罪と罰2
「なっ! これで俺は、助けてくれるんだろ? なっ?」
互いが睨みを利かす緊迫した空気の中、尚久がグルゲの後ろから顔を出した。怯え、そして媚を売る目で赤い鎧の司祭を見上げる。
「……」
グルゲは無表情にその尚久に振り返った。
「卑怯よ! 脅したのね! 脅迫――いえ強要だわ! 刑法第二百二十三条――強要!」
マヒルは怯える尚久と、見下ろすグルゲを交互に見る。尚久が脅されて、協力させられたと思った。怒りとともに法律書をめくる。
「『生命、身体、自由、名誉若しくは財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し、又は暴行を用いて、人に義務のないことを行わせ……』」
だがマヒルはそこで言い淀んでしまう。グルゲ達には何の変化もない。法律の条文が目の前の鎧の男達に効かない。
「あれ……」
「異国の少女よ…… 何を言っているのかは分からんが、脅迫やら強要とは心外だな――」
グルゲはねめつけるように、マヒルを見据える。
「お前らを罠にかけるのは、この少年から持ちかけたことだぞ…… 自分なら顔が分かるはずだとな……」
「なっ! ホンダ先輩……」
「はっ! どっちだっていいだろ、俺の命が懸かってんだ! な、グルゲさんよ、協力したんだ! 約束通り――」
「フンッ!」
グルゲが軽く肘をふるい、尚久は話の途中で部屋の隅に弾き飛ばされた。
「グワッ!」
「ホンダ先輩! く……」
背中から壁に激突する尚久に、マヒルは一瞬だけ目をやる。その瞬間、法律の条文が頭をよぎった。
「カズサ!」
「おう!」
カズサがマヒルの言わんとすることを理解する。マヒルがページをめくり、カズサが刀を振り上げた。
「刑法第二百四条――傷害! 『人の身体を傷害した者は、十五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する』」
「むう……」
グルゲが唸る。マヒルの条文にやられ、尚久を傷つけたグルゲだけが固まってしまう。
「だっ!」
カズサは迷わず刀を振り下ろす。もちろん狙いは赤い鎧の騎士だ。
だが裂帛の気合いとともに振り下ろされたその一撃は、脇に控えた別の騎士の剣に受けられてしまう。
「この……」
他の騎士も各々剣を抜いていた。
その一人が狙いを定め、カズサを援護しようとするガーゴに剣を向ける。
「刑法第二百二十条――逮捕及び監禁! 『不法に人を逮捕し、又は監禁した者は、三月以上七年以下の懲役に処する』」
マヒルはこの場で有効そうな法律の条文を読み上げる。彼らは尚久を不当に逮捕し、監禁したはずだ。
「ぐ……」
マヒルの読みが当たったのか、カズサの刀とつばぜり合いをしていた騎士が、雷に打たれたように強ばった。
「このっ!」
カズサはその敵を足の裏でとり飛ばす。
蹴り飛ばされた敵は後ろの壁に頭を打ちつけ、だらりと四肢を垂らした。マヒルの条文にやられ、かばうことも身構えることもできずに後頭部を打ち気を失ったようだ。
だがその後ろにいたグルゲは、もう既に動き出していた。逮捕や監禁の仕事は部下の仕事だったのか、赤い鎧の司祭はマヒルの新しい条文の読み上げには反応しなかった。
グルゲは視界が広がったと見るや、
「これが、救国の力ですか? この程度で!」
そう叫ぶと、カズサに剣を突き出す。
「だっ!」
カズサが身を翻して後ろに飛ぶと、
「むんっ!」
その横でガーゴが敵の剣を弾き飛ばしていた。
敵は剣を構えた形のままに固まっている。こちらもマヒルの条文が効いたようだ。
「きゃっ!」
そのマヒルの足下に、ガーゴが弾き飛ばした剣が飛んでくる。
「すまない! マヒル殿!」
ガーゴはそう言うと、カズサに習うかのように敵を蹴り飛ばした。こちらは一度床に倒れはしたが、すぐに首を振って立ち上がろうとする。剣を失った敵は、気絶した騎士からすぐさま剣を奪い、拾い上げた。
もう一人の固まっていた敵が、こちらもおもむろに動き出した。
「刑法第二百二十四条――未成年者略取及び誘拐! 『未成年者を略取し――』」
「フン!」
更なる条文を読み上げるマヒルに、皆まで言わせまいとグルゲが左手を突き出す。
もちろんグルゲの手が届くような位置にマヒルはいない。
だが――
「――ッ!」
マヒルは突然見えない力で口を覆われてしまい、
「フググ……」
先程の酒場でのように、条文の続きを読み上げることができなくなった。