第七話 狂人の真骨頂
「もう一度言ってみろ! 貴様!」
トルメギス王国国王のマルグレットの咆哮が王宮内に響き渡る。
さすが王を長年務めているだけあってその威厳は並のものでなく、長年傍で付き従えた重臣たちでも関わらず身を竦めてしまう恐ろしさがあった。
「私は同じことを繰り返すことが嫌いなんですがねぇ」
が、元凶は至って涼しい顔でそう述べる。
「しかし、まあ良いでしょう。私、ユラス=アルバーナはこれ以上トルメギス王国から干渉を受けることはありません。これからは私があの地域の全てを仕切ります」
百以上の視線――敵意が自身に集まるのを感じながらもアルバーナは堂々と宣言した。
「「「……」」」
静寂。
いや、その言葉では言い表せないほど、地獄の裁判長前での雰囲気と呼称しても支障ない沈黙が謁見の間に横たわる。
「……ユラス=アルバーナよ、一応問おう。何故我が国に反旗を翻す?」
深く静かな口調でマルグレットが詰問する。
「お前には我が領土を割譲してやったばかりか、多大な資金と人員を提供した。その恩を仇で返すつもりか?」
マルグレットの言葉に嘘はない。
事実アルバーナはトルメギス王国から莫大な援助を受けており、ようやく返済できるほどの力を付けた所で一方的に独立を宣言して来たのだ。
どう贔屓目に見てもアルバーナの行為は反逆そのものであり、決して褒められる事柄で無い。
「仇で返そうなんてとんでもない。私はあくまでトルメギス王国の民のために、断腸の思いで独立を行うのに」
が、アルバーナは全く罪悪感の欠片も無い表情でそう返す。
「マルグレットのご恩は重々承知しております。しかし、だからこそ私はこれ以上死の商人を肥え太らせないために独立をするのです」
「どういう意味だ?」
マルグレットの目が据わる。
「何故わしに従うことが死の商人を肥え太らせる?」
そんなマルグレットの問いかけにアルバーナはケロリとした顔でこう問う。
「マルグレット、あなたは何回目の戦争ですか?」
「在位して二十年……十五、六回だ」
「多すぎます」
アルバーナは簡潔に締め括る。
「戦争は破壊の祭典。これほど人格破綻者や商人にとって嬉しく、国家や民にとって絶望するイベントは無いでしょう。まあ、商人ならば戦争の継続は分かりますが、王は国家の守護者であり、民の主である存在。ならば早急に終わらせなければならないにも関わらず、マルグレットは戦争に次ぐ戦争を行っております。私はマルグレットが持つ王という器に疑問を抱いているのです」
「何だと!」
逆鱗に触れたマルグレットは顔を真っ赤にして問い詰める。
「誰が相応しくないだと! もう一度言ってみろ!」
「だから私は同じことを繰り返すことが嫌いだと何度言えば分かるのですか……まあ、王には恩もあることですし大目に見ましょう」
挑発という行為もここまでいくと感心してしまう。
ここに集っている人間は数多なれど、アルバーナの様な物言いが出来る人間など皆無だろう。
「ハッキリ言いましょう。あなたは先祖が積み上げてきた遺産を食い潰すだけで、何も建設していないゆえ王としては不適合です。早急に隠居をするか、それとも一切の権力を臣下に渡して象徴だけの存在になることをお勧めします」
「ふざけるな!」
アルバーナの余りの物言いにマルグレットが吠える。
「わし以外にこのトルメギス王国を導けるものなどおらぬわ!」
「ふむ……ではこういうのは如何でしょう?」
売り言葉に甲斐言葉。
マルグレットの言葉にアルバーナはニヤリと唇を歪めた後。
「私にこの国をお任せ下さい。一年もあれば戦争を終わらし、今まで以上の繁栄を約束しま――」
「殺せ!」
堪忍袋の緒が切れたマルグレットはアルバーナを指差して命令する。
「この売国奴を捕えろ! 公衆の面前で処刑し、その四肢を北部にばら撒いてやる!」
マルグレットに命令された近衛兵は慌てながらも駆け足気味に急いでアルバーナを包囲する。
「ふむ……決裂ですか」
多数の近衛兵から数多の槍を突き付けられながらもアルバーナは他人事のようにそうのたまう。
「まあ、良いでしょう。ならば私とマルグレットのどちらが相応しいのか決めましょう」
「何を言って――」
「それでよろしいか? メイヤー宰相」
「……御意」
次の瞬間、信じられないことが起きた。
マルグレットの最側近であるメイヤーがアルバーナの言葉に反応し、彼と王の間に立ったのだ。
あまりの事態に近衛兵はおろか、マルグレットさえも目を点にする。
「近衛兵! 宰相が命じる……武器を下ろせ!」
本来ならば宰相のメイヤーに近衛兵の指揮権はないのだが、メイヤーの圧力に押されたのだろう。
最初の一人が武器を下ろすと他の者もそれに続き、最終的に全員が武装解除した。
「メイヤー……お前、裏切ったのか?」
先程から一転、蒼白な表情で震える声音を呟くマルグレットにメイヤーは冷ややかな眼差しを向ける。
「王よ、私は先代からこの国に仕えて参りました。その好戦的な性分は元来のものゆえ仕方ないにしろ、これ以上先代が血の滲む努力の果てに築き上げた遺産を浪費し、国を衰退させるのであれば僭越ながらご隠居をお勧めします」
メイヤーの、その非情な言葉にマルグレットは何も言えず、ただ口をパクパクさせるだけである。
「これが現実です」
近衛兵の囲みから抜け出したアルバーナは微笑む。
「マルグレットが王に相応しいかどうか疑問を持っているのは私だけではないのです。ここに揃っている輩も口にはしませんが、ほとんどの者がこの疲弊した状況を招いたあなたに忠誠が誓えません……詰まる所、マルグレットは裸の王様だったのですよ」
裸の王様。
それは周囲の換言を受け入れず、それどころか苦言に対して威圧的な態度を取る権力者のなれの果て。
数多の事例がありながらも多くの権力者は対岸の火事の如く他人事として捉える出来事。
マルグレットもまさか自分が陥るとは思ってもみなかったことがその様子から窺い知れた。
「しかし、それでもあなたは大恩ある先代の血を受け継ぐ者」
静かな口調でメイヤーが言葉を紡ぐ。
「ゆえに試練を行いましょう。マルグレット、反逆者ユラス=アルバーナを討伐するのであればあなたが近衛兵を率いて下さい。貴族や常備軍といった外部の力を借りず、これまで血を流してこなかった近衛兵を用いて目の前のアルバーナを討ち取って下さい」
メイヤーの冷たい宣告が謁見室に響き渡る。
アルバーナとマルグレットの一騎討ち。
勝者がトルメギス王国の行方を決めることになるこの戦いに反対する者はいない。
つまりほとんどの者がマルグレットに対して疑問を抱いていることの何よりの証明であった。
「メイヤー宰相、約束が違うのでは?」
当初の密約だと、アルバーナとマルグレットのどちらかに付くのかを貴族や有力者達に問い、大決戦を行うはずだった。
「アルバーナよ、世迷いごとは止めろ」
が、メイヤー宰相はアルバーナの非難を黙殺する。
どうやらメイヤー宰相はあくまでトルメギス王国の王はマルグレット。
此度の内乱も王が忠言として受け取ってくれる目的であるようだ。
そう、どちらに転ぼうとも己は失脚どころか命を失うにも拘らず。
「それでは、私は戻って決戦に備えます」
アルバーナはメイヤーの覚悟を知り、その忠臣ぶりを讃えたのだろう。
これ以上の非難を止めて重々しく一礼する。
踵を返す前、アルバーナは最後にマルグレットを見やりながら一言。
「次は戦場でお会いしましょう」
もはや交渉の段階は過ぎた、後は武力による解決のみ。
そのことをわざわざ伝えるアルバーナである。
「……わしの国だ」
彼の背中に執念を感じる声がへばり付く。
「ここはわしの国だ! 絶対にして不可侵なわしの国! 反逆者よ、わしは絶対に貴様を許さんからな!」
その口調に王としての威厳など微塵にも感じられず、ただ子供の喚き声に近い。
しかし、感情を剥き出しにしているからこそ、心を揺り動かす何かが含まれている。
「裸の王様が何を吠えているんだか」
アルバーナの心境はどうなのだろう。
後ろを振り向かず、手をヒラヒラさせるだけの、全く歩みを止めないアルバーナの表情を知る術はなかった。
「と、いうことが起こったんだ」
アルバーナは夕食の献立を説明するかの様な気楽気な様子で戦争が起こることを伝える。
ただ、ここで問題なのは、アルバーナはその内容をまるでとっておきの秘密の様に隠していたことである。
「「「「……」」」」
当然集められた面々――メイリスやフレリア、クークそしてアメリアは驚きのあまり声が出ない。
「だから戦争が行われるので皆はこれまでの業務を一旦中止、臨戦態勢に入ってもらいたい」
そんな周りの空気など読まずにスイスイと先へ進むアルバーナ。
「ちょ、ちょっと待て」
辛うじてフレリアが立ち上がってアルバーナの言を制止する。
「正直な話、お前が何を言っているのか全然分からない。メイヤー宰相との内密? 戦争? 一体何が起きているんだ?」
フレリアの疑問も最もだろう。
何せ普段は彼女達全員仕事に忙殺されており、情報を入手する機会はアルバーナとの雑談という手段しかない。
ここ最近仕事量が安定してきたなあと思っていた矢先に呼び出され、アルバーナの口から戦争が起こったと伝えられた。
「俺は同じことを繰り返したくないのだがまあ良い……って、俺はその台詞を相当な頻度で繰り返していることに気付いたのだがどうしようか?」
「そんなもんはどうでも良いわ!」
アルバーナの一人コントにフレリアが突っ込む。
思わず口調が乱れるほどどうでも良いことらしい。
「それは私から説明する」
ここでメイリスが挙手をする。
どうやら彼女も動揺から立ち直ったらしい。
「話は至って簡単。これまで国が何の警戒もなく資金や人員を補充してくれたのは偏にメイヤー宰相が裏で手を回していたから」
マルグレットや政府も馬鹿ではない。
外国からやってきた若者に全てを委ねるなど、下手すれば売国になってしまう所業をそう簡単に行うはずがない。
しかし、それを可能としたのがメイヤー宰相の存在。
彼は先代が築いた王国をマルグレットがすり減らす行為に心を痛めていたことに加え、何とメイヤー宰相はヨーゼフ=バレンタインと既知の仲であった。
過去、メイリスは仕事中にその秘密を知り、国創りがどうしてここまで上手くいったのかその理由が分かって安堵したのを覚え、同時にアルバーナの暗躍に呆れた。
「まあ、最後の最後で出し抜かれたけど、メイヤー宰相のおかげで大成功を収めたのは事実」
「うん、さすがメイリスだ。俺の言ったことを分かりやすく纏めてくれた」
メイリスの要約にアルバーナは満足気味なのか大きく頷く。
「さて、俺の出番はここまでだ。後はメイリスをまとめ役として今後の方針を決めてくれ」
「え?」
「『え?』じゃないメイリス。今はともかく今後、火急の事態に俺が参加しているとは限らない。ゆえに俺が不在でも問題を処理できるようになっておかなければ駄目だろう?」
アルバーナは最悪の未来を一片の迷いなくそう言い切る。
まだ独立前だがこの国をどうやって建国したのかを調べると、必ずアルバーナが多いに関わっていたことが分かる。
ゆえにもし他国がこの国の侵攻を企てる際、謀略の一環としてアルバーナに何らかの害を及ぼそうとすることは容易に予想できた。
まあ、どれだけ気を付けていてもやられる時はやられてしまうので、彼は自分抜きでも国を運営できる体制を整えておきたい思惑もある。
「さあ、サンシャインの筆頭政治家であるメイリスの手際を見せてもらおうか」
アルバーナはどこから面白気な口調でメイリスに振った。
「ったく……」
メイリスは頭を掻きながらも頭の中で論点を高速整理する。
幼い頃から本を読んでいたメイリスは元々頭の回転が早かったのだが、一年間政治家をやって来たメイリスの頭脳はますます冴えを見せていた。
「勝利条件はマルグレットの首を取り、敗北条件はユラス=アルバーナの死亡」
勝利条件と敗北条件は大体皆が予想した通り。
実際の戦争の勝利や敗北条件はもっと複雑なのだが、アルバーナの暗躍――もとい策略によってここまで単純化することが出来た。
「ゆえに私達は二つの選択肢がある。それは“勝利”かそれとも“不敗”か」
勝利を求めるのであれば単純にマルグレットの首を取れば良い。
どれだけ犠牲を出そうとも王の首を取った時点で向こうの大義が無くなり、勝利が確定する。
だが、戦争が速やかに終わる利点がある半面、賭けに負けたらそのまま敗北へと繋がるため、ギャンブル性の高い戦法だと言える。
一方、負けないのであれば領土に何十もの防衛網を敷き、徹底的なゲリラ戦を展開すれば良い。
一回の戦闘で雌雄が決さない上、防御側に利点がある戦法なのだが確実に長期戦へもつれこみ、国力や民を疲弊してしまうゆえに戦争後のことを考えると躊躇してしまう。
一長一短。
どちらにも利点があり、欠点があった。
「どちらが最適なのか決めるために、これから判断材料を出していって欲しい……ユラス、近衛兵の総数は分かる?」
「細かな数は分からないが、大体二千程度といったところか」
「二千……」
その数字に息を呑んだのは軍事担当のフレリア。
彼女がこの中で兵力を含めた軍事知識に精通しているゆえ目を見張ったのだろう。
「発言良いか?」
腕組みをしていたフレリアが挙手して立ち上がる。
「この中で最も軍事に詳しく、そして軍の内情を知っているのは私だ。我が軍の常時動員数はおよそ百、常在軍全てを動員しても五百前後だろう」
五百対二千。
数の差に加え、向こうはトルメギス王国のエリート集団であることも鑑みると敗北確定である。
「しかし、その劣勢を“勝つ”のではなく、“負けない”に特化させれば挽回出来る手段がある」
が、フレリアは絶望の色を全く見せず、それどころか期待に満ちた表情をクークに向けて。
「魔法使いだ。あれを実戦に投入出来れば戦力が大幅に増強される」
子供魔法使いたちは学習を終え、軍との連携行動などの実践練習に入っていた。
個々の力量は大人達に遠く及ばないものの、彼らは柔軟な子供という利点を十二分に生かしている。
変な先入観やプライドが無い子供達はフレリアの言うことをよく聞いてくれるので、アルバーナとクークはよくフレリアの酒に付き合わされていた。
「魔法使い部隊の一撃離脱戦法よって敵を間断なく攻め、疲弊させれば勝利の目が見え――」
「その戦略には反対です」
クークはフレリアの意見を中断させる。
「どういう意味だ?」
知らずフレリアの瞳に剣呑な光が宿り、クークを見据えるが、彼女はその視線を跳ね返す。
「子供達は精神的に未熟です。言うなれば力に精神が追い付いていません。そんな状態で人殺しをさせてしまえば、子供達の精神に多大な影響を及ぼすでしょう」
アルバーナと共に来るまではフレリアの後ろに隠れていたクークが、毅然とした態度を見せている。
人は変わるもの。
子供達と一年間過ごした経験は確実にクークを成長させていた。
「その可能性は否定できんな。だが、その後に適切なケアを行えば私の経験上後遺症が発症する可能性は限りなく低くなる。それに、私は子供達を使い捨てにするつもりなど毛頭ない。悲惨な現場を見せないよう上手く配置を考えるに決まっているだろう」
が、それでフレリアが感嘆するかと言えば大間違いである。
今、彼女の役割は総司令官であり、勝つためなら悪魔に魂を売る覚悟もあった。
「クーク、私に意見をしてきたのは立派だ。しかしな、子供達を育てた前提条件を考えろ。魔法使いとして国に貢献するためなんだぞ。もし使わなければ今まで金と時間をかけてきた意味が無くなってしまうぞ?」
「……」
フレリアの言葉は正論であるがゆえに反論できない。
悔しそうに唇を噛むクークは二、三秒沈黙した後顔を上げて。
「“勝つ”ための正面決戦は駄目なのでしょうか?」
方針の転換を具申する。
「何度もでなく、一度だけ出撃する。そうならば子供達も苦しまなくて済みます」
敵を弱らせるための縦深防御で無く、一度で全てが決まる正面決戦。
確かにそうなれば短期間で戦闘が終わり、子供達が負う心の傷も最小限で済む。
「メイリスさんそしてアメリアさん。もしフレリアさんの具申する“負けない”戦に持ち込んだ場合、兵站や国力の低下はどうなるでしょうか?」
クークは味方を増やすためアメリアとメイリスに振る。
メイリスは小動物のクークらしい手だなと思いつつも聞かれたから答えねばなるまい。
「この戦争が一ヶ月以上膠着したら私達の負け」
領民たちは決してアルバーナの理想に惹かれたわけでなく、度重なる戦争によって家族や住居を失い、どうしようもなくなってここに越してきた者ばかり。
それゆえに戦いには人一倍敏感で、もし長く続くようであればあちこちで暴動が起きることは容易に想像できる。
「兵站や来訪者の観点から見てもメイリスさんと同意見です」
アメリアもメイリスと同じ見解を示す。
収支がプラスになったと言ってもつい最近であり、貯蓄などする時間が無かった。
一ヶ月以上続くとなると、前線の兵達に満足な食料を供給できる保証など無くなってしまう。
一対三、棄権一。
端目にはクークが提案する正面決戦に分があると見えるが。
「負けてしまっては何も残らん」
フレリアは断固とした表情で反対する。
「敗北すれば何もかも失う。子供達はもっと酷い主に使い捨てられるだろう。領民たちも難民に逆戻り、今まで融資してくれた人や商会も多大な被害を被る」
敗者は全てを奪われる。
それこそが社会の掟であり、自然界の鉄則ともいえる。
「敗北を避けるために私は、全てを利用するのだ」
「しかし、だからと言って子供を犠牲にして良いわけではありません!」
クークは涙目で反論する。
「子供達を血で汚してまで何を守るんですか! あの難民キャンプを大量に生み出してまで何を残そうというのですか! しかも確実に勝てる保証がなく、それどころか敗戦必死の戦争に――」
「今のは聞かなかったことにしておいてやろう!」
四人が来てからまだ一年しか経っていないにも関わらずここまで対立するほど争うのは、それだけ自分達の行いに誇りを持っているからである。
堂々と、人前で恥じないがゆえに例え親友であろうとも、言うべきことは言うのである。
「やれやれ、やはり俺がやるべきか」
と、ここで四人を今の状況まで持ってきた元凶が口を開く。
「よくよく考えれば俺の読み違いによって起きてしまったこの敗色濃厚の戦。ゆえに俺が責任を持たなければならないな……俺に一つの策がある。この方法なら勝算が高く、子供達を犠牲にする必要が無くなる」
そしてアルバーナはその策の説明を始める。
一同が驚愕に身を固めたのは言うまでも無い。
「言っておくが異論は認めんからな?」
アルバーナの素敵な笑顔が全員を射抜き、身動き一つすら取らせなかった。
霧が立ち込める未明の朝
マルグレットが率いる軍は山林を抜けた所で一夜を明かしていた。
この場所は左右を森に囲まれ、大軍を展開し辛い。
しかし、ここさえ通過することが出来ればアルバーナが治める領土まで障害物がないので、危険を承知で通り抜ける価値があった。
「結局反乱軍どもは攻めて来んかったな」
馬上。
マルグレットは出発準備を整えている軍を睥睨しながらポツリと漏らす。
反乱軍の総数は常備兵を合わせても五百前後しかなく、こちらはその四倍の兵力を持っている。
寡兵における戦いというのは決まって奇襲か地形を利用した挟撃であることを鑑みると、並の者ならまずここで迎え討とうとするだろう。
「やはりあ奴は馬鹿だったか」
兵法において絶好の機会をみすみす逃したアルバーナをマルグレットは愚か者扱いする。
まあ、彼がそう決めつける理由も分かる。
人というのは得てして物事を己の定規に当てはめて判断するもの。
そこから外れる事柄に関しては侮蔑または無視する。
そう考えるとマルグレットの判断は扱く常識的だろう。
だからこそ彼は読み違える。
アルバーナがマルグレットに反旗を翻すまでに至った経緯は、常人だと想像すらできない狂人の所業。
ゆえにマルグレットは肝に銘じるべきだった。
ユラス=アルバーナは一般常識や倫理が通じないアウトサイダーの住人だということを。
「敵襲です!」
鋭い鐘の音と共に敵の接近が伝えられる。
「敵の方角は? そして数は何人だ?」
すかさず詳細を聞くマルグレット。
そこは数をこなしてきたゆえか対応が素早い。
先程まで余裕と侮蔑に満ちていた表情が今では戦う将の雰囲気を醸し出していた。
が、次の瞬間には困惑へと変わる。
何故なら次にもたらされた報告に耳を疑ったからだ。
「は! 敵は真正面から! そして数は……一騎です! そしてあの黒ずくめの装いで旗を掲げているのは――ユラス=アルバーナ本人です!」
「はあ!?」
思わずマルグレットは叫んでしまった。
「ハハハハハ! アルバーナ様のお通りだ! 邪魔する者は踏み潰す!」
報告は間違っていなかった。
槍の代わりに旗を天高く掲げたアルバーナは漆黒の馬に跨って駆け、その勢いのまま敵陣へ突撃した。
霧が出て視界が不良。
出発前という気の緩み。
そして大将自らが突撃という要素が絡み合い、マルグレットの軍は混乱を極めた。
「奴を殺せ!」
「うわ! 押すな」
「嫌だあ! 馬にひかれる!」
アルバーナを討ち取ろうと前へ出ようとする者。
馬に蹴られたくないがゆえに後ろへ逃げようとする者。
指示が出るまで動こうとしない者。
もし隊長が歴戦のベテランなら即座に的確な迎撃網を指示していただろうが、悲しいかなこの軍は近衛兵。
「防御網を抜かれるな!」や「早く奴を食い止めろ!」といった抽象的かつ各隊長がバラバラに命令を出してしまったことも手伝い、防御陣はふすまの障子の如く次々と突破されてしまった。
「あのバカが!」
アルバーナから五馬身後方から追い掛けるのは白馬に跨ったフレリアとその腰にしがみつくメイリス。
「本当にやるとは思わんかったぞ!」
近くにいる敵兵に槍を突き立てながらフレリアは悪態を付く。
先日、アルバーナの口から聞かされた策には全員が耳を疑うほど正気と思えない内容だった。
すなわちアルバーナ本人が敵陣へ特攻し、フレリアや兵がその後ろに付くというもの。
現在軍の中で馬に乗れるのはフレリアしかいないためやむなくメイリスを同乗してアルバーナの後を追いかけ、他の兵は掛け足で突撃させていた。
「くそっ、全然追いつかん!」
フレリアも全力で追いかけているのに、アルバーナからどんどん引き離されるのは偏に覚悟の違いである。
アルバーナは馬が転倒してしまう可能性や、敵の槍が己の体を貫く危険性などを全く考慮せずにただ突っ走っているため、身の安全を確保しながら進むフレリアとはどうしても距離が開けてしまう。
「……仕方ない、これがユラス=アルバーナ」
手に持った杖で魔法を発動させながらメイリスは淡々と述べる。
メイリスの魔法は多彩であり、ある時は小爆発を起こして眼前の兵の集団を吹き飛ばしたと思えば氷の槍や風の刃を発生させて遠方にいる前線指揮官を次々と葬っていった。
「端目には狂気でしかない行動を躊躇なく取り、周りを否応なく引きずり込んでいく」
国を創る時もそうだった。
何の権力もコネも金も腕力も持っていないのに建国なんて夢のまた夢だろう。
どう考えても不可能である。
しかし、アルバーナは諦めなかった。
これだと思う人物を引き抜き、国の重鎮を説得させ、民の不満を解消するという荒業をやってのけた。
そこに論理性とか合理性といった理知的なプロセスなど微塵もない。
アルバーナは常に先陣を切り、予想もしない行動を取って相手を驚かして動揺させ、あれよあれよという間に懐柔、説得してここまで持ってきた。
「フレリア、もし耐え切れないのならこれが終わって即刻抜ければ良い。前にも後にも今回がアルバーナから離れるラストチャ――」
「抜かせ!」
メイリスの言葉を遮るフレリア。
その表情には僅かながら笑みが浮かんでいる。
「アルバーナに付き合わされて私もずいぶんと毒された! 今の私を雇ってくれるところなど何処にもないだろうな!」
何だかんだ言いながらフレリアは一年間アルバーナの横暴についていった。
もし他の所へ移っても、どんなに刺激が溢れた場所であろうともここと比べたら味気なく、物足りないように感じるだろう。
「メイリス! お前もそうだろう!?」
「……恥ずかしながら」
フレリアの問いかけにメイリスは諦め顔で応じる。
どんなに現状に悲鳴をあげようとも、心の奥底ではアルバーナと共にいることに喜びを感じている。
「悲しいことに私はもうアルバーナから離れられない」
「ハハハ! 私もだ!」
メイリスの嘆きにフレリアは笑顔で応じる。
不思議なことに二人とも悲観や絶望といった表情とは縁遠い希望に満ちた笑顔を浮かべている。
――アルバーナは私達を何処へ連れて行こうというのだろう。
その果てにあるのは天国か地獄か分からないが、アルバーナが共にいるのなら最後まで付き合ってやろうと二人は考えていた。
「どうやら後続の兵も接触できたようだな」
後ろから喧騒が響いてきたことから、ようやく追いつくことが出来たのだろう。
しかし、その光景をフレリアは確認をせず、ひたすらにアルバーナの後を追いかけていった。
「進め進めぇ! イズルード様の後に続けえ!」
ようやく近衛兵と接触したアルバーナの軍は目の前にいる敵を薙ぎ払っていく。
個々の力量や装備は近衛兵の方が上だとしても、大将突撃による奮起と勢いによってアルバーナとフレリアが開けた穴を急速に拡大させていく。
もちろん彼等にも恐怖心はある。
元トルメギス王国の彼等は、近衛兵がエリートで構成され、全国民の羨望の的であることも知っているため躊躇する心もあるが、それ以上に王であるアルバーナと騎士団長のフレリアが先陣を切った以上、自分達もそれに続かないわけがなかった。
「何も難しいことはない! 二人の後を追いかければ済むことだ!」
その掛け声が全軍の気持ちを代弁していた。
「……うわわ」
アルバーナ軍の士気は最高潮に近いが、それでも五百人以上の人の集まりのためどうしてもムラが出来る。
「大丈夫よアルア、貴方は貴方の役目を果たして」
「クーク先生……」
そう。
中央に位置するのはクーク率いる子供部隊であった。
彼等の役割は前線の援護。
白魔法使いは重傷を負った兵の応急手当てを行い、黒魔法使いは味方の向こうにいる敵に魔法を浴びせる。
子供といえども一年間みっちり訓練を受けた猛者。
お荷物どころか物理面、精神面の両方でなくてはならない存在であった。
「怖いよお」
しかし、それでも子供達はまだ十代に満たない年ごろ。
周囲を大人達に守られているとはいえ殺意と懇願、憎しみや悲哀が混じり合う戦場の空気は彼等を怯えさせるに十分である。
「大丈夫よ、マール」
泣きべそをかく子供達の元へと向かい懸命に元気付けるのはクーク。
彼女はこの戦場であっても普段の時と変わらず優しい微笑みを浮かべて励ましてくれる。
それがどれだけ子供達にとって救いなのかクーク自身も知らないだろう。
「私達はあの旗の元へ進めば良いの」
クークが指差した先にあるのは旗を掲げたアルバーナの後ろ姿。
四方八方を敵に囲まれ、目的地に辿り着く前に力尽きてしまう公算が高い。
しかし、そうにも拘らずアルバーナの背中からは覇気が吹き出し、全員に彼なら何とかしてしまうだろうと思わせてしまう。
「これが善か悪かなんて後で考えれば良いの。ただ、今はユラ――いえ、王へと続く道を塞ぐ障害を片付けましょう」
クークはそう励ますとマールは顔を上げ、眼前の敵兵を薙ぎ払うべく魔法を唱え始めた。
同時刻。
戦場の近くにある小高い丘の上に二つの人影があった。
一方は華奢な少女の陰でもう一方はすらりと長い影。
「うわあ……」
「アメリアの驚きも分かりますよ」
そう、アメリアとアンサーティーンである。
つい先程までは霧が立ち込めて下界の様子など確認できなかったのに、激しい勝鬨が響き渡ったと思うと、サアーっと視界が晴れていった。
そして眼前に現れたのは敵陣をたった一人で駆け抜けているアルバーナと、追いすがろうとするフレリアとメイリス。
そして彼女から大分離れた所で歩兵同士が戦闘を繰り広げていた。
装備も人数も経験さえもはるかに及ばないアルバーナ軍が近衛兵を押しているのは何故か。
それは先頭を走るアルバーナにあった。
彼が旗を掲げて進むからこそフレリアはそこへ辿り付こうとする。
その際にメイリスが魔法によって指揮系統をズタズタに切り裂いているがゆえに近衛兵の能力は半分如何に落ち、その状態で経験も技も関係ないアルバーナ軍が突進を仕掛けている。
片や棒立ち、片や攻撃。
どちらが勝つかなど火を見るより明らかである。
「ボス、何故敵はユラスさんを討ち取ろうとしないのでしょう」
アメリアは当然の疑問を呈す。
「この陣形の要はユラスさんです。例え混乱していようとも敵はそれぐらい気付くはずですが」
「アメリアの疑問はもっともです」
アンサーティーンはアメリアに微笑みかける。
「敵の司令官または起爆剤を討ち取る……常道ですが、そんな正論が言えるのは遠くで俯瞰している私達だからです。戦場に入れば冷静に考える余裕なんてありませんよ」
そしてアンサーティーンはアルバーナを指差して。
「彼の進行方向にいる兵の表情を見てみなさい」
「はい」
アンサーティーンの言葉に従い、目を細めるアメリア。
「……例外なく恐怖を浮かべています。中には馬を斬り付けようとする兵もいますが、ユラスさんが一睨みすると硬直しま――あ、その者が今跳ねられました」
空中高く舞い上がったその兵の唯一の救いといえば一瞬で死んだことだろう。
しかも兵が竦み上がる現象は一回だけでなく、アルバーナの進むところに起きている。
つまり敵もアルバーナを何とかしようとするものの、彼の目の前に立つとそんな気力も勇気も消え失せてしまい、ただ路上の石ころと化してしまっていた。
「その通りです。狂気が支配する戦場にあってもアルバーナ様はその存在感を発揮しています。ゆえにあの場所はもはや戦場ではありません、王の御前です」
王とは不可能を可能にし、妄想を現実へと変え、大衆に希望を与える。
また、敵を傍観者へ、傍観者を味方へ、そして味方を精強な兵へと変える無茶苦茶な存在。
「あれが……王たる人物」
アメリアがポツリと漏らす。
「お伽噺の中でしか登場しないと思っていませんでした」
「フフフ、アメリアは若いですからね。それも仕方ありません」
アンサーティーンはアメリアの頭をポンポンと叩く。
「しかし、アメリアは非常に運が良い。何故ならこの若さで王を知ることが出来たのですから」
例え天寿を全うしたとしても、王の器を持つ人物と出会うのは一度か二度。
それぐらい希少な出会いに加え、アメリアはこれから大幅に伸びる時期へ入る。
アルバーナの存在がアメリアの成長にとって大きな要因となることは間違いなかった。
「アメリア。これから先、アルバーナから離れてはなりません。彼の言葉、行動、仕草、全てを知り己の血肉へと変えるのです」
さらにアメリアはアルバーナの気質とよく似ている。
同じ特攻型ゆえにアメリアが学ぶべき点は多いだろう。
「はい! 分かりました!」
その事実を知っているか否か。
アメリアはそこまで考えたのかは分からないが、威勢良く返事をしたことは分かる。
「フフフ、良い子です」
そんなアメリアをアンサーティーンは生徒を褒める教師の様な微笑みを浮かべた。
「第五防衛陣突破されました! 残るは最終のみです!」
「そんなことは言われなくとも分かっておるわい!」
返事の代わりに伝令兵を蹴り飛ばすマルグレット。
今、彼の苛立ちは頂点に達していた。
己の国民を誑かし。
メイヤー宰相を裏切らせ。
果ては勝ち戦を負け戦へ変貌させた。
「おのれ! ユラス=アルバーナ!」
己の予想を悉く(ことごとく)裏切らせた存在にマルグレットは吠える。
「――呼んだか?」
その咆哮と同時に兵による壁を乗り越え、颯爽と登場したのは漆黒の王。
いかに覇気が凄くとも武器を持たず特攻したのは相当なダメージがあったらしい。
彼の衣服は所々擦り切れ、全身を赤模様へ施したアルバーナは大きく肩で息をしていた。
「久しぶりというところか? 王よ――いや、マルグレット」
が、彼は取るに足らない些事とばかりに堂々とした態度を崩さない。
すでに馬に乗ることすら辛いはずなのに、そんな雰囲気などおくびにも見せなかった。
「ほう、わしを呼び捨てか? アルバーナよ」
アルバーナの王としての立ち姿に感銘を受けたのかマルグレットの声から怒りが消える。
「クカカ、何ともまあ面白い青二才よ」
マルグレットの笑いには嘲笑も侮りも無い。
ただ、何の武器も持たずここまで乗り込むという己には出来ない所業をやってのけたアルバーナに対する敬意があった。
「しかしな。その快進撃もここまでじゃな」
マルグレットは愛用の武器である戦斧――斧が人間の頭の二周り大きく、支える柄も女性の太ももほどあるそれを構える。
マルグレットの愛馬もそこらの馬では比較にならないほど巨大ゆえに、アルバーナと対峙する姿はまるで大人と子どもに見えた。
「最後の手向けじゃ。引導はトルメギス王国の王であるわしが行うとしよう」
血と脂が沁み込んだ戦斧の先端をアルバーナに向けながらそう宣言する。
マルグレットが余裕を取り戻したのは、アルバーナと自身の戦闘力の彼我を見極めたからか。
片や戦闘向きでない体の上に傷つきながらここまで馬を走らせた満身創痍なアルバーナ。
片や根っからの戦好きの上、長大な戦斧を片手で構えられるほど力があり待っているマルグレット。
人間というのは現金なものであり、己にとって都合が良い未来を無意識に信じて勝手に機嫌が良くなるものである。
「皆のもの! 手出しは無用じゃ! さあ、掛かってこいアルバーナよ。お前の野望を粉々に打ち砕いてやろう」
そう声高に宣言する様子から、マルグレットも一般人と同様の感性しか持っていなかったのだろう。
「分かってないな、マルグレットよ」
ゆえに間違える。
他の者ならともかく、アルバーナに対して一般の尺度で測るということがどれだけ危険なのか。
悲しいことにマルグレットはこれまで散々彼に煮え湯を飲まされてきたのにも関わらず、一向に学習していない。
その場の誰もが――マルグレットも含めた全員がアルバーナに気を取られ、彼の後ろからやってくる刺客に気付けなかった。
「魂が剣を持つ必要はない! 敵を打ち払う役割を持つのはその両手だ! 行け! フレリア=イズルードよ!」
「言われなくとも分かっている!」
アルバーナがそう命令すると同時に、彼が開けた穴から猛スピードで白馬が駆け抜ける。
そう、フレリア=イズルードである。
「ぬあ!? 卑怯者め!」
てっきり一対一で打ち合うと予想していたマルグレットは驚きで目を見開くが、すぐに防御姿勢を取る。
出鼻を挫かれ、フレリアに先手を許さなければならなくなったのに口元に笑みを浮かべているのは迎撃できる余裕があるからだろう。
急所さえ貫かれなければ後に白魔法使いで治療することが出来る。
むしろ接戦になってくれれば細身のフレリアなど簡単に吹き飛ばすことが出来る。
そう考えたが故の気の緩み。
「両手を使って勝てないのであれば頭で考えて勝つ……メイリス! 遠慮はいらん! 残りの魔力を全てフレリアの持つミスリルの槍に込めろ!」
「……言われなくても」
アルバーナが命令するより先にメイリスはすでに魔法を唱え切っており、槍が徐々に冷気に覆われる。
「なあ!? な、何だその槍は!」
マルグレットは魔法を付加させた武器を始めて見たのだろう。
しかし、トルメギス王国がある南部地域は魔法使いの存在自体が定着していないのに加え、自身も魔法が使えないことから、知らぬのも無理ないと言える。
ミスリルという金属自体が高価なのに加え、魔法に関する資源や人材が魔法国家イゼルローンを始めとした西部地域が独占しているため他の地域に出回ることなどそうない。
アルバーナもギール商会の助けが無ければ子供だけとはいえ魔法使い部隊が使用する杖を手に入れることは叶わなかった。
「くそっ、まあ良いわ」
悪態を付きながらもマルグレットは急所である顔面に戦斧を構える。
胴体部分は頑健な鎧で守られているため頭さえ無事なら問題ないと判断したのだろう。
「こい! 一発ぐらい耐えきってみせる!」
重ねて言うが、マルグレットは魔法使いの存在を重要視していなかった。
彼はもう少し知るべきだっただろう。
何故西部地域の国々が必死に魔法に関する事柄を独占・隠蔽しようとするか。
その答えは今、現れる。
「は……」
そんな間抜けな声漏れがマルグレットの遺言となった。
冷気を帯びた槍がマルグレットの肢体に触れた瞬間、彼から全ての熱を奪い去って凍死させた。
結局、マルグレットが死んだのはアルバーナの存在でも、魔法の存在でもない。
過去から学ぼうとしないその愚昧さがアルバーナを呼び寄せ、魔法によって命を絶たれてしまった。
バランスを失ったマルグレットの遺体はバランスを崩して落下する。
凝固した物質は衝撃に弱い。
その真理通り、マルグレットは大小様々なブロックに分かれ、跡形もなくなってしまった。
……
マルグレットの崩御が信じられないのか、それとも魔法の威力に唖然としているのか。
辺りには痛いほどの沈黙が満ちている。
パチ、パチ、パチ。
息を呑む音すら聞こえそうなほどの静寂の中、寒々しい拍手が響き渡る。
「素晴らしい働きだった。フレリア、そしてメイリス」
その根源はアルバーナ。
彼は不敵な笑顔を浮かべながら。
「二人の活躍によって俺達は勝利した。その事実は何人足りとも覆せない」
そして彼は傍にいる者など吹き飛ばすとばかりの声量で。
「マルグレットは死んだ! この戦! 俺達の勝利だ! 全員武器を下ろせ!」
その獅子吼によって近衛兵は項垂れ、逆に中陣程まで進行していた味方が歓声を上げた。
「あ~、済まん。フレリア」
皆が呆然としている中アルバーナはフレリアが乗っている白馬に近づく。
「どうした?」
フレリアもこの結果に興奮しているらしい。
その声音は弾んでいるように聞こえる。
「俺の体はもう限界らしい。済まんがクークを呼んできてくれ」
そんなフレリアにアルバーナは気軽気に頼み込む。
確かに無茶な突撃を敢行したアルバーナの体はボロボロで、これで地面にうつぶせば死人と間違われてもおかしくなかった。
「大至急頼む。ちょっと気が緩めば死んでしまいそうだ」
そんな物騒な言葉を笑いながら言うから判断に困る。
しかし、どう見てもアルバーナの傷は重症だったため、メイリスを下ろしたフレリアは白馬に鞭を打ってクークの元へと向かった。
「……ユラス」
そして残されるのはいつの間にか馬から降りていたメイリス。
彼女はチョコチョコとアルバーナの下に移動した。
「ん? どうしたメイリス?」
そんなメイリスにアルバーナはニカッと笑いかけるがメイリスはニコリともしない。
「いや、まあ俺もやり過ぎたと思っているけど」
長年の付き合いからメイリスの表情については詳しいアルバーナ。
この時の無表情というのは相当オカンムリな証拠である。
「無鉄砲すぎ」
「まあ、そうだよな」
アルバーナは肯定する。
「俺も同じことを出来るなんて思わない。次やったら確実に死ぬな」
今回は相手に“まさか”と思わせられたから勝った。
次回からは“やはり”になってしまって驚きが半減してしまい、冷静に対処する余裕が生まれるだろう。
「まあ、俺は大博打に勝った」
国を創る。
そのリスクは青天井の如く高かったがその分リターンも大きい。
アルバーナは晴れて一国の主となったため、堂々とヨーゼフ翁の方針を取ることが出来る。
物事を進める際には上流に近ければ近いほど良いのである。
「爺さんも喜んでいるだろう」
アルバーナはヨーゼフ翁が眠っているであろう方向を見やる。
「爺さんの悲願だった教育国家の誕生……ついにそれが現実のものとなるんだ」
「喜んでいないんじゃないかな?」
しかし、メイリスはアルバーナの感慨を阻害する絶対零度の視線を浴びせながら。
「むしろ『ユラス! お前は何時も無茶ばかりしよって!』と激怒している可能性が高い」
「……否定できないな」
その光景が想像出来過ぎてしまうためアルバーナは苦笑するしかなかった。




