15
15話を投稿します。
「あんたはゴブリン……なのか?」
「ソウダ。ナマエハモウラトイウ。」
モウラ曰くゴブリンにも名前があるらしい。
しかし、魔物は人語を話すことが出来ない者が大半なので、人間には分からないらしい。
モウラという名前は魔物の共通語での名前らしく、実際のゴブリンの時の名前を聞いたらゴブゴブ言ってて全くわからなかった。
「ウォルストイッタカ。スマナカッタナ。オマエガジツリョクアルニンゲンダトオモイ、スコシアソンデシマッタ。」
「別に構わない。」
やっぱり遊ばれてたのかよ、とか思いながらも一応返事をする。
俺の体はミーアの治療によってほとんど回復していたが、先ほどまで砕けていた左腕がまだ少し痛かった。
モウラは俺を殺すつもりはなかったと言っているが、本当にそうだったかはわからない。
「緑のおじちゃんをいじめちゃだめだからね。」
座っている俺とモウラの間には助けた女の子がいて、俺の方を向いてモウラに手を出さないか監視している。
そして俺の座っている近くでは、ミーアが少し怒った表情でモウラをじっと見ていた。
お互い刺さる視線を受けながら話をする俺とモウラが打ち解けるのに時間はかからなかった。
どうやらモウラはあちこちを放浪しているゴブリンで、たまたまこの森にいたら女の子の叫び声が聞こえたらしい。
「魔物でも人間を助けるなんてことがあるんだな。」
「ウォルスハオオキナカンチガイヲシテイル。ゴブリンハマモノデハナク、マゾクニゾクスルイキモノダ。」
モウラ曰く、人間が魔物と呼んでいる生物の中には魔族という者も混ざっているらしい。
魔族とは知能のある生き物のことをいい、長い年月をかけて進化していった魔物が知能を持って生まれた生き物で、人族も猿から進化して知能を得て生まれた生き物だからそれと同じだろうと言われた。
「マゾクニハココロガアル。ナカニハホンノウヲユウセンスルモノモイルガ、コマッテイルモノヲタスケタイトオモウマゾクダッテイルノダ。」
俺はモウラの言葉に衝撃を受けていた。
魔物は敵。そう決めつけて殺してきた者の中に心が存在する者がいる。
人間と同じように善意も持ち合わせている者がいる。
そう聞いた俺は今までしてきたことが怖くなった。
一体いくつの人生を奪ってきたのだろう。
隣を見るとミーアの表情も暗くなっていた。
「モウラは人間を殺したことはあるのか?」
俺は話している中でずっと気になっていたことを聞いてみた。
「アル。」
はっきりとそう言ったモウラの表情はとても悲しそうだった。
人を殺す生き物。
目の前にはかつて敵だったものがいた。
しかし、今の俺には悲しそうな顔をする目の前のゴブリンが敵だとはどうしても思えなかった。
「コロシタクナクテモコロサナケレバナラナイトキガアル。」
モウラはそう言うと、目をゆっくりと閉じた。
「ワタシノムスメハニンゲンニコロサレタ。」
その言葉を聞いたとき、俺の目の前が真っ暗になったような気がした。
俺とミーアは女の子を連れアサイの町に戻ってきた。
モウラは少しばかりコーザの森の中に滞在した後、またどこかへ移動するらしい。
女の子、シリカがモウラも一緒に町に連れていくと言ってごねたが、何とかなだめて連れて帰ってきた。
シリカに自分の家を教えてもらって、そこへ送る。
町のはずれの方に合ったシリカの家の前に行くとドアを叩いた。
バンッと乱暴にドアの開く音がし、中からまだ若い女の人が出てきた。
青ざめた顔で俺の目を見た後、視線を下にずらし、シリカを見つけるとすぐさま彼女を抱きしめた。
「一体どこに行っていたのよぅ……うぅ……。」
「お母さん……?」
シリカを抱きしめボロボロと涙を流す母親。
よほど探したのだろう。母親の服は汗でびっしょりと濡れていた。
最初はきょとんとしていたシリカだったが、目の前で泣く母親を見て、自分がどれほどのことをしでかしたのかを理解したのか、大声を上げて一緒に泣き始めた。
シリカがなぜ森の中にいたのか。
それは単に彼女が好奇心で勝手に森の中に入って行ったためだった。
町のはずれのこの家から森の中まではさほど遠くない。
しかも先程町に入るときにいた門の兵士も、シリカが出て行ったときにはいなかったらしいのだ。
そんなことをにこにこしながら言っていたシリカは、俺達の森に入るなという注意を全く聞こうとしなかった。
しかし、この大泣きの様子を見る限りもう二度としないだろうと思った。
ペコペコと何度も頭を下げる母親に見送られながら、俺とミリアは穴熊亭に帰ってきた。
宿のおばさんと二言三言かわし、自分たちの部屋にいる。
そして俺とミリアは同時にベッドに倒れこんだ。
「ウォルスさん。私達冒険者って本当に正しいことをしているんですかね。私わからなくなっちゃいました。」
「俺もわからなくなったよ。」
しばらく続いた静寂の後、言葉を交わす。
「俺は魔物全てが悪いとはもう思えないだろうな。見るだけだと魔族と魔物の区別も出来ない。」
「私もです……。」
そして、再び部屋は無音になった。
その中で俺の頭に浮かんできたのは昨日の悔しそうな顔をするガジカの顔だった。
魔物に子分を殺されたガジカ。
人間に娘を殺されたモウラ。
その二人の失ったものを思い浮かべる顔はどちらも同じような気がした。
魔物が悪い。人間が悪い。そんなものではなくてもっと大切なものがある気がした。
「ふぅ……。」
深く深呼吸をして思考を切り替える。
モウラは言っていた。
知能のない魔物は本能だけで人を襲うし、魔族も襲う。
そして、それを殺すのは自分たちが生きるために必要であることだと。
「とりあえず今まで通りバッシュボアを狩るか。」
「そうですね、バッシュボアは魔物ですから。」
そう言って俺とミリアは夕食を食べるために部屋を出て行った。
俺の中に生まれた、魔物も同じ命ではないのか。という疑問を切り捨てるように。




