罪と罰9
「く…… 刑法第二百四条――傷害!」
マヒルは闇の靄がカズサ達に襲いかかるや、懸念を押し殺して法律書をめくる。そのまま一気に刑法の条文を読み上げた。
「『人の身体を傷害した者は、十五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する』!」
「――ッ!」
拓也は一瞬身をすくめるが、己の身の無事を首を巡らせて確かめると、
「ははっ! やっぱダメじゃん! ちょっとビビって損した!」
嬉しげに黒水晶をマヒルに見せつける。
黒水晶から幾本もの黒い靄が立ち上る。その闇の靄はムチのようにしなり、マヒル達の前で見せつけるかのように床を叩き出した。
「く……」
マヒルが悔しげに下唇を噛み、
「法律はダメか…… 俺らでやるぞ、ガーゴ!」
「おう!」
カズサとガーゴは刀と剣をそれぞれに構えて、拓也に突進する。
「二人がかりとは卑怯な――何てね!」
拓也がそう叫ぶと、黒水晶から出た闇の靄が、弾けるように四方に広がった。
「だっ! やっ!」
カズサがその闇に刀を斬りつけ、
「ぬ! フン!」
ガーゴが剣を叩きつける。
その度に闇の靄は一度は四散するが、すぐに黒水晶から補充されるかのように復活する。
「カズサ! 本体をやらんと、どうにもならんぞ!」
「分かってる! だが、これじゃ近づくことさえ――」
「ははっ! ブシドーさんよ! 近づくなんて、気持ち悪いこと言うな! 俺にそんな趣味はねぇよ! 俺、普通なの! 健全なの! 健康な青少年なの!」
人をバカにするという拓也の負の感情を吸い込んだのか、黒水晶が更に内から輝き出した。そして一際勢いよくしなるムチ状の闇を踊らせてくる。
「この!」
そのムチはカズサを狙って身をしならせる。左から打ちつけれたその闇の靄に、カズサが右から切りかかって対抗しようとする。
刀で切られた闇の靄は、一度大きく天井に向けてしなると、すぐさま元の長さを取り戻して上から打ちつけてきた。
カズサは下から上へと得物をふるって、その攻撃を防ごうとする。だがムチは相手をあざ笑うかのようにその身を滑らせ、カズサの刀を避けてその脇腹に回り込んだ。
「ちっ!」
カズサはとっさの攻撃の変化に、刀を返す暇がない。刀を振り上げていた勢いで身を捩り、辛うじて敵の攻撃を避ける。
その横ではガーゴが、己の胴体程の太さのある闇の靄と戦っていた。数は三本。時間差で襲いくる。右を避け、左を避けると、真ん中の攻撃からの逃げ場を失ってしまった。
「ガッ!」
ガーゴがその中央の靄のムチに、肩から打ちつけられて跳ね飛ばされた。そのままマヒルとミユリの脇を転がり、背後の壁に背中からぶつかってしまう。
「ガーゴさん!」
「ガーゴ兄ちゃん!」
マヒルとミユリが同時に叫ぶ。
「ヒッ!」
その声に尚久が目を覚ました。周りを慌てて見回し、状況が好転していないと見るや、腰を抜かしながら部屋の隅へと逃げ出した。
ガーゴは背中を壁にぶつけると、跳ね返る勢いのままに床に突っ伏してしまう。
気丈にもすぐ立ち上がろうと両手をその床に着くが、上体を持ち上げることすらできずにもう一度突っ伏した。
「頑張るね! 四角い顔のおっさんよ!」
「おぬしと似たような歳だ!」
珍しくガーゴが私憤に顔を歪めて真っ赤になる。
「あっ、そう! そりゃ、失礼!」
「この!」
ふざけて舌を出す拓也の隙を突き、ミユリが魔力の有りっ丈を放った。
「はん!」
だが拓也は鼻で笑ってその魔力を弾き返す。黒い靄がその身をしならせるや、炎と化していたミユリの魔力が跳ね返された。
「キャッ!」
「ヒッ!」
弾き返されたその魔力は、マヒルとミユリの脇をすり抜け尚久の前で炎を上げて砕け散った。マヒルはミユリを強く抱き締め、尚久は更に身をすくめる。
「ミユリ! 危ない! 手を出すな!」
「サワラギ先輩! もう止めて下さい!」
「ははっ! いいね! マヒルちゃんの悲鳴! そそるね!」
拓也は余裕なのか大口を開けて笑いながら闇の靄を操る。唸りを上げたムチが次々とカズサに襲いかかった。
「が……」
カズサは防ぐだけでまるで打って出れない。
「お願い……」
「……お兄ちゃん……」
マヒルとミユリが互いを強く抱きしめる。
「がっ!」
闇の靄が足下で蛇のようにしなりカズサが右足を払われた。
「この……」
カズサは左足で踏ん張り倒れまいと上体を起こそうとする。
だがそのカズサの努力をあざけり笑うかのように、闇の靄が鼻先すれすれをかすめて放たれる。カズサはその攻撃をいなす為、上体を起こし切ることができない。
「ほら! どうしたブシドーさんよ!」
「おのれ!」
カズサが闇の靄を避けやっと体を立て直すと、
「あまいって!」
「何?」
後ろに回り込んでいた闇のムチの一つに両足ごと払われた。