罪と罰8
「――ッ!」
グルゲの体は絶命とともに魔力に食らわれたのか、その場で内から弾け飛び肉片と化した。その肉片と骨、臓腑に血飛沫が、小屋の前を陣取っていた兵士達の体中に浴びせかけられた。
兵士らはグルゲのその異様な死を見届けると、皆が競うように逃げ出した。元よりグルゲの変容は、彼らをしても理解しがたいものだった。
司令官の変死を見届けると、皆が我先にと駆け出した。
カズサがその様子をドアの向こうに見て、ひとまずの危機が去ったことを知る。
だが次の危機は、もう始まっているようだ。カズサはそのことも同時に思い知る。
新たな災厄をもたらしそうな少年が、自慢げにその友人らしき人物に笑いかけていた。
「うっひょーっ! 悪いことやってる奴は違うね! 死んじまいやがった! しかも破裂してやがんの。てか、すげぇな! さすがに死んじまうのは、初めて見たぜ!」
「おいおい、タッちゃん…… 破裂って…… 何やったんだよ」
「破裂は俺、関係ねぇよ! あのおっさん元から、膨れたからな! 本人のせいじゃね?」
「タッちゃん…… でもよ、それってヤバくないのか……」
尚久はドアの向こうで破裂したグルゲの血溜まりと、興奮覚めやらない様子の拓也が持つ黒い水晶を交互に見やる。
「はぁ? あいつが勝手に死んだだけだよ。人を人殺しみたいに言わないでくれる? 俺、普通の高校生だぜ。人殺しなんてしねぇって!」
「でもよ…… 自分であんなに刺せんのかよ?」
「あん? 何、尚? 俺のこと、疑ってんの?」
「タッちゃんが、操ったとかじゃないのか?」
「ちげぇよ! 俺ら普通の高校生と違って、異世界の騎士様は、罪深いんじゃねぇの? ちょっとつついてやっただけで、自殺しちゃう程さ!」
「……」
「はっ! 何、それとも尚? 俺に意見すんの?」
「な…… 何を言って……」
「もう、住んでる世界が違うって、いい加減気づきなよ」
拓也が薄ら笑いと共に、黒い水晶を尚久に向ける。
「な! 俺ら友達だろ?」
尚久は思わず後ずさる。
「友達? はぁ、何、それ? そういうのは、対等な人間が言うの。俺はもうヒエラルヒーの頂点にいるの。おめえはこれから、一生俺にかしずいて暮らすの。分かった?」
「てめぇ!」
尚久が拳を振り上げる。一度後ろに後ずさった。そのことで相手の隙を誘ったつもりでいた。
だが――
「な・ま・い・き」
だが拓也は鼻で笑いながら、黒水晶を突き出す。その瞬間黒い靄が溢れ出て、
「ぐお!」
「ホンダ先輩!」
尚久はマヒル達の前まで弾き飛ばされた。そのまま尚久はぴくりとも動かなくなる。
「死んでないっしょ? 殺しなんて、俺、普通だから、そんなダサイことしないし。そうそう、マヒルちゃん」
「な、何ですか?」
「人殺すと死刑だっけ? てか、死刑って何の何条?」
「……刑法第十一条です…… 判例的には殺人、即ち死刑では――」
マヒルが説明を始めると、
「あ、そう! まっ、元より従うつもりは毛頭ないけどね! ははっ!」
初めから聞くつもりもなかったのか、拓也はまたもやバカにしたように笑い出す。
「俺、これからこの力で、自由に生きていくよ! 俺に相応しい生き方だろ?」
「貴様……」
「……」
カズサとガーゴが剣を構えて、尚久をかばうように立つ。
「おっと。邪魔する気? ここで叩いてやろうか?」
拓也はカズサとガーゴに黒水晶を向けた。
「マヒル! あいつを押さえろ!」
「えっ?」
「あの黒水晶は、押さえきれん! マヒルがあいつを封じてくれれば!」
「く……」
マヒルは悔しげに法律書を掴む。
「何? マヒルちゃん、俺を裁こうっての?」
「そ、そうよ……」
「はぁ? 何の罪でよ? 俺、何かした?」
「な…… それは傷害……」
「はっ! 何を証拠に言ってんの? 俺は願っただけだぜ! こういうのって裁けんの?」
マヒルの懸念を拓也が突く。
「それは……」
マヒルは言い返せない。
「だったら! 引っ込んでな!」
拓也がそう叫ぶと、一際大きな闇の靄が黒水晶より溢れ出した。