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第4章 欧州編 ~よみがえった邪神、そして・・・~ 

 ―完全なる復活劇―


 ある日ある夜、ドイツ南部の森林地帯・シュヴァルツバルトにて一帯を覆い隠してしまうほどの濃霧が発生した。

 いや、発生したのではなく人工的に発生させたと言うべきか。

「リーダー、俺たちの悲願がこれで達成されるというワケだな・・・」

「ああ、これほどの深く強い霧を作れば“あのお方”を呼び覚ます力になりうるであろう・・・」

 魔法で巨大な霧を作り上げている青年グループの一人がメンバーのリーダーと思しき男に声をかける。

「おい、無駄口は叩くな。今は魔法に集中しろ。」

 メンバーの中でも特に端正な顔立ちをした男が仲間の私語を咎めながらさらなる魔力を注ぎ込む。

 やがて、その濃霧たちは一つの地点に集約して人の形を作り上げようとしていた。

「もうすぐだ・・・俺たちが百万年の愛を誓いし“あのお方”がよみがえるぞ!」

「よし!みんな詠唱だ!!」

 メンバーの中で最もクールな男の一声で彼らは魔法の言葉を唱え始めた。

「「「「「ユーアーマイソウル!!ユーアーマイソウル!!」」」」」

 そしてその“人の形を作り上げようとしていた濃霧”は確固たる人の姿へと変貌を遂げたのであった。

「おや、あなた方は・・・」

 濃霧より現れたその男性は青年グループを知っているようだった。

「この日を心待ちにしておりました。あなた様は今、我らの手によって眠りから覚められたのです!!」

 青年グループのリーダーと思しき男が男性の前に片ひざをついて恭しく挨拶をする。

 それに伴い他の4人も片ひざをついて頭を下げる。

「なるほど、あなた方がこの私を呼び覚ましたというワケですね。」

 男性が青年グループを見下ろしながらニヤリと笑う。

「クックックッ、ホワイト・ローズの前に散ったあの日から10年余り・・・ついに時は満たされました。さぁ、我が絶大なる魔力をもって今度こそ世界を闇に染め上げてみせましょう!!」

 かつて、世界を震撼させた男ハインリッヒ・シュヴァルツローゼの完全復活だった。


 ―WR2013④―


 カチ、カチ、カチ、カチ・・・

「・・・・・」

 土曜の夜の食卓。

 会話はおろか言葉もなく、ただ時計の音だけがその場を無機質に彩っていた。

「ローズ、マゼンタ、いい加減元気出す。黙々食べるつまらない。」

 そんな中、沈黙を破ったのは居候の少女ユマ・ハートソンだった。

「特にローズ。お前、大黒柱。辛い、分かる。でも、お前暗いなら皆暗い。だからお前、見せかけでもいい元気出す。」

「そうだよね、ユマ。だけど・・・」

 一家の主であるホワイト・ローズはユマに元気付けられながらも表情は悲痛なままだった。

「全て僕の責任だ。僕がもう少し考えてあげていればナンシーは・・・!」

「お前悪い、それ当然。でもナンシー、きっとお前恨んでない。大丈夫。」

「ユマ・・・」

 ユマの励ましが少しずつローズの心を楽にする。

「パパ・・・ママはどうなっちゃうのかな?」

 ローズの隣では娘のマゼンタが今にも泣き出しそうな顔をして肩を震わせていた。

「マゼンタ、心配はいらないよ。」

 マゼンタの肩に手を置いてローズが笑顔を向ける。

「パパ・・・」

「実を言うとママはね、前にも一度激痛を起こして病院に運ばれた経験があるんだよ。その時だって終わってしまえばすっかり元気になっていてね、退院する頃には最高の宝物を持ってうちに帰ってきたんだから。」

「最高の宝物ってなーに?」

 マゼンタが全く理解出来ていないといった具合に目を丸くする。

「それはじきに分かる日が来るよ。さ、これ以上湿っぽくなっていてもママはしばらく戻って来ないんだ。僕たちはママを信じていつものように明るく和やかに過ごそうじゃないか。」

 いつの間にかローズの表情からは暗い部分が取り払われていた。

「うん!私もママを信じるよ!!」

 すると、それにつられるかのようにマゼンタの表情からも暗さや悲痛さといったものが消え去っていた。

「食卓、元気大事。でもローズ、責任ある、自覚する。」

「それはね・・・」

 ユマに軽く釘をさされたりもしたが、ローズ家の食卓は少しずつ明るさを取り戻しつつあった。

 夕飯を作り終えた直後に激痛を起こして自身で味わう事なく病院に運ばれた妻・ナンシーだったがこの日の料理の味も格別のものだった。


「・・・ローズさん、今回の件はローズさんだけの責任じゃないですよ。」

「そうそう。もし非があると言うのならそれはローズさんとナンシーさんに半々ってトコじゃないのかな。」

「こういう時って男の方が悪いように思われがちだけどそれは印象的なものであって実際は違うからね。」

 翌日、ニューヨークはクイーンズ地区のとあるメキシコ料理店で開かれた自警団“アップルパイ”会合の席にてローズは、事情を知った仲間たちから次々と励ましの言葉をかけられた。

「みんな・・・」

「それよりも、病院送りにした女房が帰ってきてからの方が大変なんだから今から沈んでちゃやっていけませんよ!」

「その通り!今は落ち込んでる時期じゃなくていつ奥さんが元気になって戻って来てもいいように準備をしておく時期なんだからさ!」

 前日のユマに同じく自警団の仲間たちの言葉が次々とローズの心を楽にする。

「そうだね・・・ありがとう、みんな。こんな事態を一度経験していたはずなのに僕はすっかり臆病になっていた。でももう落ち込んでなんていられない。僕は今、自分に何が出来るかを考えて行動する。それでも、もし手の届かない部分が生じたらその時はみんなに協力をお願いしたい。」

「「「任しとけっ!!!」」」

 満場一致の返答だった。

「そして、妻が帰ってきたその時はまたこのメンバーで祝いの会合を開くと約束しよう!」

「「「オー!!!!!」」」

 この日、ローズは仲間たちと強い約束を交わした。

 程なくして海の向こうの大問題に巻き込まれるともつゆ知らず・・・・・・


 この数ヶ月、ドイツとその周辺諸国で奇妙な事故や事件が頻発していた。

 原因不明の列車事故。半日かけても消火しきれない規模の山火事。あり得ないレベルの寒波。人ばかりを狙う落雷。予兆もなく発生する竜巻。住宅街を容赦なく襲撃する隕石。地下鉄に撒かれる毒ガス。

 ナンシーの件による自責の念から回復しつつあったローズだったが次々と飛び込んでくるニュースには心を痛めるばかりだった。

 だが、程なくして心を痛めるどころでは済まないレベルの大惨事をテレビ越しで目の当たりにするのである。


 ドガアァァァァァン!!!!!!

 有り得ないほどの爆発音が有り得ないほどの惨劇を物語っていた。

 無人の旅客機がパリの街で縦横無尽に低空飛行を繰り返しながら多くの建物を損壊した果てにエッフェル塔へと突撃をして塔を丸ごと破壊してしまったのである。

「・・・・・!」

 昼休み、自社ビルの食堂のテレビでその光景を目の当たりにしたローズは驚きのあまり絶句した。

「な、何が起こったというのですか一体・・・」

 隣の席ではローズの右腕にしてローズマングループ専務取締役を務めるハワード・スカーレットが信じられないと言わんばかりに目を丸くしていた。

「嘘だろ・・・」

「あー、ヤバい。誰かテレビ消して。」

「これ映画とかの撮影じゃないんだよな・・・」

 周囲で食事をしていた社員たちが呆然としていた。

 ~こんな事が・・・こんな行為が繰り返されるなんて!~

 ローズの脳裏に忌まわしい記憶がよみがえる。そう、忘れもしない2001年9月11日。ニューヨークの街を混乱と恐怖に陥れたあの忌まわしいテロ事件の記憶が否応なく戻ってくる。

 ~世界はあの悲劇から何も学んでなかったというのか・・・!~

 右の拳を強く握りしめて、ローズが言いようのない怒りに打ち震えていた。

 当時の記憶に。今、目に映る光景に。いつもただ傍観する事しか出来ない何とも無力な自分自身に。

 そして、いつの世にもわき出てくる平和な世界と善良なる人々の暮らしを()き乱す巨悪の存在に。


「なるほど。で、またしても私に執務を押し付けて戦いに身を投じるというワケですか?」

 その時のハワードの表情にはあきれと言うよりもあきらめのような色合いが含まれているかのようだった。

「おや?何も言っていないうちから僕の考えを理解するとは君はもしかしてエスパーかい?」

 穏やかな笑顔でジョークを飛ばすローズだったが心中までも穏やかと言えるような状況ではなかった。

「私が何年あなたの右腕としてここにいると思うのですか?あなたの性格や思想を考えたらあのようなものを目の当たりにしてこのままここでじっとしていられるとは到底思えません。昼休みのあなたの姿を隣で見ていた時点でこのような展開になる事など容易に想像がついていました。」

 75階・CEO特別室に単独で呼ばれる前からハワードにはお見通しだったのである。

「だけど、そんな僕だからこそ君は仕えていてくれるのだろう?」

「そ、それは・・・」

 ローズの殺し文句にハワードが思わず赤面する。

「ま、全く!お父上の代からあなた方の一族には心労をかけられてばかりです!」

 かつて、ローズの実父にして先代のCEOを務めたグレイ・ローズも2001年のテロ事件の際は職務を放棄してまで現場へと駆けつけ警察や消防隊と一緒に救助にあたって多くの人々を救済したのである。(グレイが放棄した職務は言うまでもなく当時から専務取締役を務めていたハワードに押し付けられ彼の手によって無難に処理された)

「と、とにかく!今回も無事で帰ってくると約束して下さい!我々のためにも、そして、あなたを信じて頑張っているであろう奥様のためにも・・・」

「分かっているよ。ハワード、いつものように僕を信じていてくれ。」

 その日から、ローズは2週間の休職を取ってパリへと飛んだ。

 もちろん、実家のユマやマゼンタ、自警団“アップルパイ”のメンバーにも事情を話したその後で。


「ローズ、私も同行させてもらうぞ。」

「さも当たり前のように隣に座っておいて今さら何を言ってるんだか。」

 自家用のヘリコプターを操縦している脇で当然のようにタバコをふかしながら携帯電話をいじくっている旧知のジャーナリスト、エリザベス・ブラウンの堂々とした姿を横目で見やりながらローズが苦笑する。

「なに、うちの猫ならあのユマとかいう子に預けておいたから今ごろローズ家の猫たちとよろしく遊んでいるさ、心配するな。」

「ミス・ブラウン。そういう事じゃないって事ぐらいあなたも分かっているだろう。」

「ほほう、少しは察しの良い男になったというワケか。」

 肩をすくめながらエリザベスがイタズラな笑みを浮かべてみせる。

「このような案件を一ジャーナリストとして放っておけるはずがないだろう。事は現場で起こっているのだぞ。だったら直接出向いてこの目で真相を確かめるのが筋というものだろう。それに、このような行為を企てる輩は徹底的に暴き上げてやらないと私の性格上気が済まないのだよ。」

「それはまた熱いハートをお持ちのようで。」

「ふん、誰かさんの悪影響さ。」

 他愛もない会話を繰り返しているうちにヘリは事件現場となったエッフェル塔付近へと到着した。

 だがそこは、テロからおよそ半日が経過した今なお炎が燃え盛る危険地帯そのものだった。

「ローズ君、君なら来てくれると信じていたよ!!」

 着陸一番、フランス共和国首相トーレル・ハシモンヌがパリ市長イシャラ・シンタールと一緒にローズの元へと駆けつけてきた。

「ハシモンヌ首相、シンタール市長。大変な事態になっているみたいで・・・」

「失礼だが感傷に浸るのは後回しにして先に事態を収束させてもらえないか。」

 こんな時でもシンタールが厳しく釘を刺してくる。

「町中の消防隊を召集してようやく半分ぐらいは鎮火させられたんだがどうにも炎に妙な成分が配合されているみたいでね。なかなか消えてくれないから我々も手を焼いているのさ。私たちは警察と一緒に民間人の救助と救護を続けるからローズ君は消防隊員たちと協力して火消しに回ってくれ!!」

「分かりました!」

 ハシモンヌの指示を受け、ローズが炎上している地帯へと向かった。

「首相、市長。ヘリの中に一式の救援物資が用意してあります。一通りの救助を終えたら皆さんにお届けいたしましょう。」

「感謝する!」

「恩にきる!」

 こうして、ハシモンヌとシンタールに混じってエリザベスも救助活動に回ったのである。


 それまでエッフェル塔が悠然とたたずんでいたその場所は、今や火の海と化していた。

「可能な限り放水を続けろ!これ以上被害を拡大させてはならん!!」

 消防隊のリーダーとおぼしき男性が声を張り上げて指揮を執るもそれだけでは目の前の炎を相手には焼け石に水としか思えそうになかった。

 だが、幸運にもその一帯にだけ雨雲が現れて雨を降らし、炎上の拡大をギリギリのところで食い止めていたのである。

「これは・・・」

 一目で分かるようなありえない光景にローズが目を丸くしていると、すぐ近くに間違いなくその光景を作り上げたであろう張本人がいた。

「雨雲よ!さらなる豪雨をもって燃え盛る炎を鎮めたまえ・・・レスキューレインスペシャル!」

 すると、この女性が雨雲を召喚して目の前のありえない光景を作り上げたというワケか。ならば。

「僕も加勢する。一緒にこの忌まわしき人災の炎を消し去ってしまおう!」

 ローズが迷う事なく女性の隣に並び、魔法を使う体勢に入る。 

「えっ、あなたは・・・」

「僕の名前はホワイト・ローズ。アメリカではちょっと名の知れたコンツェルン“ローズマングループ”のCEOさ。この機会に覚えておいてくれ。」

「そうですか・・・私はジュノン・ジュリアス。ヨーロッパを中心に世界各地に支店を持つマッサージチェーン店“ジュノ・ラベル”の創業者です。これも何かの縁でしょう、ご協力よろしくお願いします!!」

「よろこんで!!」

 ローズは雨雲を召喚した女性・ジュノンとあっさり意気投合すると、すぐに魔法を放った。

「沸き立つ炎よ鎮まれ!ブリザードメテオ!!」

 ローズが強く念じると、上空からいくつもの氷の隕石が降ってきて炎の中に飛び込んで行った。

「やりますねローズさん。あんな氷の隕石なんて私にだって呼び起こせはしません。」

「なに、君の召喚魔法だってなかなかの代物だよ。」

 両者が互いの魔法に驚いたのか褒め言葉を交し合う。

 しかし、そんな余裕とは裏腹に燃え盛る炎の勢いは止まず、完全鎮火には程遠い状況が続いていた。

「これは思ってたより長期戦になるかもしれないな・・・」

 予想外の苦戦にローズが不安を口にする。

「大丈夫です。こんな時のために助っ人を呼んでますから。そろそろこちらに来る頃かと・・・」

「ジュノンさん!お待たせしました!!」

「ジュノン、助太刀に来たぞ!」

 ジュノンが話している途中で二人の女性が駆けつけてくる。

 おそらくこの二人がジュノン言うところの「助っ人」で間違いないのだろうけど。

「あれ?君たちは・・・」

 ローズはテレビで何度も見覚えのあるその女性たちに思わず笑みをこぼしてしまう。

「ホワイト・ローズCEO!このイザベラ、及ばずながらローズCEOとジュノンさんにご協力させて頂きます!!」

「ローズさん、僕も手伝わせてもらいます!!」

「僕の名前を知っていてくれるとは光栄だ。それじゃあ全力でお願いするよ、イザベラ君、ラミア君!」

「「はい!!」」

 声優アーティスト・イザベラ・コンデレーロとミュージシャン・ラミア・ハメソンの協力を得てローズが再び強く念じる。

「ブリザードメテオ!」

「ダイヤモンドフリージング!!」

「鬼百合超凍撃!!」

 3人がかりの氷魔法が功を奏したのかそれらはうまく混ざり合って絶対零度(れいど)の凍気を作り出し、燃え盛る炎をあっという間に凍らせた。

 こうして、半日に渡ってパリの街を恐怖に陥れた火の海はローズたちの手によって完全消火されたのである。

 

「君たちと消防隊員の決死の覚悟がなければ今ごろ更なる大惨事が待ち受けていただろう。礼を言う!!」

 パリ市庁舎の市長室にてハシモンヌがローズたちに深々と頭を下げた。

「そして、我々の救助活動に協力してくれたミス・ブラウン。あなたにも心から感謝する!!」

 続いて、警官隊に混じって救助活動にあたってくれたエリザベスにも頭を下げる。

「顔を上げてくれ、首相。私は人として当然の事をしたまでだ。そんなに頭を下げられてしまってはこっちが申し訳なく思ってしまう。」

 一国の主を前にしてもエリザベスはクールだった。(実際、エリザベスの冷静な対応と判断が救助活動をより円滑に進行させてより多くの民間人を助けられたのでハシモンヌが頭を下げるのは当然の事であるのだが)

「だけどこれで終わりと思っちゃいけない。」

 そんな中、ハシモンヌとは対照的に椅子に座ってふんぞり返ったままのシンタールがゆっくりと口を開く。

「無人の飛行機が勝手に暴れ出して町を壊しながら最後にはエッフェル塔に突っ込んじゃいました。漫画みたいなお話だけど漫画じゃないんだよ、これ。愉快犯なのか誰かの陰謀なのか分かんないけどこれはね、明らかに人災なワケ。」 

「シンタール市長・・・」

「炎は消えました。救助は完了しました。僕たちはこのような悲劇を繰り返さぬようみんなで平和の誓いを立てました、はいめでたしめでたしで済ましてたらやる奴はまたほとぼりが冷めた頃にここぞとばかりにやって来るんだよ。」

 そこまで言うとシンタールは立ち上がり、ローズへと歩み寄る。

「私たちは必ずやこの事件の黒幕をつきとめる。そして、討伐隊を結成してその者たちに然るべき措置を取らせるつもりだ。色々と期待しているぞ、ホワイト・ローズ隊長!!」

「えっ?」

 右肩に手を置かれてローズが目を丸くする。

「君がこのような事件を見過ごせるような男ではない事ぐらい私は知っている。そして、君が強くて人々をまとめ上げるカリスマ性に満ち溢れている事だって私はよく知っている。だからこそ私は君に託そうと考えたのだよ。」

「市長・・・」

「私も市長と同意見だ。この惨劇を企てた下劣な輩を許すつもりは毛頭ないし世界中の諜報(ちょうほう)機関を駆使してでも犯人を見つけ出そうと思っている。だが、未知数の敵が相手では普通の人間だと返り討ちに遭うのが関の山だ。そこで君の存在が必要になってくるというワケさ。」

 シンタールとローズの間にハシモンヌが割って入ってくる。

「市長に同じく君の逸話は私だってよく知っている。ニューヨークの犯罪組織の殲滅、シドニーの工場跡地に巣食っていたゴロツキ連中の淘汰(とうた)、自社の農場作業員を操って大麻栽培をさせていた連中を駆逐した中国での一件。私は確信しているよ、君の強さと正義感があったからこそこれらを成し遂げられたのだとね。」

 ハシモンヌもまた、ローズの実力を高く買っていた。

「それと、これは私の勝手な憶測になるのだけどこのテロ事件の黒幕はここ数ヶ月に欧州諸国を襲った奇妙な自然災害や毒ガス事件にも関与しているのではないかと考えているのだよ。もしこの仮説が正しければ敵の力は相当のものだと容易に推測できる。そんな時のために・・・」

 ハシモンヌの目線がローズの背後でずっと黙りこくったままの女性陣(エリザベスを除く)に向けられる。

「イザベラ君、ラミア君、ジュノン。君たちにはローズ隊長の補佐役を依頼する。」

「「ええっ?」」

 突然のご指名に今度はイザベラとラミアが目を丸くする番だった。

「了解しました!このジュノン・ジュリアス必ずやハシモンヌ首相のご期待に応えるべくローズ隊長の補佐としてその名に恥じない貢献と活躍をいたしますっ!!」

 だが、ジュノンだけは二つ返事で了承したのである。

「うむ。それでこそジュノン・ジュリアスだ。君のまっすぐな姿勢が変わっていなくて安心したよ。」

 かつて、海外でのジュノンの活躍劇に感銘を受け、直に出向いて感謝状を贈呈した経験のあるハシモンヌは彼女のそういった側面を誰よりも理解していた。

「ジュノンさん・・・」

「ジュノン・・・」

 そんなジュノンのひたむきな姿がイザベラとラミアの心を動かすのにはさほど時間がかからなかった。

「ハシモンヌ首相。私もローズさんの補佐となってともに戦います!」

僭越(せんえつ)ながら僕も彼のサポート役を引き受けさせてもらいます。」

「そうか・・・ならば、君たちも全力で頑張ってくれ!!」

「「はい!!」」  

 こうして、イザベラとラミアもジュノンに同じくローズの補佐役を引き受けたのである。

「ローズさん、未熟な側面も目立つとは思いますがよろしくお願いします!」

「あなたのような男ならば僕も信用が置ける。しっかりフォローするから安心をしてくれ。」

「きっと私の魔法が何らかの手助けになると思います。ローズさん、一緒に頑張りましょう!!」

 イザベラが、ラミアが、ジュノンが、次々と頭を下げてローズへと協力を願い出る。

「みんな・・・」

「ここまで来たら選択肢は一つしかないだろう。」

 エリザベスが当然と言わんばかりに背中を軽く叩いてくる。

「・・・分かってる。だけど、僕はさて置き君たちに本当に戦いに身を投じる覚悟が・・・」

「「「・・・・・・・」」」

「これは・・・!」

 ローズの疑問にイザベラたちは口を使わず自身がまとうオーラで答えてみせた。

「ローズさん。私、本気だよ?ローズさんは知らないだろうけど私だって声優と歌手活動をしている傍らで色々な戦いに身を投じていたんだから。」

「見くびっては困るな。あなたほどではないにせよ僕だって悪どい連中は許せない性分なんだ。」

「お言葉ですが魔力に関してはローズさんよりも私の方が上であるとこの場を借りて伝えておきましょう。」

 青と黄緑と赤のオーラが立ち並ぶその光景はローズを納得させるには十分だった。

「やれやれ。ここまでのものを見せつけられちゃあ僕も拒むに拒めないじゃないか。少しばかり年下の女の子だと思って君たちの事を軽く見ていたようだ。」

「「「ローズさん・・・」」」

「だけど、僕の知らないところで君たちも数々の修羅場を経験し、くぐり抜けて来たのだろう。その眼差しとそのオーラを見ていれば一目瞭然だ。」

 ローズはいったん大きく息を吐く。

「少し頼りないかもしれないけど、僕の補佐をよろしく頼むよ!」

 そして、親指を立てながらウィンクをしてイザベラたちの協力を受け入れたのである。

「よし、これであいつが来れば補佐の4人は確保だな。」

「えっ?」

 ガチャン!!

 そんな中、ハシモンヌの言葉に耳を傾ける間もなく誰かが入ってくる。

「えっと、君は・・・」

 2メートルはあろうかという大柄な背丈とガッチリとした体格のその男にローズは思わず絶句する。

「ローズさんですかーーー!!!」

 だが、男の方はお構いなしといった具合に市長室全体に響き渡るような声でローズへと話しかける。

「私もあなたの補佐やりまーす!!!」

「それはいいんだけど君は一体・・・」

 何も分からず目を丸くしているローズのそばにハシモンヌがやって来て事情を説明する。

「ローズ君、この人は私の知り合いで元プロレスラーのアントニーン・イノスキー氏だ。今は祖国ロシアで国会議員なんてやっているけど今回君の補佐を依頼すべく私が直にスカウトしたんだよ。そしたらひどく喜んでくれてね・・・」

「ローズさーん!元気してますかー!!私、あなたのファンだから補佐が出来て幸せでーす!!!それ、1、2、3、4、5、6、ガーーーーーーッ!!!!!!!」 

「いやはや、全くもって光栄です・・・」

 こうして、ローズは4人の補佐を伴って次なる戦いに身を投じる形となったのである。


「パリの街にはニューヨークとは違ったお洒落な空気があるんだな・・・」

 その日の夜からローズたちは、ハシモンヌの用意してくれた高級ホテルのスイートルームで宿泊を取る事となった。

「今から私たちはドイツ政府の諜報(ちょうほう)機関と合同で入念な捜査を開始するのでしばらく役所を留守にする。有力な情報を入手次第即座に君たちに連絡を入れるのでその間はパリでの滞在を命じる。宿はシャンゼリゼ通りの老舗ホテル“バルザック”に15日分取ってあるからそこを使ってくれ。それと、宿代とホテルでの食事代は私のポケットマネーで(まかな)っておいたので心配は無用だ。」

 そう言ってハシモンヌはシンタールとエリザベスを連れて市庁舎を後にしたのである。

 エリザベスは、特に指示を受けなかったもののその場の空気でハシモンヌたちが自分の事を必要としていると察して彼に同行したのだという。

「夜景ですかー!!」

「・・・・・」

 しかし、待機を命じられた人数五人に対してあてがわれたスイートルームは二つ。

 言うまでもなくローズとイノスキーの二人とイザベラとラミアとジュノンの三人というあまりにも無難な男女分けだった。

「男二人で夜景観賞といきますかー!!!」

「イノスキー。元気がいいのは大いに結構だけど時と場所をわきまえてくれないか。こんな夜にハッスルされたら寝るに寝られないよ。」

「・・・・・」

 思った事を口に出したローズだったがイノスキーはその言葉を聞くや露骨に不快な顔をする。

「この俺に偉そうに・・・指図ですかーーーーー!!!!!」

 バシィッッッッッ!!!!!!!!

「ぐあっ!」

 直後、肉厚の右手から平手打ちが飛んできてローズの頬を強襲した。

 ガタァン!!

 その一撃で背後のクローゼットまで弾き飛ばされてローズが転倒する。

「確かに俺はあんたのファンだしあんたの実績は高く評価しているよ。だけど俺は天下御免の国会議員様だぜ。どこぞのCEO風情が口を挟める立場の存在じゃないって事をしっかり覚えておきな。」

「天下御免の国会議員様、ねぇ・・・」

 だが、追い討ちとばかりに吐き捨てたイノスキーの勘違いも甚だしい言い回しがローズの心に火をつけた。

「そうだよ国会議員様だよ。雲の上の人間としてお前らが崇めて当然の存在だよ。」

「残念ながら僕の祖国には自らの地位を盾に威張り散らすような議員など一人もいないから君のような輩は理解出来ないな。」

「ふん、歴史の浅い米国の議員など程度はたかが知れている。伝統あるロシアの国会議員だからこそ権威があるというものさ。」

「なるほど、暴力の次は僕の祖国への冒涜か・・・」

 ローズはゆっくりと立ち上がるとファイティングポーズをイノスキーへと向けた。

「これは面白い。ローズマングループのボンボンが一丁前にこの俺と一騎打ちときたか。」

 シュン!

「なにっ!」

 しかし、余裕を見ていたイノスキーは即座にローズを見失う。

「ピンポイントアッパー!!」

 ガゴオッ!!

「ぐへらっ!」

 直後、ローズのアッパーがイノスキーの顎にクリーンヒットした。

 ドサアッ!

 リングならぬカーペットの上にイノスキーが大の字になってダウンする。

「どうですか、どこぞのCEO風情にダウンを奪われた心境は。流石のあなたも雲の下の人間に見下ろされる日が来るとは夢にも思わなかったでしょう。」

 倒れたイノスキーを見下ろしながらローズが皮肉を飛ばす。

「ハ、ハハ・・・あんた面白れぇな、ホント。」

 殴られてダウンを奪われながらもイノスキーは満面の笑顔を浮かべていた。

「あんたを試してみたくてビンタを見舞って減らず口まで叩いてやったんだが・・・まさか俺に立ち向かってくるとは思いもしなかったぜ。しかも目にも見えねぇ動きでこの俺に一撃くらわせた上にダウンまで奪うとはやっぱりあんたは本物だ・・・」

「イノスキー・・・」

 これまでのホテルでのイノスキーの振る舞いは全てローズを試すための演技だったのである。

「だがこのまま仲直りしてめでたしめでたしで終わらせたんじゃつまんねぇ。これから毎日来たるべき日に備えてあんたと手合わせを願いたいんだが聞き届けてくれるか?」

「オッケー、上等だ。その代わり自ら願い出たからには1ラウンドKOなんて醜態は晒さないでくれよ。」

 ローズは快く要求を快諾すると手をつかんで倒れたままのイノスキーを起こしてやった。

「よーし、そうと決まれば仕切り直しだーーーー!!!!」

 イノスキーがいつもの調子に戻って大きな声を張り上げる。

「真剣勝負、いきますかーーーー!!!!!!」

「真剣勝負、いきますよー!!」

 そこから、ローズとイノスキーの激しい稽古の日々が幕を開けたのである。(数日間限定)


「はあぁぁっ!!」

「イザベラ、もっと強く!もっと気持ちを込めて念じるんだ!!」

「そうです!強い風を脳裏にイメージしながら精神を集中させるんです!!」

ローズたち男性陣が格闘戦による修練に勤しんでいる一方で、イザベラたち女性陣は近所の公園で魔法の特訓に励んでいた。主に、ラミアとジュノンに比べると魔力が低く修得魔法の数が少ないイザベラが両者から指導を受けるという形で特訓は進んでいた。

「私はもっと強くなる・・・世界のために、みんなのために・・・!!」

 当初は気持ちが空回りする事もあって思い描いた魔法を放つ事すら出来なかったイザベラだったが血のにじむような努力とラミアとジュノンの懸命な指導もあって徐々に高い魔力を会得し、強力な魔法を覚えつつあった。

「私にはローズさんのような恵まれた環境もなければ生まれながらの才能もありません。だから、彼以上の努力と修練をしなければ彼の補佐などできっこないんです・・・!」

「イザベラ・・・」

「それは・・・」

 ニューヨークという大都会に超大型コンツェルンCEOの次男として生を受け、英才教育を受けながら天性の資質を育み、その能力と人間性で身内と周囲を納得させて父親の後を継ぎ、現在の地位を築き上げたローズとは対照的に、イザベラの現在の地位を築き上げるまでの道のりはまさに茨道そのものだった。

 ~パパ・・・そりゃあローズさんのお父さんと比べたら見劣りするのかもしれないけど、それでも私はパパの娘で良かったと今でも思っているよ・・・~

 アカプルコという片田舎に自営業を営む「決して裕福とは言えない」家庭の長女として生を受け、一流の歌手に育て上げるという父親の教育方針の下でその父親による厳しいトレーニングを日々重ねながら歌唱力を身につけてアーティストとしての基礎を作り上げた少女時代。メキシコシティの芸能系の高校に進学後、一向に決まらないデビューに焦燥感ばかりを募らせ、卒業数ヶ月前にようやく初仕事を手に入れて母と電話越しに泣いて喜んだ青春時代。声優としての仕事が主体となり居候先の恩師との確執が表面化して(たもと)を分かち、新しい仕事仲間たちと手探りで進むべき道を探し続けた駆け出し時代。声優の仕事が少しずつ増える一方でCDの売り上げが伸び悩み続けた下積み時代。「声優アーティスト」という職業が世間に認められるに伴いCDが高セールスと高順位をマークするようになった傍らで、父親の逝去と脅迫状の送付という不運や災難に見舞われた波乱の時代。

 イザベラ・コンデレーロが全米の音楽チャートで声優として初の首位を獲得し、音楽業界においても声優業界においても不動の存在として君臨するまでには様々な紆余曲折が隠されていたのである。

「はあぁぁっ・・・・・・・!!」

 青いオーラが沸き起こり、イザベラの両手に渦が発生する。

「エアーカッティングスペシャル!!」

 イザベラが渦を解き放つと、それは無数の真空刃となってパリの夜空を舞い上がった。

「はぁ、はぁ・・・」

「やったじゃないかイザベラ!風魔法を使うときは今の要領だ!」

「合格です。それじゃあ次は炎属性の魔法をお教えするとしましょう。」

「はいっ!」

 一つの魔法を会得したならまた一つ。

 そうやって、3人の女性が互いを高め合うべく修練を積み重ねていた。(数日間限定)


 パリ滞在を命じられてから12日目の夜。

 有力な情報を入手したハシモンヌから一同に一斉メールが送信された。



 諸君。入念な捜査の末、我々はついに黒幕の正体をつきとめた。先日のエッフェル塔爆破テロは言うに及ばずここ数ヵ月に多発した事故や自然災害も全ては人災だったのだ。さらなる詳細は会合の席で説明するので君たちは翌朝にそこを離れてドイツに飛んでくれ。

 明日の正午、ベルリンの空港で待っている。


 ―トーレル・ハシモンヌ― 

 

 

 そして、ローズたちはパリを離れてベルリンへと飛んだのであった。


「待っていたよ、みんな!」

 飛行機から降りてきたローズたちをハシモンヌは笑顔で出迎えてくれた。

「皆様、お待ちしておりました。今回の件では色々とお手数をかけるかもしれませんが何とぞよろしくお願いします。」

 その隣には、ドイツ連邦共和国現首相シンドラー・アーベントの姿もあった。

「これはこれは・・・仏独両首脳からお出迎えを受けるとは光栄の極みでございます。」

 ローズが恭しく頭を下げる。

「ローズ君、君の噂はちょくちょく耳にしているよ。シュガンツも一度君と話がしたいと言っていたから今度ぜひ相手をしてやってくれ。」

 シュガンツ・・・確か、ヨーゼフ・シュガンツという名前だったか。

 ローズの記憶が正しければ現ドイツ連邦共和国で国務長官を務めている現政権の屋台骨と言われている存在でアーベントから絶大の信頼を置かれているというあのシュガンツで間違いないのだろう。

だがまさか、そんな人物から自分が一目置かれていようとは。

「分かりました。僕などで良ければ時間の合った日にいつでもお相手するとシュガンツ国務長官に伝えておいて下さい!」

「ああ、そうするよ。」

 ローズに会えた満足感からかアーベントの表情が心なしか和らいでいるかのようだった。

「それじゃあみんな、官邸に出発するから乗ってくれ。」

「「「はいっ!!!」」」

 こうして、ローズたちはアーベントの背後で待機していた官僚専用の大型高級車(ドイツ製)に乗せられて「しかるべき場所」へと連れて行かれたのであった。   


「まことに遺憾ではありますが・・・」

 ローズたちが招かれた首相官邸での会議にてアーベントの口から飛び出した第一声にはどこか重々しさと悲壮感のようなものが含まれていた。

「この数ヶ月に我がドイツを含む近隣諸国にて多発した自然災害や車両事故、ならびに先日のエッフェル塔爆破事件に関与したと思われる組織とその関係者たちの正体が明らかになりました。」

 黒幕の正体が明らかになったのに“まことに遺憾”?

 その妙な言い回しに事情を知らないローズたちは目を丸くする。

「・・・・・」

 ローズの隣では、既に事態を把握しているエリザベスが腕を組んで複雑な表情を浮かべていた。

「この一連の事件・事故の首謀者はハインリッヒ・シュヴァルツローゼであり、彼と今も彼を法王と崇める“ガレフ”の残党による工作だったのです!」

「ハインリッヒ・・・?」

 絶対にありえないはずのその名前をローズが思わず口に出す。

「そんな、まさか、奴は・・・」

「ラミアさん、気持ちは分かるけど落ち着いてください。」

 向かいの席では狼狽するラミアをジュノンがなだめていた。

「ですが・・・今になってまたそのような忌まわしい名前を耳にするとは思いませんでした。アーベント首相、まさか私たちをからかっているワケではございませんよね?」

 だが、ジュノンもまた腑に落ちないといった顔つきでアーベントへと険しい視線を向ける。

「確かに、事情を知らなければそう考えるのも無理はないでしょう。本来ならば彼と彼の組織はとうに壊滅したはずなのですから・・・」

 アーベントはそんなジュノンから目を背けるかのようにローズへと視線を向ける。

「ローズ君。当時の君たちの活躍とその勇姿は私だけでなくここにいる誰もが知っている。無論それを冒涜するつもりなど毛頭ないしそのような行為に及ぶ輩がいるとするならそれは私が許さない。だが、君たちが壊滅させたはずの連中が復活を遂げて再び世界を恐怖に陥れようと目論んでいるのはまごうことなき事実なのだよ。」

「・・・・・」

 ローズの脳裏にかつての記憶がよみがえる。

 今をさかのぼること約10年前の2003年。世界は地縛霊ハインリッヒ・シュヴァルツローゼを邪神法王として崇める宗教組織“ガレフ”の手によって数多の災厄に見舞われ、何十万人にものぼる多くの犠牲者を作り続けていた。そんな中、事情を知ったローズは同志を集めて立ち上がり、長きにわたる激しい戦いの末にハインリッヒを討伐し、“ガレフ”もろとも消滅させたのである。(この一件を経て父グレイ・ローズはCEOの地位を譲る決心をしたと言われている)

「ですが首相。あのハインリッヒといえども自己蘇生能力など持ち合わせてはいなかったはずです。」

 今度はそれまでずっと耳を傾けているばかりだったイザベラが口を開く。

「それに、いくら“ガレフ”信者といえどもあれほどの強大な存在をよみがえらせる事など到底不可能としか思えません。一体誰があのような忌まわしき者を・・・」

「“シュトゥルム”だよ。」

 そこでエリザベスがイザベラを遮るかのようにぽつりとつぶやいた。

「なんですって・・・!」

 その名前に驚きを隠せなかったイザベラを尻目にエリザベスが言葉を続ける。

「まさに命がけの活動だったよ。連中が潜伏するシュヴァルツバルトで私もハシモンヌ首相も諜報(ちょうほう)機関の方々も何度となく襲撃を受けて痛い目を見てきたがその甲斐もあって我々はこの案件に奴らの影を見つけ出せたというワケさ。」

 エリザベスがカバンから「証拠写真」を取り出して机上に並べる。

「これは・・・」

「そう、紛れもなく我がドイツが誇っていたアイドルグループ“シュトゥルム”の成れの果ての姿です。」

 声音に落胆の色をにじませながらアーベントがため息をつく。

 やはり、黒幕の正体が自国の人間ばかりだったという事実を鑑みれば“まことに遺憾”という言葉には嘘も矛盾もなかったのだろう。

「どうして・・・彼らが・・・」

「ハインリッヒの次は“シュトゥルム”か・・・耳障りな名前が続くものだ。」

 ジュノンとラミア(とイザベラ)の脳裏に不愉快な記憶がよみがえってくる。

 シュトゥルム。それはかつてドイツに存在した男性5人組のアイドルグループだった。デビュー曲の大ヒット以降売り上げが伸び悩んだ時期もあったものの、メンバー主演のドラマ主題歌で息を吹き返し、それからはドイツのみならず全米の音楽チャートでも首位獲得の常連となるほどの破竹の勢いで快進撃を続け、一時期は音楽業界の頂点へと登りつめたと言っても相違ないグループだった。

 しかし、その人気に思い上がり慢心した彼らは当時ファッション業界で圧倒的な人気を集め、人格者としても知られていたコスプレモデルの女性アイミール・ヴォン・トレーヌをフランスでのツアー時に集団暴行した事実を週刊誌に暴かれ、程なくして芸能界から追放されてしまったのである。以来、精神的なショックからかアイミールは今なお昏睡状態が続き、行方をくらましたメンバーからは謝罪や反省の言葉は一切聞かれなかったという。

「だが人間性は論外としても連中の魔力を考えればハインリッヒを復活させる事も不可能とは思えないからな・・・」

 ラミアが机上に並べられた写真の一つを手にしてため息をつく。

 それは“シュトゥルム”のメンバーの一人が狼男や吸血鬼といったモンスターたちと廃墟の洋館の庭で談笑している特に気味の悪い一枚だった。

「正直、フランス人の代表として私は今もアイミール君の件に関しては彼らを許せないでいる。しかもそれだけでは飽き足らずハインリッヒを復活させた上に数多の事故や災害を引き起こし、挙句の果てはエッフェル塔爆破事件にまで関与しているとなればもう慈悲など必要ない。本来なら私が直に制裁を与えてやりたいところだが先ほどのラミア君に同じく彼らの魔力を考えれば私などでは到底歯が立たないだろう。」

 そこでハシモンヌが席を立ち上がりローズへと歩み寄る。

「そこでローズ君たちの出番なんだよ。当初は大人数を集めての討伐隊の編成も視野に入れていたんだが相手が一般人のレベルではとても太刀打ち出来ないような奴らとなれば無駄に犠牲者を増やすだけだ。だからこそ、私は君たちに全てを託そうと思っているのだよ。」

「我が国のならず者どものために君の手を煩わせるのは非常に申し訳ないと思っている。だが、今この状況下で最も適切な対応をして理想的な解決に導いてくれるのは君たちしかいない、とも思っている。勝手だとは思うがここは一つ私の期待と信頼に応えてもらえないだろうか。」

 そう言って、ハシモンヌに続くかのようにアーベントもローズへと歩み寄る。

「ローズさん、黙ってないで何とか言ったらどうなんですかー!!!」

 ここに来てずっと黙っていたイノスキーまでもが大声を張り上げる。

「・・・・・」

 だが、誰に言われるまでもなくローズの答えは既に決まっていた。

「大方の事情は理解しました。皆様に言われるまでもなく僕・・・いや、僕たちは戦います。」

 席を立ち上がり、拳をぐっと握りしめながら決意を表明する。

「世界を荒らし、人々を不幸に導く存在の正体が明らかになったのならそれをどうにかするのが僕の役目です。ましてそれがあのハインリッヒである以上は絶対に放っておくワケにいきません。僕たちは必ずやハインリッヒと彼に加担する者たちを討伐し、世界の平和を守ってみせます。」

「「「・・・・・」」」

 イザベラが、ラミアが、ジュノンが、エリザベスが。

 ハシモンヌが、アーベントが、シンタールが、イノスキーが。(そしてドイツ政府の要人たちが)

 そこにいる全員の視線が集中しているその中で、ローズは高らかにそう宣言をした。


 こうして、ローズとハインリッヒの2度目の戦いが幕を開けたのである。


 ―それぞれの気持ち―


「ローズ、すぐ戻る。ナンシー、すぐ戻る。だからマゼンタ、元気出す。」

 ローズの長女・マゼンタはローズが家からいなくなってからというものすっかり落ち込む日々が続いていた。

 そんな中、居候の少女ユマ・ハートソンの存在と愛猫(+愛犬)たちとの戯れはせめてもの慰めだった。

「ユマお姉ちゃんがそう言ってくれるのは嬉しいけどママは病院に行ったまま帰って来ないしパパもヨーロッパに飛んでから戻って来ないしやっぱり心配だし寂しいし、私、心細いよ・・・」

「・・・・・」

 居間のソファでテレビもつけずにうつむいていたマゼンタの肩にユマが手をかける。

「今日お前、一緒寝る。私、お前、一緒寝る。」

「ユマお姉ちゃん・・・」

「ローズ、私、ここ住ませてくれた。命狙った悪い私、許してここ住ませてくれた。私、せめて恩返ししたい。心細いお前、元気出るまで私、一緒いる。だから早く部屋来る。」

 ユマの偽りない優しさがマゼンタの心を楽にする。

「にゃ~・・・」

 そんなユマの優しさに共感したのか愛猫たち(×3)も次々とマゼンタの足元にすり寄ってくる。

「みんな・・・」

 気がつけば、マゼンタはすっかり笑顔を取り戻していた。(状況が状況なだけに「いつもの明るい笑顔」とまではいかないが)

「ユマお姉ちゃん、ララとラックとラブも一緒に連れて行っていい?」

「構わない、一緒連れてくる。私、部屋広い。ローズくれた部屋、広い。だからお前たち、早くついてくる。」

「はいっ!」

 ユマが部屋に引き上げると、マゼンタと愛猫たちも後を追うかのようにユマの部屋へと続いた。

 そうやって、主のいないローズ家の夜は更けて行ったのである。


 ハワード・スカーレットはビールの大ジョッキをあっさり飲み干すと、この日3度目の大きなため息を吐いた。

「いい飲みっぷりだねぇアンタ!だけど、いい加減奥さんが心配してるんじゃないか?」

「そうそう!妻子持ちなんだからこんなところで深酒してないでそろそろ家に帰りな!」

 そんなハワードに自警団“アップルパイ”のメンバーたちが物珍しそうに次々に群がってくる。

「あなた方に心配されるいわれはありません。それに、妻には残業で遅くなるともう伝えてあります。」

 ローズ不在の穴を埋めるべくハワードが残業をしていたのはまぎれもなく事実だった。

 ただ、帰りにスタテンアイランド(ニューヨーク行政区の一つ)の老舗パブで飲んで帰るとは言わなかったのだが。

「それよりも、あなた方は人が気を紛らわしたい一心で飲んでいるのがそんなに面白いのですか?」

「いや、正直嬉しいんだよ。」

 残業の疲れとローズのいない寂しさで少し心が荒んでいたハワードの問いかけに“アップルパイ”の男性は満面の笑顔を向けた。 

「嬉しい・・・?」

「アンタには前からお堅いイメージが強かったからこういう店に来ているとは想像もつかなかったんだよ。それが、こんなところに一人でひょっこり現れて俺たちがびっくりするぐらいの飲みっぷりを披露してるんだぜ。なんかすごく親近感がわいてきちゃってさ。」

「親近感・・・」

「それに、アンタもやっぱりローズさんがいなくなって寂しがってるんだなぁって思うと結構アンタも根本的なところは俺たちと一緒なんじゃないかって思えてきてさ。」

「・・・・・」

 だが、嬉しかったのはハワードも同じだった。

 自分とはローズを通じて接点を持つ“アップルパイ”のメンバーだったが決して自分を快くは思っていないだろうと考えていたのでこのような事を言われるとは夢にも思っていなかったのだから。

「さ、寂しかったりするものですか!私は単に仕事量が増えて精神的に参っているからお酒で気を紛らわしているだけです!!」

「素直じゃないね~・・・アンタ顔、真っ赤だよ。」

「こ、これは単に酔いが回ってきただけです!きっと今まで飲んでいたビールには遅効性のアルコール成分が配合されていたのでしょう。」

 ハワードの口は、心とは正反対の事ばかりを言い続けていた。

「おっと、もうこんな時間だ。そろそろ帰らねば妻が心配だ。」

 腕時計を見ながら(わざとらしく)ハワードが席を立つ。

「照れ隠し答弁はおしまいですか、ハワード専務?」

「さて、何の話だか。ですがあなた方とはこのような形でまた親睦を深めたいものですな。」

「・・・・・」

「無論、ローズCEOも交えてからの話になるのですけどね。」

 ハワードは、振り返りもせずに伝票を手に取ると速やかに会計を済ませて店を後にした。

「全く、ローズマングループ屈指の敏腕専務もローズさんがいなくなった途端にあの有り様だもんな。」

「ま、俺らにしてもローズさんが早く帰ってくるに越した事はないんだけどね。」

 自警団“アップルパイ”のメンバーたちは、やれやれといった感じで苦笑いを浮かべると、再び会合の続きへと戻ったのであった。


「どうだね、具合は?」

「はい、ここ2、3日はとても安定してます。」

 ナンシー・ローズはベッドから体を半分起こした状態で医師の問いかけにそう答えた。

「それにしても、いつ“その時”が来てもいいようにあらかじめ君を病院に預けておくとはローズ君も頭の働く男だよ。」

「・・・・・」

「そしたらどうだ。有事が起こってローズ君はすわ一大事とばかりにヨーロッパ行きと来た。こうなると、仮に自宅で君に“その時”が来たとしても適切な対応が出来る者などいなくなる。だから今回ローズ君の取った措置は正しかったというワケだ。」

 医師が一人で納得したかのように頷きながらナンシーのベッド脇にある椅子に腰掛ける。

「しかし、ローズ君というのはああいったものを放っておけない性分なんだろうね。」

「はい。彼はいつだって、世界の平和のために戦っている人ですから・・・」

 ナンシーの脳裏にローズと歩んだ日々が鮮明によみがえる。

 ニューヨークで仕事がなく、犯罪組織の小間使いをしていた頃に上からの命令で彼と無理矢理に戦わされ、簡単に負けてしまったあの日。その後、彼の温情もあって不起訴処分となり、彼の会社の雑用係としての採用が内定したあの日。何気ない日々の中で彼に惹かれている自分に気がついてしまったあの日。そして、彼もまた自分に好意を寄せていると確信してしまったあの日。

「でも、そんな彼が一個人として私を求めてくれたのです。」

「ナンシー君・・・」

 そこからはまさに一直線だった。彼からの申し出で交際を始めたあの日。仕事と平和活動に明け暮れて構ってくれない彼にわざと悪態をついて困らせてやったあの日。(=初夜の日)そこを経てついに結婚という人生における一つのゴール地点へと到達したあの日。それから数年後、マゼンタという宝物を天から授かったあの日。

 ローズと出会い、過ごした歳月は愛しき記憶として今なお強くナンシーの心に刻み込まれていた。

「彼がいなければきっと私はニューヨークの片隅で寂しい生涯を送っていたでしょう。考えてみれば先日、私の故郷・ボストンでテロ事件が起こったあの日だって彼は・・・」

 そこまで言いかけたところでてナンシーは数日ぶりの激痛に襲われた。

「うっ、うぅっ!くっ・・・!」

 だが、それは今までの激痛とは比べ物にならないほどの痛みをもってナンシーを苛んでいた。

「・・・頑張るんだぞ、ナンシー君・・・!」

 医師は、小声でエールを送るとすぐさまスタッフを集めてナンシーを然るべき部屋へと移送したのである。


 ―WR2013④・決戦―


 踏み込んだシュヴァルツバルトは、曇天の空も相まってより一層の気味の悪さを醸し出していた。

「まさかまたこの場所に足を踏み入れる展開が待っていようとはね・・・」

 かつてハインリッヒと戦った時も彼とその信者たちはこのシュヴァルツバルトに根城を構えていた。

「ハインリッヒ・シュヴァルツローゼはあの時に同じくシュヴァルツバルトに潜んでいる。それも当時以上に奥深く、まさに最奥部と呼ぶに相応しいほどの深い部分にアジトを持っているみたいだからそこまでの道中も慎重にな。」

 一行(ローズ・イザベラ・ラミア・ジュノン・イノスキー)の脳裏に出立前に向けられたエリザベスの言葉が浮かび上がってくる。

「だけど、よく分からないな。一度討伐された場所を再び潜伏先に使うなんて単に考えが浅いのか、それとも相当に思い入れの深い場所なのか・・・」

「あそこにいれば他の場所にいるよりも魔力が倍増するとかそんな感じの理由じゃないんでしょうか?」

「他にも何か地の利を活かしたアドバンテージのような物でもあるのかもしれませんね。」

 ラミアたちにはハインリッヒの思考回路が見えてきそうになかった。

「簡単だよ、彼はあの土地から離れられない地縛霊なのさ。」

「「「えぇっ!?」」」

 先頭を歩きながらローズが身の毛もよだつような事をさらりと言ってのける。

「彼は19世紀に恋に破れてこの場所で命を絶った青年の亡霊さ。どうやらここは生前に恋人と何度も訪れていた思い出の場所だったらしくてね。彼女を想いながらハインリッヒは自らの心臓を一突きで・・・」

「ス、ストップストップ!考えただけで怖くも悲しくもなってくるからその話はそこで終わりにしましょう!」

「そうなのかい?じゃあこの話はこの辺りでやめておこう。」

 なおも話を続けようとするローズだったがイザベラの制止によってそれを中断した。

「だけどこれだけは覚えておいてくれ。彼自身がこの地から動けなくともその強大な魔力は世界各地に影響をおよぼしている。この数ヶ月に方々で起こった原因不明の事故や災害は間違いなく彼の仕業だと考えていいだろう。」

「大いなる魔力を持っていながらどうしてそれを悪い方向に・・・」

 切り替わったローズの話題に今度はジュノンの表情が曇る。

「己の器を超えた力を手にすると人は増長するものさ。まして服従する信者があれほど集まれば自分が世界の支配者だと勘違いして思い上がるのも・・・」

「よぉ!俺たちの噂話かい!?」

「!!」

 ローズたちの前に目つきの悪い男とそれに率いられた多くの軍勢が現れた。

「君は・・・」

 ローズたちは全員その男の顔も名前も知っていた。

「ジン・ロートマン!」

「正解。みんなのアイドル・ジン様が大所帯でお前ら三下を直々に出迎えに来たぞ。」

 男・ジンの背後では何十人ものガレフ信者たちと間違いなく死んでいるはずなのに動いているゾンビたちが今にも噛み付きそうな形相でローズたちをにらみつけていた。

「これは驚きだな。どこぞのアイドルグループで勝手に留学してメンバー抜けたりライブをさぼって繁華街で飲み歩いてたりして散々迷惑をかけておきながら最後にはファンの女の子を妊娠させてグループを追われた君が今なおアイドル面をしているとは恐れ入る限りだ。」

「分からない男だなホワイト・ローズ。俺はアイドルだから何をやっても許される立場にあるのさ。」

 ローズの皮肉も勘違いをしているジンの前では微風にすらならなかった。

「まぁそんな事はどうでもいい。だが・・・部外者がここに足を踏み入れたという事は殺してくれと懇願したも同然。覚悟は出来ているのだろうな?」

「僕たちはハインリッヒの元を目指しているんだ。君の下らない自論など聞きたくもないからそろそろ戦うのか道をゆずってくれるのかハッキリしてもらおう。」

「ふん、ならば全員殺した後で死霊に変えてハインリッヒ様の手土産にしてくれる!お前たち、かかれっ!!」

「「「うおぉぉぉーっ!!!!!」」」  

 ジンの合図で信者とゾンビの群れたちが一斉に襲い掛かってきた。

「やはりそう来るか・・・だが僕たちは負けない!みんな行くぞ!!」

「「「はい!!!」」」

「あの生意気なアイドル気取りの男は俺がやるから雑魚の相手は頼んだぞ!!!」

 そして、負けじとローズたちもそれに応戦したのである。(イノスキーだけはややしゃしゃり出た感が否めないが)

「剛破千裂拳!」

「エアーカッティンッグスペシャル!」

「ジャイアントフレイム!」

「「「ぐわー!!」」」

「「「ぎゃあぁー!!」」」

 イザベラの繰り出す拳が、ラミアの起こす真空刃が、ジュノンの放つ炎が、次々と襲い来る軍勢たちを撃退する。

「その目に焼き付けろ、ダンシング・エッジ!!」

 一方で、ローズは華麗な舞を舞うかのようにしなやかな動きを披露しながら足技を中心に打撃攻撃で数多の軍勢たちを仕留めていた。

 そんな中、自らジン討伐を名乗り出たイノスキーはそのジンとにらみ合っていた。

「うすらでかいだけの貴様にアイドルの力を見せてやる!くらえ、ガッツンストレート!!」

 先に手を出したのはジンの方だった。

 ガツン!

 勢い良く飛び出した右の拳がイノスキーの胸部を直撃する。

「あ~あ。アイドル様の拳ってのはこんなもんかい。蚊に刺された方がまだ痒いってなコノヤロ。」

「なんだと・・・?」

 だが、イノスキーにダメージは全く与えられていなかった。

「じゃあ次は俺から行くぜ、(きょう)(こん)パンチ!!」

 ガゴッ!

「がっ!」

 片や、イノスキーの拳は確実にジンの左顎にヒビを入れていた。

「き、貴様よくもっ・・・!」

「思い上がり野郎、目を覚ましやがれ!(きょう)(こん)20文キック!!」

 グジャ!!

 憤るジンの顔面にイノスキーの足裏が見事なまでに炸裂する。

「が、げ、が・・・」

 その一撃でジンは目を剥いてその場に崩れ落ちてしまった。

「けっ、口ほどにもねぇアイドル様だ・・・」

 期待外れと言わんばかりにイノスキーがため息混じりに後ろを向くとローズたちの戦闘も終わりを迎えていた。

 言うまでもなくローズたちの完全勝利という形の決着で。

「おや、いつものかけ声はやらないのかい?」

「こんな前哨戦にもならねー戦いに勝ったぐらいでやる程アレは安っぽいもんじゃねーんだよ。さ、準備運動は済んだんだし先を急ごうぜ。」

「ああ。」

 そうやってイノスキーに促されながらローズたちは再び森の奥深くへと進んで行ったのである。


「ほぉ・・・たった5人でガレフに乗り込んでくるとは随分と命知らずな連中がいたものだ。」

 それはデジャブかリピートか、またしてもローズたちの前に目つきの悪い男とそれに率いられた多くの軍勢が現れた。

 ただ「目つきの悪い男」に関しては先ほどのジンとは全くの別人だったのだが。

「おや、ガレフの幹部にして武闘主任の地位にまでのし上がった君がこんなところでお出迎えとは随分と早い気がするけれど?」

 ローズだけはその男を知っていた。

「先の戦いで敗れ、逃走したまま二度と悪事を働かぬよう人知れず細々と暮らしているのかと思いきやまだこのような組織とつるんでいようとはどこまでも哀れな男だヘルマン・ミイミ!」

 ローズに本名を呼ばれて男・ミイミの目つきが一段と険しくなる。

「貴様に何を言われようが私はこの生涯をかけてハインリッヒ様への帰依(きえ)を貫くまでだ!行くぞ、お前たち!!」

「「「ぐがー!!!」」」

 ミイミの合図でガレフの信者とゾンビの軍勢が一斉にローズたちへと襲い掛かってきた。

「悪いけど今回は取り巻きたちの相手を君たちにお願いする。僕は先の戦いで残してしまった課題でもあるあの男との決着をつけておきたいんだ。」

「・・・そういう事なら雑魚どもは俺たちに任して行ってきな!だが、負けるんじゃねーぞっ!!」

 バシッ!

 背中を叩きながらもイノスキーはローズの申し出を二つ返事で承諾してくれた。

「「「・・・・・!!!」」」

 そして、イザベラたち女性陣も親指を立ててGOサインを送ってくれた。

「みんな・・・」

 力強い後押しを受け、ローズは迷わずミイミとの一騎打ちに臨んだ。

「先の戦いでハインリッヒ様を手にかけた報いを受けよ!くらえ、ローリングスラッシュ!!」

「!」

シュッ!

刃のような鋭い回し蹴りをローズはうまく回避した。

「はっ、たあっ!!」

 次々と蹴りを繰り出すもミイミの攻撃はかすろうともしない。

「いい蹴りだ。だけど、標的に当てなくっちゃ鋭利な刃も意味がない・・・こんな感じにね!!」

「なにっ!」

「ハイパーローズストレート!!」

 バゴオッ!!

「ぐっ!」

 一瞬の隙をついて放ったローズの拳がミイミの左頬に直撃した。

「なるほど、そちらこそなかなかの拳だ。だが!たった一発では殺すどころか退治も出来ぬというものよ・・・このようにな!!」

 ミイミの体から闘気のようなものが沸き起こる。

「死ぬがいい、ミイミ光速拳!!」

「!!」

 バシッ!バシッ!バシッ!バシッ!

 気付いたときには既に遅く、ミイミの拳は光の速度と化して無数にローズを殴打したのである。

「がはっ、ぐはっ・・・」

「そらそらそらそらそら!!この光速拳は貴様が死に絶えるまで無数に続くのだぞ!!」

 拳の速度が速く、今さら回避など出来そうにない。殴打を受けながらもローズは懸命に思考の糸を紡いだ。

 ~・・・このままでは彼のスタミナ切れを待つ前に自分が殴り殺されてしまう。ならば・・・!!~

 激しい殴打が続く中で、ローズは不意に両の目を閉ざしてしまった。

「どうしたどうした!いまわの際のセリフでも思案しているのか!?悪いが貴様には断末魔の悲鳴以外は口になど・・・」

「そこだっ!!」

 ガシッ!!

「何だとっ!?」  

 無数に続くと公言していたミイミの光速拳が止まった。いや、止められたと言うべきか。

 今、ミイミの両の拳はローズの両の手の中にガッチリと収まっていたのである。

「君の拳があまりにも速いのでね・・・肉眼では追いつかないから心眼で見極めさせてもらったよ。ま、いわゆる“フィーリング”というヤツかな。」

 少しずつ拳を収めたローズの手に力がこもる。

「よ、よせ・・・」

 何かを察したミイミだったがそれはもう手遅れだった。

「人を傷つけるだけの拳には制裁あるのみ、ローズアイアンクロー・ダブル!!」

 グシャァッ!!!

「ぎゃあっ!!」

 ローズの両の手は、迷う事なくミイミの両の拳の骨を破壊した。   

「フィニッシュはこれだ、ローズスクリューブロウ!!」

 ミイミが苦痛に悶える暇もなく、ローズはとどめの一撃を放った。

 ドボオッ・・・!!

「ゴボッ・・・」

 みぞおちの部分を的確に狙ったその一発は決着をつけるには十分なまでの破壊力を持っていた。

「は、ハインリッヒ様万歳・・・ガレフにさらなる栄華あれ・・・!」

 ミイミは、最後まで主への帰依(きえ)を貫いて息絶えた。

「さて・・・」

 ローズは、右手から光を発生させて自身の傷口にあててわずかながらも傷を回復させた。

「しゃあコラ!しゃあコノヤロ!!」

 少し遠目の背後では、イノスキーが軍勢たちを威勢良く蹴散らしている真っ最中だった。

 やがて、その声が聞こえなくなったところで戦闘は終結したのである。


 そこからは途切れる事なく多くの敵襲が続いた。

 だが、ローズを筆頭に戦闘慣れしている彼らは次々と撃退しながら先へと進み、ついにはシュヴァルツバルト最奥部に構えるハインリッヒの根城へと続く“トート・パラストへといたる道”まで到達したのである。

「なるほど、入り口手前で中ボスが手下と一緒に待ち伏せとはいかにもな展開で面白い限りだ。」

 眼前の階段を前に立ち塞がる何度も見てきたガレフの信者とゾンビたちによる軍勢。(今回はこれまでより格段多い)

 そして、それを率いる者の存在。

「それにしても・・・君の風貌は随分と変わっているね。」

 ローズの言葉は至極当然の言い回しだった。

「・・・・・」

 人の形をしただけの実体を持たぬ黒い影。

 しかしその形は全員に、特にローズにとっては間違いなく見覚えのある姿を模っていたのである。

「・・・殺レ!!」

 やがて影が抑揚のない声でそう言い放つと、これまで待機していた軍勢たちがまとめてローズたちへと襲い掛かってきた。

「上等だコラ!遠慮なく大暴れしてやるぜ!!」

「あくまで戦うというのなら、応戦するまでです!!」

「数だけで僕たちに勝てると思ったら大間違いだぞ!!」

「このあふれ出る魔法の力、味あわせてさしあげます!!」

 イノスキーたちがこれまで通りに戦闘に気持ちを切り替える中で、ローズだけは妙な違和感に支配されていた。

 ~あの形・・・一体あれは何なんだ?~

「しゃあコラ!しゃあコノヤロ!!」

「剛破千裂拳!」

「エアーカッティンッグスペシャル!」

「ジャイアントフレイム!」

「「「ぐわー!!」」」

「「「ぎゃあぁー!!」」」

 イノスキーたちが強力な攻撃で軍勢を蹴散らすここで何度も見てきたこれまで通りの展開。

 だが、黒い影の存在は明らかにその光景の中で妙な違和感を醸し出していたのである。

「・・・・・?」

 無難にガレフ信者とゾンビたちを退けながらもローズの頭からはその影の存在が離れそうにない。

「ッヒ様・・・ホウコク・・・ホウコク・・・」

 やがて、影は何やらブツブツと言葉を発し始めた。

「シュトゥルム・・・ハインリッヒ様・・・ホウコク・・・ホウコク・・・」

 今度は何かを念じながら電波を起こし、それをどこかへと送り始める。

 ~ホウコク・・・報告って何だ?~

「しゃあコラ!しゃあコノヤロ!!」

「サイクロンストレート!」

「鬼百合豪波砲!」

「ダイヤモンドフリージング!」

 影の眼前にはありとあらゆる技と魔法を駆使しながら戦い続けるイノスキーたちの姿。

 報告。眼前の戦闘。電波送信。ハインリッヒとシュトゥルム。

「・・・まずい!!」

 危険を察知したローズはすぐさま影と駆け寄った。

「ホーリーエクスプロージョン!!」

 ドカーン!!!

 そして、影の至近距離から爆発魔法を放つと影を周辺にいたゾンビの群れともども消滅させてしまったのである。

「・・・まずい事にならなければいいんだけど。」

 なおも不安の拭えなかったローズだが、悩んでいても仕方がなかったので気を取り直すと再び戦闘に戻ったのであった。


「ピンポイントローズアッパー!」

 バゴオッ!!

「ぐへらっ!」

 渾身の一撃がガレフ信者の顎にクリーンヒットを決めたところでこの時点での戦いは終わった。 

「ガーッ!!勝ったぞーーー!!!」

 少なくとも500人はいたであろう大軍勢(実際“トート・パラストへといたる道”の手前で待機していた人数だけでこの数であり、最初から戦い続けた総数として考えればゆうに3千人はいたと推測される)を一人残らず倒せた安堵感からかイノスキーが雄たけびを上げる。

「やりましたね!でもここからが本番です!!」

「ああ、この階段を昇っていけば全ての元凶であるハインリッヒがいるんだ。今まで以上に気を引き締めて行くぞ!!」

「・・・あれ、ローズさん?」

 そして、イザベラとラミアが気合を入れ直して入る傍らでジュノンが浮かない顔をしているローズに気付く。

「どうしたんですか?妙に顔色が冴えないみたいですけど。」

「・・・・・ちょっと士気が下がる話になると思うけど聞いてくれないか。」

 当初は迷っていたが、ローズは全員に先ほどの黒い影の行為を伝える決心をした。

「イノスキー。イザベラ、ラミア。君たちも集まって聞いてくれ。」

「「「???」」」

 言われるがままに集まってきたイノスキーたちの前でローズは事情を説明した。黒い影が戦闘中にずっと全員の技や魔法、クセなどをチェックしていた事。それをそのまま電波に乗せて間違いなくこれから戦うであろうハインリッヒたちのところへ送り届けていたであろう事。

「とりあえず、今後の戦いに備えてそういう事があったというのだけは頭に入れて・・・」

「何かと思えばそんな事ですかーーーーーー!!!!!!」

「!」

 イノスキーのいつにないほどの大声に思わずローズが目を丸くする。

「手の内を見られたからといってそれがどうしたってんだよ。ローズさん、俺は現役時代それこそ遠征の時なんざ丸裸にされて対戦相手のスタッフどもに根こそぎ調べ上げられたもんさ。だが、その都度データ以上の力を発揮して相手をねじ伏せて来たんだぜ。そこいらの2流どもならまだしも俺様相手にデータ戦術がなんぼのもんじゃって話だよ。」

 そこからは虚勢や強がりのようなものは感じられず、間違いなくイノスキーの本心から出た言の葉だった。

「ローズさん。正直私は嬉しいぐらいですよ?あのハインリッヒ・シュヴァルツローゼほどの殿方がデータを集めて対策を練らないといけないぐらい私に一目置いてくれているなんて戦う側としても本望なぐらいです。」  

「つまり、僕が普段以上の僕になってこの先に臨めば簡単に解決する話だろう?」

「悪いけど魔法っていうのはデータだけでは読み取れない厄介な代物なんですよね~。」

 それぞれのオーラを沸き立たせ、イザベラたちもまた上等と言わんばかりの態度をローズへと示したのである。

「みんな・・・」

 士気が下がるかもしれないと心配していたローズだったがそれは杞憂に終わった。

「よし、ならば気合の入れ直しだ!」

 一安心をしたローズは大きく息を吐くと徐に右の手を差し出した。

「「「「・・・・・・・」」」」

 そして、その手に次々と別の手が添えられる

「僕たちはいかなる敵と戦おうとも決して屈したりはしないぞ!!」

「「「「オーーーー!!!!」」」」

「僕たちは必ずや生きてここから帰ってくるぞ!!」

「「「「オーーーー!!!!」」」」

「よし、出発だ!!」

 こうして、ローズたちは“トート・パラストへといたる道”の階段を昇り始めたのである。


 階段の途中で最初にたどり着いた宮殿フォイエル・パラストは体が焼けるかのような激しい熱気に包まれていた。

「まさかお前たちがここまで来れるとは思いもしなかったよ。だが全員ここでおしまいだ。骨の髄まで焼き尽くして一人残らず灰にしてくれる・・・この爆炎のアイバーン様がなっ!!」

 “シュトゥルム”最初の相手は炎術師・アイバーンだった。

「なるほど。炎を自在に操り、その力をちらつかせながら他人の動物番組を私物化していた男が今となってはよみがえらせたハインリッヒの手駒か。相手によって露骨なまでに態度を変える素晴らしい生き様だな!」

 そんな言葉で真っ先にアイバーンへと牙を向けたのはラミアだった。 

「ラミア・・・」

「みんな、ここは僕に任せて先に進んでくれ。奴のような男はこの手で片さないと僕自身が納得出来ないんだ。」

 小声で仲間たちにそう告げるとラミアはすぐさまアイバーンへと体当たりをくらわせた。

ドサアッ!

「き、貴様!何の真似だ!!」

「さぁ、今のうちだ!!早くここを抜けて先へ進んでくれ!!」

そのまま抑え付けながらラミアが叫ぶ。  

「・・・分かった。ラミア、この先で待っているよ!」

「ローズさん・・・」

 言葉通り先へ進もうとするローズにイザベラの悲しそうな眼差しが向けられる。

「・・・今は、身を挺して道を切り開いてくれている彼女の期待に応えてやるのが僕たちの使命だ。」

「・・・・・」

「大丈夫。僕たちがラミアを信じてあげなくて誰が信じてあげるって言うんだ。」

「・・・はい!」

 ローズに諭され、イザベラも進む決心をした。

「ラミアさん、頼みましたよ!!」

 こうして、ローズたちはラミアを残したまま一斉に駆け抜けてフォイエル・パラストを突き抜けたのであった。


 再び階段を昇り続けてたどり着いた2つ目の宮殿ヴィント・パラストは風の吹き抜ける肌寒い空間だった。

「愚かな奴らめ・・・風の吹くがままに生きていれば長生き出来たものを。お前たちは向かい風へと突き進み、自ら竜巻の中に飛び込んだ度し難き愚者も同然の連中だ。だが、ここまで来れた実力に免じてこの疾風のニーノが慈悲をかけてやる。」

 “シュトゥルム”2人目の番人である風の紡ぎ手・ニーノはニヤリと笑うと右の人差し指をイザベラへと向けた。

「イザベラ・コンデレーロ。お前を俺の対戦相手として指名する。他の奴らは先へと進むがいい。」

「えっ?」

 ニーノの思いがけない言葉にローズが目を丸くする。

「ふん、お前たちにはこの先で屍になる権利を与えてやるというまでの話だ。分かったら目障りだからとっとと失せるがいい。」

 ニーノの言い回しには引っかかりを覚えたがローズたちはあえてその言葉に従った。

「そのご好意には礼を言う。だが、僕たちは君の思い通りになんてなるつもりはない!・・・イザベラ、任せたよ!」

「はい!!」

 この場をイザベラに託してローズたちは先へと進んだのである。


再び階段を昇り続けてたどり着いた3つ目の宮殿ドナー・パラストは周囲の空気中にさえも静電気が蔓延していた。

「ほほう、俺の雷で消し炭になりたい奴らが3人もいるとは面白い。この豪雷のマツジンが痺れるほどの快感で苦痛を感じる前に逝かせてやるから感謝するがいい!!」

 “シュトゥルム”3人目の番人である稲妻の騎士・マツジンは早くも両手を広げてその手と手の間から雷を呼び起こした。

「さぁ、誰から先にあの世に送ってやるか・・・」

「残念だけどここで朽ち果てるのは君だ!」

「そんな雷の一つや二つでこの俺がビビると思ったら大間違いだぞコノヤロ!」

 雷に動じる事もなくローズとイノスキーが構えを取る。

「・・・・・」

 そんな中、マツジンを含む男性陣が誰も気付いていないところでジュノンが何かを念じていた。

「ローズさん、イノスキーさん、ごめんなさい!!」

「えっ?」

「いや、俺はあんたに謝ってもらうことなんて何も・・・」

「時空よ!ホワイト・ローズとアントニーン・イノスキーをこの先のステージへと導きたまえ!!」

 ジュノンは、時の渦を放ってローズとイノスキーをその中に包み込んでしまった。

「ジュ、ジュノン!」

「お前まさか・・・」 

「勝手な真似だとは十分に承知しています。ですが、ここまで来たからには誰かが誰かのために道を作らなければならないんです。二人とも、ご武運をお祈りしています!!」 

 ビューンビューン!!

 やがて、渦は奇妙な音を立てると二人と一緒にどこかへ消えてしまったのである。


 ドサアッ!

「ってーなコラ!おまけにこの宮殿は寒いぞコノヤロ!」

 イノスキーが転送されて送り飛ばされた4つ目の宮殿アイス・パラストは冷気に包まれた凍える世界のようだった。

「おい!寒いって言ってるだろーが!!誰でもいいから暖房入れやがれってんだコノヤロ!!」

「何という下劣なわめき声だ。それでよくも国会議員が務まるものだ。」

 怒鳴り続けていたイノスキーの前にアイス・パラストの番人が姿を見せた。

「お前は!」

 イノスキーはその顔を誰よりもよく知っていた。

 かつて、指導者時代にドイツのニュース番組に出演した時に自分のスタイルを散々非難して司会者たちと一緒に集中砲火を浴びせたあの“シュトゥルム”の一員にして手伝いでニュースキャスターをしていた男。

「シャ、シャクラウス!!てめーこんなところにいやがったのか!!」

「ほぉ・・・人の名前を記憶する程度の脳は持っていたか。貴様にしては上出来だ。」

 アイス・パラストの番人にして“シュトゥルム”4番手・冷氷のシャクラウスは鼻で笑うと汚い物を見るかのような目つきでイノスキーを見据えた。

「だが、ここは貴様ごとき醜い生き物が紛れ込むには高尚過ぎるステージだ。身の程をわきまえずこのような場所にやってきた己の無鉄砲、地獄で後悔させてやる!!」

「しゃあオイ!!あん時の俺と今の俺を一緒だと思ってたら大間違いだ!!てめー俺とやっといて腰抜かすんじゃねーぞコラァ!!!」

 イノスキーは、いつも以上の大きな声と険しい目つきで恫喝すると、雄たけびを上げてそのままシャクラウスへと突進したのである。


 シュンッ!

「ここは・・・」

 ローズが転送されて送り飛ばされた5つ目の宮殿エールデ・パラストには床や柱といった建築物のような物は一切存在せず、ローズは曇天の下で土の上に立っていた。

「ようこそホワイト・ローズ。ここが俺のステージであるエールデ・パラストだ。」

「君は・・・」

 もはや確認するまでもないくらい知れ渡った存在。

 あの個性派集団“シュトゥルム”をまとめ上げる永久不滅のリーダー。

「サット・オーノルン!!」

「そう!俺こそが“シュトゥルム”のリーダーにしてハインリッヒ様の復活を提唱した張本人サット・オーノルンだ!!」

 エールデ・パラストの番人にして“シュトゥルム”におけるリーダー・大地のオーノルン。

 偶然とはいえローズは“シュトゥルム”のメンバーの中で最も強く、厄介な男との対戦を余儀なくされてしまったのである。

「なるほど、ハインリッヒと戦う前哨戦の相手としては丁度いいレベルの逸材だ。悪いけど、覚悟してもらうよ!」

「ふん、その前にお前はここで死んで土に帰るのだ。・・・二度と転生も出来ずになっ!!」


 こうして、ローズたちと“シュトゥルム”によるそれぞれの一騎打ちが幕を開けた。ハインリッヒの思念が生み出した黒い影によって技や魔法、戦闘パターンといったものを全て“シュトゥルム”のメンバーに覚えられてしまった明らかに不利な状況下の中で。


「火縄縛り!」

「しまった!!」

 攻撃魔法・エアーカッティングスペシャルを使うよりも数秒早くアイバーンの魔法がラミアの動きを封じ込めてしまった。

「そろそろ自慢の風魔法を使うんじゃないかと思っていたよ。貴様の行動パターンはハインリッヒ様の思念によってしっかりと学ばせてもらったんでな、俺には手に取るように分かっていたんだよ!!」

 アイバーンは、ラミアが魔法を使うのを先読みした上で詠唱時に生じる一瞬の隙をついて攻撃を仕掛けたのである。

「くっ・・・」

 だが、その前からオーラ発生状態であるにも関わらずラミアは劣勢を強いられていた。

 ローズたちを通すために身を挺してアイバーンを抑え付けるも束の間、ラミアは逆鱗に触れたアイバーンの自己発火によってとっさに離れたものの右腕と右ひざを火傷して、手負いの状態での戦闘を余儀なくされていたのである。

「俺は正直おかんむりなんだよ。全員ここで焼き殺すつもりだったのに貴様のせいで他の連中をみすみす逃がしちまったんだからな。こうなったら貴様を灰にするまで焼き尽くすしか怒りを鎮める方法はねーってな・・・」

 腕ごと縛り付けた火縄(あくまで縄状をしているだけでそれは純然たる火であり、縛り上げているのはアイバーンの魔力によるもの)でラミアが動くに動けないのを見越してアイバーンが脅すかのようにそう吐き捨てる。

「ハハ・・・僕も正直おかんむりだったよ。」

 圧倒的不利な状態にありながらもラミアが言葉を発する。

「何だと?」

「君が動物たちと戯れている番組を見た時にはその嘘臭さと高圧的な態度に何度もテレビを殴ってやりたい衝動に駆られたものさ・・・だけど今、君が失せたおかげであの動物園の園長も動物たちもさぞや安心しているだろうね・・・」

 不安な気持ちをごまかすために口に出したラミアの強がりが、アイバーンの怒りの炎をさらに増大させる。

「貴様・・・どうやらよほど酷い死に方をしたいようだな!」

 ラミアを鋭くにらみつけ、アイバーンがこれまで以上により強く深く念じる。

「灰と化せ!天災・()無羅(むら)業仏炎(ごうぶつえん)!!」

「ぐあぁーっ!!」

 巨大な炎があっという間にラミアを包み込む。

「ヒャッハッハッハ!冥土の土産に教えてやる、この数ヶ月間の大規模な火災は全部俺様の魔法が引き起こした災害だったのさ!!」

「な、何という男だ・・・」

「俺が憎いか?恨めしいか?だがもう遅い、貴様はそんな俺によって肉も骨も残らずにここで灰になって消えてしまうのだからな!!」

 バキッ!

「ぐはっ!」

 炎に包まれたラミアに追い討ちとばかりに拳が見舞われる。  

「貴様が原型を残している間は俺がたっぷり遊んでやる。感謝しろ、爆炎連拳!!」

 アイバーンの拳が無数にラミアを殴打する。

 いつしか、沸き起こっていた黄緑色のオーラは消滅し、ラミアの体力や気力は弱まる一方となっていた。

「そらそらそらそらそら!恥辱の中で息絶えろ!!」

 動けない上に炎に包まれ、その中で激しい暴行を受ける。

 ラミアは、絶望的状況下の中で懸命に思考の糸を手繰り寄せながら言葉を紡いでいた。

 ~参ったな・・・こんな男、許せるはずがないのに僕は全く歯が立たず、そんな奴にひれ伏すというのか・・・この先で待ってくれているであろうみんなに顔向けが出来ないな・・・でも!同じ顔向けが出来ないならば先に進めなくてもせめてこの男だけは・・・!!~

 ラミアの目に再び光が宿っていた。

「アイバーン、お前だけは・・・」

「どうした?死ぬ前の捨てゼリフかオイ?」

「お前だけは僕がこの手で始末する!!!」

 そして、殴られ続けながらも大きな声ではっきりとそう叫んだのである。

「吹き飛ばせ!マイセルフ・サイクロン!!!」

 直後、ラミアは竜巻へと姿を変えて大きく渦を巻いた。

「ぐわあ!!」

 それは魔力で縛っていた火縄と包んでいた炎を残らず蹴散らし、至近距離にいたアイバーンを弾き飛ばして数メートルの距離を突き進んだのである。

 ドサアッ!

 宙を舞ったアイバーンが激しく床に叩きつけられる。

「何という力だ・・・だが既に満身創痍の身、そのような魔法を使える力などもう貴様には・・・」

「甘いぞアイバーン!マイセルフ・サイクロン!!」

 余裕を見ていたアイバーンだったがそれは大きな命取りだった。

 またしても竜巻と化したラミアの突進を受けて今度は完全に渦の中に飲み込まれてしまったのである。

「ぐあぁぁぁーーーーー!!!」

「うおぉーっ!!!」

 ラミアの竜巻の中でアイバーンの体が無数に切り刻まれる。

 やがて、その体は先ほどのように宙を舞い、同じように床に叩きつけられた。

「こ、こんな事が・・・貴様ごときにこの俺が・・・」

 そして、信じられないといった顔をしたままアイバーンは事切れたのであった。

「僕は勝ったのか・・・」

 意識は朦朧としていたがアイバーンが息絶えているのだけはかろうじて理解出来ていた。

 ~ローズさん・・・みんな・・・申し訳ないけど僕にはもうこの先に進む力は残っていないみたいだ。大した力にもなれなかった上にこんなところで戦線を抜けてしまう僕を許してくれ・・・~

 だが、段々とその意識すら遠くなって行く。

 ~どうか、僕たちの世界にいつまでも希望の花が咲き続けていられますように・・・~

 ドサッ!

 こうして、偽らざる心の願いを唱えたところでラミアもまた事切れたのであった。


「・・・ラミアさん!!」

 直感で察してしまった。

 理由や経緯が分からなくてもラミア・ハメソンがこの世界から消えてしまったという事実だけはイザベラにも把握出来たのである。

「人の心配をしている場合か?疾風刃!」

 ズシャアッ!

「ああっ!」

 隙を見せてしまったイザベラがニーノの放った光速の真空刃をくらって右肩から激しく出血する。

 これでもうこの攻撃を10発も体のあちこちに受けているのだ。

 ~速すぎる・・・しかもガードが効かないなんて!~

 その真空刃はよけて回避するにはあまりにも速く、ガード魔法「エレメントカーテン」を破壊してまでイザベラを傷つけるほどの威力を持ち合わせていたのである。

~なのにこっちの攻撃はかすりもしない・・・~

 このニーノという男がこれまで戦ってきた相手とは格が違う事ぐらいは見当がついていたものの、まさか青のオーラを発した状態の自分がここまで一方的にやられる展開が待っていようとは想像もつかなかった。

「お前は無意識のうちに自分を過大評価しているんだよ。考えてもみろ、音楽チャートで運良く1週首位が獲れた程度の記録で狂ったように喜んでいるお前の目では見えないほどのはるか高みで俺たちは年間チャートを何度も制していたんだ。そんな相手と対等に戦えるなどとどうしてそのような発想に行き着くというのだ?」

 イザベラの心境を見透かしたかのようにニーノが指を突きつける。

「俺が他の連中を差し置いてお前を対戦相手に指名したのは俺とお前の格の違いを分からせてやるためだったというワケだ。」 

「・・・まだです!まだ勝負はついていません!!」

 それでもイザベラは屈する事なくなおも戦う道を選んだのであった。

「ここに来る前の特訓でラミアさんから受け継いだこの魔法に全てを賭けます、エアーカッティングスペシャル!!」

 イザベラが手刀を振り回しながら無数の真空刃を起こす。

「・・・・・」

 しかし、それは1つ残らずニーノの手に吸収され、一つもダメージを与えることなく消えてしまったのである。

「そ、そんな・・・」

「どこまでも愚かな女だ。風の担い手であるこの俺に風魔法が通じるとでも思っていたのか!」

「しまった!」

 思わぬ初歩的ミスに思わず声を上げてしまう。

「丁度いい。中途半端な魔法で満足しているお前に本当の風魔法を刻み込んでやる・・・エアーカッティングスペシャル・パーフェクトアンサー!!」

「!!」

 これまで単発で何度もくらい続けていた光速の真空刃が何百もの刃となってイザベラを強襲した。

 ズシャッ!ズシャズシャッ・・・

「あぁぁー!!!!!!!」

 全身を無数に切り刻まれ続け、イザベラは激しい悲鳴とともに体のいたるところから血を噴き上げた。

 だが、それでもイザベラは倒れる事なく両足でしっかりと床を踏みしめていたのである。


 意識をなくしたままで・・・・・・・


「バッカモーン!!!!!!!」

「わっ!」 

気がつくと、私は青い炎が無限に燃え広がる空間の中にいた。

見上げると、そこには不機嫌な顔をした父が私を見下ろすように腕を組んで立っていた。

こんな時の父の近くにはいたくないけど体が全く動かない。

「イザベラよ、親子として共に生きてきた中で父さんは絶好調の時のお前も冴えなかった日のお前も知っている。無論、人間である以上好不調の波はあるだろうからそれをとやかく言うつもりはない。だが・・・今日のお前の出来はいつになく最低最悪だ!!」

 最低最悪、そりゃそうだ。

 目の前の相手にダメージの一つも与えられず私ばかりがやられっぱなしで挙句の果てには風の属性を持つ相手になけなしの余力を振り絞って風魔法を放って返り討ちにあったのだ。こんな醜態を最低最悪と言わずして何と言う。

 だけど、父の口からその言葉を告げられて私の心は動揺した。

「随分と深手を負っているみたいだがしばらくはこちらの世界に来ることなど許さんぞ。」

「パパ・・・」

「こんな不甲斐ない娘では冥界の歌合戦になど出られるはずもないだろうからな。」

「パパ、私・・・」

「分かったら早くお前のいるべき場所へと戻らんか!」

 ガシッ!

 そう言って、父は私の襟首をつかむとそのまま天高くへと放り投げてしまったのである。

 段々と視界が遠くなり、いつしか父の姿も見えなくなっていた。


「パパ・・・パパ・・・」

 イザベラは、うわごとのようにつぶやきながらゆっくりと歩き始めた。

「ほぉ・・・まだ生きているとはしぶとい女だ。ならば血の一滴も残らぬほどに切り刻んでくれる!エアーカッティングスペシャル・パーフェクトアンサー!!」

 動き出したイザベラに向かってニーノが再び光速の真空刃を放った。

 シュン!

「なにっ!」

 しかし、イザベラはそれを目にも止まらぬ速さでいともたやすくよけてしまったのである。

 ズドッ!

「ぐっ!」

 直後、ニーノの懐にもぐりこんだイザベラが腹部へとひじ討ちをくらわせる。

「バカな・・・この女の動きが見えなかっただと・・・?」

 見違えるようなイザベラのスピードに驚いたニーノが即座に距離を取る。

「・・・・・・・」

 だが、気がつくとイザベラは既に背後に回りこんでいた。

「スパイラルブリザード!」

「ぐわぁ!」

 螺旋状の氷がニーノの両足を凍らせる。

「な、何だこれはっ!う・・・動かん!!」

 悲鳴には一切耳を貸さず、イザベラはゆっくりとニーノの正面に回る。

「・・・・・・・女神裂光波!!!」

 ゴウゥゥゥゥゥン!!!!!!!

 その一撃は、ニーノを仕留めるには十分なまでの威力を伴っていた。

「お、俺が・・・たかが声優の女にやられるというのか・・・俺ほどの、男が・・・」

 ドサアッ!

 自身への根拠なき過大評価も空しく、女神裂光波をまともにくらったニーノはそのまま息絶えた。

「・・・・・・・」

 余力を使い果たしたイザベラにはもはや何も残ってはいなかった。

 脳内での父との邂逅(かいこう)によって気力のようなもので動いてはいたものの既に意識はなく、ずっと無意識の状態でニーノと戦っていたのだ。

~パパ・・・私の活躍見ていてくれたかな?最高の出来には程遠かったけど最低限の役割は果たせたつもりだよ。パパは来るなと言ったけど私、もう限界みたい・・・こうなったらパパも男なんだし覚悟を決めて私と一緒に暮らそうよ、ね?~ 

 無意識の中でもイザベラは父親を意識していた。

 ~そしたらまた、一緒に歌のレッスンをしながら・・・冥界の・・・歌合戦出場を、めざ・・・し・・・て・・・~

 ドサッ。

 脳内の思考が停止して、イザベラもまた力尽きて息絶えたのであった。


「ジャイアントフレイム!」

 バシンッ!

「きゃあーっ!」

 目の前の壁によって炎は跳ね返され、ジュノンは自分の魔法で大きなダメージを受けた。

「はん、こりゃあ傑作だ。てめぇの魔法でてめぇが焼かれてんじゃ世話ぁねーや。」

 完全なる魔法防御壁“雷壁”の向こうでマツジンはゲラゲラと笑いながらジュノンを愚弄した。

「ごあいさつですね・・・まんまとローズさんとイノスキーさんに先に進まれてしまった間抜けなあなたに笑われてしまうとはこのジュノン・ジュリアスも地に落ちたものです。」

「何だとこのアマ!ライトニングストライク!!」

「きゃあーっ!」

 マツジンが放った稲妻をくらってまたしてもジュノンが悲鳴を上げる。

「ハインリッヒ様の思念が教えてくれたよ。お前、たくさんの魔法を会得している割に雷系の使える魔法は皆無なんだって?」

「さぁ、どうでしょうね。」

「シラを切ってるんじゃねーよ・・・“古今東西の文献に記された魔法”しか使えねーんだろ?」

「くっ・・・」

 それは否定のしようがない事実だった。

「残念だったな。他の魔法はつゆ知らず、雷系統の魔法と闇系統の魔法に関しては文献など存在しないのだっ!」

 高らかに笑うマツジンの前にジュノンの表情が曇る。

「この“雷壁”は雷系の魔法を除く全ての魔法攻撃を使用者へとそっくりそのまま跳ね返す・・・故にジュノン・ジュリアス!お前の自慢の魔法の数々も俺に傷の一つもつけられないというワケだ!!」

「・・・・・」

 ジュノンが傷口に手をかざして強めの光をあてる。

「ふん、回復魔法か。まぁさっさと死なれたんじゃ面白くないからな。せいぜい俺の前で無様な姿を晒し続けて最高のピエロとして朽ち果てればいいさ。」

「・・・これ以上、あなたの思い通りにはさせません!」

 赤いオーラをさらに大きくさせながら、ジュノンは再度魔法の詠唱に入ったのであった。


「そんな・・・まさか、これほどまでとは・・・」

 無傷のマツジン。無傷の“雷壁”。

 そして、ことごとく跳ね返され続けた自身の魔法と時折使ってくるマツジンの雷魔法によってズタボロとなり、オーラすら消失して床に()いつくばっている自分。

 ジュノンは、この時ほど己の無力さを痛感したためしなどなかった。

「惨めだな・・・どこぞのマッサージチェーン店の創始者だか何だか知らないが大人しく自分の店でも心配してれば良かったんだよ。それを下らぬ正義感で余計な事に首を突っ込むからこういう結果が待っていたというワケさ。」

「くっ・・・」

「ま、お前が死ねばお前がキープしていた顧客たちは他のセラピストたちに流れるんだ。表面上は悲しむだろうがお前の店の店員たちはきっと大喜びだろうよ。」

 その言葉がジュノンをさらに惨めにさせる。

「いい加減飽きてきたからそろそろ終わりにしようぜ。雑魚のお前と違ってあのホワイト・ローズかうすらデカい国会議員のオッサンが相手だったらもっと楽しめたんだろうが残念だったよ。こんな“花より魔法”の不細工が相手では時間の無駄に過ぎなかったな。」

「・・・・・!」

 雑魚。不細工。時間の無駄。雑魚。不細工。時間の無駄。雑魚。不細工。時間の無駄。

 その屈辱的な言葉たちは、ジュノンの心を強く刺激した。

「その悪口、今すぐ撤回してください!」

 ()いつくばりながらも顔を上げ、マツジンを強くにらみつける。

「撤回?おいおい、俺は悪口じゃなくて事実を言ってるだけだぜ?俺に傷一つ負わせられないお前が雑魚なのは当然だし世間の女と比較すればそのツラが不細工なのは一目瞭然だしそんな奴と戦った時間ほど無駄な物があろうかという話じゃねーか、違うか?」

「女性に対する何という蔑視(べっし)発言を・・・」

「あ、勘違いするんじゃねーぞ。俺は女を見下しているんじゃなくてお前を見下しているだけだからな。そもそも“女”と呼ぶにも値しないお前が自分を女だと考えている事自体が思い上がりも甚だしいってヤツでな・・・」

「うわーっ!!!」

 まさにそれは怒りの力であり、女の意地だった。

 マツジンの言葉を遮るかのように絶叫を上げると、ジュノンは起き上がって“雷壁”へと突進する。

 バリバリバリバリバリ・・・!!!

 激しい電撃が全身を襲い来るも歯を食いしばってその痛みを耐えしのぐ。

「お前っ・・・!」

 そして、ついに“雷壁”を突き抜けてマツジンとの距離を縮めたのである。

「はぁ、はぁ・・・この“雷壁”は魔法こそ完全に跳ね返すものの、物理的に通り抜けるのは不可能ではなかったようですね!」

 勝ち誇ったような笑顔を見せるジュノンだったがその代償はあまりにも大きかった。

「なるほど。“雷壁”を突破するとは見上げた根性だ。だが・・・立っているのがやっとのお前では、もはや何も出来まい!!」

 バキイッ!

 電気を帯びた拳がジュノンの顎を強襲する。

「わざわざ俺に殺されるために接近を試みるとはどこまでも無様で愚かなピエロよ!」

 ドガッ!

 息つく間もなく電気を帯びた回し蹴りが左の脇腹を強襲する。

「もう魔法を使う力も残ってはいまい!じっくりとなぶり殺しにしてくれる!!」

「あと一回使う程度の力なら、まだ・・・」

「ほう、ならば何を使うというんだ?今さらたった一発の攻撃魔法では俺に致命傷を与える事など・・・」

 ガシイッ!!

 それは一瞬だった。

「マツジン、私と一緒に旅立ってもらいます!」

 マツジンの背後に回りこみ、羽交い絞めにしたジュノンがためらう事なくそう告げる。

「小賢しい、ライトニングストライク!」

 背後のジュノンに稲妻を使ってダメージを与えるも(体が密接しているのでマツジンも稲妻を受けるが雷の属性を持つ彼は無傷である)ジュノンはその腕を離そうとはしなかった。

「ぐっ・・・」

 少しずつ締め上げる腕に力がこもる。

「マツジン・・・二つほど教えておきましょう。雷や闇を操る攻撃魔法を記した文献は存在せずとも時空を操る魔法を記した文献は我が祖国・フランスに存在しているという事。そして、自らを犠牲にすればどんな相手でもはるか彼方へと送り飛ばせるという事!!」

「やめろっ!離せ!!」

「ローズさん、皆さん、お元気で・・・アルティメット・ワープ!」

「うわあぁぁぁーっ!!!」

 ドオォォーン!!!

 激しい爆発の後には何も残らなかった。

 ジュノンは、最後の力で最上級の時空魔法を使ってマツジンを道連れに何億光年もの彼方へと消え去ってしまったのであった。


 ビュッ!ブン!ブオーン!

 自慢のビンタも渾身のキックもただただ空を切るばかり。

「しゃコラ!何でかすりもしねーんだコノヤロ!」

「年老いた貴様の動きなど止まって見えるも同然。その程度の攻撃で何が出来るというのだ?」

 一人で無駄にいきり立つイノスキーの姿はただただ笑いになるばかり。

「そろそろ道化には退場をしてもらうとしよう・・・この世からのなっ!!」

 それまでずっとイノスキーの動きを見てかわし続けているだけだったシャクラウスが攻撃モードへと切り替わる。

「スパイラルブリザード!」

「な・・・」

 まずは両足を凍らせてイノスキーの動きを封じる。

「何だこれはー!聞いてませんよーー!!」

「・・・氷底!」

 ドボッ!

「ぶふ!」

 続いては凍てついた掌で腹部を突き、わめいているイノスキーを黙らせる。

「貴様は確かに馬鹿で騒音公害で存在そのものが迷惑なだけの老害だが無駄に高い生命力に関しては俺も評価している。だが・・・今から繰り出す我が凍撃に果たして無事でいられるかな?」

 パチン!

 シャクラウスが指を鳴らすと天井が開いて曇天の上空が(あらわ)になる。

「凍えろ!ブリザードメテオ!!」

 程なくして巨大な氷の隕石が降ってきてイノスキーを何発も直撃する。

「ぎゃあーーーー!!!!」

「いい事を教えてやる。この数ヶ月で欧州を襲った豪雪や寒波は全て俺の魔法が引き起こした力だったのだ!」

 精神的に舞い上がっていたのかシャクラウスが過去の悪事を自慢気に告白する。

「だがそれはほんの序章に過ぎない。売れている時にだけ狂ったようにチヤホヤしておいて、些細な不祥事が明るみに出たら手のひらを返したように誹謗と中傷を繰り返して業界からも干し上げる社会への復讐劇のな!!」

 隕石が根こそぎ降り終わったところでシャクラウスは大きく息を吸い込むと、口の中でそれを凍気に変えて凍てつく吹雪を吐いた。

「しょ・・・正気ですかーーー!!!」

 隕石の直撃で血まみれになっていたイノスキーはこの吹雪で追い討ちと言わんばかりに幾多もの凍傷を負わされた。

 しかし、それでも吹雪が止むことはなくイノスキーは氷漬けにされてしまったのである。

「フッ、口ほどにもない男だ。この程度の男が国会議員になれるようではロシアの政界もたかが知れているな。」

 完成された氷の棺を見ながらシャクラウスがニヤリと笑う。

「それにしても汚い仏だ。我が美しき氷のオブジェとして飾るには値しないな。」

 だが、いまだに動いていた心臓の鼓動には気が付いていなかった。

「まぁいい。後で海にでも沈めて魚の餌にでも・・・」

「まだまだ勝負はこれから・・・だーーーーーっ!!!!!」

「!!」

 氷の棺の中からバカでかい声が轟いた。

「き、貴様・・・まだ生きているというのかっ!」

「覚えておきな、シャクラウス・・・俺はなぁ、追い詰められれば追い詰められるほどに痛めつけられれば痛めつけられるほどに真価を発揮するタイプの戦士なんだよぉ!!」

 直後、棺の中のイノスキーの体から湯気が沸き起こり、氷を溶かして行く。

「バ・・・バカな、ありえんぞ!!我が吹雪で生成された氷の棺を溶かすなどとはありえんぞっ!!」

「うお~っ・・・・・・ボンバノフーーーーーー!!!!!!」

 ガシャアン!!

 意味不明の掛け声とともに氷の棺は砕け散り、イノスキーは何事もなくその中から生還したのであった。

「さぁ、ここからは主役の逆転タイムだ・・・見違えるような俺様の動きにせいぜい骨の5、6本は砕かれちまうがいい・・・」

「そ、そんなハッタリでこの私が負かせるとでも思うのか!スパイラルブリザー・・・」

(きょう)(こん)ラリアット!!」

 ドゴッ!

「ぐっ!」

 言葉どおりの見違えるような動きで繰り出したラリアットが胸部を直撃し、シャクラウスは弾き飛ばされて転倒した。

「貴様・・・ブリザードメテオ!!」

 再び氷の隕石が強襲するもイノスキーはその一発一発を受けながら前進する。

「ま、まずい!」

 とっさに持ち前のスピードを活かしてシャクラウスが距離を取ろうとするもそれが命取りだった。

 ガシッ!

「へっへ。シャクラウスさんよ、今の俺にはあんたの動きが止まって見えるようだったぜ・・・」

 いつの間にか回りこんでいたイノスキーに背後をつかまれる。

「や、やめろ!」

(きょう)(こん)バックドロップ!!」

 ガンッ!!

 イノスキーが全力でシャクラウスの頭部を床に叩きつける。

「このゲスが、えらそうに・・・」

「じゃあ、取って置きといきますか・・・」

「なに?」

 ゆっくりと起き上がろうとするシャクラウスの両足ををイノスキーがつかみ取る。

「恨むんなら天井を開放しちまった自分の軽率さを恨むんだな・・・ハイジャンピング・パイルドライバー!!!」

「わあぁーっ!!」

そして、そのままシャクラウスを伴って上空500m前後の高さまで飛び上がると、そこから一気に全速力で急降下したのである。

「最も、開放してなくても天井突き破って飛び上がってたけどなーーーーー!!!!!」

「ど、どっちにしたってありえねーだろーがぁっ!!!」

 グシャアッ!!

 それは確かに頭蓋骨の砕ける音だった。

「死んだか。・・・だが、俺も少し傷を負いすぎたやもしれねーな・・・」

 骸と化したシャクラウスを確認すると、イノスキーはよろよろと立ち上がり、ふらふらと前に進んだ。

「俺たちが生きている限りは、俺たちが成し遂げにゃならんのだ・・・」

 今のイノスキーに勝利のおたけびを上げる元気も余裕も残されてはいなかった。

 ただ、余計な事を考えずに先へ先へと歩みを進めるのが精一杯だった。


「ホワイト・ローズ!お前がハインリッヒ様を屠ったのも今や過去の話!!今度は俺がお前をこの場で消し去ってくれる!!」

 リーダーにして“シュトゥルム”最強の男・オーノルンはローズへの対抗意識をむき出しにするとすぐさま拳で地面を叩きつけた。

「揺れろ大地よ、アースシェイキング!!」

 オーノルンの一撃に伴い激しい地震が起こる。

「さぁローズよ、大地の怒りに恐れおののくがいい!」

「甘い!アンチグラヴィティ!!」

 ローズはすかさず重力を無効化する魔法を使って体を浮かせ、事なきを得た。

「次はこっちの番だ、ローズストレート!」

「ストーンチェンジャー!」

 バキッ!

「うっ・・・!」     

 ローズの拳はオーノルンの顔面に確実にクリーンヒットした。

 しかし、その一撃で傷を負ったのはローズの拳のほうだった。

「フハハハ、驚いたか。俺は自らを石化させて全ての打撃攻撃から身を守る事だって出来るのだ。つまりお前の自慢の格闘術も俺の前ではまったくの無意味というワケだ、ホワイト・ローズ!」 

「くっ、打撃攻撃が通用しないというのなら魔法で・・・」

「そうはさせるか、粘着土砂!」

「うわっ・・・!」

 オーノルンは魔法を使われる前に地震の魔法で土石流を放ち、ローズの両腕を封じ込めた。

「その絡みついた土石流は相当の力がないと引き剥がすことは不可能だ。そして、その粘着質ゆえ絡んだ者の魔力をも奪い取り、どんな強力な攻撃魔法を使おうともその威力を半減させてしまうのだ!」

「なるほど、こんな気味の悪い魔法を使ってくるとは君は怪物のような男だ。」

「どうした?勝ち目がないと分かった途端に負け惜しみか?せいぜい怪物とでも死神とでも何とでも言えばいい。今から味わうお前の苦しみなどこれまで俺たちが受けてきた苦痛に比べたら(ちり)にも等しい戯れに過ぎないのだからな!」

 オーノルンが不祥事を経て干されてからの日々を回顧しながらそう吐き捨てる。

「・・・それで世間への復讐と称してハインリッヒを復活させて彼と結託し、世界のいたるところで災害を引き起こしているというのか・・・全ては女性への集団暴行に端を発した自業自得だというのに!」

 だが、オーノルンの身勝手な物言いはローズの怒りを買うばかりだった。

「ふざけるなっ!トップアイドルの俺たちが遊んでやったんだぞ!!それを勘違いして被害届を出したあの女とそれをあたかも俺たちが悪いかのように大々的に報じたマスコミの責任だろうが!!」

「・・・悪いけど、君のような下衆な男とはこれ以上話していても戦っていても価値を見出せそうにない。ここで一気にカタをつけさせてもらうよ!」

 顔を紅潮させてまでまくし立てるオーノルンよりも先に冷静さを取り戻したのはローズの方だった。

「ほざけ!打撃技も通じぬ上に攻撃魔法の威力すら落ちたお前に何が出来るというのだっ!!」

 オーノルンが人差し指を天に突き上げて強く念じ上げる。

「特大の隕石でグチャグチャに潰れてしまうがいい!!」

 だが、念じ終える前に再びローズの拳が襲い来る。

「バカめ!またしても拳を砕かれたいのかホワイト・ローズ!!」

 それを見たオーノルンは迷う事なく隕石の召喚魔法を中断して石化魔法の詠唱へと切り替えた。

「君は石化魔法への耐性というものを持ち合わせていないのか!?」

「当然だ!これさえあればどんな強い打撃技でも傷一つ負わずに済むのだからな・・・ストーンチェンジャー!!」

 ローズの質問に何の疑問も持たずに回答し、再びオーノルンの体が石と化す。

「・・・今だっ!」

 そこでローズはすかさず振り上げた拳を止めてオーノルンへと両手をかざす。

「永久に石となれ!エターナル・ストーンチェンジャー!!!」

「!」

 ローズの手から放たれた光線がオーノルンの全身を包み込む。

「待て、やめろっ、それは・・・!」

 あわてて石化魔法を解こうとするオーノルンだったがそれはあまりにも遅すぎた。

「そんなに石になりたいのならばずっと石にさせてあげるよ・・・この僕の魔法でね!!」

「ぐあぁぁぁ!!!!」

 

 数分後、エールデ・パラストに残っていた“人間”はローズ一人だった。

「さぁ、今度こそ完全決着だ・・・待っていろ、ハインリッヒ!!」

 ローズは、気を取り直すと先へと続いている階段を一目散に駆け上がった。

 その後には“人間”に戻れなくなった“石像”が取り残されているだけだった。


「おうホワイト・ローズ。わしの顔を覚えとるか?」

「君は・・・」

 階段を昇りきって後は目の前のトート・パラストに入るのみといったところでローズは思わぬ相手に出くわした。

「オリバー・ニュルンベルク!」

「まだフルネームで覚えてもろうとるとは光栄や。ま、お前の事やからしっかり記憶に残しといてくれとるやろうとは思うとったけどな・・・」

 オリバー・ニュルンベルク。それは、ローズにとっては記憶から消せるはずもない忌まわしき名前の一つだった。

 当時、ローズがハインリッヒとの戦いに挑む少し前にドイツの小学校で子供たちが次々と刺し殺された連続児童殺傷事件。

 その犯人こそが、今ローズの目の前にいるこのオリバーという男だったのだ。 

「しかし10校ぐらいの小学校を渡り歩いて何百人殺せたんやったかな・・・あ、でも今は後悔しとるんやで。小学校なんぞ狙わんでも幼稚園か保育園辺りを狙っとったらもっと殺せたと思うやろ?ついでに若いピッチピチの保母さん犯しとったらええ思い出になったんやろうけどな・・・」

 見当違いな事を言いながらオリバーが舌打ちをする。

「それはいいけど君は確か終身刑確定後、獄中で病死したんじゃなかったのかい?」

 オリバーの見当違いにはあえて触れずにローズが本題へと切り込む。

「・・・ふん、ここまで来た褒美に教えといたるわ。わしは確かに獄中で病死した。せやけど先日ハインリッヒがよみがえったやないか。アイツがわしをえらい気に入っとったみたいでな、アイツの魂と共存する形でわしもよみがえらせてもらったっちゅうオチや。」

「そうか・・・じゃあ彼を倒せば君も再び朽ち果てるというワケだね。ならば今すぐ彼との決着を・・・」

 先へ進もうとするローズの前にオリバーが立ち塞がる。

「おい、誰が通ってええ言うたんや?わしを無視してここ進める思うたら大間違いやで。」

 オリバーが懐から包丁を取り出してローズへと向ける。

「ホンマは人間ぐらい1分あれば武器がなくても簡単に殺せるんやけどお前の場合は骨がありそうやからな。のっけからこいつを使わせてもらうで。」   

「なるほど、ハンデとしてはそれぐらいが丁度いい。」

「ケッ!まぁええ、ついでに教えといたる。ハインリッヒを殺せばわしの魂も朽ち果てる、それはお前の言う通りや。せやけどそれは裏を返せばわしにどれだけ攻撃くらわせて痛めつけてもハインリッヒが生きとる限りわしは無敵っちゅう事やっ!!」

 それは確かにオリバーの言う通りだった。

「いくらお前といえども不死身のわしを相手に果たしてどこまで・・・」

「ローズさーーーーん!!!!」

 そこで、オリバーの言葉を遮るかのようにバカでかい声が辺りに轟いた。

「イノスキー!」

 階段を昇りきりながらもおぼつかない足取りで、息が切れていた。

 そんな姿に不安を感じたローズは、オリバーを尻目にすぐさまイノスキーの元へと駆け寄った。

「へへ、ダメじゃねーですかい・・・せっかくハインリッヒの野郎が目の前の宮殿にいるってのにこんな場所で足止めくらってちゃあんたに道を切り開いてくれたあの女の子たちに申し訳ありやせんぜ・・・」

「すまない。だけど、あの男を倒さないと先には・・・」

「全く、最後の最後まで世話の焼ける人だ!!」

 ドンッ!

 イノスキーは、ローズを突き飛ばすとガウンを脱ぎ捨てて黒パンツ一丁の姿となってオリバーをにらみつけた。

「何や、老いぼれのレスラーかいな!丁度ええわ、ホワイト・ローズと戦う前の前座試合に遊んだるさかい早ようかかって来いや!!」

「うがーーーーーーー!!!!!!!!!!」

 これまで以上の大きな声を張り上げてイノスキーがオリバーめがけて突進する。

 ブスッ!

 しかし、蓄積された疲労もあって動きが鈍っていたイノスキーは、あっさりとそのオリバーに左胸を突き刺されてしまったのである。

「がはっ・・・」

「おっさんアホやろ?そんな無防備で突っ込んでどないするつもりやったんや?ま、死んだ人間に何言うたって死人に口なし言うからな。前座試合にもならんかったけどせいぜいあの世で・・・?」

 ガシッ!

 背中に両腕を回されてガッチリとつかまれる感触にオリバーが違和感を覚える。

「・・・何でや?何で心臓一突きにされといてお前は生きとんねや?」

「へっへっへっへっへ・・・俺はなぁ、右の胸にも心臓を持っているんだよ。俺を殺したいんだったら両胸をしっかり突き刺しておくんだったな。」

 イノスキーの体内構造は一般人のそれとは明らかに異なる作りをしていたのである。

「そらごっつうオモロいな。せやけどハインリッヒをどうにかせん限りはここでわしに何を仕掛けたところでどうにもならんのんやで。アイツがいる限りわしは不死身なんやからな!」

「不死身か・・・ならば俺とどっちが長生き出来るか試してみようぜ!」

「何やと?」

 直後、イノスキーの体から湯気が沸き起こる。

「やめるんだイノスキー!」

 危険を察知して言葉で制止するローズだったがそれは届かなかった。

「ローズさん!俺は生まれてこの方ずっとロシア人だったけどあんたの祖国・アメリカが大好きだ。だけど、宇宙開発の技術に関してはうちの国の方が上回っていると身をもってあんたに教えておいてやる・・・ボンバスキーロケット・発射準備完了!!」

「やめろと言っているのが聞こえないのか!」

 ローズがイノスキーへと駆け寄ろうとするもその距離は少し遠かった。

「5、4、3、2、1・・・ガーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!!」

 ドオーーーーッ!!

 両足からジェット噴射が飛び出して、イノスキーはオリバーを抱きかかえたまま空高くへと飛んだ。

「イノスキーっ!!」

「ハラショー、ロシアーーー!!!」  

 キラーン☆

 やがてそれは上空の彼方できらめいてそのまま消えてしまったのである。

「・・・・・」

 一人取り残されたローズが虚空を見上げる。

 気が付けば、雲が消えうせて満点の星空が満ち溢れていた。

 ~イノスキー・・・命を捨ててまで道を開いてくれた君の雄姿、僕は無駄にはしない!!~

 ローズは、イノスキーが消えた方角に敬礼をするとハインリッヒの待つトート・パラストへと向かったのであった。


「これはこれは・・・まさかあの者どもを退けて、ここまで来る人間がいるなどとは夢にも思いませんでした。」

 トート・パラスト。

 文字通り“死の宮殿”を意味するかのような瘴気(しょうき)漂うその空間に、その男は当然のように存在していた。

「しかもそれがかつてこの私に引導を与えた因縁深きホワイト・ローズだなどと誰が想像出来たというのでしょう・・・・・・」

 玉座に掛けたまま両手を広げて大げさにポーズを取ってみせる。

「・・・・・」

 しかしそんなハインリッヒ・シュヴァルツローゼの姿をローズは哀れむかのように見据えていた。

「ハインリッヒ。今回もあなたとあなたの配下たちによって多くの血が流れ、多くの命が奪われた。そして、僕の大切な仲間たちも僕をここまで導くために自らを犠牲にした。あなたのためにどれだけの人間が餌食となったか分かっているのか?」

「私のために?フフ、嬉しい限りではないですか。つまりそれは、私一人の存在が幾千もの命を引き換えにするほどの価値があるという証でしょう。」

 ハインリッヒはその自論に何の疑いも抱いてはいなかった。

「・・・やはりあなたはどこまでも悪の権化のような男だ。今度こそあなたを浄化して二度とよみがえらせないようにしてみせる!」

「面白い。ならば完全復活を遂げたこの私によって、肉片も残らず消し去ってくれましょう!」

 玉座から立ち上がり、ハインリッヒが戦闘態勢に入った。

「灰と化しなさい、ダークフォイエル!」

 早くも黒い炎がローズへと迫り来る。

「アクアカーテン!」

 負けじとローズも水を張った防御壁で消火する。

「凍えなさい、ダークブリザード!」

 続いては黒い吹雪が放たれる。

「おっと!」

 ローズは吹雪を回避するとすかさず反撃に転じた。

「ハイパーローズストレート!」

 バキィッ!

「ぐっ・・・」

 鋭い一撃がハインリッヒの左頬に炸裂する。

「まだだ!ピンポイントローズアッパー!!」

 ガゴオッ・・・!

「ぐがっ・・・!」

 ドサッ!!

 ストレートの直後に飛び出したアッパーをまともにくらったハインリッヒは血を噴いてダウンした。  

「人の痛みの何たるかを少しは理解出来たかい?」

「クッハッハッハッハ・・・流石はホワイト・ローズ。その名の通り“白薔薇”を象徴するかのようなクリーンなファイトと高潔なる正義感、恐れ入る限りです。ですが“黒薔薇”がこのまま終わると思ったら大間違いです・・・」

 ローズの戒めの言葉などどこ吹く風といった具合にハインリッヒが笑い声を立てながらゆらりと起き上がる。      

「シュヴァルツブレス!」

「なにっ!」

 不意を付いて吐き出された黒い吐息は霧となってローズの視界を塞いだ。

「これは一体・・・」

「ダークヴィント!」

「!!」

 霧に包まれ、周囲全体が死角となっている中から黒い風が飛んできてローズの四肢を縛った。

「ま、まずい・・・」

 風の力が強く、手足の自由がきかない。

「おやおや、あっという間に形勢逆転というヤツですね。これであなたは何も出来ない上に動けない。しかも何も見えないその中で、終始私の攻撃におびえながら命を削られた果てに逝くのです・・・ああ!哀れな男よ!!」

 ハインリッヒの嘲笑もどこから聞こえているのか分からない。

「では最初はカミナリ様をお呼びいたしましょう・・・シュヴァルツサンダー!!」

「ぐあぁぁ!」

 黒い雷が全身を貫通してローズが苦悶の声を立てる。

「クックック、いい声です・・・しかしこれは単なるオープニングセレモニーに過ぎません。お次は切れ味の鋭い刃を体感して頂きましょう・・・ダークカッティングスペシャル!!」

 ズシャッ!ズシャッ!

「うっ・・・」

 黒い真空刃がローズの体を容赦なく切り刻む。

「これはまた、何という甘美な音を立てているのでしょう・・・しかし、いけませんね~。もう少し良質な悲鳴を上げてくれないと仕掛ける側としては満足が出来ないではないですか。もっと私をゾクゾクさせてくれないとあっさり殺してしまいますよ?」

「・・・・・」

「おや、そうですか。もう死にたくなったというワケですか。ならばお望み通りたっぷりと痛めつけた果てに殺してさしあげましょう。」

 パチン!

 ハインリッヒが指を鳴らすと天井が開き、満天の星空が(あらわ)となった。(視界を塞がれているローズには見えないが)

「続いてはプレゼントタイムの時間です。宇宙の隕石をたっぷりと体感してもらいましょう・・・」     

「・・・・・」

 魔法攻撃を立て続けに受けながらもローズの意識はまだ残っていた。

 ~何も見えないし、動けない・・・このまま攻撃をまともにくらい続けていたら間違いなく僕は死んでしまう。でもそしたら世界はどうなってしまうんだろう?ハインリッヒの手で再び“ガレフ”が再編されていたるところで災害が引き起こされて、今以上に多くの人々が犠牲となって・・・!~

 自分の命が尽きたその後の世界を考えた時、ローズはこの上ないほどの恐怖感に駆られたのである。

 ~それはいけない。それはあってはならないんだ。ならばそれを防止するそのためにも僕はここで死んではならないんだ。生きなくては。生きなくては・・・!!~

 ローズの目に光が宿り、その光は全身へと転移する。

「さぁ!大宇宙の神秘を身をもって知りなさい、ダークメテオ!!」

 そんなローズの姿を見落としていたハインリッヒは、宇宙からたくさんの黒い隕石を呼び寄せたのである。

 グシャアッ!グシャアッ!グシャアッ!

 大型の隕石がローズを強襲する音が何発も響き渡る。

「おや・・・?」

 だがそれは、全て隕石が砕き割れる音だった。

 なんと、ローズの体に激突した隕石は片っ端から砕け散っていたのである。

「・・・・・」

 やがて、ローズの帯びていた光が白いオーラと化して全身から沸き起こる。

「・・・はぁっ!」

 ビシュン!

 ローズが掛け声を上げると、四肢を縛っていた風たちは視界を奪っていた黒い霧ともども消滅した。

「な、なんとっ!」

「・・・ハインリッヒ、またしても形勢がひっくり返ってしまったね。だけど、ひっくり返すのはこれで最後にしよう。」

 狼狽するハインリッヒに向かってローズがゆっくりと歩み寄る。

「こしゃくな・・・ダークフォイエル!」

 再度黒い炎を放つハインリッヒだったがそれはローズの前で消滅した。

「ダークヴィント!」

 黒い風もまた、何の効力も発揮せず消滅した。

「ぐぬぬ・・・ならば再び視界を奪い取ってくれる!シュヴァルツブレス!!」

「ホワイトブリーズ!」

 ここぞとばかりに吐き出した黒い霧も、ローズの風魔法によってあっさりとかき消される。

「くっ・・・!」

「今度は僕の番だ!メルトフレアー!!」

「ぐわあぁーーー!!!」

 すさまじいまでの炎がハインリッヒの全身を包み込んで容赦なく焼き尽くす。

「おのれホワイト・ローズ、これしきの魔法でこの私が・・・」

「ハインリッヒ・・・裁きの炎と一緒に消えるんだ!!」

 ローズが炎の中のハインリッヒへと両手をかざす。

「根こそぎ浄化しろ!ハイパーホーリーエクスプロージョン!!!」

「ぬわあぁぁぁーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」

 ドガアァァァン!!!!

 ハインリッヒは、断末魔の悲鳴とともに激しい光の中に消えた。

 こうして、復活を遂げたハインリッヒはローズの手によって再び倒されたのであった。 

「だけど、これだけではいけない・・・僕はみんなのおかげでここまで来れたんだ・・・せめてもの恩返しをしてあげなければ・・・」

 ローズは、トート・パラストを抜けてその先にある階段をゆっくりと進んで行った。


 そこは、質素な祭壇が祭られているだけの簡素な空間だった。

 おそらく“ガレフ”よりも前にここを使っていた人たちが何かの行事に利用していた場所だったりするのだろう。

「・・・・・」

 ローズはこの「シュヴァルツバルトの最奥部の最奥部」と呼ぶにふさわしい場所の中心に立つと、(おもむろ)に空を見上げた。

 ~まだ力は残っている。ならばきっと・・・~

 両手を空に掲げて強く念じる。

「この戦いで失われた僕の仲間たちよ!この世界に再び舞い戻れ・・・ホワイトローズ・ブレッシング!!」

 ローズは、白いオーラをより増幅させてより強く念じ続けた。

 どこまでも、どこまでも強く、念じ続けた・・・・・・


―エピローグ―


 ブルルルルル!ブルルルルル!

 首相官邸の喫煙室でくつろいでいたエリザベス・ブラウンの携帯電話が鳴った。

「もしもし、エリザベス・ブラウンだが。」

「ミス・ブラウン。僕だ、ホワイト・ローズだ。」

「ローズ!無事だったんだな、安心したぞ。」

 エリザベスは、電話口の向こうのいつもと変わらぬローズの声に安堵した。

「とりあえず、ハインリッヒと“シュトゥルム”のメンバーは全員退治した。これで実質“ガレフ”は壊滅したと言っていいだろう。」

「そうか、先ほどから妙に外の空気が清々しいと思っていたらやはりお前たちがやってくれたのか。でかしたぞ!」

「それはいいんだけど今日はもう僕たちはそっちに戻らないからアーベント首相たちへの報告はあなたに任せたいんだ。」

「・・・それはまたどうしてだ?任務をしっかり果たしたのだから今すぐにでも戻ってくればいいではないか。」

「それがね・・・」

 ローズは、今すぐには戻れない事情を包み隠さずエリザベスに打ち明けた。

「なるほど、それは仕方がないというものだ。だが後日招待を受けるのは間違いないだろうからその時はちゃんとここに来るんだぞ。」

「分かってるよ。」

「ならばこの辺りで話は終わりとしよう。早く会いに行ってやれ、この幸せ者!」

 プチッ!

 精一杯の皮肉を込めてエリザベスは通話を強制終了した。

「随分と楽しそうにお話をしていたではないですか。何か吉報でも舞い込んで来たのですかな?」

 向かいの長椅子では煙草を片手に国務長官ヨーゼフ・シュガンツがエリザベスの様子を見ながら嬉しそうな顔をしていた。

「これも何かの縁だ。首相よりも先にあなたに話しておくとしよう。」

 エリザベスは、次の一本を手に取るとゆっくりとした口調でシュガンツにありのままを話したのであった。


 空軍の小型輸送機の中で、ローズは不安そうにキョロキョロと辺りを見回していた。

「おいおい、天下のローズマングループCEOが何て情けねー顔をしてやがるんだい。」

「そりゃあんな事を言われたらいても立ってもいられなくなるってもんだろう?」

「分かってるよ。だから俺が特別にあんたを家まで送り届けてやろうってんじゃねーか。」

 そう言って、操縦席のドイツ駐留米軍の空軍大佐カイル・サマソーは笑顔で一瞥をよこしてきた。

「・・・感謝するよ。」

 ハインリッヒに勝ったとはいえローズの疲弊も相当のものだった。

 あれから、ローズの祈りが功を奏した結果、死んでいたラミアとイザベラは生き返り、宇宙へと消えてしまったジュノンとイノスキーは地上へと送り届けられた。しかし、それでも全員重傷を負った状態で動けそうになかったのでローズは近くの駐留米軍に応援を要請して応急処置の後で軍の医療施設へと預けたのである。

 一方で、自分だけでも首相官邸に報告をしようと考えていたローズだったがそれはハワードからの電話で叶わぬ夢となった。

「ローズCEO、まずはハインリッヒ討伐おめでとうございます。ですが・・・緊急事態です!!」

 何も話していない上にニューヨークに住んでいるにも関わらず外の空気だけでハインリッヒが倒された事を察してしまうハワードの鋭さにローズは思わず苦笑いを浮かべてしまったものの本題はそんなところではなかった。

「・・・・・分かった。そういう事ならすぐに帰らせてもらうよ。」

 そこでローズはすぐに自宅へと送り届けてもらうよう空軍にお願いしたのである。

「だけどこっちだって感謝してるんだぜ。あんたが連中を倒してくれたおかげで当分は安心してドイツでの生活を送れそうだからな。」

「カイル大佐・・・」

「ほら、そろそろ見えてきた。あれがあんたの家だろ?」

 ブロンクスに構える白を貴重とした高潔なたたずまい。

 間違えるはずはないあれは自分の家だ。

「ありがとう、あそこで降ろしてくれ。」

「あいよっ!」

 やがて輸送機がゆっくりと自宅の庭に着陸する。    

「カイル大佐、ありがとう。心から礼を言う。」

「礼はいいから早く行ってやんな。」

 カイルは、ローズが降りてドアがしっかり閉まっているのを確認すると再び空へと飛び立ったのであった。

「さて・・・」

 ローズは大きく深呼吸をすると、すぐさま車へと乗り込んでナンシーの待つ病院へと直行したのであった。


「ローズ遅い!」

 病室の入り口で、ユマが腕を組んで待ち構えていた。

「はぁ、はぁ・・・ごめんよ、色々とあってね。だけど、夜中から昼間の世界に舞い戻ると何だか幸せな気分になれるよね。」

「そんなのいい、早く入る!」

 さり気なく時差の話をしてみたもののユマは聞く耳すら持ってくれそうになかった。

「早く、早く入る!」

 急かされるようにドアを開けられローズが中へと入る。

「パパー!」

 中に入るとすぐにマゼンタがくっついて来た。

「ただいま、マゼンタ。しばらく寂しい思いをさせちゃったね。」

 久しぶりに会えた娘の頭を優しく撫でてやる。

 だけど、それに等しく大切なものがその先にあった。

「おかえりなさい、あなた。待ちくたびれたわよ。」

 妻・ナンシーが体を半分起こしたまま穏やかな笑顔でそこにいた。

「その・・・あの・・・」

「男の子よ。今はぐっすり眠っているわ。」

 ローズがナンシーの隣に置かれたベビーベッドを覗き込む。

 その中では無垢な顔をした男の子の赤ん坊がすやすやと寝息を立てていた。

「良かった・・・」

 思わず安堵のため息が漏れる。

「パパ、これでマゼンタはお姉ちゃんになったんだよね?」

「ああ、そうだよ。我が家に新しい家族がやって来たんだからマゼンタも仲良くしてあげないといけないんだよ。」

「うん!仲良くする!」

 マゼンタの満面の笑顔がローズをより幸せな気持ちにしてくれる。

「ナンシー・・・よく頑張ってくれた、ありがとう。」

「あなたが平和のために頑張っていたんだもの。私だって負けていられないわ。」

「ナンシー・・・」

「ホワイト・・・」

 ローズとナンシーは互いの健闘を称え合うかのように強く抱き合った。

「パパ・・・ママ・・・」

「ローズ、幸せ。私、幸せ。みんな、幸せ。めでたしめでたし。」

 マゼンタとユマもその光景に赤面こそしたものの幸せな気持ちでずっと見守り続けていたのであった。


 こうして誕生したローズ家の長男は“シアン・ローズ”と命名された。

 世界の平和に貢献し、新しい家族を授かったホワイト・ローズは今まさに幸福の絶頂期にいた。

 だが、彼の新たなる戦いはここから再び幕を開けるのであった。

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