第5章 南アフリカ編 ~催眠仕掛けの暴走譚~
-慰霊-
「いつもこの時期はここに来られているのですね。」
そう言ってマルアウア・ココは無邪気な笑みを浮かべるといつも親しい来客にそうしているようにホワイト・ローズにレイ(ハワイではおなじみの訪問客にかける花の首飾り)をかけてやった。
「ああ。いつもなら家族と一緒に来てるんだけど子供が産まれてね。妻も娘もつきっきりで今年は僕一人で訪れたというワケさ。」
ローズがレイへの感謝の意味を込めてココと軽く抱擁を交わす。
「今こうして僕たちが平和な暮らしを当たり前に過ごせるのは先人たちの尊い犠牲の賜物だ。僕のひいおじい様を含む彼らの魂を弔ってやらなければ申し訳が立たないからね。」
二人が前を向いて真夏の太陽に照らされながらも悠然とたたずむ目の前の建造物に目を向ける。
アリゾナ記念館。第2次世界大戦における太平洋戦争の幕開けとも呼ぶべき真珠湾攻撃にて駆逐された戦艦アリゾナと戦死した兵士たちを祀る記念館で、戦艦アリゾナが今なお駆逐された状態で置かれて戦争の痕跡を物語っているという一部の人間にとっては後ろめたさで通る事すらためらわれる場所である。
そして、ローズの曽祖父もまた当時その場に居合わせたばかりに運悪く砲弾の餌食となった戦没者の一人だったのである。
「口先だけで平和を唱えるのはたやすいけどそれを実現させるのにはいつだって長い時間と尊き犠牲を伴わなければならないんだ。」
「ローズさん・・・」
ローズの言葉はまるでこの世界の真実を貫いているかのようだった。
「私たちは過ちを繰り返さないためにもこの悲劇を末永く語り継いで行かねばならないのですね・・・」
ココは、誰に言われる事もなく目を閉じると静かにその場で黙祷を捧げた。
「ココ・・・」
ローズもまた、誰に言われるまでもなく目を閉じると改めて先人たちに黙祷を捧げたのであった。
リメンバー・パールハーバー。同じ悲劇を繰り返さないためにもあの事件を忘れるな。
そよ風に吹かれていると、心なしか「今日の世界平和に誰よりも貢献したのは俺たちなんだぞ」と目の前の記念館が胸を張っているかのように思えてきてどこか誇らしくもあり、どこか悲しくもあった。
―WR2013⑤―
「私、ゆりかご。お前、ゆっくり揺られてぐっすり眠る。」
ユマ・ハートソンが生後間もないローズ家の長男シアン・ローズを抱きかかえながらゆっくりと揺さぶると、それまで泣きじゃくっていたシアンはまるでそれが嘘だったかのように眠りについた。
「お上手ね、ユマ。そこらのベビーシッターよりもよっぽど手馴れてるんじゃない?」
その手つきの良さにはローズの妻・ナンシーもただ感心するばかりだった。
「私、村いた頃、よく子供あやしてた。これぐらいお手のもの。」
寝息を立てているシアンをベビーベッドに寝かせてマゼンタがソファに座り、隣でくつろいでいるローズの愛猫・ラブ(アメリカンショートヘアー・♀)の頭をなでてやる。
「ただいま。」
そんな時にちょうどローズがハワイでのお勤めを終えて自宅へと帰ってきた。
「おっ、今日も幸せそうに眠っているな。」
ローズがベビーベッドを見ながら満面の笑みを浮かべる。
「あら、あなたったら簡単そうに言うけどこの幸せな寝顔を誰が守り続けていると思ってるのかしら?毎日ここにいたるまでの間に私もユマも日夜身を削っているのよ。」
「分かってるよ。だから僕だって休日は家事とかのフォローに入っているじゃないか。それに、一度マゼンタでしっかり鍛え上げられた君と子供と子猫のお世話ならプロ級のユマがいれば僕の出る幕はほとんどないかと思ってね。」
そこまで言うとローズは手洗いとうがいをするために速やかに洗面所へと姿を消した。
「全く、世界を救った正義のヒーローも子育てに関しては端役レベルなんだから。」
「ローズ、マゼンタ育てた実績ある。今度やってみる、きっと上手くいく。」
だが、ナンシーもユマもそんなローズに求めていたのは「子育て時のフォロー」ではなくれっきとした「子育て」だったのである。
「パパ、大変だよ!」
ある日曜日の朝、庭で番犬・クロイツ(ドーベルマン・♂)の手入れをしていたローズの前に長女・マゼンタが血相を変えて駆けつけてきた。
「どうしたんだいマゼンタ?」
「いつも見てるアニメに途中から緊急ニュースが入っちゃって・・・」
「それはよほどの一大事があっての措置だろう。来週また見ればいいんだからそんなに心配しなくてもいいよ。」
「だけど、ジャングルサファイアのロボットたちが遊園地を占拠して中にいたお客さんたちを人質にして立てこもってるんだよ!!」
「ジャングルサファイア?ああ、うちの系列の遊園地のロボットたちがね・・・って、何だって!?」
ダッ!
事を理解したローズは驚きのあまり顔を強張らせたまま即座にリビングへと直行した。
テレビはつけたままになっていて、画面ではいつも放映されている女児向けアニメが中断されてローズマングループが運営する南アフリカ共和国最大の遊園地・ジャングルサファイアが映し出されていた。
縄で縛られ泣き叫ぶ子どもたち。無残に壊され残骸と化した一部の娯楽施設。
そして、暴力と破壊を淡々と繰り返すロボットたちの無機質な瞳。
「何という事でしょう!子どもたちの夢を形にする遊園地という施設でロボットたちが暴徒と化して親子連れやカップルを次々と襲撃して地獄絵図を作り出しているのです!!我々としては一刻も早く警察と機動隊の到着を待って自体の沈静化を・・・うわっ!」
ドカッ!
あろうことか現場のレポーターまでもが襲撃を受けて映像がそこで中断される。
「これは一大事だな・・・」
まさか中国での一件に続いてまたしても自分の運営する施設で問題が発生してしまうとは。
しかも今回は相手が相手だし警察や機動隊で簡単に済むとは到底思えない。
「・・・よし!」
ローズは、人々の安全を確保するために(自身の運営責任も含めて)直接現場へと出向く決心をした。
「どうせ私が止めてもあなたは行くのでしょうね。」
「ナンシー・・・」
振り返ればそこにはナンシーとシアンを抱いたユマがいた。
「だけどこれだけは約束して。今回も絶対に無事で帰ってくるって。」
「ああ、分かってる。君が待ってくれている限り君を残して僕が朽ち果てるワケにはいかないからね。」
ローズがナンシーと抱擁を交わして強く約束する。
「ローズ。帰ったらお前、シアン、世話する。私たち家事する。だからお前シアン、世話する。」
「どうやら今度こそ逃げ道はないって事か・・・」
そして、その流れに便乗したユマによってシアンの世話も半ば強制的に約束されてしまうのだった。
「・・・・・」
「何だ、何も聞いて来ないのか?」
大西洋を斜断している自家用ヘリの助手席で、ローズ旧知のジャーナリスト・エリザベス・ブラウンは自国のタバコを吟味しながらまるでそこが指定席であるかのようにふんぞり返っていた。
「今回は私の愛猫は休暇でニューヨークに遊びに来ている交際相手に預けている。そいつ、いつの間にかブルックリンに別荘を持っていてな。そこで広々と遊び回っているだろうから心配はいらないぞ。」
「君の飼ってるマンチカンのメリーは確かに可愛いし君の交際相手には心当たりがあるけど今話すべき事はそういう話題ではないだろう?」
「まぁそう言ってくれるな。確かにお前がいたからこそガレフが討伐されて世界の平和が守られたのは認めるがそれからすぐに帰ってしまったお前に代わって本来お前がすべき事後処理を全部こなしたのはこの私なんだ。そこら辺は覚えておいてくれ。」
「・・・感謝するよ。」
数ヶ月前、ローズは仲間たちとともに世界に災厄を招き続けている宗教団体“ガレフ”を討伐して世界の危機を救った。だが、仲間たちは全員満身創痍で病院に運ばれ、唯一深手を負っていながらも動ける状態にあったローズ自身も妻の出産の報を聞かされて政府の要人たちに事後報告をする事もなくエリザベスに事情を話し、全てを委ねて帰国の途についたのである。
「大体このヘリだってパリに置いたままにしてお前は米軍の輸送機で帰ってしまったではないか。私が乗って帰らねば不法投棄と見なされて処分されていたのやもしれんのだぞ。」
エリザベスが痛い部分をチクチクと突いてくる。
「ま、邪悪を打ち滅ぼし平和に貢献した者は賞賛されて然るべきだと思うがそういった英雄たちには常に陰で支えながら力になっている者たちがいる。それをゆめゆめ忘れん事だ。」
「エリザベス。ある意味あなたの“口撃”はどのような“攻撃”よりも破壊力のある代物だ。色々と恐れ入ってしまったよ。」
流石のローズもそこまで言われると言い返す前にあっさりと引き下がってしまった。
「この前は同席されて困ったりもしたけど今回は正直な気持ちで歓迎する。あなたのような人がいればこの騒動に潜む何かを見つけ出すのが容易に進められるかもしれないからね。」
「うむ、いい答えだ。して、今回の着陸地点はいずこだ?」
「ケープタウンだよ。」
「ケープタウン?確か、お前の運営するロボット遊園地はヨハネスブルクにあったと思うのだが・・・」
「先に寄っておきたい場所があるのさ。」
そこまで話すとローズは高度を下げて陸地との距離を詰めた。
「なるほど。どうやらアフリカに到達したのは間違いないみたいだな。」
空から見えるは近代的な都市部とサバンナの野生動物たち。
エリザベスは、視界を通じて自分たちがアフリカに着いた事を確信した。
「しかしアレだな。アフリカというと砂漠とジャングルのイメージしかないから雪が積もってる場所や高層ビル群を見てると違和感が漂ってくるな。」
「それはあなたの偏った認識がそうさせているだけだ。願わくば今回の旅で考え直してもらいたいものだね。」
そうやって他愛もない会話を経てヘリが進んで行く。
やがて夕焼けが空を赤く染め始めた頃、ヘリは無事にローズマングループが運営するケープタウンの飛行場に着陸したのであった。
「して、ここは一体誰の屋敷だ?」
飛行場より徒歩10分。豪邸とは言えないまでも相応の風格を匂わせているそのたたずまいを前にエリザベスは奇妙な表情を浮かべた。
「そもそも問題は現在進行形で起こっているのだぞ。本来なら真っ先にヨハネスに向かうのが筋だと思うがなにゆえケープタウンでこのような屋敷に立ち寄る必要があるというのだ?まさかここに愛人でも住まわせて・・・」
「お嬢さん、わしの愛人になってくれるとな?」
「・・・っと!」
急に背後から声をかけられてエリザベスが驚く。
だが、その男性は彼女にとってもよく見知った顔に他ならなかったのである。
「あなたは・・・」
「そういう事だよエリザベス。」
ローズがその通りだと言わんばかりに首を縦に振りながらエリザベスの肩に手をのせる。
「久しぶりじゃなローズ。そして、はじめましてお嬢さん。」
両脇に草むら程度に残されて素肌がむき出しの頭頂部。天狗をさらに膨れ上がらせたような奇妙な形の鼻。
そして、小太りな体形が醸し出す優しそうな雰囲気。
「わしがローズマングループロボット開発部門の第一人者・プレトリアじゃ。以後よろしく頼むぞい。」
プレトリアは、好々爺といった顔つきで自己紹介を済ませると速やかに家の中へと引き上げて行った。
「ほれ、早く来んか。わしに用があってここに来たのじゃろう?」
ローズとエリザベスもプレトリアに言われると速やかに家の中にお邪魔したのであった。
「これは・・・」
「なるほど、ここは当時と全く変わっていないようで一安心です。」
上がるや否やすぐに案内された地下の広大な研究施設はエリザベスには驚きを、ローズには懐かしさを与えていた。
「ローズよ、それは違うぞ。お前にしてみればあの頃と何も変わらぬ地下工場やもしれんがあれから数多の工具をリニューアルした上に床の張り替えまで施して今日に至っておるのじゃ。安心してくれるのは嬉しいがそういった部分にもしっかり目を向けてくれんとわしも捻くれてしまうぞい。」
テーブルの向かいの席でプレトリアが子供のようにすねた顔でそっぽを向く。
「これは失礼。ここを最後に訪れたのはもう5年も前になるから記憶が曖昧になっていたみたいですね。」
「全く、多忙なのは分かるが若いんじゃから少々前の記憶ぐらいハッキリさせておかんといかんぞ。」
ローズに謝られたからかプレトリアの表情が多少ながらも和らぐ。
「プレトリア博士、お客様、お飲み物の用意が出来まシタ。」
そんな時、近くの扉が自動で開いて額に大型の絆創膏を貼った坊主頭の少年がトレイを持って入ってきた。
「ほほう、少年型のロボットですな。」
「お嬢さん、あんたなかなか察しのいい女じゃな。その通り。この子は“ミツメット”といって一昨年にわしが作り上げた丁稚ロボットじゃ。」
エリザベスの洞察力に感心したのかプレトリアの表情はいつの間にか元の好々爺に戻っていた。
「本日のお飲み物はアフリカンコーヒーデス。ゆっくりと召し上ガレ。」
人数分のカップをテーブルに置くと少年型ロボット・ミツメットは一礼をして部屋を後にした。
「うーむ。“アメリカンコーヒー”ならぬ“アフリカンコーヒー”と来ましたか。」
「さよう。“アメリカンコーヒー”ならぬ“アフリカンコーヒー”じゃ。何を隠そうこのコーヒーを発明したのは他ならぬわしなんじゃぞ。ささ、遠慮はいらん。程々に冷ましておるからローズもお嬢さんもぐぐっといきなされ。」
自分の作ったコーヒーを飲んでもらいたいからなのかプレトリアの目がキラキラと輝いていた。
「では博士の珠玉の一品を遠慮なく。」
ローズがコーヒーをのどの奥へと流し込む。
すると、程よい甘さと芳しい香りがソフトなタッチで味覚を刺激した。
「なるほど、これはいい味だ。砂糖もミルクも加味せずにこうも心地よい味わいを堪能出来るコーヒーなんて生まれて初めてです。」
それは、お世辞でも社交辞令でもない本心から出たローズの言葉だった。
「どれ。」
そんなローズの脇でエリザベスも飲み始める。
「・・・確かにこれはいい意味で珍味と呼べる味だな。専らコーヒーはビター派の私でもこの甘さは許容範囲と言える。」
「そうじゃろうそうじゃろう。かつて暗黒大陸とまで呼ばれていたアフリカの栄えある未来の世界を想起しながら希望をブレンドして作り上げたわしの自信作がうまいのは当然の話じゃ。」
一人で勝手に納得したかのようにプレトリアが腕を組んだままクビを縦に振る。
だがこの“アフリカンコーヒー”という飲料がローズたちに心地よい味わいを与えているのは間違いなく事実だった。
「時にローズよ。お前がわしをたずねてここに来たのは何か用があっての事なのじゃろう?」
「はい。」
「ならば話してみなさい。どんな用件かは知らんが人生経験の豊富なわしなら少々の事には驚きゃせんから。」
「実を言うと、博士が作ったロボットたちが暴徒と化して民間人を襲撃してるんです。」
ブブーッ!!
プレトリアが飲んでいたコーヒーを威勢良く噴き散らかす。
「ゲホッ、ゲホッ・・・何じゃと・・・わしの作った子供たちが一般市民に手を上げておると言うのか!?」
「はい。先日テレビをつけてたら緊急中継が入ってきてジャングルサファイアのロボットたちが施設を壊し、お客さんを襲い暴れ回っていたんです。それでこのままでは被害が拡大すると思って僕は生みの親である博士の力も借りたくてここに来たんです。」
「何という事じゃ・・・テレビなぞここ数日見てもおらんかったら全然知らんかったわい・・・いや、それよりも何故心優しきあの子たちが急にそのような真似を・・・」
余裕を見ていたプレトリアが事情を知って狼狽する。
「だからそれを調べるがために今からヨハネスブルクに向かうのです。ローズマングループが運営している遊園地で博士の作ったロボットが暴れている以上僕と博士が行かないワケにはいかないでしょう?」
「それはそうじゃが・・・」
「ミスタープレトリア。こう見えても私はニューヨークでは名の知れたジャーナリストだ。ロボットたちの件については詳しく知らないが作った張本人がこのような事態に責任を丸投げするのであれば記事を通じてあなたを容赦なく断罪させてもらうぞ。」
事情を知っても煮え切らない態度を取るプレトリアに今度はエリザベスが釘を刺す。
「お嬢さん・・・」
こうなると選択肢は一つしか残されていなかった。
「分かったよ。ならばわしもお前さんたちと一緒にヨハネスへ出向き真相を確かめさせてもらうとするよ。」
「感謝します。」
「今から身支度をしてミツメットの奴に色々と言付けて来るからしばし待っておれ。」
プレトリアはミツメットが出て行った自動扉と同じ扉から出て部屋を後にした。
「しかし・・・品行方正だったロボットたちが作り手の知らぬところで急にキラーマシンと化すなどとは奇妙な話もあるものだな。」
ローズと二人きりになった研究室でエリザベスが口を開く。
「正直僕には今回の件に関して心当たりがないワケでもないんだ。」
「ほぉ・・・このような事態を引き起こせるような存在にも思い当たる節があるとはお前も随分と顔が広いものだな。」
「願わくば当たりたくなかった部類なんだけどね・・・」
ローズはそれ以上“心当たり”に関して口を開こうとはしなかった。
確証もなかったし、そうであってほしくないと思っていたから。
「・・・・・」
プレトリアはヘリの後部座席でカバンを抱きかかえたまま目を閉じてずっと黙りこくっていた。
「ミスタープレトリア。心中は察するがそう沈んでくれるな。まだ壊滅的な被害が出たと決まったワケでもないんだし悲観的になるには早すぎる。」
「そうですよ。もしかしたら僕たちが着いた頃にはもう南アフリカの警察や治安部隊が事を済ませているかもしれないしあるいはロボットたちが元に戻っているかもしれません。楽観的にとまでは言いませんがあまり深刻に考えるのはよしましょう。」
明らかに気持ちが塞ぎ込んでいたプレトリアにローズとエリザベスが声をかけるも反応は皆無だった。
「・・・博士、もういい加減しょげてる時間もなさそうですよ。」
ヨハネスブルクに到着したヘリは既にローズマングループが運営する遊園地・ジャングルサファイアを視界にとらえていた。
だが、そこから見える光景はとても楽観視が出来るような世界とは言えそうにない代物だった。
「これは酷いな・・・」
跡形もなく破壊されて瓦礫の山と化した遊具施設の数々。立ち向かうも歯が立たず返り討ちにあったのであろう倒れている警官や機動隊の人々。
そして、残った施設を桁違いの腕力で容赦なく破壊し続けているロボットたち。
「それ見た事か。何が“事を済ませているかもしれない”じゃ・・・」
自国の警察や治安部隊の精鋭たちが束になったところで自分の作ったロボットに太刀打ち出来るはずがないのは分かりきっていたし都合良くロボットたちが元に戻っているとも到底思えなかったプレトリアだったが、上空から見える世界は予想以上の絶望感をもって自責の念をもたらしていた。
「・・・現状がどうあれ僕たちはもう先へ進むしかないんです・・・行きましょう!」
ローズはそれ以上何も言わずヘリをパーキングエリアの飛行機専用スペースへと降下して、ゆっくりと着陸させた。
「ようやく目的地に到着か。ま、ここからが本番になるワケだがな。」
エリザベスが真っ先に下車をしてその後にローズ・プレトリアと続く。
「しかし不謹慎だがこのような事態ゆえにチケット代を払わずに入場出来るのはある意味得した気分に・・・」
「おっとお嬢さん、誰がタダで入っていいと言いましたかな?」
先頭を切って歩いていたエリザベスの目の前に明らかに異常な目つきをした男が手もみをしながら現れる。
「今は緊急時でござんすから一人頭50万ランド(=南アフリカ共和国の通貨)の入場料を払ってもらうでやんす。」
法外な金額の請求にローズたちが目を丸くする。
「あ、でも今回は特別にドル支払いを許可するでやんすよ。ただし・・・その場合は各人100万ドルずつになっちまうんでげすがね~。」
歯を剥き出しにして男が気持ち悪い笑い声を立てる。
「お前、ここの職員ではないな?」
「うっしっし、ご名答。あっしはあるお方の命で緊急時の見張りを担当されたガムエッグって小間使いでやんす。せっかく警察連中どもが全滅して面白い事になってるってのに今さら邪魔立てはさせねぇでやんすよ。」
ニヤニヤと笑いながらガムエッグが懐からナイフを取り出して刃先をエリザベスにちらつかせてくる。
「ガムエッグと言ったね?君が自分のやっている事が・・・」
「ローズ、手出しは無用だ。この醜悪な三下は私に興味があるみたいだから私が相手をする。」
そんな状況下に介入を試みたローズだったがそれはエリザベスに止められた。
「キーッ!嬉しいでやんすね~。こんな美人の熟女があっしとマンツーマンを希望するとは光栄でげすよ。だったらこのナイフで服も体も刻み込んでしまうでやんすー!!」
「はっ!」
意気揚々とナイフを突き出したガムエッグだったが簡単によけられてその手首をつかまれる。
「たあっ!」
ドガアッ!!
直後、エリザベスの見事なまでの一本背負いがガムエッグへと炸裂した。
「がが、ぎ、が・・・こ、このアマ・・・」
「とおっ!」
ドボッ!!
起き上がる間を与えずにエリザベスが両足から腹部へと飛び乗る。
「ぐぎゃ!」
その衝撃が追い討ちとなりガムエッグは目を剥いてその場にのびてしまった。
「ふむ、身をもって熟女を体感出来たのだからさぞや本望であろう。さあ、先を急ぐとしよう。」
いつもと変わらぬクールなスタイルを崩さぬまま、エリザベスは速やかに入場門をくぐって中へと進んだ。
「博士。本当に怖いのはああいう女性を本気で起こらせた時ですよ。」
「いやはや、アメリカ人の妻を持つ男が不幸というジョークが分かってきたような気がするわい・・・」
ローズとプレトリアもその後を追って門をくぐり、もはや遊園地とは呼べなくなってしまった遊園地へと進んで行ったのであった。
「大丈夫ですか!?」
「ああ、みんな命に別状はないんだが徹底的に痛めつけられて立てないんだ・・・」
ローズたちより先に突入をしていた警察と機動隊は上空から見た通り一人残らず重傷を負わされてその場に倒れていた。
「ローズよ、どうやらみんなまんべんなく均等に痛めつけられているみたいだぞ。だがその割には・・・」
「そうみたいだね。」
彼らがまんべんなく痛めつけられて重傷を負わされていたのは否定しようのない事実だったもののその中で死者は一人も出ていなかったのである。
「やれ、一時はどうなる事かと思うたが死人がおらんようで一安心じゃ。」
機内での時と比べると明らかに表情にやわらかさが戻っていたプレトリアが汗を拭きながら大きく息を吐く。
「誰がこのような事態を引き起こしたのかは知らんがわしが仕込んだ“ロボット3か条”が最低限の良心を守ってくれたという事じゃな・・・」
「ロボット3か条?」
「そうじゃ。わしが全てのロボットにプログラミングした上で何度も教えてきた人間とロボットによる平和な世界を築くための掟のようなものじゃ。」
ある程度の事情を察しているローズとよく理解していないエリザベスを前にプレトリアが力説する。
「あの子たちには人間のそれとは比較にならないほどの力が備わっておる。それは一度暴走を起こしてしまうと世界を滅ぼしかねんほどの破壊力を秘めておると言っても過言ではないじゃろう。だからわしはあの子たちが過ちを犯さぬようロボット3か条を作って守らせておったのじゃ。」
一つ。人を殺めてはならない。
二つ。己を作った者の命令には従わなければならない。
三つ。己の命を大切にしなければならない。
これがプレトリアの作ったロボット3か条によって提示されたルールだった。
「なるほど、それが掟だと言うのなら少なくとも違反はしていないという事になるな。だが・・・」
エリザベスが視線を遠くの遊具施設の密集地帯へと向ける。
その目は、縄で縛られたまま泣き叫ぶ子供たちや困惑した表情を浮かべている大人たちを尻目に遊具で遊びふけっている少年ロボットたちや設備を壊しながら歓喜の声を上げている大人ロボットたちの姿を間違いなくとらえていた。
「この遊園地のスタッフである彼らがあのような行為を繰り広げているこの現状はいかがなものだろうな?」
「ぐぬぬぬぬ・・・」
痛いところを突かれてプレトリアが紅潮する。
「少なくとも死人が出ていないのは良かったにしろそれは最低限の救いだ。これ程の怪我人と人質を出した上に今なお破壊活動を続けている彼らを前にしてこれでいいのと高らかに言えるのかという話だ。」
エリザベスの言葉にプレトリアの顔つきが湯気が沸き出そうな勢いでますます紅潮する。
「エリザベス、何もそこまで・・・」
「ローズよ。これはお前だけの問題ではない。彼にも責任の一端を背負うべき問題だ。」
仲裁に入ったローズをエリザベスがやんわりと遮る。
「さあミスタープレトリア。これでいいのか?構わないのか?」
「い・・・い・・・」
握りこぶしを震わせながらプレトリアが声を絞り出す。
「い?」
「いかーーーーーーーん!!!!!!!」
大音量の絶叫が半ば廃墟と化した遊園地全体に響き渡った。
「いかんいかんいかんいかんいかんいかんいかんいかんいかんいかんいかんいかんいかんいかんいかんいかんげそん!!」
子供のようにわめき散らすその姿はまさに滑稽そのものだった。
だが、それこそがプレトリアの決意表明でもあったのだ。
「こうなったらわしが腕ずくでもあの子たちを食い止めてやる!」
小太りの体を揺すらせながらのっしのっしと前に進む。
「それと、お嬢さん!散々わしを煽ってきたんじゃからこうなったら道連れになってもらうぞ!!」
「ふん、道連れも何も最初からそのつもりだ。せいぜい足を引っ張らないように頼むぞ。」
エリザベスが当然だと言わんばかりにそんなプレトリアの後に続く。
「エリザベス・・・」
「私はミスタープレトリアのサポートに入る。お前は他にいるであろうロボットたちの暴走を阻止する方に回ってくれ。」
そして、これまた当然と言わんばかりにローズに別行動を指示する。
「お前も知っての通りここにおるロボットの数はかなりの物じゃ。まとまって動くよりも二手に分かれたほうが効率良く片付くじゃろう。そして・・・わしらよりも戦闘に秀でておるお前が単独で動く方が得策であろう?」
プレトリアもそれは同意見だった。
「・・・分かりました。ならば僕は残りのロボットたちの相手を担当します。」
ローズもまたそれが最善策だと思ったのですんなりと同意した。
「そうと決まれば行動開始じゃ!必ずやあの子たちを食い止めてジャングルサファイアを守るぞ!」
「「イエス!!」」
こうして、プレトリアの音頭によって各人がそれぞれのミッションへと向かったのであった。
プチン!
ローズは客人も乗せずに回り続けているメリーゴーランドの電源を迷う事なく切り落とした。
「ちょっと!何すんのよ!!」
一人楽しく白馬に跨っていた少女ロボットが膨れっ面で駆け寄ってくる。
「誰かは知らないけどあたしが遊んでるのを邪魔しないでよね!」
「悪いけどこれはここを訪れた人たちが楽しむための乗り物なんだ。君が一人で乗り回す物ではない。」
「フン。知らないおじさんのクセにあたしに指図しないでよね。」
「・・・・・・」
ローズは、その言動だけでなく焦点の定まっていない少女ロボットの目に違和感を感じた。
「何よ!急に黙りこくって人の顔をジロジロと・・・お兄ちゃんに言いつけてやるんだから!!」
「ちょっと待ってくれ!」
ローズが踵を返してどこかへ立ち去ろうとする少女ロボットの前に回りこむ。
「やはりか・・・!」
再度その目を覗き込んでローズは確信した。
~あの時の彼らと一緒だ・・・!~
かつて、自身が運営する中国の農場で作業者たちが催眠術によって洗脳されて大麻を栽培させられていた。あの時も、作業者たちはこんな目をしていて明らかに間違いを犯している自分たちの行為に罪の意識すら持ち合わせていなかった。
~すると、黒幕は・・・!~
「何なのよ!さっきから気味の悪い!!あたしが女の子だと思って甘く見てると痛い目を見るわよ!!」
堪忍袋の緒が切れたのか少女ロボットがローズに拳を繰り出す。
パシッ!
「なるほど、いいパンチだ。少女とはいえ相手がロボットともなると一撃の重みが違うね。」
少女ロボットのストレートを右手で受け止めながらローズが口を開く。
「ど・・・どうして人間のおじさんがあたしのパンチを受け止めて平気でいられるの・・・?」
拳をガッチリとつかまれて自分の腕力でも振り切れないその力に少女ロボットが動揺する。
「どうだろうね。強いて言うなら体の鍛え方かな。でも、君のような相手に拳を振るうのは好きじゃない。悪いけどこれで終わりにしよう。」
ローズが左手を少女ロボットに向けてそこからそよ風を発生させた。
「ディープスリーパー!」
「ううっ、おにい・・・ちゃん・・・」
そよ風を浴びた少女ロボットは、抵抗するすべもなくそのまま深い眠りに落ちてしまった。
「やれやれ・・・」
眠ってしまった少女ロボットを近くのベンチに寝かせると、ほぼ確定してしまった嫌な予感を胸にローズは先を急いだのであった。
「ローズローキック・ダブル!!」
グシャグシャッ!
洗脳によって次々と襲い来るロボットたちの両足を「修復可能程度に」破壊して動きを塞ぎながらローズが先へと進む。
~恨まないでくれよ、みんな・・・~
極力は睡眠効果のある風魔法で眠らせたかったローズだったが少女ロボット以降は効果がある者はほとんどおらず、9割方のロボットたちには止む無く両膝や両足首への打撃攻撃で対処した。
「よぉオッサン!俺たち相手に随分と頑張ってるじゃねーか!!」
連戦に連戦が続いたローズの前に今度は小柄な少年ロボットが姿を見せた。
「君は・・・」
この少年ロボットも先ほどの少女ロボットに同じく目つきがおかしく洗脳されているのは間違いなさそうだった。
「オイラの名前はジェットマーズ。この遊園地の親分の弟分さ。」
少年ロボット・ジェットマーズが名乗りを上げながら親指を自分の方に向けている。
「そうか。ならばその親分とやらに今ロボットたちが繰り広げている暴挙を止めさせるように君から言ってもらえないだろうか。」
「はぁ?そいつは出来ねーぞオッサン。ここはもうオイラたちが占拠してるんだ。乗りたい物に乗って壊したい物は壊す。ロボットたちのユートピアを人間たちの好きなようにさせてたまるかってんだ。」
「ここのスタッフは確かに君たちかもしれないけど運営しているのは僕なんだ。厚かましいかもしれないけど責任者の指示には従ってほしい。」
「へー・・・だったらオイラを捕まえてみな!!」
「!」
ジェットマーズは不意を突いて駆け出し、巨大迷路の中へと逃げ込んだ。
「上等だ!学生時代のスプリンターを甘く見るなよ、少年!!」
ローズもまた、ジェットマーズの後を追って巨大迷路へと突入したのであった。
「わーい1等賞!」
ジェットマーズは何度となく行き止まりにあたりながらも根気強く練り歩き、約30分間の紆余曲折の末にようやくゴール地点へとたどり着いた。
「おめでとう。随分と苦戦してたけどよく頑張ったじゃないか。」
「当ったり前だい!オイラは天下のジェットマーズ様だぞ・・・?」
送られた褒め言葉にジェットマーズが思わず違和感を覚える。
「僕のほうが推定5分は早く着いていたかな。」
「げげーっ!」
そこには、さも当たり前のようにローズが待ち構えていたのである。
「やっぱりアレだよね。こういう場所って足の速さじゃなくて知恵と経験がモノを言うって言うのかな?つまり、君が少しぐらい息巻いたところで僕の前では子供の遊びも同然だったというワケさ。」
「・・・・・」
ジェットマーズが露骨に不機嫌そうな顔をする。
「ケッ!ずっとさまよってりゃ良かったものを・・・オイラを怒らしちまったせいで今からオッサンはこの手でペシャンコにされちまうんだからな!」
「!!」
バコオォォッ!!!
不意打ちで飛んできたジェットマーズの右ストレートをローズは間一髪でかわした。
そして、ローズの代わりに拳を受けた背後の壁は見事なまでに全壊していた。
「なるほど、これまでのロボットたちとは格が違うというワケか・・・」
「当然でい!オイラの破壊力があればオッサンなんてバッキバキのボッコボコなんだからな!!」
休む間もなくジェットマーズの拳がローズを襲い続ける。
「どうだどうだ!オイラの攻撃力があれば破壊の神だって5分で始末出来るんだぞ!」
「それは頼もしいな、少年。だけど・・・規格外の力に任せて何も考えずに乱発しているだけの君は大事な盲点を見落としている!」
「何だと!?」
「リーチなら僕のほうが上だ!カウンターローズストレート!!」
バゴッ!
絵に描いたようなカウンターパンチがジェットマーズの顎に炸裂する。
「いってぇなぁ・・・まさかロボットのオイラが痛みを感じるようなパンチをオッサンが撃ってくるとは思いもしなかったぜ。だが、もう本気の本気で許さねー!うおーーー!!!」
「悪いけどこれで終わりだ!」
怒りに任せて飛びかかってくるジェットマーズを前にローズが両手をかざす。
「凍てつけ、スパイラルブリザード!」
「わあぁ!!」
拳を振り下ろす前にジェットマーズの両腕と両足が氷漬けにされる。
「ちくしょう、どうなってやがんだ、動かねぇ!」
「またしても経験の差が出てしまったね。単なる力自慢の君と幾多もの修羅場を潜り抜けてきた僕では勝負以前の問題だったのさ。窮屈かもしれないが事が済むまでそこで大人しくしておいてくれ!」
「ちくしょう!ちくしょう!」
こうして、悔しがるジェットマーズを尻目にローズは巨大迷路を後にしてその先へと進んだのであった。
パパパン、パパパン!
「!」
その音に反応したローズはすかさず近くにあった大型コーヒーカップの陰に回避した。
~危なかった、もう少し反応が遅れていたら・・・!~
それは間違いなく銃弾だった。
だが、人の気配は全く感じられずそれがどこから飛んできたのかは皆目見当がつきそうになかった。
~潜伏先は遠そうだな・・・ならば!~
ローズがカップから離れて姿を見せる。
パパパン、パパパン!
すると再び銃弾の雨がローズへと飛んできた。
ダッ!
パパパン、パパパン!パパパン、パパパン!
ひっきりなしに飛んでくる弾を走ってかわしながらもローズは横目でその方角を確認する。
~高目から弾が飛んでくる・・・それも、上空から降ってくるかのような高さから飛んでくる・・・まさか!!~
ローズは「発砲している誰か」の潜伏先を頭の中で割り出すとそこを目指して一目散に駆け抜けた。
「はあっ!」
無数に襲い来る銃弾を避けながらも跳躍力を駆使してローズが高く飛び上がる。
「シューティングローズ!!」
そして、光の速度で飛び蹴りを繰り出すとそれを巨大観覧車の中心部へと直撃させた。
ガアァァァン!!!!!!
その一撃を受けて観覧車全体がぐらりと揺れる。
ドシーン!!!!!!!!
次の瞬間、バランスを崩した観覧車は見事なまでに倒れてしまった。
「わああっ!!」
観覧車の一つから細身の少年ロボットが出てきて悲鳴を上げながら逃走する。
ローズはその少年ロボットの手に拳銃が握られているのを見逃さなかった。
「待てっ!」
走力の違いなのか少年ロボットは懸命に逃げるもあっさりとローズに追いつかれてしまう。
「ローズスライディング!」
「わあ!!」
ドサアッ!
足元をすくわれて少年ロボットの逃走はあっさりと終わってしまった。
「これは子供が持ち歩くものではない、没収だ!」
ローズは少年ロボットから拳銃を奪い取ると中の実弾を全部抜き取った。
「ご、ごめんなさいごめんなさい、本当にごめんなさい!」
少年ロボットは抵抗すらせず土下座をしてひたすら地面に頭をこすり付けていた。
「そうか、君もか・・・」
この少年ロボットもこれまでのロボットたちの例に違わず洗脳を受けた者の目をしていた。
だが、その見た目と拳銃を所持していながらも自分を前にしてすぐに逃走した立ち振る舞いから察すれば元来から気の弱い性格なのだとローズには容易に想像がついた。
「ぼ、僕は兄さんに人間の侵入者を排除するように命令されただけなんです!僕の意思ではありません!!」
「構わないよ。だけど・・・申し訳ない気持ちがあるのならその兄さんの居場所を教えてくれないかな。」
「は、はい!兄はジャングルサファイアの現場責任者なのでこの先の管理局にいます!」
「そうか、ありがとう。ご協力感謝する。」
ローズは手を差し出すと跪いていた少年ロボットの手をつかんで立たせてやった。
「えっと、その・・・許してもらえるのでしょうか?」
「許す事なんて何もない。実害が生じなかったんだからこの件は水に流そうじゃないか。」
罪悪感を抱えていた少年ロボットをローズは責め立てようとはしなかった。
「僕の名前はホワイト・ローズ。ここの運営責任者だ。以後、覚えておいてくれ。」
「は・・・はい!ちなみに僕はここで主に清掃を担当しているコボルトといいます!ローズさん、兄はとてつもなく強いですがどうかご健闘を!!」
洗脳を受けていながらも少年ロボット・コボルトは礼儀正しくローズを見送った。
「ふむ・・・」
それが洗脳が解けつつあるからなのか元来の性格がそうさせるのかは分からなかったけど、それを検証している暇もなさそうだったのでローズは先を急ぐ事にした。
ローズが方々で戦いを繰り広げていた一方で、エリザベスとプレトリアは破壊活動を延々と続けていた大人ロボットたちを相手に激戦を繰り広げていた。
「たあっ!はあっ!」
力の差が歴然としているロボットを前にしても的確な動きと効果のある打撃技で互角以上の戦いを披露するエリザベス。
「うおーっ!!」
両腕を高速回転させながら独楽のように回って次々と大人ロボットたちを吹き飛ばすプレトリア。
両者の奮闘によって大人ロボットたちの暴走が終わるのも時間の問題だった。
「ミスタープレトリア、恐れ入ったよ。まさか老体のあなたにそのような並外れた力が残されていようとはな。」
「はっは、お嬢さん。見くびってもらっては困る。この両腕はわしが作った人工の義手なのじゃよ。」
「何だと!?」
戦況に余裕が出てきたので雑談を挟んだエリザベスが思わぬ事実を耳にする。
「10年ぐらい前にわしの両腕は度重なる酷使もあって動かなくなる寸前まできておったのじゃ。それで医者に見せたら普通の治療では完治は不可能だと言われてな・・・それでわしは残った力を駆使して義手を作り上げ、その医者によって移植してもらったというワケじゃ。」
だが、肉眼で見るその両腕は普通の人間の両腕そのものだった。
「全く、ここまで完全な形で移植したその医者も医者ならここまで完全な形の義手を作り上げたあなたもあなただ。重ね重ね恐れ入るというものだ。」
「さ、おしゃべりはこのぐらいにしてそろそろ仕上げに入るぞい!」
義手自慢をして気を良くしたのかプレトリアの足取りが見て分かるほどに軽くなる。
エリザベスは苦笑いを浮かべると、速やかに残りの大人ロボットたちへの粛清に戻ったのであった。
「・・・・・」
管理局の前に4メートルはあろうかというな強面の巨大ロボットが待ち受けていた。
「貴様、何用だ?この周辺は部外者は立ち入り禁止だぞ?」
「僕はこの遊園地を運営しているローズマングループのCEOホワイト・ローズだ。部外者どころか最高責任者といっても過言ではないだろう。君が何者かは知らないが早く局内に通してくれ。」
「ホワイト・ローズだと・・・?」
ローズの名前を耳にして巨大ロボットの表情が険しくなる。
「そうか。貴様が我が主の宿敵ホワイト・ローズなのか・・・」
「君は・・・」
その目に洗脳の形跡はなく、この巨大ロボットは黒幕が送り込んだ刺客なのだとローズは直感で理解した。
「残念ながら主は今、一大プロジェクトを実行に移すための下準備でここを空けている。よって、主に代わってこの俺が貴様の命を頂く、覚悟!」
バキイッ!
「ぐはっ!」
ヘビー級のパンチをさらに重くしたような一撃がローズの顔面を直撃した。
「へぇ・・・不意打ちとは卑怯極まりないけどいい拳を持ってるじゃないか。リングに上がればチャンピオンベルトが手に入るかもしれないよ?」
「ふん、俺の拳を受けてなおもそのような減らず口が叩けるとは流石はホワイト・ローズといったところか。だがしかし、空元気を見せ付けたところでこの俺を動揺させるなどという手は通じんぞ。」
巨大ロボットが威嚇するかのようににらみつけてくる。
「まぁいい、冥土の土産に教えておいてやる。俺の名はプルートン。ジャンマルク様の手によって地獄の底からよみがえった星をも撃ち砕く最強のロボットだっ!!」
巨大ロボット・プルートンが頭部にある二つの角から稲妻を発生させる。
「うけよ!ライトニングストライク!!」
「ローズカーテン!」
プルートンの角から放たれた稲妻をローズが魔法防御壁で遮る。
だが、次の瞬間プルートンは既にローズとの距離を詰めていた。
「グレーテストアッパー!!」
バゴオォォォッ・・・!!
巨体のプルートンが体をかがめてすくい上げるように放ったアッパーをまともにくらったローズは絵に描いたように宙を舞い、地面にはいつくばった。
「これで分かっただろう?貴様がどのような戦歴を持っているかは知らんがそんな実績は俺の前では塵にもならんという事だ。いくら並の人間より鍛え上げているとはいえ俺の拳を二つも受ければもはや立ち向かう気力すら残っていないであろう?」
「・・・なるほど、改めていい拳だと言わせてもらおう。だけど!」
力で圧倒され続けたプルートンを前にローズがゆっくりと起き上がる。
「何のつもりだ?そのままはいつくばっていれば稲妻で楽に感電死させてやろうと思っていたものを・・・」
「ここで終わるワケにはいかなんでね。悪あがきかもしれないけど立ち上がらせてもらったよ!」
「ほぉ・・・ならば全身の骨を砕いた上で肉片までも踏み潰してくれる!!」
再度プルートンがスピードを活かしてローズとの距離を詰める。
「ローズミスト!」
「何っ・・・?」
だが、ローズは霧を放ってすかさずプルートンから視界を奪い取ったのである。
「ふん、このような小細工で俺が倒せるとでも思ったか。甘すぎるわ!!」
プルートンが回転して風を起こしながら霧を蹴散らす。
やがて、周囲が少しずつ見えてきたところでプルートンはローズの後ろ姿をはっきりと視界にとらえた。
「見つけたぞ、ホワイト・ローズ!!」
プルートンはすかさず背中から抱き上げてローズの動きを封じた。
「俺との抱擁を経てあの世へと旅立たせてくれる・・・感謝しろ!」
プルートンが渾身の力でローズを締め上げる。
「さあ、まずは胸骨を砕いてかろうじて息が出来る程度の呼吸困難に陥れてやる・・・」
ブチン!
だが、プルートンの狙いも空しく締め上げたローズの体はあっさりと真っ二つに裂けてしまった。
「な・・・何だと!?」
あまりにも呆気なく壊れたローズの体にプルートンが違和感を覚えて転げ落ちたローズの上部をつまみ上げる。
「これは・・・!」
それは、ローズの服を着ただけのピエロの人形だった。
「引っかかったなプルートン!!」
「ローズ、貴様どこだ!どこにいるっ!?」
プルートンが周囲を見渡すも声だけでローズの姿が見えてこない。
「ここだっ!」
「!!」
振り返ったその時、ローズはプルートンの背後斜め上空から光速で落下していた。
「くらえっ、シューティングハイパーローズストレート!!」
グシャアッ!!
その一撃でローズは体ごとプルートンの胸部を突き抜けた。
「どうやら力に過信しすぎていたようだね。その慢心が僕のダミーを見抜けなかった君の敗因だ。」
「この俺が、人間一人にやられたというのか・・・」
信じられないといった表情のままプルートンが片ひざをつく。
「クッ、ククク・・・見事だぞ、ホワイト・ローズ・・・・・・だが、なまじ強かったばかりに貴様はこれから本当の地獄を見る事になるのだ・・・その時にはきっと、ここで死んでいれば良かったと後悔する羽目になるであろう・・・・・・ぐああっ!!」
ドゴオーーーーーーーン!!!!!!!
胸部を破壊されたプルートンは大爆発を起こし、跡形もなく消滅した。
「本当の地獄・・・か。」
プルートンの言葉を復唱しながらローズの表情が曇る。
「それにしても・・・」
プルートンは確かに言った。「ジャンマルクの手でよみがえった」と。
「まだこのような行為を繰り返すつもりなのか・・・!」
ローズは、いらだつ気持ちを抑えながらも現存している施設の中で唯一の未確認である管理局の内部へと踏み込んだのである。
「ようこそホワイト・ローズ。まさか僕のところまでやって来るとは思いもしなかったよ。」
管理室中央のソファに座っていた少年ロボットがうつろな瞳をしたまま棒読みでローズの到来を出迎えた。
「僕の名はアトモス。このジャングルサファイアの現場責任者だ。ここは近々ロボットのユートピアとして生まれ変わる。そうなったら人間たちは一切立ち入り禁止だ。」
現場責任者を務める少年ロボット・アトモスもまた洗脳によって心を奪われたロボットの中の一人に違いなさそうだった。
「アトモス、君は操られているんだ。これまでの君は仲間たちを使ってこんな行為に及ぶようなロボットではなかったはずだ。目を覚ましてくれ。」
「よく言うよ。運営する最高責任者の立場にありながら僕たちの名前すら知らなかったクセに。」
「それは・・・」
ローズは、今名乗りを上げた事でこの少年ロボットの名前がアトモスだと知った。
このジャングルサファイアを視察の意味で訪れた経験はあったもののそれは10年以上も前の話でローズは今ここで働いているロボットたちの名前など誰一人知らなかったのである。
「そんな男が僕たちの遊園地のに口を挟む資格なんてない。出て行け!」
「残念だがそうは行かない!」
勢いに押されかけていたローズだったが押し切られる寸前でどうにか踏みとどまった。
「確かに僕は多忙にかまけてジャングルサファイアの内情をろくに知らないまま責任者面をしていたかもしれない、それは反省する。だけど・・・君たちの人間への暴力と破壊行為は全くの別問題だ。これ以上続けるのであれば僕の手で君を罰さねばならない。」
「なるほど、都合が悪くなると論点をすり替えて相手の責任を追及する。最も高尚で話の分かるアメリカ人ですらこの有様ならロボットが人間と分かり合える未来など永久に望めないという事か。」
「待ってくれ、君は・・・」
「アトミックパンチ!」
立ち上がったアトモスによってローズは有無を言わさず殴り飛ばされる。
その拳にプルートンほどの破壊力はなかったものの疲弊していたローズには結構なダメージとなった。
「くっ・・・」
「距離を取っても無駄だよ、ホーミングアームキャノン!」
アトモスの腕が飛び道具となってローズへと襲い来る。
ローズが懸命に回避するもその腕はローズを追撃して爆発した。
ドカァン!
爆発に巻き込まれてローズが負傷する。
だが、飛び道具となって消えたはずのアトモスの右腕は再び生えて元の形を取り戻していた。
「僕の腕はいくらでも再生が出来るようにプログラミングされている。ゆえにホーミングアームキャノンはいくらでも撃ち放題だ。せいぜいあなたが何発耐えられるか楽しませてもらうよ。」
「やめておいた方がいいと思うけどな。」
深手を負わされながらもローズは言葉を紡いだ。
「警告だ。確かにその飛び道具は脅威的で実戦で使うにはうってつけの逸材と言っても相違ないだろう。だけど、それは乱用すれば自分の体をも傷つける諸刃の剣と化す!」
「やられる前の負け惜しみかい?全く、負け犬の遠吠えというのはいつ聞いても聞き苦しいものだ。いいだろう、その遠吠えに敬意を表して僕の飛び道具をたっぷりと味合わせてやる。」
ローズの言葉に聞く耳を持たずアトモスが両拳を向ける。
「ホーミングアームキャノン・ダブル!!」
今度は両腕が飛び道具となってローズへと襲い掛かってきた。
「はっ!」
ローズが快速を飛ばして回避するも両腕はローズを追尾する。
「どこへ逃げても無駄だ!もう一つくれてやる!!」
生えてきた両腕をアトモスが再度ホーミングアームキャノンとして放つ。
「さーどうする?今度はさっきの4倍の爆発がお前を襲うんだぞ!どこへ逃げたってお前は・・・」
ガシッ!
「えっ?」
余裕を見ていたアトモスは、背後を完全に見落としていた。
「そう。地獄の果てまで追いかけられて、周囲も巻き込みぶっ飛ばされる。君が言いたいのはそういう事なんだろう?」
「お、お前・・・」
両腕を羽交い絞めにされてアトモスが青ざめる。
「最高責任者として知らぬ間に君たちを軽視していた報いを僕は受けなければならない。だけど、現場責任者でありながらジャングルサファイアを私物化して好き勝手していた君もまた報いを受けなければならない。ともに制裁を受けようではないか。」
「やめろ!やめろっ!!」
アトモスが懸命にもがくもローズを振りほどく力にはなり得なかった。
「大丈夫。ローズシールドで防げるレベルにない爆撃とはいえ僕たちが再起不能になるほどの破壊力は持ち合わせていない。あわよくばショックで・・・」
やがて、四方からホーミングアームキャノンがアトモスごとターゲットにとらえてローズを襲う。
「やめろーっ!!」
ドカァン!ドカァン、ドカァン、ドガアァァァン!!!!
「うわー!!」
爆発は、管理局ごと容赦なく吹き飛ばし、ローズとアトモスは崩れ落ちてきた瓦礫の中に消えた・・・・・・
「アトモス、ほらアトモス。早く起きるんだ。」
軽く揺さぶられ続けるその感覚でアトモスは目を覚ました。
「僕は・・・」
目を開くと、瓦礫の山とその傍らで傷だらけになりながらも優しそうな笑顔を浮かべているホワイト・ローズの姿があった。
「いい加減、違う意味でも目は覚めたかい?」
「違う意味・・・あっ!」
最初はよく分からなかったがすぐにその言葉の真意を理解する。
「すみませんでした・・・僕が操られていたばっかりにあなたにもみんなにも多大な迷惑をかけてしまったみたいで・・・」
「構わないよ。操られていた以上君に責任はないしあの大爆発で君の洗脳が解けたのなら僕が体を張った甲斐もあったというものだ。」
操られていた時の記憶が鮮明によみがえり罪悪感が込み上げてくるものの、ローズは本心から許してくれているようだった。
「ただ、僕はいいけどみんなにはしっかりと謝らなければならない。しばらくは僕と一緒に贖罪の日々を送る事になるだろうけど覚悟は出来ているかい?」
「はい!」
「オッケー、いい返事だ。じゃあまずは目の前の瓦礫をどかす作業から始めよう!」
「はい、やりましょう!」
アトモスは、力強い返事とともに瓦礫を押し退かし、ローズと一緒に贖罪への第一歩を踏み出した。
その目にはもはや一点の曇りさえもなく、夜空に瞬く一番星のような輝きを放っているかのようだった。
「それっ!」
降り注がれていた全ての瓦礫を退けると、差し込んでくる光がやけにまぶしく思えた。
瓦礫の周囲には主にロボットたちによる人だかりが出来ていて、エリザベスもその中に混ざっていた。
「ローズ!無事だったんだな!!」
「ああ、この通り。無傷とまではいかないけれど命に別状はないってね。」
力こぶを作ってローズが健在ぶりをアピールする。
「それにしても・・・」
周囲のロボットたちには異質な雰囲気はなく、洗脳が解けているかのようだった。
「こっちも全員カタがついたんでな、今博士が一人一人をメンテナンスしながら洗脳を解除しているんだ。ところで・・・」
エリザベスの後ろからローズが最初に相手をした少女ロボットがぴょこりと姿を見せる。
「お前の魔法で眠っていたおかげですっかり洗脳が解けていたこの子が話があるみたいだぞ。」
少女ロボットがおずおずとローズの前に出てバツが悪そうな顔をする。
「その、えっと・・・ごめんなさいっ!あたし、あなたに酷い事言った上に拳まで向けちゃって本当に迷惑かけちゃいましたっ!!」
「・・・・・」
頭を下げる少女ロボットの両肩にローズが手を乗せる。
「いいよ、もう済んだ事だし操られていた君に責任はないんだから。むしろ僕は君たちの良心に感謝しているぐらいなんだ。」
「感謝・・・?」
「だって君たちは洗脳されていたにも関らず人質や機動隊や警官の人たちを負傷させたとはいえ誰一人殺めなかったんだから。それは、君たちの最低限の良心が洗脳という愚行に勝った証に他ならないんだよ。」
「うっ、くっ・・・わあぁぁぁん!!」
ローズの優しさが心に染みたのか少女ロボットが胸に飛び込んできて号泣する。
「全く、どこへ行っても女泣かせな奴だ・・・」
エリザベスが鼻で笑いながら軽く嫌味を飛ばしてくる。
「クラン・・・」
その横ではアトモスが少女ロボットの様子を見ながら安心したような笑顔を見せていた。おそらく、“クラン”というのがこの少女ロボットの名前なのだろう。
「良かった、色々あったけど無事に解決して・・・」
ローズが大きく息を吐いて気持ちを落ち着かせようとしたその時だった。
「ちっとも良くないわ!」
穏やかになろうとしていた空気に水を差すかのような甲高い声が背後から響いてくる。
振り返ると、見覚えのある細身で長身の男がローズをにらみつけていた。
「久しぶりねホワイト・ローズ。せっかくあたしが自慢の催眠術を駆使して作ったロボットのユートピアを台無しにしてくれて感謝するわ。」
その「感謝」には皮肉のニュアンスがたっぷりと込められていた。
「ジャンマルク・・・中国での一件から君はまだ懲りていないのか!?」
ローズの怒声に合わせるかのようにエリザベスとアトモスとクランが一斉にジャンマルクをにらみ返す。
「何よ、みんなで怖い顔しちゃって・・・まぁいいわ。あたしが留守の間にあなたがここで色々とやっていたようにあたしも方々で楽しい事をしてたんだから。」
「楽しい事・・・?」
「そ、楽しい事。あっちこっちで愉快な事件を起こし続けてたんだから。」
ジャンマルクがニヤリと笑いながらローズにウィンクを飛ばす。
「とりあえず、プルートンまで倒しちゃった実力に免じてこの場はゆずってあげるわ。だけど・・・最後に笑うのはあたしだという事をよく覚えておきなさい!」
ボンッ!
言いたい事を好きなだけ言い切ると、ジャンマルクは煙玉を爆発させて姿を消してしまった。
「くっ・・・」
またしてもあっさりと逃げられてローズが苦虫を噛み潰したような顔をする。
「どうやら、真の平和へとたどり着く道のりはまだまだ長いというワケだな・・・」
エリザベスもまた複雑な表情を浮かべるとタバコを吹かしながらいら立つ気持ちを抑制しつつ、努めて冷静を装ったのであった。
数時間後、ローズの要請によって出動したヨハネスブルクのローズマングループ救助隊によって事態は完全に収束した。負傷した警官や機動隊は全員病院に搬送され、人質は全員解放された。一方で、洗脳されていたロボットたちもローズとプレトリアによって一人残らず元に戻り、戦闘によってやむなく負傷させられたロボットたちも全員が修復される見通しとなった。
しかし、騒動の舞台となったロボット遊園地・ジャングルサファイアは責任を取る意味で閉鎖され、中で働いていたロボットたちはローズマングループ傘下の別々の企業に配属される措置がその夜の緊急会議で決定した。
「このような事態を起こしてしまった事実に非常に落胆しています。ですが・・・元凶である存在を必ずや駆逐して我々の、世界の恐怖を取り除く事を最低限の罪滅ぼしとしてここに誓います。このたびはお騒がせしてまことに申し訳ありませんでした!」
3日後、プレトリアとアトモス同伴でローズは謝罪会見を開いた。一部ではローズのCEOとしての手腕に疑問の声が上がったもののジャンマルクという元凶の存在によって引き起こされたという既成事実と部下たちに丸投げせずにローズ自らが事態を打開した行動力が評価されて大きなバッシングには発展しなかったのは不幸中の幸いと言えた。そして、ジャンマルクの完全なる配下だったプルートンを除いては人間側にもロボット側にも犠牲者が出なかったのもまた不幸中の幸いと言えたのであった。
「おぎゃ、おぎゃ、おぎゃあ!」
「ほらほら、頼むから泣き止んでおくれよ。」
あまりにも大きかった一仕事を終えて家に帰ったローズは約束を守りナンシーとユマに代わってシアンの世話をしていた。
「ローズ、ぎこちない。長らく子育てサボったツケ、重い。」
シアンを抱きかかえて悪戦苦闘をするローズを前にしてユマの言葉はあまりにも辛らつだった。
「あなた。泣き止まない時はどうにかして笑わせる方に持って行けばいいのよ。」
キッチンでアップルパイを作っているナンシーが背中を向けたままアドバイスをしてくる。
「わ、笑わせるって言ったって何をどうすればこの子が笑ってくれるのか・・・って、そうだ!」
ふと、マゼンタの世話をしていた頃を思い出して妙案が思いつく。
「シアン、よく見てろよ・・・ローズの・・・横顔っ!」
ローズが変な笑顔を浮かべて顔だけを横に向ける。
「・・・・・」
一瞬の沈黙、そして。
「きゃはっ、きゃはっ!」
さっきまで泣き続けていたシアンがすっかり笑い出す。
「よしっ!」
「ローズ、喜ぶ早い。今やっと及第点。極意極めるまだこれから。」
ようやくシアンを笑わせるのに成功したローズだったがユマの評価はまだまだ手厳しかった。
「でも、心配ない。お前、休日、私、みっちり仕込む。」
「それは頼もしいね、ユマ先生。じゃあ今後ともご指導しっかり頼むよ。」
「分かってる。私、絶対ローズ、模範的イクメンさせる。」
そこまで言うとユマはアップルパイが気になったのかキッチンへと姿を消した。
「・・・・・」
いつの間にか眠っていたシアンの寝顔を見ながらローズが物思いにふける。
~完全な世界平和にはまだまだ時間がかかるという事なのか・・・~
事態が収束したとはいえ南アフリカでの一連の出来事はローズの心に暗い影を落としていた。もちろん、家でも会社でもそれを引きずるような真似は一切しなかったものの心の中にはそれがずっと突き刺さっていた。
~だけど、いつか必ずや真の世界平和を仲間たちとともにこの手で達成してみせる!この子のためにも、家族のためにも、地上に暮らす善良なる人々のためにも・・・!~
もやもやした気持ちを振り払いながら窓の外に目を向ける。
どこまでも晴れ渡ったニューヨークの青空は、まるでローズの決意を称えるかのようにどこまでも無限の広がりを見せ続けていた。