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第三話 悪魔の囁き

「何でも好きな物を頼んで良いぞ、メイリスよ」

「……マーガレットから搾取したお金なのに」

「搾取ではない、取引だ」

 アルバーナの大判振る舞いにメイリスはクールに毒を刺す。

 アメリアと別れた二人は近くの活気のある酒場にいた。

 “フレンリア”と銘打たれたこの酒場にはまだ陽が昇っているにも拘らず盛況で、あちらこちらのテーブルで冒険者や傭兵らしい連中が酒盛りをしている。

 そしてその中で一つのテーブルを二人が占領し、先に料理と酒をいくつか注文していた。

「本当にイズルードは来るの?」

 椅子に深く腰掛けたメイリスはアルバーナに問う。

「向こうも仕事の都合があるのだから、その関係で来れなくなるという可能性は」

「安心しろ、それはない」

 メイリスの懸念に対してアルバーナは自信満々に宣言する。

「賭けたって良い、フレリアは必ず来るぞ」

 一体どこからそんな確信が出てくるのか呆れるメイリスだが、アルバーナの性格を思い出して肩を竦める。

 アルバーナはやると決めたら必ずやり、その際の手段は取らない。

 有言実行と唱えればそれらしいが、言い変えると目的のためならば手段は問わない外道とも取ることが出来る。

「荒れなきゃいいけど」

 メイリスの脳裏には激昂したフレリアがアルバーナに斬りかかって刃傷沙汰になっている酒場の光景がありありと浮かび上がってしまった。


 メイリスの懸念は残念ながら現実のものとなってしまった。

 久し振りの再開というのは、通常なら笑顔で歓迎し合うか気恥ずかしげな様子で合流するかのどちらか。

 しかし、アルバーナとイズルードの邂逅はそんな温かいものではない。

「久しぶりと言おうかアルバーナ、この村の恥さらしが」

「お前の得意分野は剣でなく槍だったはずだが?」

 冷徹な怒りを振りまきながら剣をアルバーナの喉元につき付けるフレリアと、生死がフレリアの手に委ねられているにも関わらず、動揺の欠片も見せないアルバーナの姿がそこにあった。

 混じり気のない綿のシャツに麻のズボンなど飾り気のない服装だが、逆に簡素だからこそフレリア自身の魅力を惹き立たせている。

 身長はアルバーナに近いほど高く、腰まで伸ばした金髪は薄汚れた酒場内で輝いているかと錯覚するほど映えていた。

 背筋をしゃんと伸ばし、一本筋の通った声は耳に入るだけで敬礼してしまいそうになる。

 そして何よりも……

「また大きくなった?」

 身長は最後に会った時とさほど変わっていないものの、豊かに突き出た胸は明らかに成長の証が見えた。

「……普通は胸から痩せるものなのに」

 メイリスは己のささやかな丘を眺めながらそうため息を吐く。

 本当に神様というのは不公平だなと、神から最も遠い位置にいる魔法使いのメイリスは毒づいた。

「おお、喧嘩だ喧嘩!」

「わけえって本当に羨ましいな」

「いいぞ! もっとやれ!」

 メイリスからすると物騒な状況なのだが周りは面白い見世物程度にしか思っていないのか、取りたてて喧騒が変わることはない。

 もしかしてアルバーナはそこを織り込んでこの酒場にしたのだろうか。

「……それは考え過ぎかな」

 騒ぎを起こされる前提での説得なんて、仲間に引き入れる気があるのだろうか……が、アルバーナならやりかねない。

 どう捉えるべきか混乱するメイリスをよそに状況は推移する。

「お姉さん、エールを三つ」

 剣を摘まみ、下に下ろさせたアルバーナは近くの売り子に注文する。

「はーい」

 売り子のお姉さんも場数を経験しているのだろう、スマイルを浮かべて了承した。

「メイリスは苦いエールよりも甘い蜂蜜リンゴ酒の方が良いだろうが、最初は我慢してくれ」

「何で?」

 どうしてあんな苦い物をわざわざ飲まなくてはいけないのかと言外に訴えるメイリスにアルバーナは頭を掻きながら。

「何でって聞かれてもな……それがラクシュリア王国の酒場のルールだからとしか言えないな」

 アルバーナはそう答えるが、メイリスは全然納得していない。

 祭りを欠席する、村の守り石を道端にあるただの石にすり替えるなど風習どころか決まり事さえ守らないアルバーナのどの口がそんなことを言うのか。

 そんな疑問が湧いてきたメイリスだが。

「そうだぞカナザールよ、それが酒場での決まりごとなのだから守らねばなるまい」

「そういうことか」

 フレリアがアルバーナの言葉に賛同したことから彼の真意を知る。

 どうやらアルバーナ自身もフレリアの心証を下げるのは好ましくないらしい。

 あれほど殺気だっていたフレリアだったが、今は心なしか怒りが収まっている。

 まあ、そうは言っても。

「……焼け石に水だと思うけどなあ」

 再開早々剣を突き付けられるほど悪化した関係だと、この程度の小細工程度でどうにもならないと考えるメイリスだった。


「乾杯」

 アルバーナがその言葉と共にジョッキを掲げるとメイリスとフレリアがそれに続く。

 そして一斉に飲み始める三人なのだが、アルバーナが一息で半分ほど減らした時に、フレリアはジョッキ全てを空にし、反対にメイリスは一口分しかエールを含まなかったことを鑑みると、酒の好みが顕著に表れていた。

「同じエールで良いか?」

「よい、自分の分は自分で注文する」

 ここは全てに対して厳しいフレリアらしい言葉だとアルバーナは苦笑する。

 しかもご丁寧に割り勘だと言ってくるのだから強情さは筋金入りだな。

(さて、どう話を切り出すか)

 アルバーナはジョッキを傾けながら思い描いていたシミュレーションを繰り返す。

 フレリアの状態によって数種類の文句を揃えていたアルバーナだったが、まさかここまで己を嫌っているとは想定外。

(やれやれ、そんなに俺の接触方法が癪に障ったのか?)

 アルバーナはフレリアとのアポを取りに行ったが、彼女はにべもなく断ってきた。

 玄関から入れさせてもらえないのなら、勝手口から入れば良いと考えたアルバーナはとある一計を立てる。

 それはフレリアの人間性である高潔な部分を利用すること。

 人の弱みに付け込む方法は決して褒められないのだが、そこは外道なアルバーナ。

 人の良さそうな騎士団員に接触したアルバーナはあの手この手の話術を用いて籠絡し、その騎士団員の仲介の下、約束を違えればその者に迷惑がかかる状況を作り出してフレリアをここに呼び出した。

 目論みは確かに成功したがここから先をどうしようか。

 敵意を通り越して殺意の域に達した人間をどうすれば説得できるのか。

 アルバーナの思考回路はアルコールが入っているにも拘らずフル回転を始めた。



 フレリア=イズルードは激怒していた。

 まだ二十前半しか生きていないフレリアだが、これ以上己を不愉快にさせる人物など生涯いないと断言出来るほどの怒りを感じた事は始めてだろう。

 フレリアをそこまで怒らせたのは目の前にゆったりとくつろいでいるユラス=アルバーナ。

 他の地域からやってきたらしく、この地方で珍しい黒目黒髪のアルバーナは事あるごとに癪に障ることをしでかしてきた。

 村の決まりごとを守らないのは自分自身の問題だから大目に見よう。

 だが、他人を己の目的のために巻き込むとは何事か。

 アルバーナは良心が痛まないのか?

 フレリアはそんな激情に駆られながらアルバーナの一挙一足を睨みつけていた。

 アルバーナは自分とメイリスの飲み物に加えていくつか前菜を頼み終えた後、フレリアに注目する。

「イズルード、聞くが三つの道があるとする。一、単刀直入の勧誘。二、比喩表現を織り交ぜた説明。そして三、俺のトークショーによる説得。の、どれが良い?」

「回りくどい話など必要ない、一だ」

 フレリアとしてはアルバーナが話し終えたその瞬間に否を付き付けるつもりである。

 そして呆気に取られている間にフレリアは席を立ち、この場を後にする。

 そうすればアルバーナの策略に巻き込まれた団員の顔を潰すことはなくなる。

 その予定だった。

 予定だった、が。

「うん、話は簡単だ。俺は国を創るから手伝ってくれ」

「は?」

 アルバーナの口から飛び出した突飛な話にフレリアは思わず目が点になってしまった。

「同じことを繰り返すのは好きじゃないんだけどな。まあ良い。俺はヨーゼフ爺さんが生涯をかけて生み出した教育国家を現実にしたい。そのために国の治安や軍事の総責任者をイズルードに任せるつもりだ」

「ヨーゼフとは気が触れたお爺さ――」

「何だと?」

 ヨーゼフ翁を批判しかけたフレリアはアルバーナの眼光によって反射的に口を閉じる。

 この時フレリアは竜の尾を踏んでしまったような感覚に襲われていた。

「納得できないか。だったら二へ移ろう」

 沈黙をアルバーナは迷いと受け取ったのか強制的に二の比喩表現を織り交ぜた説明へと移動する。

「フレリア、お前は今の仕事に誇りを持っているか?」

「無論だ」

 アルバーナの問いに即答するフレリア。

「ラクシュリア王国やゼーシル村達を脅かす他国や盗賊から護るこの務めに誇りを感じないはずがない」

 ゼーシル村を襲ってきた盗賊など氷山の一角。

 ラクシュリア王国を憂いさせる存在は陰に陽に様々な形で存在している。

「つい先日もある村を襲撃した盗賊のアジトの殲滅の任に付かせて頂いた。ああいった下衆な存在が健気な国民を苦しめていると考えるだけで反吐が出る」

「反吐が出る……ねえ」

 フレリアの断言にアルバーナはクツクツと喉を鳴らす。

「その割に国民からはあまり感謝されていないようだな。いや、むしろ『どうしてもっと早く駆け付けてくれなかったんだ』と逆に非難される」

「ぐ、それは……」

 アルバーナの言葉にフレリアは詰まる。

 何故なら彼の言葉は真実であることを彼女自身が身をもって体験している。

 盗賊のアジトを襲撃し、全員捕えて当たり前。だが、一人でも残すと無能者だと謗られる。

 ゆえにフレリア達は例え何人か網から逃れても全員捕まえたと報告している。

 それが欺瞞だということはフレリア自身も痛感しているが、かといって真実を洗いざらい話すと自分達への弾劾はともかく、下手すれば能力は低いのに要領の良い治安部隊へと代えられて、さらにその地域の治安が悪化してしまう。

「それに比べて外国へ攻めるための部隊は華やかなこと。成功すれば英雄、失敗しても慰められ、挙句の果てに戦場で血を流すのは金で雇われた傭兵であり、自分達は必ず勝つ場所で戦える……至れり尽くせりだな」

「……仕方ないだろう。外を攻める部隊は異国の地で戦っているんだ。それに比べれば安全な場所で戦える自分たちなんて――」

「その考えがおかしい」

 アルバーナはフレリアに指を付き付ける。

「冷静に考えれば何故莫大な金を払って外に攻め込まなければならない? 戦争によって避難民が発生し、稼ぎ頭を失った一家が路頭に迷い、治安が悪化する。戦争なんて起こっても市民にとって良いことが一つもないのに何故戦争が推奨されるのか?」

「それは他国の脅威から身を守るため」

「そうならば自国の治安を高めれば良い。民衆の壁という最強の要塞を建設出来れば容易に侵略されることはなくなる」

「全てを奪う傭兵の前には無意味だ」

 戦の常套として、いきなり正規軍を派遣することなどまずない。

 普通は国境線上の集落に金で雇った傭兵で襲わせ、治安を乱せて人心を荒れさせ、警備に多額のお金を投入させることから始まる。

「違う、傭兵だからこそ民衆の壁を突破できない。何故なら傭兵は己の命を第一に置いているがゆえに万が一の可能性を恐れる。例え刺し違えようとも祖国を守るという覚悟を持った国民と傭兵は戦おうとは思わんさ。死にはしなくとも四肢の一部が動かなくなった傭兵に待つのは死だけだからな」

「ぐ……」

 フレリアは呻き声を上げる。

 アルバーナの言は傭兵を実際この眼で見てきたかのように言い当てる。

 盗賊もそうだが、傭兵というのは優勢な時は勇敢に戦ってくれるが、少しでも風向きが悪くなればなりふり構わず逃げ出す特性を持っていた。

「ゆえに他国を攻める部隊でなく、民衆の壁を作り出すフレリア達こそが褒められるべきなのだ。だが、何故災いを齎す他国を攻める部隊が称賛されるという逆の現象が起きているのか?」

「……」

 先程の威勢はどこへやら。

 フレリアは完全に沈黙してアルバーナの言葉に耳を傾ける。

「それは国があえてそう教育しているんだ。他国を攻めることは褒められるべきこと、逆に治安を守ることは当然といった内容を刷り込んでいるがゆえにフレリア達の功績は評価されない」

 戦争は一種の権力闘争であり、国民の心を掴むには対外の敵を作り出すのが最も手っ取り早い。

 ゆえに各国はこぞって他国の脅威を煽り、そしてそれらを攻め滅ぼす部隊を称賛する手段を取っている。

「現況の国家運営、もとい教育方針だと国民の憂いは取り除くことが出来ないと俺は確信している」

「だからヨーゼフ殿の教育方針を骨格にした国を創ると?」

 フレリアの言葉にアルバーナは大きく頷く。

「そう、その通りだ。俺の創る国は治安を守る部隊が称賛される国でもある。『いつも守ってくれてありがとう』や『なあに、逃したと言っても一人や二人だろう? だったら後は俺達で何とかするぜ』と国民から言ってくれる教育方針を取る」

 アルバーナの話を要約すると、他国からの侵略から守りかつ国を発展させる最上の方法は自国の民に愛されることである。

 国民一人一人が国の成長のために何が出来るだろうと考え、実行することにより国は大きく発展する。

 そのための第一条件として挙げられるのが明日への不安が無い未来であり、そのために治安部隊は大きな役割を担っているとアルバーナは説いていた。

「尊敬される対象になりたいだろう? 命懸けで守る市民達から受ける労いの声というのはどんな栄誉な金銭に勝る喜びだ。それが」

 そこまで言い切ったアルバーナは喉を潤すためにエールを仰ぐ。

 運ばれて来てからだいぶ時間が経ち、泡がすっかり抜けて温くなっているはずなのだがアルバーナは美味しそうに飲んだ。

「さて、フレリア。どうする?」

 アルバーナの再度の勧誘にフレリアはどう答えるのであろうか。

 残念ながら彼女は顔を俯いているので表情は誰にも分らなかった。

 一分、二分と時が過ぎる。

 そしてたっぷり五分が過ぎた頃、フレリアが動いた。

「……お前の言葉は毒だ」

 そして彼女はゆっくりと立ち上がる。

「客観的に見て何の身分も力も持っていないお前が国を創るなど夢のまた夢だ。なのにお前が口にすると建国が可能の様に思えてくる……これ以上虚言で私を惑わすな」

「虚言とは酷いな、俺はあくまで――」

「くどい!」

 フレリアの悲鳴に近い制止によってアルバーナの言葉を止める。

「私は王国騎士団の一員であり、尊敬できる上司も可愛い部下もおり、何より村の皆の期待を一身に背負っている。頼むからもう黙っていてくれ」

 消え入るかの様な調子で懇願したフレリアはそそくさと逃げるようにこの場を後にする。

「ふむ……」

 そんな様子のフレリアを見たアルバーナは一息吐いた後に立ち上がって。

「メイリス、代金はここに置いておくから好きなだけ食べておけ」

「え?」

 蜂蜜リンゴ酒を飲む手前で固まっていたメイリスに数枚の銀貨を握らせた。

「それじゃあ、食べ終わったら噴水台前に来いよ」

 そう言い残してアルバーナはフレリアの後を追いかけていく。

「え? ちょっと……」

 メイリスは改めて周りの状況を確認する。

 あれ程騒がしかった喧騒はどこへやら、皆静まり返っている。

 酒場に集った皆もアルバーナの迫力に押され、全員がメイリスと同じ様に飲食を中断して彼を注視していた。

「……お姉さん、お勘定」

 さすがのメイリスもこの針の筵の様な状況で平然と居られるほど神経が強くなかったので手早く会計を済ませてコソコソとこの場を退場した。


「はあっ、はあっ」

 フレリアはがむしゃらに走っていた。

 髪を振り乱し、汗を額に張り付けながら走る彼女は一体どこへ行こうというのか、自分でさえ分からず、嫌な夢を振り払うかの様に息を取り乱して全力疾走していた。

「あれは本当にあのアルバーナか?」

 呼吸を整えるために薄汚れたレンガの壁を支えにしたフレリアは呻く。

 故郷を去る前に会ったアルバーナとは似ても似つかない、まるで得体のしれない何かがアルバーナと取って代わったように感じる。

「早く忘れたい……」

 今日起きた出来事は忘れるべきだと考える。

 あんな虚言を聞いていれば自分はとんでもない選択をしてしまう。

 フレリアは不満こそあるものの、現状にある程度納得しているがゆえにアルバーナの戯言に頷くわけにはいかない。

 全てを捨て去る愚鈍な選択をするわけにはいかなかった、が。

「イズルード、俺から逃げられると思っていたのか?」

「なっ!?」

 フレリアの心を惑わせた張本人が不敵な笑みを浮かべて路地裏の影から現れた。

「“どうしてここに!?”は無粋だ。俺は昔からこういうのが得意だったからな」

 アルバーナの先天的才能として人の心――特に弱味を突かれたことによって起こる人間の行動を読むのが非常に上手い。

 アルバーナがいくら傍若無人に振る舞おうとも村から追い出されなかったのは偏にこの才能によるものが大きかった。

「一体……何のつもりだ?」

 震える声でそう尋ねるフレリアにアルバーナは喉を鳴らしながら。

「なあに、二の“比喩表現を使った説明”が上手くいかなかったからな。だから三にすることにした」

 アルバーナの刺す三とは、“アルバーナ特製の演説による勧誘”である。

「……止めてくれ」

 フレリアは首を振りながら懇願する。

 一や二でさえあれほど心を動かされてしまった。

 それより強力な三をやられたフレリアは自分を保つことなど出来ないだろう。

「残念ながらそれは出来ない」

 アルバーナは両手を広げながらフレリアに近づく。

 端目には友好的に見えるだろうが、今のフレリアからすると猛獣が獲物に飛びかかる為の予備動作に見えた。

「っ」

「そんな危ない物を仕舞ってほしいのだけどな」

 アルバーナが困ったようにおどけるのは、フレリアが正中線に剣を構えていたからだ。

 剣そのものは恐怖で震えているものの、剣先はしっかりとアルバーナを捉えている。

 酒場の時も剣を向けられたが、あの時はフレリアが強者であり、弱者であるアルバーナを威嚇していたのに対し、今ではフレリアが追い詰められた鼠の状態になっていた。

「これ以上私に近づくな! もし一歩でも近づけばその首を切り落とす!」

 アルバーナを殺してしまうと、もちろんフレリアは殺人を犯した罪として身分をはく奪の上投獄されてしまうが、それでも構わない。

 アルバーナの言を止めることが出来るのなら例え殺人の汚名を着ようともいとわなかった。

「それじゃあ本末転倒だろう」

 そこまで追い詰めた張本人であるアルバーナはただ笑う。

 下手すれば取り返しのつかない事態に陥るにも関わらず、彼は余裕を全く崩さなかった。

「俺特製の演説と銘打ったが何の事はない。単に俺の欲望をぶつけるだけだ」

 そう前置きしたアルバーナは一歩踏み出し、そして。

「俺はお前が欲しい」

「は?」

 告白とも取れる言葉を言い放ってきた。

「言葉通りの意味だ、俺はお前の全てが欲しい。その髪、声、肢体、能力、何もかもイズルードの全てを俺が独占したい」

「一体何の戯言を?」

 フレリアは訳が分からなくなって視線を左右させるのだがアルバーナは歩みと語りを止めない。

「まあ、本来ならどこか人目に付かない所へ閉じ込めたいのだが。そんな人を玩具扱いする真似を爺さんは許さないから妥協するしかないな」

「だから何を言っている!?」

 耐え切れなくなったフレリアは叫ぶ。

 自分をあれほど心を揺さぶらせておきながら今度は愛の告白をするアルバーナ。

 一体目の前で何が起こっているのかフレリアはついていっていない。

「誤解の無いよう言っておくが、俺はお前に恋愛感情などこれっぽっちも無い。代わりに俺がイズルードに抱く想いは独占欲だ。お前の全てを俺に捧げて欲しい」

「ふざけてい――」

「俺は大真面目だ」

 激昂したフレリアだが、アルバーナはいつの間にか彼女の腰を抱くほど接近していた。

「は、離せ!」

 この状態は不味いと悟ったフレリアは暴れるが、女性と男性の違いが現われてビクともしない。

「同じ言葉は繰り返さない。フレリア=イズルード、お前は俺の物になれ」

 アルバーナの黒眼の奥にある闇より深い色がフレリアを捉えて離さない。

「俺は国を創る。そのためにはお前の力が欲しい、だから全てを捨てて俺の所へ来い」

「わ、私は国や仲間を裏切れない……」

 フレリアはそう抵抗するも。

「イズルード。いや、フレリア。裏切るのではない、救うのだ。訳の分からない社会システムによってもがき苦しむ皆を解放してやるのだ」

「あ……」

 アルバーナの確信に満ちた言葉によってフレリアの体から力が抜けた。


 後日。

 フレリア=イズルードが突然騎士団を辞めて失踪したことが王国騎士団の中でちょっとした噂となった。


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