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第四話 全員集合

「よく眠れたかメイリス?」

 翌朝。

 コンコンとメイリスの部屋のドアのノック音で目を覚ます彼女。

「うん、大分」

 寝ぼけ眼のメイリスは瞼をこすりながらドアを開けて挨拶をする。

「それは良かった」

 メイリスの答えに機嫌良く頷くアルバーナ。

「ユラス、何かあったの?」

 今回のアルバーナはいやに優しい。

 何か裏があるのかと勘ぐるメイリスだが。

「……メイリス、俺はお前をどう見てるんだ?」

 アルバーナが本気で呆れている様子からその態度に裏があるわけではないらしい。

「いや、だってユラスに優しくされたことってあんまりないし」

 これまでの記憶を振り返ってみてもアルバーナが自分を慮ってくれたことなど皆無に等しい。

 ゆえにメイリスの疑問は仕方のないことだが。

「それならメイリスの希望通りに接してやろうか?」

「ごめんなさい、それは止めて」

 アルバーナのこめかみがピクピクと動き出したことからメイリスは引き下がった。

 下手に藪をつついて蛇を出すことなど愚の骨頂である。

「まあ良い……フレリアが来るまでに朝食を済ませておくか」

 コホンと咳払いしたアルバーナは銅貨を数枚メイリスに渡す。

 これで好きな物を買えということなのだろう。

「何時にどこ集合?」

 時間と場所さえ決めておけば後は如何様にもなる。

 昨日はロクにものが食べられなかったので、メイリスは早い所何かを胃に入れたかった。

 メイリスの質問にアルバーナは手を顎に当てて。

「そうだな……一時間後に停留場に集合といこうか」

「え? もう出るの?」

 メイリスが驚いたのは、もう王都を出る事実である。

「ああ、王都に寄ったのは単にフレリアが欲しかっただけだからな。目的を果たしたのだから長居する必要はないだろう」

「それはそうだけど……」

 メイリスとしてはもっと王都にいたいのだが、もちろんアルバーナはそんな意志など汲み取らない。

「フレリアにはすでに伝えているが、俺達は馬車で南の国境線まで向かう予定だ」

 あっけらかんとそう言い切るアルバーナだが、僅か一時間足らずの間に準備など出来るであろうか。

 寝袋や食料などどう考えても丸一日必要だ。

「……一応付け足しておくが、野宿の用意など旅先に必要なものは国境線近くの街で揃えるぞ。あそこの方が南部に適した道具を売っているからな」

「なるほど」

 こんな簡単なことに気付かないとは。

 寝起きに加え、空腹で頭の回転が悪くなっていたらしい。

 早い所何かを買いに行こう。

 そう決意したメイリスだったが。

「――あなたがアルバーナ様とカナザール様でございますね?」

 後ろから物腰の低い精悍な青年が丁寧にそう尋ねて来られたので、出鼻を崩されてしまう。

 背はアルバーナより高いが、ヒョロっとしており力強さは感じられない。柔和な笑みと丁寧な対応と相対する、灼熱を連想させる見事な赤髪のコントラストが彼の存在を際立たせていた。

(一体誰?)

 メイリスの中で様々な憶測が浮かんでは消える。

 アルバーナもメイリスも突然現れた青年と接点を繋いだ記憶が無い。

 ならば挙げられる可能性は先日の酒場での出来事。

 フレリアを勧誘する際の演説が王国関係者の耳に入り、その言葉の真意を問いただそうとしていると考えるのが妥当か。

(これはかなり不味い)

 アルバーナの性格上、ヨーゼフ翁の説を堂々と主張するだろう。

 そうなった場合、最悪投獄であり良くても監視が付けられてしまう。

 どちらに転んでもマイナスになってしまう状況に心中で頭を抱えるメイリスだが。

「残念だが人違いだ」

「え?」

「は?」

 アルバーナは無関係とばかりに手を左右に振った。

 予想外な行動にメイリスも青年も戸惑う。

「さて、メイリスよ。俺もそろそろ朝食を取ってくるからな。また一時間に会おう」

 呆気に取られている二人を置いていくように進み始めるアルバーナ。

 もし青年が一般人だったならこのまま大人しくアルバーナを見送っているのだが。

「申し遅れました、私の名はイクサス=アンサーティーンです。大陸中に展開しているギール商会の、ラクシュリア王国を担当している者です」

 アンサーティーンと名乗る青年は相当のプロなのか、表情一つ変えずに横を通り過ぎようとしたアルバーナの肩を掴んだ。

「お前があっても俺に用など無いのだけどな」

 アンサーティーンの指が白いことから相当な握力を込めているはずなのだが、アルバーナはただめんどくさそうに手を払いのけようとするだけ。

 あまり痛くないのか、それとも内心の動揺を悟られないための演技か。

 どちらにせよ二人の間で駆け引きが行われていることをメイリスは感じ取った。

「お二人ともまだ朝食がお済みでないのでしょう」

 アンサーティーンはニコニコと笑みを浮かべながらそう提案する。

「この宿屋において最高級の食事をご用意させました。もちろんお代は頂きませんのでご一緒願います」

「……そうか」

 アンサーティーンの好意にアルバーナは少しの沈黙の後肯定する。

 メイリスの予測によると、アルバーナは十分な譲歩を引き出したから誘いに乗ったのだろう。

 ここまで立場の高い人間が出てきたのなら、遅かれ早かれ席に着かされるのは必然。

 ならば少しでもこちらが得する状況をアルバーナは望んだのだと推測する。

(強かというか、欲深いというか)

 転んでもただで起きないアルバーナにメイリスは呆れの吐息を洩らした。


 冒険者御用達の宿屋ゆえに全ての食事の値段は低価格といえども、それなりの金を払えば相応の料理を出してくれるものらしい。

 焼きたてのライ麦パンにとれたての卵を使ったハムエッグに加えてデザートやドリンクといった朝のフルコースがメイリスの眼前に揃っていた。

「うわあ……」

 田舎村においてここまで料理を並ぶということは皆無であるがゆえにメイリスが感嘆の声を上げるのは仕方のないことだろう。

「中々豪勢だな」

 メイリスから見てもアルバーナは多少興奮している様だった。

「どうぞ、お食べ下さい」

 メイリスの右斜めに座っているアンサーティーンは害のない笑みを浮かべながら二人に料理を勧めた。

「その前に一つ聞きたい」

 が、アルバーナは料理へ手を付ける前に問う。

「あんたは本当にギール商会の者か?」

(そこは気になる所)

 メイリスは心の中でアルバーナに賛同する。

 昨日の酒場での演説が上に報告するほどの出来事だとしても、ラクシュリア王国の総責任者がこんなに早く自分達を訪れるだろうか。

 あまりに早過ぎる。

 商会の名を借りた詐欺師と推測する方がしっくりきていた。

「その理由には三つあります」

 アンサーティーンは表情を変えずにそう告げる。

「一つはこの国におけるギール商会の規模はそう大きくありません。ゆえに下の報告はすぐに私の元へ届きます。二つ目はあなたのことを知ったのは夜でありません、夕方です。そして最後の理由は何よりも……」

 ここでアンサーティーンは一息を入れて。

「昼間、アルバーナ様がレクチャーして頂いたアメリアがあなたを相当な勢いで推薦したのです」

「あの人か……」

 アメリアという名を聞いて思い出すのは昨日の露店街での出来事。

 あの時はアルバーナの奇行に目が行ってしまい、アメリアの詳しい素性を知る機会が無かった。

「……ユラス、もしかしてここまで狙っていた?」

「馬鹿言えメイリス。俺はそこまで計算していない。ただ数ある露天商人の中でアメリアが目に付いただけだ」

 もしアルバーナが嘘を付いていないなら性質が悪い。

 あの露天商街においてアメリアより幼い少女などいなかった。

 つまりそこから推察される事実は――

「メイリス、断っておくが俺は断じてロリコンではないぞ」

 メイリスの思考を予測したアルバーナは不本意だと言わんばかりにそうくぎを刺しておいた。

「これでアルバーナ様の疑問は解決しましたか?」

 蚊帳の外に置かれていたアンサーティーンが話題を戻す。

「ああ、大体は」

「それは良かったです。さて、本題は食事をとりながらにしましょうか。何せ私も朝食がまだでしてね」

「そうしよう」

 空腹なのはアルバーナもだったらしい。

 近くに置いてあったライ麦パンを千切って口の中に運ぶ。

「やっと食べれる」

 その光景を見たメイリスはようやく食事にあり付けると安堵していた。


「アルバーナ様のご活躍は耳にしております」

 食事中、アンサーティーンがそう口火を切る。

「アメリアが担当していた商品を全て売りさばいたとか。あのレベルの品物を完売させるのは感服の一言です」

「それ? どういう意味?」

 フォークを置いたメイリスはアンサーティーンを睨み付ける。

「売れないのを見込んでそんな真似をしたの?」

 メイリスはアメリアと少ししか会っていないが、それでも素直な良い子であることは分かる。

 あんな健気な子を嵌めるような真似をしたアンサーティーンにメイリスは嫌悪を覚えた。

「当然です。彼女は私のグループの中でも成績が最下位でしたので。売れない者には売れないなりの罰を与えるべきでしょう?」

 が、アンサーティーンは微笑を崩さない。

「他の商人は平均して七割近くの売り上げを出しているのにマーガレットだけは三割……これで平等に接すれば結果を出している商人が報われないでしょう」

 アンサーティーンの言う通り、頑張った人間もそうでない人間も同じ扱いを受けるのであれば頑張るだけ損だ、適当に手を抜こうという心が芽生えてしまう。

 その心は個人を腐らし組織を死に誘う猛毒。

 その芽を摘み取るための処置を行うアンサーティーンの眼には柔和な笑みと反比例する厳しい覚悟が見て取れた。

「……俺からすれば同じことなんだけどな」

 両手を止めてアルバーナは呟く。

「八割売り上げようが、九割九分売り上げようが、完売をさせなかった時点で全く売り上げ無かったことと同じだ」

 アルバーナの確たる言葉にメイリスは黙り込む。

 オール・オア・ナッシング。

 〇か百かであり、中間など無い。

 出来なかった時点でそれは弾劾されるべきだという極論である。

「確かにその通りです」

 しかし、予想に反してアンサーティーンは同意する。

「目標に達せなかった以上、九割でも罰を与えるのは理に適っています。しかし、それでは努力した者が哀れでしょう。きめ細やかな評価が人をやる気にさせます」

「クツクツクツ、哀れってか」

 アルバーナはアンサーティーンから飛び出した言葉に喉を鳴らす。

「アンサーティーン、あんたは責任を負う役職に向いていないな」

「ほう、何故そうお考えになったのですか?」

 プロであるアンサーティーンもアルバーナの暴言は聞き逃せなかったのだろう。

 柔和な笑みを浮かべながらも催促してくる。

「迅速な対応。出来ない者に対する見せしめ、細かな評価基準……制度としては立派だ。しかし、俺の予想によるとそれに見合うだけの成果が出ていないのではないかな?」

「……」

 沈黙を肯定と受け取ったアルバーナは続ける。

「アンサーティーン、あんたは人の扱い方をよく知らない。いや、利害や恐怖以外で人を動かせる術を知らないと言うべきか」

「ほう……」

 アンサーティーンの表情は全く変わっていないため、心の機微を読み取ることはできないが、少なくとも動揺はしているだろう。

「だからアンサーティーン、あんたが使えないと言って捨てたアメリアを俺に寄こせ。俺がああいったタイプをどうすれば伸びるのかその手本を見せてやろう」

「……ずいぶんと大きく出ますね」

 アンサーティーンは調子を取り戻したのか、ようやく口を開く。

 その口調に僅かな苛立ちが含まれていることは気のせいで無いだろう。

「あなたが何処で何をするかは私の存ずるところではありません。しかし、私がその気になればあなたの企みを頓挫させることが出来るのですよ?」

 片や大陸中を股にかける大企業の幹部、片や何の権力も無い一青年。

 どう考えてもアルバーナは平伏するべき立場なのだが。

「ほら、恐怖と利害しか口にしない」

 不遜にもアルバーナはそう切り返したので、アンサーティーンは閉口するしかなかった。

「……私がそれらでしか人を縛られないことは良く分かりました」

 仕切り直しとばかりにアンサーティーンは眉間を揉む。

「では問いましょう。アルバーナ様は何を持って人を動かすというのでしょうか?」

「決まっている、夢だ」

 間髪入れずアルバーナは即答する。

「俺は国を創る。それも何処かの政策や理念を真似した紛い物ではない。正真正銘、国民の、国民による、国民のための国家だ」

「……なるほど」

 アンサーティーンはアルバーナの言葉を吟味するかの様に口の中で転がす。

「それは崇高な使命です。では聞きますが、アルバーナ様の望む国家建設のための手段は何でしょうか? 軍事ですか? それとも経済ですか?」

「教育だ。人が人足らしめる要素――知恵を最大限育ませる国家を創り上げる」

 人と動物を分ける決定的な違いは何か。

 それは未来を予測できる力――知恵にあるとヨーゼフ翁は論じていた。

 ゆえに知恵を付けるための最適な手段として教育を根本に置くというわけである。

「ほう、それはそれは見事で――」

 さらに質問を重ねようとしたアンサーティーンだが、何かに気付いたのかハッとした表情を作って首を振る。

「これがアルバーナ様の仰る夢の力ですか……」

 アンサーティーンは感嘆した声音で呟く。

「いつの間にか国家が出来る前提で意見を拝聴していました。なるほど、やはり貴方は何かを持っている」

「……何の真似だ?」

 と、同時にアンサーティーンは驚くべき行動に出る。

 何の脈絡もなくテーブルに額をこすりつけて謝罪をしたのだ。

「私は貴方を試していました、そのご無礼をお許し下さい」

 その言葉から察するに、彼がアメリアに対する仕打ちも分かっていて言い放ったことになる。

 そして敢えてそんな言葉を使ってアルバーナの反応を確かめた理由はただ一つ。

「アルバーナ様、もし貴方の大事業に置いて資金や物資が必要な場合、アメリアを通して私にお伝え下さい。ギール商会はアルバーナ様に対して望む限りの融資を行いましょう」

 そう、アンサーティーンはアルバーナの人物を探ろうとした。

 彼に賭ける価値はあるのか。

 アンサーティーンの態度を見る限り、アルバーナは彼のお眼鏡にかなったらしい。

「そうか、それは嬉しい」

 アルバーナもこの成果に大満足なのかテーブル越しに右手を差し出す。

「アンサーティーン、これから長い付き合いになる。よろしく頼む」

 そしてアンサーティーンもアルバーナに答えるかの様に彼の右手を取り。

「ええ、こちらこそ。末長いお付き合いを希望します」

 ユラス=アルバーナとイクサス=アンサーティーン。

 この二人の邂逅が世界に対してどう影響を与えるのかメイリスは分からなかったが、もしアルバーナが国を創れば、歴史に残る場面になることは想像に難くなかった。



「だからそれは偶然だ! 決して意図したわけではない!」

 アルバーナは拳を振り上げて潔白を訴えるも周りからの圧力が下がるわけでもない。

「ほう、つまり無意識で行っていたのだな。なおさら性質が悪い」

 と、フレリアから駄目出しを喰らう始末である。

「何故だ? 何故こうなった?」

 アルバーナは内心頭を抱える。 

 彼は史上最大の窮地に陥っていた。

 アルバーナはその性格上、奇異な視線に晒されることが多いのである程度抵抗が出来ている。

 そして国を創ろうというのだ。

 いわれのない非難も無責任な評論も全て受け入れる覚悟がある。

 しかし、それでもなお今の状況は針の筵であった。

「状況を整理しよう」

 待ち合わせ場所にギール商会から派遣されたアメリアがいたのは良い。

 メイリスも待っていた。

 そして時間きっかりにフレリアが来たことにアルバーナは内心口笛を吹く。

 だがしかし。

「すまんな、クークがどうしてもと頼み込むから連れて来てしまった」

 フレリアを釣るために利用した彼女がフレリアと共に来たことは想定外であった。


「は、始めまして。私はクーク=バースフィールドです。白魔法使いです」

 頭巾から栗色の髪の毛が見え、大きな瞳とブカブカなローブから小動物を連想させる。

 フレリアの後ろに隠れて挨拶する様子も相まって庇護欲を非常にそそる。

「白魔法使いか……」

 まあ、そんな個人的嗜好は脇に置いてアルバーナは腕を組んでクークを吟味する。

 白魔法使いというのはメイリス達魔法使いと対をなす存在であり、主に癒しを司っている。

 攻撃魔法も使えることには使えるが気休め程度であり、それよりも白魔法使いの存在によって軍の士気が上がるため、多くの場合で魔法使いより重宝されている存在である。

「結構使えるかもな」

 行き先である南諸国は不安定な国が多く、倫理をものともしない悪党が幅を利かせている地域もある。

 そしてアルバーナはその一地域を乗っ取って国を建国する予定であった。

 よそ者が国を創ろうというのだ。

 対話(相互理解)や多数決(協調)よりも血(犠牲)と鉄(軍隊)で訴えなければならない場面がどうしても出てくるだろう。

「やれやれ、本当に爺さんは凄いよな」

 アルバーナはヨーゼフ翁の慧眼に感謝する。

 ヨーゼフ翁は軍隊の存在を嫌悪しているが否定はしていない。

 ヨーゼフ曰く、力こそ全てだという教育を受けてきた者に対しては、こちらも力を示さない限りまともに話し合ってもらえないという。

 話し合えば必ず理解してくれるとほざく理想論とは一線を画す説にアルバーナは今でも心服していた。

「……って、おい? 何だこの空気は?」

 ここまで考えていたアルバーナだったが場の空気が尋常でなく重いことに気付いて戸惑う。

「……ユラス、あなたが集めたメンバーを見て思う所はない?」

 低く、威圧感のある声の調子で尋ねてきたメイリスの言に従ったアルバーナは周りを見渡す。

 リーダー――ユラス=アルバーナ。

 魔法使い――メイリス=カナザール。

 騎士――フレリア=イズルード。

 商人見習い――アメリア=マーガレット。

 白魔法使い――クーク=バースフィールド。

「中々良いメンバーじゃないか」

 今すぐにでも傭兵団を、しかもどの戦場に置いても必要とされる粒揃いである。

 唯一の懸念は頭数だが、それは彼等の士気を高めて結束させるのはアルバーナの役目であり、そして己の演説は兵士の心を奮い立たすことが出来ると自負していた。

 まあ、アルバーナからすると傭兵団を組織するのは最終手段であり、本当は交渉の席で決着を着かせたいところである。

「あ、アルバーナさん、少し違います」

 フレリアの背から顔を少しだけ出したクークはそう反論する。

「た、正しくはこうです」

 無口系ロリータ――メイリス=カナザール。

 元気系ロリータ――アメリア=マーガレット。

 小動物系ロリータ――クーク=バースフィールド。

 愛玩奴隷――フレリア=イズルード。

 ロリコン――ユラス=アルバーナ。

「おいクーク! フレリアの扱いが酷くないか!?」

 最後まで聞いたアルバーナは思わずそう叫ぶ。

「ひゃん!」

 クークはアルバーナの剣幕に驚いてフレリアの背に隠れる。

「まあ、気にするな」

 最も貶したフレリアの後ろに回るなんて、クークは一体どんな神経をしているのかアルバーナは気になるのだが、当の本人であるフレリアは苦笑して終わる。

「クークはかなりの毒舌家なんだ。悪気はないから許してやってくれ」

「そうは言ってもなあ……」

 限度があるだろうとアルバーナは内心思いつつも、フレリアがクークを許すのであれば己が弾劾するのは筋違いか。

 そう納得することにしたアルバーナだが。

「ユラス、話を逸らさない」

 悲しいことにメイリスによって話題を元に戻されてしまう。

「ユラスはロリコン。それで良い?」

「良いわけがないだろう!?」

 メイリスの指摘に対して反射的に叫ぶアルバーナ。

 確かに外見だけで見れば自分とフレリア以外成人しているとは思えない。

 これでは己がロリコンだと表現している様に見える可能性も――

「外見で人を判断するな!」

 恐ろしい予測を振り払うかのようにアルバーナは声高に否定する。

「爺さんも言っていただろう! 外見や身なりで判断する者や組織に待っているのは滅亡だけだと!」

 表面上だけで人を判断することなど不可能に近い。

 その人の真価が発揮されるのは逆境や非常時に置かれた時のみであり、意図的にその状況を作って判断するのが賢明だとヨーゼフ翁は言っていた。

「ユラス、だから話を逸らさない」

「メイリスよ。俺はそんなつもりなど毛頭ない」

 そう抗弁するアルバーナの背中に冷や汗が垂れる。

 メイリスの言葉通り、話を別方向へ逸らす意図は僅かにだがあった。

 アルバーナは国を創る過程での汚名なら喜んで被るが、それ以外の悪口は出来るだけ避けたいところである。

 どう大人びていようとアルバーナは田舎育ちの青年。

 自分は潔白だと信じたい年頃である。

「あ――」

「何か落ちたぞ、アメリア」

 神はアルバーナを見捨てていなかったようだ。

 少しだけ身じろぎしたアメリアの裾から一片の羊皮紙が落ちる。

 それは何の偶然か風に流されてアルバーナの下に落下した。

「ほう……ここまでの餞別をくれるのか」

 アルバーナはその羊皮紙に書かれてある内容を確認して唇を捲り上げる。

 不敵な笑みを浮かべ、遠い場所に視線を向ける表情は先程のうろたえていた様子など微塵も無い。

 良く言えば勝機を見つけた将軍の眼。

 悪く言えば翼が生えた虎の眼。

「ボスはこれ以上の品物を望むのなら追加で送るという言伝をもらっています」

「その必要はない、今は十分だ」

 アルバーナはそう鷹揚に頷く。

「これだけあれば村の一つや二つ、楽に手に入る」

「おい、それはまさか」

 ここでフレリアが割り込む。

「そう、ギール商会から得られる武器と食糧の目録だ」

 アルバーナは羊皮紙をヒラヒラさせながら瞳を光らせる。

「これと人数を揃え、平和的手段によって南諸国の一部を乗っ取る予定だ」

 そう答えるアルバーナの全身から覇気ともいえる強大な力が放たれていた。


 アルバーナ達の故国であるラクシュリア王国は比較的治安が安定し、国民もそれほど不満を抱いていないため、国を創るなんて行為は相当な困難を要する。

 だからアルバーナはヨーゼフ翁が存命の時から国を創るに相応しい場所は何処なのか考えていた。

 旅人から入ってくる情報と世界情勢を吟味した結果、数多の国家が乱立し常に争っている南方地域に目を付けた。

 合併と吸収、そして分散を繰り返した南諸国に住む人民の心はすでに「誰でも良いから早く助けて欲しい」という疲弊の極地に立っている。

「アルバーナよ、侵略は褒められないぞ」

 フレリアが国同士の約束事を引き合いにアルバーナを諌める。

「国家の行方というのはその国に住む者が決めるものだ。他国である我らがあまりでしゃばるべきでない」

「フレリア、もう南諸国は自浄作用を期待できる段階をとうに過ぎているだろ?」

 フレリアの問いかけをアルバーナは両断する。

「空き家が盗人や咎人の住み処となって他人に危害を及ぼすように、人心を失った国家は速やかに滅びるべきなんだ」

 国家とはその国に住んでいる者のためにあり、それ以外の用途など無い。

「誤解を解いておくが、俺は国の主になるつもりはないぞ。単に国家の骨組みを決めるだけだ……まあ、改修の際に王となる必要があるのなら迷わず冠を抱くがな」

「それでは――」

 権力に染まり、結局は他の野心家と変わらん。

 そう続けようとしたがアルバーナは彼女の唇に手を当てることで制す。

「野心ありと判断すればフレリアが俺を殺すと良い」

 フレリアの視線を逸らさず、真っ直ぐ射抜くアルバーナは続ける。

「俺にとって最大の関心事は爺さんの理念を実現させること。そのことを忘れてしまえば俺は俺でなくなる」

 アルバーナにとって最も恐ろしいことは当初の志を忘れ、他の有象無象と同じ存在に堕ちてしまうこと。

 名誉を、金を、権力を求めて尻尾を振る姿は最も唾棄すべきであり、それが自分も同じことをしてしまうと想像するだけで震えが止まらなくなってしまう。

「まあ、フレリアは爺さんが何を提唱したのか詳しく知らないだろう」

 アルバーナはニッコリと大きく笑みを浮かべた後に手を除ける。

「もし俺を諌めたいのであればメイリスに聞くと良い。俺の行動は爺さんの説が骨子ゆえに、そこから外れることは無いし、あってはいけない」

 それがアルバーナ自身が定めた制約。

 ヨーゼフ翁の提唱した国を創るために鬼でも悪魔にでもなる覚悟を持つ彼を唯一縛るものがヨーゼフ翁の説である。

「この際だから言っておく。もし俺がヨーゼフ=バレンタインが遺した説から、例え少しでも外れるようなことがあれば遠慮は要らない。どのような状況であろうとも迷わず俺を殺せ! それが俺を救う唯一の方法だ!」

 妥協は許されない。

 状況や体裁など、言い訳をした瞬間アルバーナの支えていたものが全て崩れ去る。

 生き恥を晒したくないアルバーナは皆に対していつでも殺すよう頼んでおいた。

「「「……」」」

 アルバーナの決死の覚悟が伝わったのか皆は黙り込み、何も言わない。

 それを了解とみなしたアルバーナは一つ頷いた後、踵を返して目的地へ向かう場所へと赴いた。

「フレリアさん……アルバーナさんがロリコン疑惑はいつの間にか有耶無耶になっていましたね」

「それが奴の上手い所だ。注意しておかないと話をすり替えられてしまうぞ」

 後方からクークとフレリアのヒソヒソ話が聞こえてきたが、もちろんアルバーナが反応することはなかった。


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