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第2章 シドニー編 ~廃墟の支配者~

「ホワイト・ローズCEO!先日のマイケル・ドラゴン討伐の件に関しては私も高く評価しております。ですが、夏期休暇は本日をもって終了です。明日からは実務に戻ってもらいます。」

 自警団“アップルパイ”会合の場で世界に数多の関連企業をかかえる超大型コンツェルン“ローズマングループ”専務取締役ことハワード・スカーレットは周囲の目などお構いなしにそう言い放つと席を立ち、自分の会計だけを済ませて店を後にしてしまった。

「そんなの言われなくても俺たちもローズさんも承知の上だっての!」

「あのオッサンどうも苦手なんだよなぁ・・・」

 アップルパイのメンバーが口々に不平不満を並べる。

 しかし、そんな中でも自警団“アップルパイ”「白幕」にして超大型コンツェルン“ローズマングループ”CEOの顔をも併せ持つホワイト・ローズは冷静に仲間たちを諭したのである。

「いや、彼は嫌味を言うつもりでここに来たのではないよ。いくら夏期休暇だったとはいえ実務の方に一度も顔を出さなかった僕を心配してここまで探しに来てくれたのだからその期待には応えてあげないとね。」

「ローズさん、あんたって人は・・・」

「君たちならば僕がいなくてもニューヨークの平和を守り続けられると信じている。だから・・・僕がいない間は頼んだよ!」

 こうして、ローズは「一時的に」自警団“アップルパイ”を離脱したのである。


「ここ私、特等席。ここ座ってテレビ見る。」

 ローズ家の居候、ユマ・ハートソンがそんな事を言いながら居間のソファに座っていたローズの膝の上に腰掛ける。

「今からアニメある。私大好きアニメある。お前一緒見るか?」

「膝の上を占拠しておいてわざわざそれを聞くのかい?」

 苦笑いを浮かべながらもローズはユマを拒まない。

「全く、子供がもう一人増えたみたいな気分ね。」

 その光景を横でずっと見ていた妻・ナンシーも苦笑いを浮かべている。

「ナンシー、君はアニメを見ないのかい?」

「私は主婦だもの。アニメを見る前にやるべき事がたくさんあるんだから。」

 そう言って台所に姿を消したナンシーだったが番組がしっかり録画されているのをローズは見逃さなかった。

「いけ!変身!バキューン!!」

 少女たちが変身して町を荒らす悪者たちと戦う子供向けのアニメにユマが熱狂する。

「頑張れ、お姉ちゃんたちっ!ハートにパワーを結集だ!」

 いつの間にか娘のマゼンタも居間に来ていてテレビに声援を送っている。

「みんな・・・」

 妻たちのそんな微笑ましい姿が明日の朝からローズマングループの実務へと戻るローズに束の間の安らぎを与えるのであった。

  

 それから2ヵ月半。

 ローズマングループCEOに復職したローズは、マンハッタンの高層ビルが並ぶ一角にそびえ立つ自社ビル(100階建て)に通う日々が続いた。

「長く休ませてもらっていた分遅れは取り戻さないとね。」

 遅刻・欠勤は一切なく実務もそつなくこなすローズの勤務態度はまさにビジネスマンの(かがみ)と呼ぶに相応しい代物だった。

 しかし、程なくして彼は厄介事に身を投じてしまう羽目になるのである。


 ある日差しの強い秋の日のローズマングループ自社ビル75階CEO特別室にて。

「では・・・繊維部門でシドニーに進出なさるのですね?」

「ああ。あそこにはかつてイスラエルの企業が進出空しく運営面の不都合で閉鎖して施設がそのまま残っている工場の跡地があるんだ。そこをそのまま使えば建設費云々の諸費用は浮かせられるからね。」

 ハワードの問いにローズはためらう事なく即答した。

「確かに、そういう形での進出なら出資の際に懐をあまり痛めないので理想的な進出と言えるでしょう。」

「とりあえず後日現地に出向いて施設に不備がないかをこの目で確認しておきたい。少しの間留守をするけどその間は君に僕の業務を託させてもらうよ。」

 ローズの申し出にハワードは難色を示す事なく承諾した。

 そして、ローズは新工場設立にあたってシドニーへと出向いたのである。


「これ、3日分の宿泊代。最上階の夜景がよく見える部屋でお願いします。」

 シドニーに到着したローズは、宿を確保すべく早速自身が経営するホテルにチェックインをした。

「す、すみませんローズ様。私どもといえども経営者様から代金は・・・」

「気にしないでくれ。宿泊利用する以上は僕も客人だ。客人として代金を支払うのは当然の義務なのだから。」

 経営する立場にありながら敢えてローズはその特権を利用するような行為はしなかった。

「いやはや、流石はローズ様。そのお心意気があれば我が社は安泰です。」

 結局、フロント側が折れて代金を徴収する形となったのである。

「ありがとう、それでいいんだよ。じゃあ今から行くところがあるからまた後でよろしく。」

 そして、鍵を受け取るとローズはそのままホテルを後にしたのであった。


「閉鎖後にすっかり気味の悪い地帯になっていたんだな・・・」

 工場跡地の周辺は、人家もなく無駄に草木が茂っていたのでローズに不気味な印象を与えていた。

 しかし、施設内のチェックが今回の自分の使命である以上後には引けないのでローズは意を決して錆びた正門を開いて中へと足を踏み入れた。

 その直後である。

「アイアンストレート!」

 敷地内の物陰から飛び出してきた男がローズに殴りかかってきた。

「おっと!」

 ビュッ!

 間一髪でそれを回避したローズだったがあと1秒遅れていたら確実に顔面を直撃していた。

「やるじゃねーかこの野郎!」

 ローズを奇襲した男は、周囲の雰囲気を象徴するかのような不気味な風貌をしていた。

「随分と悪質なお出迎えをしてくれたものだね。まさかずっと僕を付け狙っていたのかい?」

「残念だが答えはノーだ。俺たちの縄張りに貴様が土足で踏み入ったから不法侵入者と判断して襲ったまでの話さ・・・」

 男がニヤリと微笑んで気味の悪さにさらに拍車がかかる。 

「縄張り?ここは工場の跡地じゃないか。見たところ君はこの土地の所有者でもなさそうだし変な冗談はよしてもらおうか。」

「ヒッヒッヒ・・・“詮索してはいけない”ものを詮索しちまったな兄さんよ。このノーザン・コーンビーフ様に口答えをしたらここで死んじまうんだよっ!!」

 ローズを奇襲した男、ノーザン・コーンビーフが再びアイアンストレートを放つ。

 パシッ!

 だがそれは、ローズの左手によっていとも簡単にガードされた。

「こんなもので僕を殺すつもりだったのかい?悪いけど、かすり傷にもならないよ!」

「ふん、だったらアイアンストレートの連続攻撃を受けてみろ!アイアンストレート・ラッシュ!!」

「何だと!」

 ノーザンの拳が無数となってローズを襲ってきた。

 ローズは懸命にガードをするものの反撃の糸口をつかめない状態が続いた。

「どうしたどうしたぁ!俺様の攻撃が速くて防御するのが精一杯で何も出来ねェってかぁ?だったらガードが崩れたその時が貴様の死に時だ!!」

「果たしてそうかな?僕にはもう勝ちが見えているんだよ!」

 当初は予想外の攻めに困惑していたローズだったが既に勝機を見出していた。

「ほざけ!ガードばかりで手の使えねぇ貴様に何が出来る!!」

「手がダメならば、足がある・・・ライジングローズ!!」

 ドボッ・・・!

 次の瞬間、ローズの左足先はノーザンの腹部奥まで確実にめり込んでいた。

「ぐほっ・・・」

 ノーザンは、その一撃を受けると目を剥いてその場に崩れ落ちた。

 手を焼いたもののローズは難を免れたのである。

「俺たちの縄張り、か・・・」

 その日、ローズは施設のチェックを中止してホテルへと引き上げた。

 “人のいない恐怖”ではなく“人のいそうな恐怖”が彼の警戒心を刺激したのである。


「シドニー・・・闇に巣食う奴らの強さや根深さではニューヨークを超える町という事なのか・・・」

 自由の女神はないけれど、最上階の一室から見渡す夜景はやはり美しかった。

 しかし、その美しさを曇らせるような出来事に直面した後では素直に見惚(みと)れる事も出来そうになかった。

「・・・・・」

 根拠はなくとも今回の敵が前回よりも強く、その数も相当なものだというのはハッキリと見えてくる。

 しかも前回は自警団“アップルパイ”の仲間たちとニューヨーク市警という心強い味方がいたからこそローズの負担も軽減されたが今回に関しては完全に自分一人という状況である。

 ~今度の戦いこそは本当の意味で僕の真価が問われるというワケか・・・ならば!~

 手元のアップルジュースを飲み干して力強く息を吐くと、ローズは明日の再チャレンジを決意した。

 一度は臆病風に吹かれて入り口で引き返してしまったがもう迷いはなかった。


 翌日、ローズの姿は再び工場跡地の敷地内にあった。

 だが今回は入り口にノーザンの姿はなく、代わりに何十人ものゴロツキたちが待ち受けていた。

「ギッヒッヒ・・・兄さん、ここを通りたきゃあ入門証を提示してもらおーかぁ・・・」

「残念だけど廃墟への潜入にそんな物は不要だよ。それに入門証を見せたところですんなり通してくれる君たちではないだろう?」

「ゲヘヘ、ご名答・・・みんな!この男をやっちまえ!!」

 数十人のゴロツキたちが一斉にローズへと襲い掛かってきた。

「悪いね!数で圧倒するつもりなら僕も本気を出させてもらうよ!!」

 それは時間にしておよそ1時間の戦いとなった。

 その果てに、その場に立っていたのはローズただ一人だけだった。

「ローズヒールクラッシュ!」

 グボォッ・・・!

「がはぁっ!」

 攻撃を受けてひざまずきながらも銃口を向けていた最後の一人を首筋へのかかと落としで仕留めると、ローズはため息をついた。

「全く、怖い奴らだった・・・だけど相手が悪かったみたいだね。」

 すっかり気を失ってその場にのびているゴロツキたちを尻目に「無傷の」ローズは先を急いだ。

「よし、電気が通ればここはそのまま使えそうな感じだな。」

 無人の関所をチェックした、その後で。


「いらっしゃい、私の名前はアンクル・スープ。その名の通りになるけれど、おじさんのスープはいかがかな、お兄さん。」

 無人だと思って入った食堂に怪しげな中年男性がいた。

「あいにく今は空腹でもないし遠慮しておくよ。それよりも、ちょっとここは汚いんじゃないのかな?」

 錆びた水道周り。足が折れたままのテーブル。蜘蛛の巣がいくつも張り付いた天井。

「そんな事はどうでもいいからおじさんのスープはいかがかな、お兄さん。」

 ローズの返事を待たずにアンクルが薄汚れた皿に妙な臭いのするスープを注ぐ。

「悪いけどそんな汚れた食器に入れられた物を口に運ぶ気にはなれないね。それに、そのスープから腐臭しか漂ってこないのはどう説明するつもりだい?」

「これはね・・・浴槽で死んで10日間も放置されてたおじさんのつかっていた湯舟の水から出来てるんだよ!」

「何だって!?」

 おぞましい実態を聞いてしまったローズが目を丸くする。

「そう驚きなさんなって。あんたもすぐにおじさんと同じ世界の住人にしてやるからよっ!!」

 そんなローズに間髪入れずおたけびを上げてアンクルが飛び掛ってくる。

「そうはいかない、フレイムスプラッシュ!」

「なにーっ!」

 ローズの手から放たれた炎に今度はアンクルが目を丸くする番だった。

「ぎゃぁーっ!!」

 紅蓮の炎がアンクルを包んで容赦なく焼き尽くす。

「実を言うと僕はこんな風に魔法も使えたりするんだ。普段は破壊力が高すぎて相手を過度に傷つけてしまう事と周囲への二次被害も考えて使わないようにしているんだけどね。」

 ローズがそれを言い終えた頃には黒焦げと化した物体がその場に転がっていた。  

「・・・食堂は徹底的に清掃してから使った方が衛生的にもいいだろう。」

 つい先ほどまで変な男が陣取っていた食堂の現状を憂いながらローズは先に進んだ。


「ローズエルボー!」

 ドコッ!

「ぐふっ!」

 構内のところどころで襲撃をしてくる得体の知れないゴロツキどもと戦いながらローズはどこかの企業が使っていたとおぼしき事務所にたどり着いた。

「お待ちしておりましたホワイト・ローズ様!妖精を司るフェアリー・プリーティンの間にようこそ!!」

 ドアを開けると大音量で英語の歌が流れてきてそれに伴い妙齢の女性が姿を見せた。

「僕の名前を知っていてくれてるとは光栄だね。だけど、この大音量は心臓と耳に悪い。オーストラリアのポップスは僕も好きだけど心地良いサウンドをお届けしたいのなら少し配慮を願いたい。」

「あら失礼。では・・・」

 プリーティンがボリュームを下げるとうるさい歌が耳当たりの良い歌へと変貌する。

「お気遣い感謝する。ところで、僕はこの事務所跡地の奥にあるかつての作業場の数々を見て回りたいのだけど通してもらえないかな?」

「ローズ様。私とてすんなりここをお通しするほど甘くはありませんよ?」

 ここでプリーティンの声のトーンが下がったのをローズは聞き逃さなかった。

「私は常に妖精と共存し、妖精たちの声を聞きながら生きています。私がそう言うと鼻であざ笑い後ろ指を差す者も存在しますがそんな輩にいちいち目くじらを立てていてもキリがないので相手にする気は微塵もありません。ローズ様、あなたは私のそんな世界をご理解頂けますか?」

「理解も何も、想像の世界は自由じゃないか。あなたがどんな世界を描こうとそれはあなたの自由だよ。それに、妖精たちと生きる世界だなんてファンタスティックで僕は好きだけどな。」

 それがローズの偽らざる気持ちだった。

「それは、ローズ様の本心から来るお言葉なのですか?」

「ああ、間違いない。僕の言葉を信じてくれ。」

「そうですか・・・ならば、今この私の周囲を舞っている妖精が何匹存在するか当ててごらんなさい!!」

「えっ?」

 突然の突拍子もない質問に、またしてもローズは目を丸くしてしまった。

「解答のチャンスは1度だけです。正解をしたならば、この先の道をお通しいたしましょう。ですが、もし不正解ならば私の魔法であなたをこの世界から消滅させてしまいます。」

「消滅・・・」

「ですが私は優しいので大人しく引き下がるのならあなたを見逃してやります。アメリカに帰ってここでの出来事をなかった事にするのもまた選択肢としてアリでしょう。」

「・・・・・」

「さあローズ様、ご決断を!」

「・・・プリーティン。やはりあなたは優しい女性だ。」

「は?」

 それまで呆然とした素振りを見せていたローズが穏やかな笑みを浮かべていた。

「てっきりあなたと戦わねば通れないのかと思っていたから安心したよ。そんな簡単な問題に正解するだけで通れるというのなら一安心だ。」

 まるで答えを確信したかのような物言いにプリーティンが笑う。

「はは、これは面白い。いいでしょう、あくまで私の問いに挑むと言うならお答えなさい!さあ、今ここで私の周囲を舞い踊る妖精は何匹ですか?」

「僕には見えるよプリーティン。正解は12匹。それぞれ青・黒・赤・金・橙・紫・黄緑・黄色・桃色・緑・銀・灰色と別々の色を持っている同じ形の妖精たちだ!!」

「ぐぬっ・・・!」

 絶対に答えられないであろうとタカをくくっていたプリーティンが絶句する。

 だがローズには「本当に」見えていたのだ。自身の名前と同じ白い妖精はいなくとも、色とりどりの妖精たちが彼女の周囲を飛んでいるその姿が。

「・・・流石はホワイト・ローズ様。まさか数だけでなく色までも把握なされているとは恐れ入る限りです。さあ、ここをお通り下さい。」

 プリーティンは正解を認めて作業場へと通じるドアを開けた。

「私の妖精は真に心の清き者にしかその姿を見せる事はございません。色までその目にハッキリ映ったと言うのならあなたは相当にキレイな心をお持ちなのでしょう。」

「僕はただ、常識をもってして日々を送っているだけの男だよ。別にキレイとか純粋とかそんな事を思ったためしなんて一度もないさ。」

「そのお心がけが大事なのです。きっとあなたならばこの先の“詮索してはいけない領域”を乗り越えてここを生まれ変わらせる事が出来るでしょう。」

「ここをローズマングループの運営する工場として稼動させる日が来たらあなたをメンバーの一人として雇用すると約束するよ。」

「はい!心待ちにしております!!」

 事務所はこのまま彼女に委ねられると安心しながらローズはドアの向こうへと進んだ。

 だがその先は、多くの作業現場がそのまま放置されている“危険地帯”に他ならなかったのである。


「ローズハイキック!」

 ドゴオッ!

「やれやれ、作業道具を正しく使う安全教育を徹底させないとな・・・」

 作業現場のあちこちから工具を武器に襲い掛かってくるゴロツキたちが後を絶たなかったが、それでもローズは敵を退けながらクリーンルームの入り口へとたどり着いた。

「エアーシャワーの装置は異常なし・・・っと。」

 エアーシャワー室を経てクリーンルームの室内へと移動する。

「な、何だ!」

 その中で、その存在は即座にローズの目を引いた。

「貴様ぁ・・・何をしにここへ来たぁ~?」

 人間とは思えない緑色の素肌。剥き上がった両目。口元に付着したどす黒い血痕。

 見た目女性のような姿形を成していたがもはや性別の判別は不可能に近そうだった。

「僕の名前はホワイト・ローズ。この工場跡地を繊維工場として再利用するために施設の見学に訪れたアメリカ人だ!」

「何だとぉ~?ここは私の縄張りだぁ。この場を管理したくばこのグリーン・ネーサを倒してからにしなぁ!」

 怪物グリーン・ネーサは大きく口を開けるとそれをローズに向けた。

「死ねェ!硫酸シャワーぁ!!」

 ネーサの口からシャワー状となった硫酸が勢いよく噴き出てくる。

「おっと!」

 ローズはそれを回避するとすぐさま反撃に転じた。

「そっちが命を奪うつもりで戦うというのなら僕も本気を出させてもらう、くらえ!ローズスクリューパンチ!!」

「次はこれだぁ!苛性ソーダシャワ・・・」

 バキィ!!

 ローズの下あごへの攻撃がネーサよりも少しだけ早かった。

「ふがごっ・・・」

 その一撃でネーサは吹っ飛び壁に頭をぶつけてそのまま気を失った。

「破損箇所が目立つな。これは念入りに手入れをしておかないと面白くないね。」

 その後、室内を一通り確認してローズはクリーンルームを後にしたのである。


「おらぁ!!暴走車両のお通りだぞ!!」

 物品搬入倉庫のチェックに向かったローズを猛スピードのフォークリフトが襲った。

「危ないっ!」

 とっさによけたローズだったが明らかに従来のフォークリフトの限界を超えたスピードに違和感を持つ。

「俺様の改造フォーク突進攻撃をよけるとはやるじゃねーか兄さん!」

「いい加減にしないか!フォークは荷を運ぶ車両であってレーシングカーではないんだぞ!!」

「聞こえねーよそんな寝言は!誰かは知らんがこのポソス・ジャカルタ様に説教する奴はツメの錆にしてやんぜェ!!」

 ポソスがフォークリフトのツメをローズの頭部の高さまで上げて再度突進を開始する。

「うわっ!」

 再びよけたローズだがポソスは攻撃の手を緩めない。

「うっけっけ。逃げ惑う人間を容赦なく追い回してひねり潰すのは楽しいねェ!さあ、大人しくこのツメに貫通されて脳みそぶちまけやがれ!!」

「そうはいかない!サンダーブレイク!」

 ローズの手から発せられた雷はフォークリフトを直撃した。

「野郎こざかしいマネを!・・・ってオイ!なぜ動かん?動け、我がフォークよ!!」

「悪いけどそいつは僕の魔法をくらって機能をストップさせてしまったみたいだね。さて、殺人車両がお役御免になったところで今度は僕と君の一騎打ちといこうじゃないか!」

「よ、よせ!俺様はなぁ、残酷だから本気になるとお前惨殺死体にされちまうっての!」

 意味の分からない言葉を残してポソスがフォークリフトから降りて一目散に逃走する。

「逃がさない!フレイムスプラッシュ!!」

「ぐぎゃあぁぁぁぁ!!」

 しかし、逃走空しくローズの放った炎によって報いを受けてしまうのであった。

「変な改造車は回収しておかないとな。あと、物品置き場とはいえもう少し照明が欲しいところだ。」

 最後に周囲をぐるりと見渡して、ローズは物品搬入倉庫を後にした。


「ローズスクリューパンチ!」

 ズガッ!

「これで何人目だ・・・もう数え切れないよ・・・」

 倒しても倒しても次々と現れてくるゴロツキたちにローズはいい加減うんざりしていた。

 正確な数は把握していなかったものの、ここで戦ったゴロツキの数が“ドラゴン”構成員の数をゆうに上回っている事ぐらいはローズにも見当がついていた。

「次は・・・」

 切断室のドアを開けて中へと進んでいく。    

「・・・?」

 だが、おかしな事に廃墟の工場でありながらこの部屋の機械はさも当たり前にフル稼動していたのだ。

「どういう事だ?」

 裁断用のカッターたちが切るべき製品のない中で無駄に動き続けている。

「切り刻んでしまえ・・・五感の全てを潰してしまえ・・・」

 ふと、奥の方から気味の悪い言葉を唱えながら両の手に小刀を持った長身の男性が姿を見せた。

「誰かは知らないけど休業中は機械を停止しておかないとダメじゃないか。」

「我の名前はヒビャ・カル・ターン・・・侵入者、刻んでしまえ、刺してしまえ!!」

「!」

 ズシャッ!

 とっさにかわしたローズだったが一瞬ほど遅かった。

 切りつけられた左の肩があっという間に赤色に染まる。

「随分と乱暴なお出迎えだね・・・オーストラリア式の挨拶というのは刃物持参なのかい?」

「我に仇なす侵入者、うめけ、もがけ、血の海で!!」

 ローズの皮肉に答える事なくターンが再び小刀で襲い掛かってくる。

「おっと!」

 だが今度はローズが完全に回避した。

「君の動きは見切った!!もう勝ち目はない、大人しく引き下がるんだ!!」

「こざかしき侵入者、切り刻め、生首を!!」

「人傷つける者、手凍らせてしまえ・・・スパイラルブリザード!!」

 ローズの手から放たれた螺旋(らせん)状の氷がターンの両腕を覆いつくす。

 気がつけば、ターンの両腕は凍っていて完全に動きを封じられていた。

「くっ・・・逃げろや逃げろ、されど両の手動かず・・・!」

「これで終わりだ!ローズスクリューキック!!」

 ズドボボボ!!

「ぐがっ・・・我、(しかばね)となりて・・・」

 腹部(鳩尾(みぞおち)部分)への鋭い蹴りをまともにくらったターンはそのまま崩れ落ちた。

「よし!」

 自前の包帯で切りつけられた左肩に応急処置を施すとローズはすぐさま全ての機械を止めて設備点検を行った。

「刃が錆びているのが目立つな・・・あと、この男掃除を全くしていないから部屋が汚れ放題だ。整理・整頓・清掃・清潔が全く出来てない!」

 ターンの不衛生に愚痴をこぼしながらローズは最後の点検場所である「所長室」へと向かった。


「これは驚いた。この部屋はかつてどこぞの事業所長が執務に利用していた所長室だったとうかがいます。ですが、あなたはそんな資格など持っていないのに何故このような場所でふんぞり返っているのですか?」

 所長室に入って開口一番ローズの口から出たのはそんな言葉だった。

「ふん、誰かと思えばローズマングループのボンボンか。小僧が偉そうな口叩くんじゃないよ。俺がここにいる限りは俺が事業所長であり工場長なんだよ。分かるだろ?」

ソファに大股開きで腰掛けていた大柄な男が面倒臭そうに言い返す。

「遠い昔に某グループサウンズのリーダーでありながらギャラの大半を不当に搾取してメンバーから追放されておきながらまだどこかで王様面をしないと気が済まないというワケですか、ニカリア・チョーキーさん?」

 名前を呼ばれて大柄な男・ニカリアの表情がみるみるうちに険しくなってくる。

「小僧、それぐらいにしときな。俺もいつまでも機嫌が良いワケじゃねーぞ・・・」

 ニカリアがソファから立ち上がって威嚇するようにローズを見下ろしてくる。

「あなたの機嫌など知った事ではない。ここはローズマングループの運営する工場として近々稼動する。そうなると今ここを不法占拠しているあなた方には出て行ってもらう他ないでしょう。」

「待ちな、もう一つ選択肢が残ってるぜ・・・てめえがここで俺に殺されて人知れず埋められちまうっていう傑作なオチがな!!」

「悪いけど、そんな展開はお断りだ!」

 両者が構えて戦闘が開始した。

「砕けろ!タライドロップ!!」

 パカン。

「!」

 何の脈絡もなく天井が開いて大型の鉄製たらいが落ちてきた。

 バシィ!

 かろうじて左腕で払いのけたローズだったがその左腕には激痛が伴っていた。

「くっ・・・さっきの傷が・・・」

 ターンに切りつけられた左肩の傷が再び(うず)き出す。

「ボサッとしてるんじゃねェ!オイッシャークラッシュ!!」

 ドカッ!

「うぅっ!」

 大柄なニカリアの突進をまともに受けたローズが吹っ飛ばされて転倒する。

「どうした小僧?俺が強すぎて想定外って顔してるぞ!」

「まだだ!フレイムスプラッシュ!」

 反撃をしたローズだったがそれは思わぬ形でかき消されてしまった。

「なんだコノヤロー!!!」

 ニカリアが張り上げた大声によってローズが放った炎は跡形もなく消えてしまったのだ。

「何という男だ・・・声だけで僕の魔法を消し去ってしまうなんて・・・」

「オイッシャークラッシュ!!」

 ドカッ!

 呆然としていたローズは再びニカリアの突進をくらった。

「思い知ったかこわっぱめ!身の程をわきまえずにのこのことここまでやってきた己の無鉄砲を後悔するがいい!!」

 しかし、今回は多少後ずさったものの足腰で持ちこたえて吹っ飛ぶ事はなかった。

「何だと・・・?」

「ニカリア。僕は少しあなたを軽く見ていたようだ。だから、今からあなたに敬意を表してレベル5で戦わせて頂く。覚悟!」

 表情は穏やかだったがこの時のローズからはただならぬ気配が漂っていた。

「ふん、お前がレベル5なら俺はレベル99で即座にお前をひねり潰してやるよ。砕けろ、タライドロップ!」

 パカン!

 再び鉄製のたらいがローズめがけて落ちてくる。

「ローズアッパー!」

 ボカァン!

 しかし、今回は右の拳でローズはたらいを砕いてしまったのである。

「たらいは一つや二つだけじゃねぇ!もっと砕けろ、タライドロップ!!」

 それからニカリアは何個もたらいを落としてきたがその全てをローズは砕き割ってついにはたらいの残数が底をついてしまった。

「お、おい!冗談きついよお前・・・鉄のたらいを砕くとかよ、なんて力なんだ・・・」

「ニカリア!この力、しっかり味わうがいい!ハイパーローズストレート!!」

「な、なんだコノヤロー!!」

 グシャァァッ!!

 ローズパンチをはるかに超える速度と破壊力を持つ拳が容赦なくニカリアの顔面を直撃した。

 その威力の前では大声など何の抑止力にもならなかったのだ。

 ドガアッ!

 殴り飛ばされたニカリアの壁に背中を打ち付ける音が所長室に響き渡る。

「どうですか!若輩者の小僧だと侮っていた相手に倍返しをされた気分は!!」

「この野郎・・・こうなったらこっちは500倍返しだ!死ねっ、オイッシャークラッシュ!!」

 またしても突進を仕掛けるニカリアに対してローズは両手を向けた。

「浄化しろ!ホーリーエクスプロージョン!!」

 ローズの手から放たれた巨大な閃光がニカリアめがけて大爆発を起こす。

 ドガァァァァァン!!!!!!!

「だ、ダメだろこりゃー!!」

 ニカリアは断末魔の叫びと共に爆発の中に消えた。

「・・・世界に平和の灯火を!・・・と、それはいいけど所長室は改修工事が必須だな・・・」

 ニカリアの消滅に伴い辺りから邪悪な気配も消失した。

 こうして、“詮索してはいけない領域”を制覇したローズは工場跡地の全ての点検を終わらせたのであった。


 それからちょうど半年後、ローズマングループの運営する繊維工場がシドニーに誕生した。

 その大規模な工場は多くの生産を必要とし、それに合わせて多くの雇用を求め続けた結果、シドニーのみならずオーストラリア全土の雇用対策を手助けして誕生から2ヵ月後にはオーストラリアの失業者は激減したのである。

 一方で、ローズは約束を守って妖精と共に生きる女性フェアリー・プリーティンを事務員として雇用した。

「私は事務だけをします。お茶汲みや掃除は妖精たちがしてくれますから。」

 そんな奇抜な言動が周囲にうけて彼女は“不思議系事務員”という呼び名を授かり末永く工場の発展の一環として貢献したという。(先述の言動も奇抜そのものだが妖精たちが諸雑用をこなしていたのは本当の話である)


 ローズが無事に帰国した翌日のローズマングループ自社ビル75階CEO特別室にて。

「全く、無茶をなさるお方です。」

 まるで全てを見透かしたかのようにハワードが呆れ笑いを浮かべながらローズの資料(ワープロ作成)に目を通す。

「おや、僕はまだ何も言ってないけど?」

「私が何年あなたを見てきたと思っているのですか。何も言わなくともあなたがシドニーで激しい戦いにたった一人で身を投じていた事ぐらい容易に想像がつきます。」

「流石はハワード、僕の右腕だ。」 

 うんうんと頷きながらローズが手元のアップルティーをすする。

「だけど、そんな僕だからこそ君は仕えていてくれるのだろう?」

「そ、それは・・・」

 少し意地悪な笑みを浮かべてウィンクを仕掛けてくるローズにハワードが赤面する。

「ど、どうでしょうね。少なくともそれは私だけでなくこの会社に勤める全ての者の総意ではないかと思うのですが。」

「ふふ、ならばそういう事にしておくよ。」

「ローズCEO!それよりも、間もなく会議の時間です。こんなところで実にもならない話をする暇があったら早く会議室へ参りましょう!!」

「はいはい、分かったよ。」

 ハワードに急かされながらローズは特別室を出て会議へと向かった。

 もちろん、好物のアップルティーを全部飲み干したその後で。

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