罪と罰6
更なる唸りを上げて迫るグルゲの剣を、カズサが正面から打ちつけて弾き返した。
「だっ!」
カズサはもう一度刀を振り下ろす。
ミユリはそのめまぐるしい動きに加勢ができない。ガーゴはまだ立ち上げれていない。
「軽犯罪法――その三十一! 『他人の業務に対して悪戯などでこれを妨害した者』!」
マヒルが効果のありそうな条文を読み上げ、グルゲの身を封じようとした。
「く…… おのれ…… 厄介な」
グルゲはやはり新しい条文に対応できずに、その場で固まる。
「だが何度やっても無駄だ……」
それでもグルゲは動けない身で動じず、カズサの刀をその鎧で受け止めた。グルゲの左肩から右の脇腹にかけて、カズサの刀が斬りつけられる。
「――ッ!」
だがやはり浅い傷をつけるのが、精一杯だった。そしてその傷はまたもや塞がり始める。
「無駄だと言っている!」
「くそ……」
「カズサ! あきらめないで! 軽犯罪法――その二十八! 『他人の進路に立ちふさがつて、若しくはその身辺に群がつて立ち退こうとせず、又は不安若しくは迷惑を覚えさせるような仕方で他人につきまとつた者』!」
マヒルが入り口を塞いだグルゲを思い出す。些細なことでもグルゲにだけ効く法律の条文を思い出そうとする。
「だっ!」
マヒルの狙いが当たり動けなくなったグルゲに、カズサが更なる一撃を放つ。
そしてその一閃は――
「何…… 貴様……」
そう、その一閃は先程と寸分違わず同じ軌道を描いていた。鎧の傷は塞がり切る前に、更なる一撃を受け止める。そしてそのことで更に深く傷が開く。
「はっ!」
カズサはもう一度刀をふるう。やはり全く同一の場所に、全く同じ角度で、全く同じ一閃で――カズサの刃が襲いかかる。更に鎧の傷は深くなった。
「おのれ――」
「軽犯罪法――その十一! 『相当の注意をしないで、他人の身体又は物件に害を及ぼす虞のある場所に物を投げ、注ぎ、又は発射した者』!」
マヒルが死体を放り投げたグルゲの様子を思い出しながら、更に動こうとし出した相手のその身を封じた。
「ぐ……」
「くらえ!」
唸るだけで身動きが取れないグルゲに、カズサが渾身の力で刀を振り下ろした。
「おのれ、異教徒め! 邪教の輩が!」
「思想と良心が違って、何が悪いのよ! 刑法第二百三十条――名誉毀損!」
マヒルが憤りとともに新たなページをめくる。
「だっ!」
カズサの攻撃は止まることを知らない。
全く同一の軌道を描いて赤い血の鎧に、次々と斬りつけられる。
「『公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する』!」
マヒルはもちろん条文を途切れさせない。
そして――
「ヒッ……」
そしてついに、グルゲの鎧が音を立てて割れる。一度深々と入った亀裂は、その衝撃が次なる亀裂を呼ぶように鎧の表面を広がっていった。グルゲの鎧が音を立てて砕け散る。
「ウワァッ!」
グルゲが残った兜の中で、今まで上げたことのない悲鳴を上げた。それはこの尊大な男に相応しくない、恐怖に駆られた悲鳴だった。
「観念しな!」
剥き出しのグルゲの上半身に、カズサが刀を突きつけた。
「動くな! 剣を離せ! 外の奴らに撤退を命令しろ! お前の負け――」
心臓の位置でぴたりと止めてやり、立て続けに命令する。
「――ッ!」
だがそのカズサの切っ先の前で、グルゲが苦しげに背骨をそらせる。
「カズサ! 何だ、どうした?」
やっと体勢を整え直したガーゴが、カズサの横に並んで剣を構える。
「……」
カズサは答えない。息を呑んでグルゲを見下ろしている。
「ぐおおぉぉぉおおおぉぉぉっ!」
「なっ?」
グルゲが上げた悲鳴を合図にしたかのように、ガーゴがその細い目を思い切り見開く。
カズサとガーゴの目の前で、グルゲの体が突如内側から膨れ上がった。