罪と罰3
「マヒル! この!」
カズサの刀がグルゲに振り下ろされた。
グルゲは盾を持っていない。それでいながら多少装飾過多でも、他の者と変わらない片手剣しか持っていない。カズサは剣術だけなら自分の方が有利と見た。
「ふん」
そのカズサの一撃を、グルゲは見えない力で防いでしまう。左手をカズサの攻撃にかざしただけで、刀は見えない壁に弾かれてしまった。カズサはとっさに後ろに跳んだ。
「かは……」
マヒルは突然見えない力から解放され、息を大きく吸い込む。グルゲの左手が、カズサの攻撃に向けられマヒルへの魔力が途切れたようだ。
「何だ?」
「魔法だ、カズサ!」
ガーゴがグルゲの脇を突こうと、狙いを定める。真っ直ぐ向けられた剣は、寸分の狂いなく相手の甲冑の肩――その下の隙間を指していた。
グルゲの左右を固めた敵の騎士が、それぞれに剣を振り上げる。
「刑法第二百二十条――逮捕及び監禁!」
自由を取り戻したマヒルが、とっさにページをめくり法律の名を叫び上げる。
「『不法に人を逮捕し、又は監禁した者は、三月以上七年以下の懲役に処する』!」
二人の騎士の動きがやはり止まった。
「はは!」
グルゲは味方の加勢が阻まれても、気にした様子すら見せない。高笑いすると、右手に持った剣を払った。
だが唸りをあげた切っ先は、突き出されていたガーゴの切っ先よりも随分と早い。タイミングが合っていない。
空振りする――
と、ガーゴが勢いづいた瞬間、
「ガハッ!」
ガーゴの眼前に炎が迫りきた。グルゲの払った剣から放たれた、ガーゴ自身の頭程の大きさの炎の塊だ。
「ガーゴ!」
「ガーゴさん!」
「ぐ……」
ガーゴは思わず呻いて、自ら剣を退いてしまう。己の顔にまとわりつく炎を、先ずは払おうと手をやった。
「やっ!」
そのガーゴの面前で、またもや魔法が炸裂した。今度はミユリの魔法だ。
「ぶはっ!」
ガーゴは突然顔面を襲った水流に、溺れそうになりながら顔を振る。
「いいぞ! ミユリ!」
「やった!」
「ありがたいですが…… ちと、多くないですか? ミユリ様……」
ガーゴは火傷を辛うじて防いでくれた水にむせながら、油断なくグルゲに剣を構え直す。
「くくく……」
グルゲはそんな様子に、その自信からか不敵に笑って四人を見回した。
「くくく」
グルゲは心底人を下に見た笑みで笑う。左右を固めた二人の騎士が自由を取り戻し、グルゲに同調するかのように肩を揺らした。
「なろ……」
カズサは刀を構え直す。剣術も魔法も使う敵。今までとは勝手がまるで違った。
「……」
ガーゴは髪から水をしたたらせながら、グルゲの左右の騎士を見た。
そしてガーゴは考える。
教会を裏切ってまで、自分だけ力を手に入れようとするグルゲ。その野心が彼を動かしている。だがそのどん欲さは、返って彼の足をすくうのではないか。そう考えた。
「おぬしら……」
ガーゴは探りを入れる。つけいる隙を探る。揺さぶろうとする。
「おぬしらはその男を、本当に信用しているのか?」
「……」
左右の騎士は動じない。外したかとガーゴは思う。
だが――
「ああ、彼らですか……」
グルゲが足下で気絶している騎士の喉元に、おもむろに自らの剣を突き刺した。まるで杖でも地面に突いたような、何げない動きだった。
「――ッ! 貴様!」
カズサがその突然の凶行に、驚いて思わず前に出てようとしてしまう。
カズサの助けなど間に合うはずもなく、刺された騎士は血を噴水のように吹き出しながら痙攣し、すぐに動かなくなった。
グルゲは吹き出す血に、自ら当てにいくように手を差し出す。
「な……」
ガーゴはその様子に息を呑む。
吹き出した血はその量にもかかわらず、グルゲの鎧に当たるとまるで染み込むように消えていく。足下に広がった血さえ、鎧の踵に触れると吸い込まれるように消えていった。
「え…… 何? 何なの……」
マヒルは何が起こっているのか分からない。
「私の鎧は――」
グルゲが歪んだ笑みを見せる。
「血を吸うのが好きでしてね」
ガーゴの言葉に動揺しなかった左右の騎士も、グルゲの凶行に戸惑っているようだ。うろたえたように、グルゲの向こうにいる同僚に互いに視線を送る。
その左の騎士の喉元を、
「ふふ……」
軽く鼻で笑ってグルゲが剣を突き刺した。