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罪と罰4

 騎士の喉元から血が噴き出す。そしてグルゲの鎧に降り注ぐ。やはり血はその鎧に吸い込まれていく。

 鎧の表面が大きく脈打つように震えた。

「――ッ!」

 グルゲの突然の裏切りに右の騎士が剣を構える。

「ふん……」

 だが鼻で笑ってグルゲは左手の掌をその騎士に向けた。

「――ッ!」

 マヒルを捉えたのと同じ不可視の力が、騎士の喉を掴まえる。グルゲはゆっくりと左手を上に挙げた。

 騎士はあがくように足をばたつかせ、グルゲの手の動きに合わせて見る間に宙に浮いていく。

 赤い鎧が更なる血を欲するかのように、何度も細かく脈打ち始めた。

「な……」

 カズサはその様子に息を呑む。

「ふん……」

 グルゲは軽く笑うと、宙に浮く味方の騎士の首筋に己の剣を滑らせた。

「――ッ!」

 斬られた騎士は、目を剥き、首筋から血飛沫を散らして直ぐに動かなくなった。

 その血飛沫は更にグルゲの鎧を濡らした。そして赤い鎧は、金属質でありながら脈打つように、更に二度三度と大きくうち震えた。

「何…… あれ……」

 マヒルはミユリと抱き合いながら、恐る恐る横目でその様子を見る。ミユリをかばっていなければ、そのまま自分が気絶してしまいそうだった。

「血を吸っているのか?」

 カズサは後ずさりそうになる己を奮い立たせながら、ガーゴとともに刀を向ける。

「ええ…… 定期的に血を吸わせないと…… 力を保てませんので」

「ヒッ!」

「味方でしょ!」

 ミユリが小さく悲鳴を上げ、マヒルは腕の中の少女の為に気丈に言い放つ。

「ええ、そうですよ。味方です。彼らは私の力になる為に、ここまできたのです。力のある人間の血程、強力な魔力が得られますのでね……」

「な…… 本物の確信犯だわ……」

 その返事に、マヒルは戦慄を覚える。

 自分の行動に何の罪の意識も感じていない。その凶行に何の悔恨も見せていない。自身の正義を信じ切っているのだろう。確信犯だ。

「さて…… 実を言うとこの鎧の維持は、大変でしてね……」

 グルゲがそう呟くと、何かを放り投げるように左手をふるう。

「その為にも黒水晶がどうしても必要なんですよ……」

 グルゲのその動きに合わせて、宙に浮いていた騎士がカズサの横に投げ出された。

「ですので、黒水晶――力づくでもいただきますよ……」

 放り投げられた騎士は、鎧を着た人間とは思えない程軽い音を立てて床に転がった。騎士の兜がその衝撃で脱げる。

 カズサがその兜の下に見たのは、

「――ッ!」

 体中の水分を失ったかのような、ひからびた男の顔だった。


「く…… 刑法第百九十条!」

 マヒルは内から沸き上がる感情のままにページをめくる。

 敵とはいえ、死体をあのように扱っていい訳がない。

「死体損壊等! 『死体、遺骨、遺髪又は棺に納めてある物を損壊し、遺棄し、又は領得した者は、三年以下の懲役に処する』!」

 まさに死者に何の敬意も払おうとしない男に、マヒルは有りっ丈の憤りをぶつけた。

「ほう……」

 グルゲが身動きが取れなくなりながら、それでいて関心したように呟く。

「化け物め!」

「食らえ!」

 カズサとガーゴがその隙に飛びかかった。

「あまい!」

 だが一瞬で自由を取り戻したグルゲが、大振りに剣を払う。カズサとガーゴには届かない間合いでふるわれたはずのその一撃は、不可視の力で二人をなぎ払う。

「グワッ!」

「ぬ……」

 カズサとガーゴが一振りで元の場所に弾き飛ばされ、床に体と腰を打ちつける。

「カズサ! ガーゴさん! この…… 刑法第百九十条! 死体損壊等!『死体、遺骨、遺髪又は棺に納めてある物を損壊し――』!」

 マヒルが一度は効いた条文を読み上げ始めると、

「ははっ! 同じ呪文など、このグルゲには通じんよ!」

 グルゲはその身に襲いかかった魔力を振り払うかのように、更にその場で剣をふるった。そしてやはり不可視の力が、空気を裂いてマヒルに迫りくる。

「やっ!」

 ミユリがとっさに左手をふるう。唸りを上げて襲いくるグルゲの魔法の一撃を、ミユリの魔力が空中で相殺した。

「生意気な……」

 赤い鎧の司祭は左手で虚空を掴む。伸ばされた手の先にいたのはミユリだ。

「この……」

 そのことに気づいたマヒルが、とっさにミユリを腕の中にかばう。

 そしてやはり見えない衝撃に掴まれ、マヒルは息を呑む。まるで司祭の手に連動するように、今度は己の喉が締めつけられる感覚に襲われた。

 それは生き血を吸ったせいか、先程よりも力強い。

 先程鎧の騎士を持ち上げたグルゲの力を思い出し、マヒルの額に一気に脂汗が浮き上がる。

「マヒル!」

「マヒル殿!」

 カズサとガーゴが起き上がるや否やグルゲに斬りかかり、

「マヒルお姉ちゃん! ヤッ!」

 ミユリが己をかばうマヒルの危機に、気合いとともに左手をふるう。マヒルの腕の中から手を伸ばし、魔力の限りをグルゲに放った。

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