!~

 行列を無視してアトモスが店内に入ろうとしたその時だった。

「貴様、何をしようとしているかっ!」

 激しい怒声とともにアトモスが殴り飛ばされる。

「ここはベロオリゾンテを統治しておられるナッキャオ様ご夫妻のお屋敷なるぞ。貢ぎ物も持たぬ貧民は帰れ!」

 アトモスの前に大柄のガードマンたちが姿を見せる。

「悪いけど帰るワケにはいきません。ここのご夫妻の統治をこれ以上容認していたら間違いなくベロオリゾンテという町は悲劇に見舞われてしまいます!」

「それがどうした。この町がどんな悲劇に見舞われようがナッキャオ夫妻からおこぼれを頂いている俺たちには痛くもかゆくもねーんだよ。」

「そういうこった。最近はお布施の量も増えてきたからじきに俺たちへの報酬もアップしてくれるだろうしな。」  

 ガードマンたちが顔を見合わせながらゲラゲラと笑う。

どうやらこの大男たちは洗脳とは無関係の根っからの悪党で間違いなさそうだった。

「警告します!今すぐここを通してナッキャオ夫妻に会わせてください!さもなくばあなた方に重傷を負わせます!!」

「へん、面白れぇ!だったらこっちはてめぇを即死させてやるから覚悟しやがれ!!」

 アトモスの警告を無視して10人のガードマンたちが一斉に襲い掛かってきた。

「やあっ!はっ、たあっ!!!」

 しかしアトモスは屈強な男たちをものともせず次々と投げ飛ばしながら撃退する。

「ひ、ひっ・・・」

「アトミックパワーブロウ!」

「ぐへえ!」

 やがて、最後の一人を渾身のボディブローで仕留めるとアトモスは振り返る事なく店内へと進んだ。

 洗脳された市民たちからの物珍しそうな視線を背に受けながら・・・


「これはこれは、南アフリカが生んだ科学の少年ロボットことアトモス君ではないですか。」

 並み居るガードマンたちを一人残らず蹴散らして事務室へとたどり着いたアトモスをリサイクルショップ経営者シンセロ・ナッキャオは笑顔で出迎えた。

「こんな場所に何の用ですかな?君のような子が来るような場所ではないと思うのですが・・・」

 アトモスは何も言わずに大型の募金箱を机上へと叩き乗せた。

「店内に設置したこの箱の中身を見せてもらいました。紙幣の山に宝石類。洗脳で操った国民たちに毎日のように貢がせて大金を搾り取っていたのは明白です。大人しくこれまでの罪を悔い改めてこれ以上人々を苦しめないと約束して下さい。」

「ふふ、そうもいかないのだよアトモス君。我々の生活費とお上への献上分とその他諸経費を考慮したらこれでもまだ足りないぐらいなのだから。それに、洗脳が運悪く効かずに私たちに歯向かった者がどんな末路をたどったか知っているかね?」

 アトモスの説得をあざ笑うかのようにナッキャオが続ける。

「老若男女問わず惨殺されて庭に埋められてしまうのだよ・・・こんな風にね!」

「!」

 振り返ったアトモスの頭上めがけて鉄パイプが振り下ろされる。

「どりゃあ!!」

 激しい金属音が室内に響き渡る。

「う、ううう・・・」

 だがその一撃を経てダメージを受けたのは不意打ちを仕掛けた女の方だった。

「あなたがこの男性の奥さんだったりするのですか?だとしたら獄中で彼に教えてあげて下さい。たかが鉄パイプ一つで強化したロボットの頭は砕けない事。そして、悪事を働く者は必ずや大いなる報いを受ける日がやって来るという事を!」

 折れ曲がった鉄パイプを奪うとアトモスはそれで女の腹部を突いた。

「ぐふ!」

 その痛烈な一撃で女が気絶する。

「くっ・・・やられてたまるか!」

 身の危険を感じたナッキャオが妻・テレサを置いて一人で逃亡を試みる。

「逃がしはしません!悪行の片棒を担いでいたとはいえ仮にも伴侶である女性を見捨てて逃げようとするその醜態、獄中で反省して下さい!!」

 アトモスが右腕をロケットパンチにして発射する。

「えっ?・・・うわあぁぁ!!」

 ロケットはすぐにナッキャオに追いついて爆発し、ナッキャオは目を剥いて爆風の中に沈んだ。

「これは・・・?」

 ふと、立ち並ぶ机たちの真ん中に置いてある黒い水晶玉に目が届く。

 ~何か、禍々しい気を感じる・・・~

 アトモスは不吉な黒水晶を手に取ると叩き割って粉々に砕いてしまった。

「・・・・・」

 すると、町に着いたときから感じていた妙な不快感が少しずつ薄れて行く。

「・・・まさか!」

 アトモスが店の外に出るとこれまでナッキャオ夫妻に貢ぎ物を捧げようと列を作っていた人たちが怪訝そうな顔で互いを見合っていた。

「お前なんで札束なんか持ってやがるんだ?」

「そっちこそ。金貨なんか持ってこんな店につぎ込むような代物があるってのかよ。」

「帰ろうぜ。こんなしらけたリサイクルショップに用事なんてねーだろ。何でこんなトコにいたんだろうな俺たち。」

 ワイワイと騒ぎながら人々が店の前から去って行く。

 ~そうか、あの黒水晶が町の人々を操っていたのか・・・~

 物陰から様子を見ながらアトモスが納得する。

 こうして、ナッキャオ夫妻に支配されていたベロオリゾンテの町はアトモスの手によって本当の意味での平穏を取り戻したのであった。


 南部の都市クリチバに降り立ったサダソンはすぐさまその異常な光景に顔をしかめた。

「うめぇ!うめぇ!こんな上質の肉ならいくら食っても飽きねぇぜ!!」 

「ホントだな!裏切り者の分際でいい味してやがるぜコイツ!!」

「謝肉祭だ謝肉祭だ!仕事なんてやらなくていいから裏切り者を片っ端から見つけ出して血と搾り出して肉を喰らい尽くせ!!」

 生気を失った明らかに洗脳を受けている人々が“誰か”の肉を吊るし上げて歓喜の声を上げている。

 ~暴食の感情に支配されて見境なく何でも喰らっているというのか・・・~

 サダソンが色々な意味で末期的な現場を通り過ぎて黒幕の存在を探索する。

 ~正直気の進まんミッションではあるが報酬とロザリーのためだ。俺も本腰を入れるとしよう・・・~

 サダソンは大きく息を吐くと懐からロザリオを取り出してそれを額につけた。

 ~神よ。我が進むべき道を汝の力で指し示したまえ!~

 程なくして金色の道筋がサダソンの前に現れる。

「・・・神よ、汝に感謝する!」

 サダソンは、一度天を見上げるとためらう事なくその道筋に従って然るべき道へと歩みを進めたのであった。


「・・・・・」

 道筋はとある屋敷の前で途切れていた。

「ここに何の用だ。このお屋敷は我らが主サーガワール様の住まいなるぞ。」

「奉納用の食料がないのなら早々に立ち去れ、貧乏人め。」

 高圧的な門番たちがサダソンに槍を向けてくる。

「・・・なるほど。そのサーガワールとかいうのがクリチバをカニバリズム(=人肉を食べる行為)の町にしてしまった元凶というワケだな。よく分かったよ。だから早く通してくれ。」

「貴様っ!偉大なる文化人であるサーガワール様を侮辱してタダで済むとでも思っているのか!」

 門番の一人が激昂するもサダソンは全く意に介さない。

「やめておきな。俺に手を出すとアンタたちの方がタダじゃ済まなくなるぜ。」

「たわ言を・・・丁度いい!ここで貴様を殺してその肉をサーガワール様の今夜の晩餐(ばんさん)にしてくれるわ!」

 二人の門番が一度に襲い掛かってくる。

 しかし、サダソンは一瞬のうちに両者を簡単にすり抜けていた。

「「がはっ!」」

 1秒にも満たない間にボディーブローを受けていた門番たちが吐血して地面に崩れ落ちる。

「言っただろ?タダじゃ済まなくなるって。俺の拳を味わっているうちが華だぜ、変な肉を味わってしまうぐらいならな。」

 サダソンは振り返る事なく門を開いて敷地内へと足を踏み入れた。

 すると、すぐに警報が鳴り響いて辺りを何十人ものガードマンに包囲されてしまった。

「たった一人でこの屋敷に乗り込んで来るとは愚かな奴め。殺した後で丸焼きにしてサーガワール様の養分にしてくれる!!」

「・・・アンタたちはどうやら洗脳を受けているワケじゃない、金で悪魔に魂を売り渡しただけのゲスのようだな。だったら何十人かかってこようとも一人残らず駆逐させてもらうぜ。」

「それは面白い。ならば何十人と言わず百人単位で応戦するとしよう。」

 ガードマンの一人が指を鳴らすと数十人の応援が駆けつけて間違いなく百人以上の軍勢がサダソンを取り囲んでいた。

「へぇ・・・これだけの人数が集まるなんてこの家の庭は思ったより大きかったんだなぁ。」

「その通り。そして今晩食事の後で貴様の遺骨はこの庭に埋められてしまうのだ・・・者ども、かかれっ!!」

 ガードマンの軍勢が一斉に襲い掛かってきた。

「そっちが数で仕掛けてくるならこっちは風で戦わせてもらうぜ・・・マイセルフサイクロン!!」

 サダソンは魔法で自身を巨大な竜巻に変えるとガードマンたちを一人残らず飲み込んで容赦なく切り刻み続けた。

「「「ぐああー!!!」」」

 竜巻の中で断末魔の叫びが次々と響き渡り、やがてガードマンの群れたちは一人残らず庭にはいつくばっていた。

「待ってろよ悪党!」

 元の姿に戻ったサダソンは閉ざされていた玄関のドアをこじ開けると屋敷の中へと潜入したのであった。


「なるほど、お前がこの町をおかしくさせた張本人であるサーガワールか。いかにも狂人といった雰囲気だな。」

 屋敷2階の執務室に座している男を前にして、サダソンはそれがサーガワールであると即座に見抜いていた。

「いかにも。僕が新世紀における食人文化の先駆者であるイセ・サーガワールだ。君は一体何を目当てにここまでやって来たのだね?」

 サーガワールの薄気味悪い視線から目をそらしてサダソンが机上脇に設置してある黒い水晶玉を見据える。

「・・・つまり、この水晶玉から邪悪な気を発して人々の心を操ってそれでも洗脳されない一部の人間を片っ端から消し去ってその遺体を・・・」

「正解だ。だがそんなものはどうでもいい。僕は何のためにここに来たかと聞いているのだ。」

 サーガワールの語気が少し荒くなって来る。

「イセ・サーガワール。言うまでもなくお前の討伐だ。ついでにこの水晶玉も破壊させてもらうぜ。」

「それは面白い・・・だが一つ教えておいてやろう。このブラジルという国で銃の所持が認められているのは何故だか知っているか?」

「・・・・・?」

「それは、お前のような家宅侵入者を射撃するためだ!」

 サーガワールはスーツのポケットから拳銃を取り出すと迷わず発砲した。一発では飽き足らず、何発も何発もサダソンをめがけて銃弾を飛ばし続けた。

「そ、そんな・・・」

「あれ、もう弾切れか。もう少し遊んでいたかったのに物足りない感じだな。」

 目の前の信じられない光景にサーガワールが狼狽する。

 あろう事かサダソンは弾切れになるまでの全ての銃弾をいとも容易く素手で払いのけていたのである。

「じゃあ次は俺の番だ。パッショナブルアッパー!」

「ぐげ!」

 アッパーカットを受けたサーガワールが宙に浮き上がる。

「オーバーヘッドシュート!」

「がはあっ・・・」

 そこでサダソンは背面飛びをしてサーガワールを蹴り落としながら見事なまでの一回転を披露したのであった。

「・・・・・」

 床に落ちてそのまま意識を失っていたサーガワールを尻目にサダソンが水晶玉を叩き割る。

 その時、重々しい雰囲気が一掃されて辺りが穏やかな空気に覆われつつあるのが感じ取れた。

「どうやらこれ以上の被害は食い止められたみたいだな・・・」

 一仕事を終えたサダソンがタバコ(ブラジル産)をふかしながら安堵する。

 こうして、クリチバの町も平和を取り戻したのであった。 


首都・ブラジリアをはじめとするブラジルの各都市で周辺諸国への同志を募って大幅に増員したシュラスコのメンバーによってラスペリージョへの大規模な掃討作戦が展開されていた。市民の大半以上が洗脳されていてかつ組織の幹部が滞在すると言われているサンパウロ・ベロオリゾンテ・クリチバの3都市と首領がアジトを構えているリオデジャネイロをローズ・アトモス・サダソンの3人に完全委託して残りのメンバーで他の危険度のそこまで高くない都市を総攻撃で叩くという大胆な作戦である。


「うらっ!」

 キョジオの熊のような腕から繰り出されるラリアットがラスペリージョの工作員たちを次々となぎ倒す。

「隊長!こっちは全員片付きました!!」

「ご苦労。この分なら思ったよりもどうにかなりそうな流れだな。」

 隣の部屋から任務完了を伝えに駆けつけてきたギャンビーをねぎらいながらキョジオが続ける。

「しかし、アイツはどうなった?」

「それが・・・」

 ギャンビーに連れられキョジオが少し離れた休憩室へと足を運ぶと、そこではロザリーがいた。

「アナタは間違ってるデース!サナ、目を覚ましなサーイ!!」

「うるさいっ!いつもチヤホヤされていた先輩に私の気持ちなど分かってたまるか!!」

 懸命に諭しながら攻撃をかわしているロザリーと憎しみの拳を繰り出し続けている女性。

 傍から見てもその構図は一目瞭然だった。

「ずっとこんな調子なんだ。かつての後輩だそうなんだが防戦一方で全く手出しをしない。いっその事、俺が・・・」

「やめておけ。」

 助太刀に入ろうとしたギャンビーをキョジオが止めてタバコに火をつけた。

「これはアイツの戦いだ。女同士の一騎打ちに男の介入は不要だよ。」

「キョジオ・・・」

「嫉妬に狂ったかつての後輩の成れの果て、か・・・」

 引っかかるところもあったがギャンビーもまたキョジオに同じく静観の立場を選んだのであった。

「せっかく結婚して子供も出来て先輩に勝てたと思っていたのに・・・思っていたのに・・・!」

「サナ、まさか・・・」

「ああそうさ!ホステス狂いの宿六(やどろく)に逃げられた上に二人の子供は病気になって死んじまったよ!病院に連れて行く金も持ち合わせてなかったんだから当然さ!!おまけに親父の奴はハナっからあたしを支援せず逃げ回ってるばっかりで・・・ラスペリージョの工作員になる以外にあたしの生きる道なんて残されていなかったんだよっ!!」

 涙混じりに女性・サナが心の叫びを上げる。

「あたしが毎日頭抱えてるのに先輩はいつだって明るい笑顔でみんなに愛されてばかりで・・・ずるいよ・・・」

 少しずつ攻撃の手が弱まり、とうとうサナは完全に手を止めて立ったまま泣きじゃくりはじめてしまった。

「サナ・・・」

 ロザリーはそんな痛々しい姿の後輩をそっと抱きしめてあげた。

「先輩・・・」

「大丈夫デース。サナは一人ではありまセーン。みんながワターシを愛していてワターシがサナを愛しているのなら、サナもまたみんなに愛されているのも同然なのデース。」

「でも、私は子供たちすら助けられなかった母親です・・・」

「心配は無用デース。きっと子供たちは最後まで看病をしてくれたサナママに天国で感謝していマース。ツ・マーリ(つまり)サナが良い子になって正義のために生き続ける事、それが子供たちへの一番の罪滅ぼしになるのデース。」

「・・・・・」

 ロザリーの言葉とそのぬくもりがサナのいびつな感情を溶かして行く。

「・・・先輩。私、出頭して全てを正直に打ち明けます。だから、ぜひとも同行お願いします。」

 そして、ついに自身の罪を認めて罰を受ける決心を固めたのである。

「合格デース。サナ、ワターシはサナがどのような刑を受けようとも生涯アナタを支援するのでそれだけは覚えていてくだサーイ・・・」

 ロザリーは懐かしくも愛しき後輩のぬくもりを忘れまいといつまでもサナを抱き続けていた。

「事後処理に行くぞ。」

「あ、はい。」

 キョジオは彼女たちに口を挟む事なくギャンビーを連れてその場を後にした。

 こうして、ブラジリア連邦議会の議事堂を占拠していたラスペリージョの工作員は投降したサナ・シモームを最後に全員逮捕された。

その頃、各都市でシュラスコの反撃が続いてラスペリージョは壊滅の時が刻一刻と迫りつつあった。


「アトモス!サダソン!使命を果たしたんだね!!」

 リオデジャネイロの駅に着いたローズをアトモスとサダソンがベンチで待っていてくれた。

「もちろんです!ローズさんに受けた恩を返し切るためにもここでしくじるワケにはいきませんから!」

「当然だろ。あんな冗談みたいな相手に俺がやられるとでも思っていたのか?」

 任務を果たした二人が心なしかたくましく思えてくる。

「だけどここは敵の本拠地だ。これまで以上の戦いになるだろうから気合を入れて頑張ろう!」

「「おう!!」」 

だが、そんなローズの予測は駅を出た矢先に的中したのであった。


「・・・・・」

 アーケード外に出た途端に立ち込めてくる邪悪な空気と鋭い視線。人気のなかった駅構内にいた後だとその禍々しさがより肌に突き刺さるかのようだった。

「服、金、装飾品・・・」

「服、金、装飾品・・・」

「服、金、装飾品・・・」

 同じ言葉を繰り返しながら市民たちが少しずつローズたちに群がってくる。

その数は相当のものでまるで全リオデジャネイロ市民が軍勢をなしているかのような大人数だった。

「へへ・・・強欲に取り憑かれた市民たちと繰り広げるリオのカーニバルってのも悪くないってな。」

 サダソンがローズの前に立ち塞がって両手を広げる。

「サダソン?」

「そのロボット野郎は空が飛べるんだろ?お前はそいつに乗ってとっとと首領とやらのアジトを見つけて叩いてきな。ここは俺が引き受けてやる。」

「でも、君は・・・」

「心配はいらねーよ。俺はロザリー以外の全ブラジル国民を相手にしても勝てる自信があるんだ。これぐらいの人数肩ならしのようなものさ。」

 話しているうちに洗脳された市民たちの行進が迫ってくる。

「さあ、行け!ここで全員が足止め食ったんじゃあ時間の無駄だ!さっさと行っちまえ!!」

「分かった、君を信じるよ!」

 サダソンの強い決意をローズは受け入れた。

「アトモス!」

「はい!」

 飛行体勢に入ったアトモスの背中にローズが乗る。

「くれぐれも・・・死ぬんじゃないぞ!」

「お互い様だ!」

 アトモスに乗ったローズはそのままジェット噴射とともに上空へと消えた。

「さてと・・・」

 サダソンが大軍勢となった市民たちに向き直って指を鳴らす。

「何人でもかかって来い・・・オタクの底力、見せてやるっ!!」

 そして、そのまま群れの中へと突撃を仕掛けたのであった。


「あれはっ!」

 アトモスの背に乗って空を飛んでいたローズめがけて大型の砲弾が飛んできた。

「アトモス、右だ!」 

「はいっ!」

 ローズの指示に従ってアトモスが右にそれる。

 しかし、息つく間もなく再び次の砲弾が飛んでくる。

「今度は上だ!」

「はい!」

 かわせどもかわせども次から次へと砲弾がローズを狙って飛んでくる。

「これではキリがないですね・・・」

「心配はいらないよアトモス。」

 うんざりしていたアトモスとは対照的にローズは砲弾による手荒い歓迎に楽観的だった。

「この砲弾は明らかに僕たちを狙っている。つまり、僕たちを排除しようとしているデスペリージョの連中が仕向けている事は一目瞭然じゃないか。だとしたら飛んで来ている方向をたどって行けば間違いなくアジトに到着するというワケだ。」

「なるほど、それもそうですね。ならば・・・行きますよ!」

「頼むぞ!」

 次々と襲い来る砲弾の雨をかいくぐりながらアトモスが突き進む。

 やがて、目に余る巨大な城が見えたところで二人はそれがデスペリージョの本拠地であると確信したのである。


上空からおびただしいまでのガードマンが城周りに配備されていたのを見て二人は城の最上階から潜入した。

 しかし、そこは最上階であるにも関わらず猫の子一匹いないもぬけの殻だった。

「珍しいですね。普通こういう場所にこそボスが控えていそうなものですが・・・」

「いや、常に厳戒態勢が組みやすいように自身は1階に滞在しているというクチなのかもしれないよ。」

 会話を交わしながら二人が下の階へ進む。

「理解したくもないけど悪い奴の考えってよく分からな・・・」

「アトモス!」

「えっ?」

 危険を察知して声をかけたローズだったがそれはいささか遅かった。

「わあっ!」

 少し先を歩いていたアトモスが鉄製の網にかかって吊るし上げられる。

「な、なんだこれは、動けない・・・」

「大丈夫かアトモス?」

 網の中で身動きの取れなくなったアトモスは歯噛みをしながら悔しそうにうつむいていた。

「・・・ローズさん、僕に構わず先に行って下さい。あなたにはここでどうこうする前に成さねばならぬ正義があるはずです。僕も必ず後で参りますのでどうか先に進んで下さい!」

「アトモス・・・」

 アトモスもまたサダソンに同じく力強い目でローズに訴えかけていた。

「分かった。君の気持ち、無駄にしないからな!」

 ローズは個人感情を押し殺し、あえて(トラップを踏まないよう足元に注意しながら)一人でその先へと歩みを進めたのであった。


「これは・・・」

 次の部屋では平均台が出口まで伸びていてその下には容赦なく針山が敷き詰めてあった。

 ローズはバランスを崩さないように小さな足場をゆっくりと進んだ。

 針山の一部に血糊(ちのり)のようなものが付着していたが深く考えないようにした。


「どうして城内にこんな仕掛けが・・・」

 下の階に進むと途切れ途切れに足場が設置されていてその下では溶岩の海がゴポゴポと音を立てていた。

 時折そこから溶岩のシャワーが活火山の如く噴き上がる。

 ~上等だ、平和のためならたとえ火の中水の中!~

 溶岩のシャワーが噴き出すタイミングを見計らいながらローズが足場足場を飛び移る。

 一度危うく足を滑らせそうになったもののローズは無事に部屋の端までたどり着いたのであった。 


 次の階は身も凍りつくような冷気に支配されていた。

 氷のオールを乗せた氷の船がプカプカと浮いていてその下には冷たい海が広がっていた。

「・・・・・」

 もうどこから突っ込んだらいいのか分からなかったのでローズは深く考えないようにして乗船すると素手で氷のオールをつかんでそのまま先を急いだ。

 手がかじかんでいたもののここまで来たらそれは気にかける事情ですらなかった。


 次の階は完全な水中だった。

 ローズは大きく息を吸って中にもぐるとひたすら先を急ぐ。

「・・・・・」

 だが、今回は出口の手前に巨大なイカが2匹ほど立ち塞がっていた。

「・・・・・!」

 動くようにローズが手でジェスチャーをするもののどちらも意図的に知らん顔をする。 

 やがて、1匹がローズめがけて足を伸ばしてきた。

 ~あくまで妨害をしようというのか、ならば!~

 ローズはその足をつかむと魔法で炎を伝導させた。

 足を焼かれたイカは顔を歪めると即座にローズの前から撤退してしまった。

「・・・・・!」

 もう1匹もまたローズが睨みつけると頭を振って即座に逃走した。

 ローズは納得したかのように首を縦に振ると迷う事なく出口である土管の中に潜り込んだのである。


 土管を抜けるとそこは何の変哲もない空間で、下に続く階段が用意されていた。

「ここからが本番かな・・・」

 ローズは誰に聞かせるでもなくそうつぶやくと今回のゴール地点である「1階」へと足を進めたのであった。


「来たぞ、侵入者だ!殺してしまえ!!」

 それ来たぞ言わんばかりに山のような人数のラスペリージョの戦闘員たちが襲い掛かってくる。

「悪く思わないでくれ、生き方を見誤った君たちの責任だ・・・ローズブレード!!」

 迫り来る戦闘員たち一人一人の右胸に容赦なく白薔薇が突き刺さる。   

急所を避けて攻撃していたのはローズのせめてもの慈悲だった。

「ついに来たぞ・・・!」

 降りかかる火の粉を蹴散らしながらついに大きな扉の前にたどり着く。

 ローズは意を決してその重いドアを開いたのであった。

「ここは・・・」

 大きな広間に飾られた装飾品の数々。

 そして、あまりにも場違いな気味の悪い巨大ミキサー。

「よう来たとね、歓迎するよ。」

 目の前の玉座に座っていた男が立ち上がって声をかけてきた。

「アンタがホワイト・ローズじゃろ?知っとるよ。世界のあちらこちらの騒乱をことごとく鎮めて平和を守り続けてきた正義の味方っちゅうんじゃろ。」

「知っててくれて光栄だ。出来れば君の悪行と名前も僕に教えてくれ。」

 ローズがひるむ事なく目の前のラテン系の甘いマスクを下げた危険な男と対峙する。

「ワシの名前はフテーロ・ツナガッソ。知っとるじゃろうけど犯罪組織ラスペリージョの首領ばしとる男よ。じゃけどもう実質大統領よりも偉い立場じゃけえブラジルの最高権力者と思うとってええよ。」

 フテーロが薄気味悪くニヤリと笑う。

「なるほど、強欲と傲慢の感情を宿した比類なきサイコパスか・・・残念だが君の野望は今日でおしまいだ!これ以上ブラジルを君の手で汚させはしない!」

「クッヒッヒ、そげん奇麗事ぬかしとるバカモンが前にも何人かおったばい。じゃけどみんな殺されてこま切れにされた後であそこのミキサーにかけられて下水に流されとったねぇ・・・」

「・・・・・?」

 あまりにもおぞましい言葉を耳にしたローズが背後に妙な気配を覚える。

「わっ!」

 ローズは間一髪で心臓を狙ったその一撃を回避した。

「君は・・・」

 その目線の先にはサバイバルナイフを手にした女性の姿があった。

「教えとっちゃげよう。この女の名前はオガーロ・デ・ジュンガ。ワシの彼女のようなもんじゃね。アンタは名誉な事にワシの女の手で殺されるんじゃけえあの世に逝ってもワシに感謝ばせんといけんよ。」  

 ジュンガが再び強く握ったナイフでローズの心臓を狙う。

「はあっ!」

 だが、またしてもかわされてナイフは空を切る。

「ジュンガ、今度の獲物は大物ばい!成功したら褒美ばたんと弾むけんね!!」

 フテーロの言葉が励みになったのかジュンガの動きが更に加速する。

 ローズは反撃の糸口もつかめないままただかわすのが精一杯だった。

 ~まずいな、このままでは刺殺されるのは時間の問題だ。だが、心臓をやられるぐらいなら・・・!~

「・・・・・!」

 ローズの動きが目に見えるように遅くなったのをジュンガは見逃さなかった。

 程なくして左胸の心臓部分に明らかな隙が生じる。

「そこだあぁっ!!」

 肉体に刃物が突き刺さる音が部屋の中に響き、鮮血が辺りに飛び散った。

「そ、そんな・・・」

「君にこれ以上人殺しの汚名を着せずに済みそうで安心したよ。しばらく休んでいてくれ。」

 盾にした左腕を突き刺されながらもローズは右の拳で渾身の一撃をジュンガの腹部に叩き込んでいた。

「良かった・・・これで、私・・・」

 ジュンガは、これまでの硬い表情が嘘のような優しい笑顔を浮かべるとその場に崩れ落ちた。

 ローズはナイフを抜いて止血をすると大きく息を吐いてフテーロへと向き直った。

「さあフテーロ、もう逃げ場はないぞ!」

 しかしフテーロは全く動じる事なく大きく笑い声を上げた。

「クッハッハッハ・・・これは面白いもんば見たとよ。自分の腕ば犠牲にしてしっかり相手に一撃ば決めるとはええ戦い方知っとるばい。ばってんアンタは今からワシを直接相手にせんといけんくなった事をすぐにあの世で後悔するじゃろうね・・・!」

 フテーロからただならぬ威圧感が漂ってくる。

「ジャイアントフレイムばい!」

「おっと!」

 すかさず放ってきた巨大な炎をローズはジュンガを抱きかかえて回避した。

「どういうつもりだ?今のを放っておいたら彼女まで炎に巻かれるところだったんだぞ。」

「どうでもよか。そげん能無しばくたばってもすぐに手下ぐらい作れるとよ。」

 フテーロは任務に失敗したジュンガをローズもろとも消し去る行為に何のためらいも持ち合わせていなかった。

 ローズがジュンガを守りながらの戦闘を余儀なくされているというのに。

「まずいな・・・」

 不利な状況にローズが険しい顔をしたその時だった。

「ローズさん!」

 鉄の網からようやく脱出できたのかアトモスがやって来た。

「アトモス!いいところに来てくれた!!」

 ローズは何も言わずにジュンガをアトモスへと差し出す。

「この人は・・・」

「理由は後で話す。君は彼女を連れて全力で逃げてくれ!」

「・・・分かりました!!」

 ローズの意図を察したのかアトモスは快く承諾するとジュンガを抱きかかえてそのまま広間の外へと一目散に退避した。

「物好きな男じゃね。あんな人殺しのあばずれ女を助けても何の利益もなかとよ?」

「人助けに利益など求めない。全ては正義のためだ!」

 フテーロの嘲笑もローズには何の意味も成さなかった。

「くらえっ、ローズブレード!」

 ローズが無数の白薔薇を放つ。  

「甘か!キリングトルネードばい!!」

 しかし、フテーロは竜巻を起こして薔薇を蹴散らすとそのままローズへと解き放った。

「はあっ!」

 ローズはうまく回避するもあろう事かフテーロはその位置に拳を向けていた。

「フリージングダストば受けんしゃい!!」

「ぐああっ!」

 フテーロの拳から放たれた無数の氷粒はマシンガンの如く無数にローズを直撃した。

「どーじゃい!誰が正義の心ば持ったところで最後に勝つのは悪の力っちゅう事よ!!」

 氷粒リンチは弾切れになるまで続いた。

「どれ、次こそは全身を切り刻むとするばい・・・キリングトルネード!!」

 ダメージで足元がふらついていたローズめがけて再度竜巻が襲って来る。

 だがその竜巻はローズの前で何の効力も発揮せずにあっさりと消滅してしまった。

「な、なんばしとっとね!?」

 状況が理解できていないフテーロが目を丸くする。

「フテーロ・・・悪いけど僕も本気を出させてもらうとするよ。」

 その時、ローズはどこまでも澄んだ目をしてフテーロを見据えていた。

 程なくしてその体から白いオーラが沸き起こり全身を包み込む。

「出来る事ならこの力は使わないでおきたかった・・・だけど、君のような度し難き愚者をこれ以上容認するのはもう不可能だ。だから今回は真の力を使わせてもらうとするよ!」

「!!」

 フテーロの視界からローズの姿が消える。

「ど、どこに消えたと!?」

「ここだっ!シューティングローズ!!」

 後方高くから落ちてくるローズの膝蹴りがフテーロの後頭部を直撃する。

「あがっ!・・・こ、こげん事が・・・」

 激痛に襲われた頭部をおさえながらフテーロが怒りを露にする。

「遅いぞ!ローズスクリューブロー!!」

 休む間も与えずローズの拳がフテーロのみぞおちを強襲する。

「ごぼおっ・・・」

 吐血とともに激痛にさいなまれながらもフテーロはかろうじて意識を保っていた。

「調子に乗るんじゃなかと・・・こうなったら絶対によけられん炎に巻かれて殺しちゃるけん覚悟ばしんさい・・・ホーミングジャイアントフレイム!!」

 フテーロの両手から追尾型の巨大な炎が放たれる。

「その炎はアンタをどこまでも追うばい!せいぜいおびえながら火の海で・・・?」

 だが、ローズは迫りくる炎を前に微動だにしなかった。

「フテーロ・・・正義の業火に包まれて己が愚行を悔いるがいい・・・メルトフレアー!!」

 ローズの両手からフテーロの炎をはるかに超える強大な炎が放たれた。

「な・・・な・・・」

 それはすぐにフテーロの炎を飲み込んでフテーロ本人をも覆いつくしてしまう。

「ぐぎゃあ~!!!」

 炎に包まれたフテーロは醜い悲鳴を上げながらもがき苦しんだ。

「ぐっ・・・ワシの負けばいホワイト・ローズ・・・じゃが覚えときんさい・・・ワシが死んだところで悪の種が尽きる事は永遠になかと・・・今もこの先もアンタが死んだ何百年先も絶対悪こそが地上を支配する最強の存在であるっちゅう事をおめでたいその頭に叩き込んじょき・・・うぐあぁ!!」

 最後まで後悔の念も反省の言葉も残す事なくフテーロは炎の中で絶命して灰と化した。

「・・・・・」

 あまりにも救いようのない悪を貫き通した男の最期を前にローズの心を言いようのない虚無感が包み込む。

「それでも正義は屈さないよ、絶対に・・・」

 ローズは小さくそうつぶやくと主の消えたラスペリージョの本拠地である城を後にした。

 やがて、炎は焼くべきものを焼き尽くして消滅したのであった。

 

「あれ?みんな・・・」

 城を出たローズの前にアトモスとサダソンがいた。ロザリーとキョジオとギャンビーもいた。

「ローズさん!フテーロを倒してくれたんですね!!」

「ああ、僕は勝ったよ!」

 ギャンビーの問いかけにローズが力強く答える。

「おめでとうローズ君。こっちも援軍の応援もあって全てのカタがついた。ラスペリージョは壊滅してブラジル全土に平和が戻ってきたんだ。」

「それじゃあ・・・」

「ああ。君とアトモスとサダソンには心から感謝する。」

 キョジオが深々と頭を下げる。

「僕たち3人だけの力ではありません。これは平和を願うみんなの意思が成し遂げた正義の勝利です。ところで・・・」

 ローズがアトモスとサダソンに目を向ける。

「あの女性なら目を覚ました後で自ら警察を呼んで連行されました。ローズさんに感謝していましたよ。」

「リオの住人ならお前が親分を仕留めた段階で一人残らず普通に戻っちまったぜ。あ、それと俺はあれだけの人数相手にしても無傷だったし多少の怪我は負わせちまったが誰一人殺してなんぞいないからな。」

 二人とも気にかけていた事を口に出さずとも察して説明してくれた。

「ともあれ今日はブラジル国民にとって記念日級にめでたい1日になったのデース!今夜はパーッと飲み明かして・・・」

 ロザリーが陽気な声を上げている最中にローズの携帯電話が鳴った。

「もしもし。」

「ローズ、私、ユマ!」

「ユマかい?心配はいらない、この国の悪党たちはしっかり僕らが・・・」

「そんなのいい!テレビ!早くテレビ見る!」

「ユマ・・・?」

「大変!早くテレビ見る!!」

 電話越しに伝わってくるユマのただならぬ剣幕に押されたローズはその場を後にしてテレビがある場所を探しに行った。

「ローズさん?」

 アトモスたちもまたそんなローズの雰囲気に違和感を覚えてその後を追った。


「あれは・・・!」

 大型レコード店に設置されているモニターに映し出された光景を前にローズは絶句した。

 ローズだけでなく周囲の人々も後から追って来たアトモスたちもそこに映された現実を前に言葉を失っていた。

「ウッフッフッフッフッフ・・・世界の皆さん、ご覧になってるかしら?」

 巨大な氷の大地の上に晒された観測員たちの亡骸。

 上空からのアングルに切り替わり明るみとなる従来の100倍近くは巨大化している氷の大陸。

 そして、他人を見下すかのような目をした妖艶なる道化師のような男。

「もうすぐ地球の歴史に名を残す最高のショータイムが幕を開けるからしっかりとその目で見てなさい・・・」

 巨大化した南極の氷上にローズ最大の宿敵ピエール・ド・ジャンマルクがいた。

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