戦争と平和8
「あれ? マヒルちゃん。懲りないね」
体育館裏の強盗騒ぎの翌日。マヒルはやはり法律書を手に拓也達の前に立ち塞がった。
今は二つの校舎に挟まれた中央に花壇がある中庭で、マヒルと拓也は睨み合っている。
その拓也は左の脇の下に、一人の男子生徒の頭を抱えていた。そして空いていた右手で拳を作り、捩じ込むようにその頭にその拳を押しつけていた。
やはり頭を抱えられているのは明俊だった。痛がるのを我慢するかのように、拓也の脇の下で脂汗をかきながら作り笑いを浮かべている。
「刑法第二百四条――傷害ですよ…… サワラギ先輩……」
「傷害? 相変わらず大げさだね。マヒルちゃん。こんなの普通だろ?」
拓也は目の前の大きな専門書を持った少女をねめつける。そして見せつけるように、拳を更に明俊の頭に捩じ込んだ。
「て、ゆーか、しょーがいって怪我のことだよね。どこー。どこに怪我しんてのー」
和人がふざけたように言いながら、明俊の頭を覗き込む。確かに目につくような外傷はない。
「はは……」
明俊はその間も、乾いたような笑いしか上げなかった。
「じゃあ、暴行です。刑法第二百八条――暴行。『暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは――』」
「私の心は昨日いたく傷ついたわ!」
「だはは! 慰謝料って、やつか? 治樹! たっぷりもらっちまえ!」
マヒルの言葉を取り合わず、拓也の取り巻き達はふざけ出す。
「く……」
そしてマヒルは悔しげに漏らし、
「あはは……」
明俊は力なく笑う。
「俺ら。明俊にジュースおごってもらう約束でね。邪魔だし、どいてくれるマヒルちゃん」
「また…… 刑法第二百三十六条――強盗……」
「人聞きの悪いこと言うなって! 明俊が自分で出すって言ってんだ! なっ! 明俊!」
「う…… うん……」
「はい! だろ!」
「は、はい……」
「ちょっと…… それって脅迫――刑法第二百二十二条で罪に問われますよ。『生命、身体、自由、名誉又は財産に対し――』」
「うるさいな! なら、本人に訊けよ!」
拓也はマヒルに皆まで言わせずに、明俊を前に突き出した。
明俊はつんのめりながらマヒルの前に飛び出す。
「川辺くん……」
「六法さん…… あの…… 大丈夫だから、遊んでもらってるだけだから……」
「そんな……」
「そうだよ! いじってやってるだけだよ! マヒルちゃん!」
「それでいいの…… 川辺くん……」
「法律とか言っても…… 相手を怒らせるだけだし……」
「それは……」
「うぜぇ! いつまでちんたらしゃべってんだ!」
拓也が後ろから明俊のお尻を蹴り上げた。
「――ッ!」
明俊は無言で愛想笑いを浮かべる。声に出せば色々と不利になるのだろう。
「この――」
だが目の前でそんな顔を見せられて、マヒルは黙ってはいられない。それでも何かを言ってやろうと口を開いたその時――
「――ッ!」
マヒル達の目の前で、眩いばかりの閃光が瞬いた。