罪と罰14
「何で、君たちだけ、特別なんだ? 何で僕だけ惨めなんだ? 何で他の人は普通に暮らせてるんだ?」
「川辺くん?」
「六法さんはまだいいよ。ちゃんと勉強した分、力になってる。でも何で黒水晶を手にしたのが、沢良宜なんだ? 何でこんな奴が、苦労せずに力を手に入れてるんだ? 何でそれは僕じゃなかったんだ? 何でそんな簡単ことすら、僕は運に見放されてるんだ?」
「落ち着いて、川辺くん!」
「落ち着く? 何が? それで何か変わるの?」
闇の一部が伸び上がり、ムチのようにしなる。そして回転の力を利用するかのように、周囲にその憎悪振りまくように叩きつける。
「でも、この力があれば、変われる!」
それは勢いを取り戻し、あまつさえ濃度すら増したようだ。壁や床を打ちつけ、その表面を削り出した。もはや刀や剣で対抗できるようには見えない。
「ガーゴ!」
「おう! カズサ!」
だがカズサとカーゴは互いの名を呼び合うと、それぞれに得物を構えた。
「待って! カズサ! ガーゴさん!」
「何だよ!」
「さすがにマヒル殿…… この状況では……」
「待って……」
そう言うとマヒルは一歩前に出た。
「マヒルお姉ちゃん……」
拓也の治療に集中しながらも、ミユリがマヒルの様子に振り向く。
マヒルは意を決したように前に進む。まるで無防備だ。今やカズサとガーゴすら追い越して、闇の塊とでも言うべき相手に向かっていく。
「刑法とかで、僕を止める気なの?」
「……」
「でも、見てただろ? この水晶は持ってる人が動けなくなっても、動きを止めない」
「……」
「沢良宜の奴は、焦って失敗したけど、僕は大丈夫だよ。だっていつも通りだもの。体を貝のように閉じ込めていても、心の中だけで復しゅうするのは、沢良宜の奴のお陰で慣れてるしね!」
「……」
マヒルは明彦が憎悪に言葉を吐き捨てている間も、ゆっくりと近づいていった。
「マヒル! 何を?」
カズサが慌てて追いかけ、マヒルの前に立ち塞がろうとした。
「ありがとう。でも……」
マヒルはそう言うと、カズサを優しく押し退けてまた前に出る。
「くるな……」
「声…… 震えてるよ……」
自身も震える声で、マヒルが無防備に前に出る。
そのことに驚いたのか、明俊は怯えたように半歩後ずさった。
怯えという負の感情に呼応するかのように、闇の靄はざわめくように揺らめいた。
「おい!」
カズサは堪らず、またマヒルの前に出ようとする。
だが――
「大丈夫…… 任せて……」
マヒルはやはりその身を押し止めて、もう一歩前に出る。
そのマヒルの足下で、ムチのようにしなった闇の靄が音を立てて床を削った。
「マヒル…… お前……」
「いいの、カズサ。任せて」
マヒルはそう言うと、カズサを残して更に一歩前に出る。
「ゴメンね、川辺くん。こんなに苦しんでいたなんて、知らなかったわ」
「何を言って……」
「それなのに私は…… 私は自分の為に、あなたを助けようとしていたのかもしれないの……」
マヒルは美代の言葉を思い出す。
「こないでよ…… いくら六法さんだからって、容赦しないからね……」
「苦しかったでしょ? 悔しかったでしょ?」
「……」
明俊は辛そうに目をそらす。
「復しゅうしたい? でも、それはだめよ」
「……」
「憎しみのままに、自分勝手に仕返しをしていたら、歯止めが利かなくなるわ」
「だったら!」
明俊はマヒルに向き直る。
マヒルの足下で、またもや闇がムチを打った。
だがマヒルはもう一歩前に出る。その足下が震えているのは、マヒル本人にも後ろで見ているカズサ達にもよく分かった。
「その為に法律が――」
「役に立ってないじゃないか!」
マヒルの頬を闇のムチがかすめた。浅くはあるが、一瞬遅れて傷が入り、血がスッと流れ出た。
そして触れた先から、人々の悪意に満ちた嘲笑が囁きかけてきた。
――法律の力を信じたいだけかもね?
――法律なんて、無力じゃん! あはは!
――法律とか言っても…… 相手を怒らせるだけだし……
――法律とやらを振りかざしたら、相手は止まってくれんのか?
美代が拓也が明俊が、そしてカズサがそれぞれの言葉で、マヒルの無力をなじる。
マヒルは初めて直接触れた闇に恐怖し、身がすくんで立ち止まる。
だが――
「――ッ!」
だが己の信じるものを胸に、それでもマヒルは前に出た。