罪と罰13
「ミユリちゃん!」
「はいっ!」
拓也が自分の足下に転がってくるや、マヒルが反射的に叫びミユリが応じた。
「いてぇ! いてぇよ! コンチクショウ!」
拓也は脇腹を押さえて転げ回る。
「黙って…… 血が余計に……」
ミユリはそう言うと、拓也の怪我に左手をかざす。
「マヒル殿……」
マヒルに肩を支えてもらっていたガーゴが、その腕を外し次なる危機に備えて剣を握る。
「サワラギ先輩、落ち着いて下さい! ミユリちゃんは、この娘は治療の魔法が使えるから!」
「るっせー! だったら早くしやがれ! 刺されてんだぞ! 死んじまうだろ!」
なおも毒づく拓也に、
「早く死になよ……」
明俊は黒水晶を更に向ける。
「この!」
「むっ……」
襲いくる闇の靄を、カズサとガーゴがその刀と剣で打ち払おうとする。
だが――
「でかい……」
「むう…… 油断できんぞ…… カズサ」
そう、だがその闇の靄は、拓也のそれとは比べ物にならない程大きい。カズサやガーゴの頭上を覆いかぶすように天井を這い広がり、
「皆、死ねばいいんだ……」
その黒い塊は新たな主の呟きに合わすように、おこりのように震えた。
闇は小屋を覆い隠さんばかりに広がっている。
「ヒッ……」
尚久がその様子に悲鳴を上げ、
「クソ……」
拓也が苦々しげに呻いた。
「川辺くん…… こっちにきてたの……」
マヒルは震える声で明俊に話しかける。
周りを取り囲んだ闇の靄に、本能的な恐怖を感じる。声の震えは自覚できるが、どうしても押さえることができない。
「うん。よく分からないまま、川に流されて…… 気がつけば鎧を着た連中に連れていかれた…… それからここまで連れてこさされた。人質にでもするつもりだったのかな? どうだろ? でも、まるで僕の人生そのものみたいだったよ。周りに逆らえず、抵抗する力もなく、苦しみながら流された…… 川の中でも、陸に上がってからもね。こんな僕に、人質にする価値があったのかな…… よく分からないや……」
「ご、ゴメンね…… 私が巻き込んだみたいなの」
マヒルは明俊を思い止まらせようと、怖じ気づきそうな自分を奮い立たせて話しかける。
「別に。六法さんのせいじゃないよ…… ただ……」
「ただ…… 何?」
「僕はいつも別の世界を夢見ていたと思う」
「何…… 何の話?」
「こことは違うどこかがあって、そこにいけば僕を必要としてくれる人がいて……」
「?」
マヒルは明俊が何を言い出したのか分からない。
「……ガーゴ……」
「……ああ……」
カズサとガーゴは互いに目配せをする。
マヒルが話しかける間に、上がり切った自分達の息を整える。そして隙あらば襲いかかれるように、互いに準備をする。そういう示し合わせをする目配せだ。
だがそれ以上に、確かめたいのは目の前の闇の靄だ。
「……小さくなってる――のか……」
「多分な…… だが、油断するなよ…… カズサ……」
そう、マヒルが話しかけ、それに明俊が応えると、一時は天井まで広がった闇がその勢いを弱めていく。
「漫画や小説で読むような感じでさ…… ある日違う世界に呼ばれて、僕は救世主になる…… 剣と魔法の世界で、自分では今まで気づけなかった力に目覚めて……」
闇はどんどん小さくなる。このままなくなっていくのではないかと、カズサは一瞬気を緩めそうになってしまう。
「でも――」
闇の縮小が止まった。明俊はうつむいた。マヒル達からは表情が読めなくなる。
「でも、そんな世界にきたのに、僕はやっぱり惨めだったよ。鎧の連中に捕まって、知りもしないことを聞かれて…… 訊かれてもいないことを話して、ちょっと小突かれただけで、泣き出して……」
いや、闇はその勢いを取り戻す。
「川辺くん?」
「まずいか……」
カズサが刀を握る手に、あらためて力を込め直す。一度緩みかけた気を、その刀の感触で取り戻そうとする。
「あっちでもこっちでも、僕は弱いままだった…… 僕はどこにいっても、ちっぽけで…… いる意味のない存在だったんだ……」
ただならない気配が、明俊を中心に渦巻き始める。
「でも、そんなものだとあきらめていたら、無理矢理連れてこられた先で見たのは――」
明俊の目は醜く歪む。そしてゆっくりと上げたその視線が捉えたのは、法律書を握りしめたマヒルだった。
「剣と魔法で戦っている――六法さんと、沢良宜の奴だ!」
明俊が憎悪に歪んだ顔を上げると、闇が勢いを増してしなり始めた。