罪と罰5
右からカズサの刀の一閃、左からガーゴの剣の突き、そして真ん中をミユリの魔力が襲う。だが三方からの三者三様の攻撃にグルゲは余裕で笑う。
「ははっ!」
グルゲは足下転がっていたもう一人の騎士の死体を蹴り上げた。
死体はミユリの魔力にぶつけられて、盾にさせられて空中でくの字に曲がる。やはり兜が外れてミイラのようになった顔を曝して、死体はグルゲの前で錐揉みをする。
そしてグルゲは剣をふるい、カズサとガーゴの攻撃をまとめて振り払った。
「ぐ…… 刑法第百九十条…… 死体損壊等……」
マヒルは床に投げ出された死体を見る。この死者に為にも、苦しげに法律の名を読み上げようとする。
だがグルゲはカズサとガーゴの更なる攻撃を、右手一本で防いでいる。それでいながら左手は、マヒルの喉を離さないように虚空を掴んでいた。
「ははは、見慣れぬ魔法故に少々面を食らってしまったが、何…… 身をもって知ればたいしたことはない……」
「魔法じゃないわ…… 法律よ……」
マヒルは気丈に言い返す。息が苦しくなっていた。
カズサとガーゴが刀と剣をふるう度に、少しだけ息つく隙間が喉に空く。その隙に見えない掌に、マヒルは己の空いている左手を差し入れた。ミユリも手を貸そうとしてくれる。
だが――
「フンッ!」
「ぐ……」
だがその力は衰えることを知らない。
「――ッ!」
「グ……」
カズサとガーゴが、グルゲの一振りに同時にまたもや吹き飛ばされた。マヒルの手と喉を襲う力が、その握力を増す。
ミユリが必死の形相で、マヒルの喉元に手を伸ばす。己の両手を差し入れて、見えない掌を引きはがそうとする。
「ほう…… 法律ですか? 変わったことを言う」
「そうよ…… 刑法――」
ミユリと二人がかりでやっと空いた喉元。マヒルはその隙に、条文を読み上げようとする。
「小賢しい!」
グルゲが足下の死体をもう一度蹴り上げた。
マヒルの足下に、皮と骨だけの死体が転がってくる。死体はマヒルに面を向けて止まった。
「第――ひっ!」
マヒルはその悲惨な姿に思わず悲鳴を上げ、読み上げようとした条文を止めてしまう。
「はは、どんな法律違反か聞きたいですな。もっとも、同じ呪文は食らわない自信がありますがね……」
グルゲがそう言うと更に左手に魔力を込めた。マヒルの掌ごと、喉を握りつぶさんと力の限りを込める。
マヒルとミユリが、引きはがそうとこちらもあらん限りの力で抵抗した。
カズサがやっと立ち上がる。ガーゴは打ち所が悪かったのか、尻餅をついたまま首を振って意識を立て直そうとしていた。
「そう…… 同じ、法律は、効か、ないのね…… でも、あなたは、今まさに――」
立ち上がったカズサと目が合うと、息が苦しいながらもマヒルは力強くうなづいた。
マヒルは己の喉にやった手を外す。ミユリが一人でマヒルを守らんとその細い腕に力を入れた。
マヒルは己の生命をミユリに託しながら、新しいページをゆっくりと開いた。
「新しい罪を…… 犯したわ!」
駆け出したカズサに合わせるかのように苦しくも大きく息を吸い、マヒルは肺腑の限り声を振り絞る。
「軽犯罪法第一条『左の各号の一に該当する者は、これを拘留又は科料に処する』! その二十四――」
マヒルは法律書を力の限り握りしめた。ミユリがここぞとばかりに力を込め、マヒルの喉元から不可視の力を引きはがしてやる。
「『公私の儀式に対して悪戯などでこれを妨害した者』!」
「何を!」
グルゲの動きが止まった。まさに公私の――マヒルの儀式を死体で妨害した相手の動きが止まる。
「同じ、法律で、なければ…… いいん、でしょ!」
「く……」
グルゲの左手の力が緩んだ。
「カズサ、今よ!」
マヒルの喉元から不意に不可視の力が消える。ミユリが小さな悲鳴を上げて尻餅をついた。
「オオオォォォオオオォォォッ!」
カズサの刀がその裂帛の気合いとともに、敵の赤い鎧に振り下ろされた。動けないグルゲは、もちろん防ぐこともできない。
だが――
「くっ……」
カズサは己の渾身の一撃が、敵の鎧に防がれ思わず呻いてしまう。その威力にかかわらず、カズサの刀は敵の鎧に浅い傷しか負わせていなかった。
そして――
「なっ?」
赤い鎧の傷は、見る間に塞がっていく。
「無駄ですよ…… 生き血をすするこの鎧。その程度の傷は、血が塞いでくれます」
「なら!」
狙いをすぐさま鎧の隙間に変え、カズサは持ち替えた刀の切っ先を突き入れた。
「ははっ! 無駄だと言っている!」
グルゲの鎧は刀を突き込まれるその一瞬の間に、まるでそれ自身が生きているかのように塞がってしまう。
「な……」
そして自由を取り戻したグルゲは、軽やかにその身の翻す。
「いつまでもちますかな!」
グルゲの両手剣が、下から上へと刀を払い、
「この!」
カズサの刀は辛うじてその攻撃を受け止めた。